67話
爬虫類の強面がやってくる。
更に、建物の中から、陰から、様々な姿かたちの人……っつうか魔物が出てくる。
鳥みたいなのも居れば、悪魔みたいなのも居るし、猫耳生えたお姉ちゃんみたいなのもいる。明らかに人間の形してない奴もちらほら。
「……おいおい、これはどういうことだよ」
ユーディアさんは、故郷の村を紹介してくれたんじゃなかったのか?
それとも、何だ、この村、魔物に襲われて、占領されたとか?
……或いは、ユーディアさんに、騙された?
俺は頭の中で無数の可能性を吟味しつつ、次第に囲まれていくこの状況をどうにかしようと考える。
逃げるか?いや、魔物の中には脚が速い奴も空を飛べる奴も居そうだ。そんな奴ら相手に、この雪道で追いかけっことかしたくねえ。
だが、ここで戦闘するか?この数相手に?
パンを活用して何とかするにも、岩が雪の下に隠れていて未知数のこの場所で戦うのは分が悪すぎる。
と、なれば、あとは……。
「あ、あの、ちょっと待って!私達、ユーディアさんの紹介で来たの!」
俺の思考を遮るように、エピがリザードマンの前に進み出た。
「……ユーディアの?」
訝し気なリザードマンは、しかし、『ユーディア』に疑問を持っているのではないようだ。あくまでも、『紹介』に疑問を持っている!
「ほら、これが紹介状だ」
慌てて俺は鞄から、ユーディアさんの紹介状を取り出して、リザードマンの目の前に突きつけた。
リザードマンはユーディアさんの紹介状を見て、ぱち、と、案外愛嬌のある仕草で、目を瞬かせた。
「……ほう」
そして、リザードマンは、俺達に向けて……口元を歪めた。うん、多分、これ、笑顔だ。うん、すごく怖いが。
「確かに、ユーディアの紹介だ。……非礼をお詫びしよう。ようこそ客人よ。ここはイスカの村。何も無い村だが、ゆっくりしていかれよ」
「どれどれ」
「ちょっと見せて」
「あー、ユーちゃんの字だねえ」
村に入ると、ぞろぞろと魔物やらなにやらが集まってきては、ユーディアさんの紹介状を覗き込んで、何やら楽し気に話し合う。
「ねえねえ、ユーちゃん、元気だった?」
「うん。ユーディアさん、元気よ。私達、助けてもらったの」
「ああ、ユーちゃんは優しい子だから」
「うんうん。あんなに良い子は中々居ないよ」
なんというか、最初の印象からはかけ離れて、暖かな村であった。
皆がユーディアさんの事を案じたり、懐かしがったり。
成程、ユーディアさんが大切にしたくなるわけだ。
……勿論周りは魔物なので、中々に恐ろしい光景なのだが。うん。
「しかし驚いたな、魔物の村か」
カラン兵士長が感嘆とも呆れともとれるようなため息を吐く。
「……いや、魔物だけじゃないな。見たところ、妖精やエルフも居る。よくこんなにたくさんの種族が集まって、争いもせずに暮らしているものだな」
確かに。
見渡す限り、魔物の種類はかなり雑多である。
リザードマンをはじめとして、猫耳生えたお姉ちゃんだの、鳥だの羊だの、妙にくねくねしてる白っぽい謎の生物だの。
それから、ユーディアさんは多分人間だから、人間と魔物が共存してる村でもある訳だ。
「驚くのも当然だろう。こんな村はこの世界広しと言えども、ここにしかないだろうからな」
そんな俺達に声を掛けてきたのは、最初のリザードマンだった。
「皆、仲良しなのね」
「こんな土地で争う余裕などないからな。お互い協力してなんとか生きていくので精一杯よ」
リザードマンはそう言って、口の端を歪めた。多分、笑顔なんだと思う。
「そっかあ。うん、でも仲良しだといいよね。寒いときは皆でくっついたら暖かいし」
エピはそう言ってリザードマンに笑い返す。
……俺、このリザードマンとくっついても暖かい気がしねえんだが。爬虫類だし。
それともこいつ温かいんだろうか。一応直立二足歩行してるし……。
「それで俺達、ユーディアさんに頼まれて」
さて。そろそろ本題に入らないとな。
「ユーディアが?頼み?」
「あのユーちゃんが?」
「えええっ」
何やら驚かれたが、まあ、なんとなく分かる気がする。ユーディアさんとそう長い付き合いって訳でもないが、会って話した限りでは、頼みごとをするようなタイプではないように思えたし。だからこそ、エラブルの町でユーディアさんがいきなり来た時はびっくりした訳だし。
「……して、ユーディアは、何と」
「パンを大量に作ってくれ、と」
「……は?」
あっ、説明がめんどくさい奴だこれ!
結局、説明するのが面倒だったので、素直にそこら辺の石をパンにした。
「おおお!?な、何故パンに!?」
「理屈は考えちゃいけない」
それからはひたすら、地面からパンを生やして育てて増やして、ひたすら村をパンまみれにしてやった。
「すっげえ!パンの樹が生えてる!」
「まだまだ生えるぞ」
「俺、肉がいいなー」
「ああ、狼なら肉の方がいいか。じゃあ肉も生やすぞ」
「パンだけ食えってのかよー」
「雪でも食ってろと言いたいところだがワインも出してやろう」
「あー、美味しいわあー!これで生き血があったら最高なんだけど」
「お姉さん吸血鬼ですか。出ますよ。ピンポイントで血なら出せます」
ついでに肉とワインと血まみれにしてきた。
……流石、魔物の村。
パンもそこそこには人気だったが、それ以上に肉と血が大人気であった。
まあな。どう考えても、リザードマンとか狼男とか、パンより肉ってかんじだよな……!
そうして村の全員に食料が行きわたり、食糧庫が食料でいっぱいになり、そして何より、村の全員の腹が満たされた。
「もう俺、この光景に慣れたぜ」
「うん。私も慣れちゃった」
「お前達、一体いくつの町や村でこれをやってきたんだ……」
食料のとれない冬の国の小さな村が食料でいっぱいになった。
それを喜ぶ村の面々は、楽し気に歌って踊って食べて飲んで寝ている。
つまるところ、いつもの、である。いつもの。最早恒例行事みたいなもんである。これ、俺の能力が一番輝くイベントだからな。うん。
「君たちがユーちゃんのお友達?」
俺達の所にやってきたのは、ウサギの耳が生えた女性であった。
「うん!そうよ!」
お友達、を肯定して良いものか迷っていた俺が馬鹿みたいである。エピはあっさりと肯定した。
「そっかー、ユーちゃん、人間のお友達もできたのね、よかった」
うさ耳さんはそう言って、嬉しそうに優しい笑みを浮かべた。
「……ユーちゃん、すごく頑張り屋さんでね。イスカの為に、すごく、すごく頑張ってくれててね。人間の町に出て、出稼ぎして……仕送りしてくれてるの」
あー、そうか。それでユーディアさんは故郷を離れて、井末と一緒に。
「ユーちゃんはね、私達を置いて、1人で人間の町に行って、人間と一緒に暮らせばもっと楽に生きられるの。でも、ユーちゃんは魔物である私達と一緒に居てくれる。そのために、いっぱい、しなくていい苦労してるの」
うさ耳さんは、そう言って、へにゃ、と、うさ耳を垂れさせた。
「いろんな人を、人間を裏切ってるの。あの子は。私達の為に」
うさ耳さんとの会話が終わって、俺達は2人、少し離れたところから広場の様子を眺めていた。
「ユーディアさん、大変なんだね」
「ああ」
ユーディアさんについて、イマイチ、つかめないというか、目的が分からないところがあったんだが……これで分かったな。
少なくとも、1回目。
俺達を見逃した理由は『パン化能力のため』だろう。俺の力があれば、イスカの食糧難は大体解決するからな。
そして1回目も2回目も、『イスカの為』に動いていたのだと考えれば、色々とつじつまが合う。
「大変だな、ユーディアさん」
「ね」
イスカの為か、或いは更なる理由があるのかは定かではないが、一応は井末と組んでいるのだろうに、その裏では井末が滅ぼすべき魔物を助けるために、井末を裏切っている訳だ。
……色々と、上手くいくといいなあ。ユーディアさん。
宴もたけなわになったところで、俺とエピは鳥人の家の空き部屋を借りて休むことになった。なんだかんだで疲れてはいるからな。雪道歩きどおしだったし。
尚、カラン兵士長はリザードマン達と飲み比べしている。がんばってくれ。
「狭い所だがゆっくりしていってくれよな」
「わ、不思議なベッド」
案内された鳥人の家は、中々に不思議であった。
「む、人間には使い勝手が悪いか?」
「ううん、そんなことない!とっても素敵!」
部屋の中央に、でっかい鳥の巣。
……鳥の巣の中は柔らかな羽毛でいっぱいで、如何にも柔らかそうである。エピが飛び込むと、もふ、と埋もれてしまった。
「すごい!」
羽毛から顔だけ出しながら、エピは大興奮である。うん、異文化コミュニケイション。
「ははは、喜んでもらえたなら良かった。じゃ、ごゆっくり」
「タスク様!タスク様も!ほら!すごい!すごいふかふか!」
「お邪魔します」
エピに引っ張られて俺も鳥の巣に入る。
……滅茶苦茶ふかふかであった。
うん、これは中々……。
気づいたら朝になっていた。
恐るべし、鳥の巣パワー。