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65話

悪霊どもはその人から出て豚に入った。すると、豚の群れはいきなり駆け下って湖に入り、溺れ死んだ。

 そして。

 レギオンはものすごい討論の末(つまりその間、ひたすらカラン兵士長が1人で喋ってるみたいになってて凄い眺めだったんだが)。

 ついに、2つに分かれて半分が俺の方に来ることになった。

『3つに分かれて良いならもっと上手くいくのだが』

「エピは駄目」

 レギオンは何か文句ありそうだったが、そこは譲れん。


 ということで、レギオン1/2が俺の方にやってきた。

「うおっ」

 その瞬間、なんか、重くなった。そして軽くなって、熱くなる。

「……やべえ。これはやべえ」

 試しに、石を握る。


 すると潰れた。




「これだよこれだよこれこれこれ!こういうのが欲しかった!」

 予感はしてたんだよ!なんてったって、『引きちぎられた鎖』だ!

 つまり!レギオンは!鎖を引きちぎる程度の怪力を持ってるって事である!

 そのレギオンが乗り移った俺は!その怪力を発揮することができるようになったって訳だ!

 最高!最高だねッ!

「おおっ!体が割と自由に動くようになったぞ!」

 そしてカラン兵士長の方も、事態が好転したらしい。なんてったって、半分になった訳だからな。悪霊パワー。

 ……それから俺の方は、というと……全く、悪霊感が無い。

 要は、体が勝手に動くとか、服を脱ぎ始めるとか、そういうことが全く無い。

 いや、いざとなっても、『岩をパンにしないとお前共々外に出られねえんだからな!』っつってレギオンを説得すれば十分話の通じる奴みたいだし、それでいけるだろうと思ってたが……そうするまでも無かったな。なんでだ。

 あれか。半分にしたらレギオン側もだいぶ大人しくなったってことなのか。これ、3分の1にしたらもっと大人しいんだろうか……。

 ……それとも、もしかして、俺の救世主的な能力によって、俺に憑りついたレギオンが大人しいんだろうか。

 背中の第三の紋章って、もしかして『悪霊に憑りつかれても平気な能力』とかなんだろうか……。

 分からん!




 カラン兵士長は無事、服を着た。やったぜ。これで外に出られるな!

 それから、重傷ではなかったが、結構切り傷擦り傷が大変だったので、石パンで多少治した。

「お待たせ、エピ。出るぞ」

「カラン兵士長、服着たのね。……あれっ、タスク様、何か雰囲気違うような……?んー……?」

 エピは『なんか雰囲気が違う』と首を傾げていたが、詳細は黙っておくことにした。


 そして、俺達はひたすらパンに向かって突進する。

「な、なんだこれは……エスターマの王都でパンは見飽きたと思っていたが、まさか、あれ以上のパンを見ることになるとは……見る限り全てがパンだ……」

 まあ、パンに囲まれてるからな。むしろこれ、俺達がパンに向かって埋もれに行ってるようなもんだしな。


 そうして、結構歩いた。パンに埋もれに埋もれた。

 ……が、この作業、かなり楽だったのである。

「ど、どうしちゃったのタスク様……すごく元気ね……ううん、元気っていう範疇超えちゃってるね……」

「まあな!」

 レギオン効果である。

 紛れも無く、レギオン効果である。

 つまるところの、怪力。身体能力の著しい向上。

 それによって、俺はひたすら、大岩をズリズリと押して道を開きながら進んでいる。

 先に俺達よりも大きな岩を先行させることによって、トンネルを切り開いているような状態になる。

 ……あれっ、もしかして、岩をパンにしないで活用したのってこれが初めてか?うん、まあ、かなりのレアケースではあるな。うん。

 ということで今回はエピもかなり楽らしい。尤も、俺の変化に滅茶苦茶心配そうにしてはいるが。

『早く外に出たい』

「まあ頑張ってくれ。お前が力を貸してくれれば早く外に出られるからな」

 レギオンはこの洞窟に幽閉されていた時間があまりにも長かったからか、外に出ることについてとても協力的であった。

 外に出た後の事は……まあ、なんとかなるだろ。多分。話が分からない奴ではなさそうだし……。




 そうして、俺(というかレギオンの怪力)によるパントンネル開通工事は無事に進行した。

 結果。

「……う、わあ……」

「すっげ……」

 思わず見とれてしまう、というか、気圧されてしまう、というか。

「ここがロンダルキア……!」

「ハイヴァーだよタスク様!……ロンダルキアってどこ?」

 ひたすらに白く白く。

 トンネルを抜けたら、雪国であった。




『なんと、美しい……陽の光とは、かくも美しい物であったか……』

 脳内に直接声が聞こえる。レギオンは俺の目を通して銀世界を見ている。

 白銀の地平。済んだ青色の空。雪と氷に陽光が煌めいて目を灼く。吹く風は刃めいた鋭さを持つ冷たさであったが、それすらいっそ心地よい。

「どうだ、外は」

 呼びかけると、俺の脳味噌の中で、何かが満足したような、奇妙な感覚を味わった。

 ああ、レギオンは満足しているらしい。うんうん、良かったな。

『タスクよ』

「ん?」

 そしてレギオンは、俺に語り掛けてくる。

『このまま東へ向かうと、湖がある。そしてその湖の近くに森がある。そこへ向かってくれないか』

「ちょっと待て」

 レギオンの言葉に答える前に、ユーディアさんから貰った地図を開く。

 ……イスカの村は、湖からちょっと離れた位置にあるが……真逆の方向、とかじゃ、ない、か……。

「しゃーねーなあ……。おーい、エピ、カラン兵士長。ちょっと寄り道してもいい?」

『感謝する』

 エピとカラン兵士長と、地図を見ながらルート確認をしたところで、レギオンの柔らかい声が脳内に響いた。




「さぶい」

「さぶいね、タスク様……」

「本当に服を着られて良かった」

 そうして俺達は雪を踏みしめ踏みしめ、ひたすら進んだ。

 俺とエピはしっかり冬装備になっているが、カラン兵士長は多少寒そうな恰好である。まあ、全裸よりはマシだが!

 ……ここ数時間で分かった事だが、この人、行動力と思い切りはものすごいが、計画性はイマイチなところがあるっぽいな……。

『歩くときは雪だまりに気をつけて。杖で適当に地面を突いて確認しないと危ないからね』

「杖っていうかフランスパンだけどな」

 だが、ハイヴァー出身なのか、レギオンが雪道の歩き方をある程度レクチャーしてくれるので助かっている。

 適当な石からフランスパン生やして杖代わりにして雪の深さを適当に確かめながら歩いている。

 所々、フランスパンがズボッ、といく所があるからな。こわいこわい。

「タスク様、誰と話してるんだろ」

「さ、さあなあ……」

 尚、エピには怪しまれたし、カラン兵士長にはその都度共犯者としてフォローに回ってもらった。

『私はあっちの女の子の方が居心地が良かったと思うのよね』

「エピは駄目」

『俺もあの子の方が』

「駄目」

『駄目か』

「駄目」

 俺にも分別というか矜持というかプライドというか良識というか、そういうもんはあるのである。




 そうして雪道を歩き続ける事数時間。

 多分、レギオンが憑いてなかったら体力が持たなかったと思う。

「ど、どうしてタスク様もカラン兵士長も、平気なの……」

 憑いてないエピは雪道のハードさにもうダウンしていて、俺とカラン兵士長に交代で運ばれている。

「……重くない?」

「いや全く」

 何といっても、レギオンパワー。エピを背負ってても普通に雪道を歩ける。流石だぜレギオンパワー。

「あ、見えたな」

『ああ、あれだ』

 レギオンは見え始めた湖とその傍らの森を見て、嬉しそうな気配を漂わせている。

 ……なんかあるのかな。




『もう少し森の奥に入るぞ』

「お、おう」

 そうしてレギオンは俺達を引っ張って森の奥へと入っていく。

「た、タスク様ー、どこ行くのー?」

「もうちょっと先まで」

 エピを誤魔化しつつ森の中へと進んでいくと、ふと、何かの声が聞こえたような気がした。

『うむ、近い』

「何が?」

 脳内のレギオンに尋ねると、レギオンは答えた。

『オークの巣だ』


 ……オーク、ねえ。

 オーク……。

「それ、エピが危険じゃあないだろうな」

『な、なんで女の子限定で?』

「オークっていう生物に対して俺はそういう偏見しか持ち合わせてねえんだよ」

『まあ、ヤバンな生き物だけどな、大丈夫だ。今回に限っては』

 レギオンの謎めいた答えを疑問に思う間もなく、目の前にそれは現れる。

「ぶひ」

 ……うん。

「豚だなあ」

「ぶ、豚じゃないよタスク様、これ、オークだよ!」

 うん、まあ、そうなんだろうな。豚ってのは普通、二足歩行はしないだろうし、ここまで不細工でも、険のある顔でもない。

「ぬ?……そ、そうか」

 一方、カラン兵士長も脳内でレギオンの半分と会話しているらしい。

 ふむ。

『タスクさん、お世話になりました』

「ん?」

 そして俺の方のレギオンも、語り掛けてくる。

『我らは救われた。礼を言う』

『追われ、蔑まれ、閉じ込められ忘れられる私達が初めて受け入れられた。私達を救うには十分だった』

『だから僕らはこの地を離れられる』

『俺達をあの豚共に入らせてくれ。何、ただ見送ってくれりゃあいい』

 立て続けに『レギオン』の声が代わる代わる聞こえる。

「た、タスク様ー!オークがいっぱい出てきたー!」

 そしてそうこうしている間に、俺達の前の前にはすっかり、オークの群れが集まっていた。

 ぶひぶひ言ってるが何言ってるか分からん。分からんがエピを指さすんじゃない。大体お前らが何の相談してるのか俺には分かるんだからな!この豚が!


「うおっ!?」

 目の前のオークと脳内のレギオンとで頭がいっぱいいっぱいになった時。

 カラン兵士長の素っ頓狂な声が聞こえた。

 そして。

『さようなら。幸多き旅路を』

 す、と、脳内から遠ざかる声。

 続いて、俺の体から何かが抜け出すような、ぞわっ、とくる感覚。

 ……レギオンは俺とカラン兵士長から、出ていった。


 では、どこへ行ったのか。

 その答えは、目の前にあった。

「……ぶ?」

 オークの1体が、硬直した。

「ぶひ?」

「ふご」

「ぷー」

 更に、立て続けにオークたちの様子がおかしくなり。

「ぶごー!」

 一際大きな雄叫びを上げると、オークたちは一斉に、走り出した。

 ……湖に向かって。




「……オークがみんな、湖に落ちちゃった……」

 氷の張った湖は、今やその氷を砕けさせ、その中に大量のオークを沈めて、静かに波打っていた。

「な、なんだったんだろ……なんだったんだろ、タスク様、今のなんだったんだろ」

「さあなあ……」


 こうして、『レギオン』はオークの群れに入って、湖に飛び込んだ。

 死んだ、んだろうか。……いや、成仏?昇天?うーん。

 ……まあ、何にせよ、だ。彼らは彼らなりに思うところがあってそうしたんだろうし、それについて俺がとやかく言うもんでもないよな。

 さようならレギオン。『幸多き旅路を』。




「……力が出ねえ」

「俺もだ」

「えっ、えっ、ど、どうしたのタスク様、カラン兵士長」

 レギオンが抜けたことにより、俺もカラン兵士長も、一気にパワーダウンした。

 ……力だけ、置いてってほしかった……。


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