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64話

 エスターマ王国の王都で共に戦ったカラン兵士長が今、俺の目の前で、全裸で暴れている。

 一体何が起きているのかよく分からない。夢か。これは夢か。ひっでえ悪夢である。

「タスク!誤解しないでくれ!体が勝手に動くんだ!」

「えっ?えっ?あの、タスク様、カラン兵士長さんなの?」

「エピは見ちゃいかん」

「エピ!タスクになんとか言ってくれ!」

「えっ、えっ、あの、タスク様」

「見ちゃいかん」




 混沌とした状況はそのままに、とりあえず、エピだけちょっと離れた安全な場所に置いてきた。これで二次災害は抑えられる。

 そして俺はカラン兵士長の話を聞いたわけなのだが。

「……つまり、俺達を追うために、辞職した、と!?」

「ああ!」

 この人、なんと、あっさりと辞職してきたらしい。


「王が国を救った恩人を殺そうとしたのを見て……国を愛する心は変わらないが、王に仕える気は失せた。それに、お前達が自由気ままな旅をしていることも聞いていたからな、少し憧れたんだ」

 カラン兵士長、あっさりと言って笑っているが、『兵士長』だったんだよな?つまり、『兵士』の『長』だったんだよな?それ、よく辞職できたな!

「まあ、王の方も俺に愛想が尽きたらしいからな。丁度良かっただろう」

「あー……それ、もしかして」

「気にするな。タスク達のせいじゃない。仮にそうだったとしても、それで辞職できたんだから安いものだ」

 そう言ってくれると、救われる、というか。

 ……まあ、なんだかんだ言って、この人、良くできた人だよな、と思う。俺をエピが入ってる風呂にけしかけたり、現在全裸で荒ぶる動きを見せてくれたりはしているが。うん。


「で、まあ、お前達がオートロンに行くつもりなのは知っていたからな。プリンティアから来た、というのも聞いていたから、じゃあ次はハイヴァーだろう、と思ってな。船でハイヴァーに渡ってからオートロンに向かえば、どこかでは会えるだろうと思ったんだ」

「成程」

「それで山脈を越えようとしたら……急に地面が崩れてね。気づいたらこの洞窟の中に居た。多分、どこかの天井が崩れてるはずだ。俺がそこから落ちてきたからな」

 うわあ、そいつは災難だったな。よくご無事で。

 ……まあ、こうしてカラン兵士長(よく考えたらこの人辞職したんだからもう兵士長じゃないんだが、兵士長は兵士長なのでこのまま兵士長呼びでいこうと思う)がここに居た理由が大体分かった。

 が。

「で、何故全裸なんですか」

 こっちは分からん。




「それが俺にも分からないんだ」

 カラン兵士長、この間も全裸で暴れている。

「言っちゃあ何ですけど、かなり見ていて不思議なかんじです」

「だろうなあ」

 どうやら、体が勝手に動く、とのことだったから、カラン兵士長自身は体の動きを止めようとしてるんだろうしな。

 実際、そういう様子が所々に見えるので、なんとも。

 更には、カラン兵士長の勝手に動く体とやらは、洞窟の壁面の岩や落ちている結晶の破片なんかで、時々自傷行為に励むもんだから、益々見ていて痛々しい。

 さて、どうしたもんか。

 カラン兵士長をこのままにしておくのはいくらなんでも忍びないぞ。


「タスク様ー!」

 エピの声が聞こえたので、カラン兵士長をパンに埋もれさせておいてから(つまり自傷防止の安全策)、エピの方へ向かう。

「どうした?」

「なんか声が聞こえるの」

 エピは困ったような、不安そうな顔をしながら、耳を塞いでいた。

 このままじゃ話にならんので、一旦、耳から手を離してもらって、だな。

「どんな声だ?」

「ええと……あああああ、また聞こえる、『追い出さないで』だって」

 ……『追い出さないで』?

 どこから?

 いや……。

『誰から』、なんだろうか。




 俺は、カラン兵士長の所に戻って、話しかけた。

「お前は誰だ。名前は何という」

 カラン兵士長が戸惑ったのは、一瞬だった。

 その一瞬の後、カラン兵士長は、口を開いた。

『レギオンという』




 カラン兵士長の口から出ながら、その声はカラン兵士長のものではない。

 もっと重くて冷たくて実体が無いような……つまるところ、『幽霊めいた』声である。

 あれだ。エスターマからオートロンの間の海で出会っちまった幽霊女の声と、質が似ている。(幽霊女は自称・幽霊じゃない、だったが。)

「じゃあレギオン。なんでお前はカラン兵士長に憑りついているんだ」

『随分前に居場所を失ったからだ』

 カラン兵士長の表情は全く変わらない。どうやら、本格的に憑りつかれモードに入っているらしい。

 すっかりカラン兵士長に憑りつきつつ、『レギオン』は、続ける。

『私は随分前、ある男の中に入った。しかし、他の人間達の手によって、私はその男ごとこの洞窟の中、鎖に繋がれた』

 ……もしかして、さっきの道に落ちてた古い鎖と枷って、そういうこと?

『私は鎖を引きちぎって、外へ出ようとした。だが、人間達はこの洞窟の全ての入り口を塞いで、私を閉じ込めた。やがて、私が入っていた男は死に、私はこの地へ縛られた』

 ふと見ると……足下に、骨のような白い破片が見えた。

 いや、単なる石の欠片かもしれないが……どうにも、骨、に、見える。

 もしかして、あれ……『レギオン』が以前憑りついてたっていう人のもの、なんだろうか。

 ということは、このままだとカラン兵士長もとり殺されるんじゃあないだろうか。

『行き場を失った私の前にこの男が現れたから、私はこの男の中に入ったのだ』

「お前、カラン兵士長も殺す気か」

『分からない。私は私の中の大勢がしたいようにしているだけだ』

 成程!この悪霊、ほっとく訳にはいかなさそうだな!


「ちなみに、何で全裸なの?」

『私の中の大勢がしたいことの間を取ったらこうなった』

 ……。




 さて。

「カラン兵士長ー」

「た、タスク!俺はどうしてた?意識が無かったんだが」

「あー、さっきまでちょっと中の人が出てきてました」

 呼びかければ、カラン兵士長は無事、戻ってきてくれた。尤も、体の方は戻してもらえていないようで、相変わらず、自らの体が暴れるのを自ら押さえつけるという、究極の1人相撲を繰り広げているが。全裸で。

「どうやらカラン兵士長は悪霊に憑りつかれているらしいです」

「なんてこった!どうしたらいいんだ、タスク、その様子だと、悪霊と話せたんだろう?何か言っていたか?」

「全裸は悪霊たちの意見の折衷案らしいです」

「意味が分からないぞ!」

 俺もわかんね。


『レギオン』が裸族なのは置いておいて、だ。

 問題は、この状況をどうするか、だよな。まさかこのままほっとく訳にはいかないし。

「で、カラン兵士長。こういう時、悪霊を追い払う方法、何かご存知ですか?」

「い、いや……くそ、残念だが、俺はそういう知識には詳しくないんだ」

 が、これである。

 そうか。まあ、初めから期待はしていなかったとも。


「エピー」

「はあい」

 続いて、エピにも聞いてみる。

「悪霊を追い払う方法、何か知ってるか?」

「え?うーん……太陽が苦手って聞いたことがあるけれど……」

「あの状態のカラン兵士長をお天道様の下に連れていくとか罰当たりにも程があるからな、却下だ」

「えええ、だったら、あとは火あぶりとか……?」

「カラン兵士長が死ぬから却下だ!」

 まあ、こっちも期待はしてなかったとも!




 ……さて。

 このまま何もしない訳にはいかない。カラン兵士長は今も尚、全裸で暴れつつ自傷行為にも励む、という状況にある。

 だが、かといって、この状況を改善する策もまた、無い。

 というかだな。相手が悪すぎる。

 何といってもこの悪霊、『レギオン』。俺と滅茶苦茶に相性が悪いのである。

 カラン兵士長に憑りついている以上、物理的な攻撃を加える訳にはいかない。

 そして、魔法的な攻撃ってのは俺、全くできないからな。パンでもワインでも物理的なサムシングでも解決できないモンは本当にお手上げである。

 要は、カラン兵士長の除霊ができればいいんだが。除霊。

 ……除霊。




 ということで、俺はひたすら、知り得る限りの除霊方法を試すことにしたのであった。

 パンもワインも物理的な攻撃も全部駄目ってんなら、後は俺が持ってる武器は『現代知識』しかねえ。

 魔法の世界が何だってんだ。俺の世界にだって除霊の1つや2つはあるんだぜ!

 最早ここまで来たら駄目元ででもなんでもやってみるっきゃねえな!


「タスク、何故俺の頭の上にパンを乗せるんだ」

「本当は塩撒きたいんですけど、塩が無いので、塩バターパンで」

「美味そうな匂いが頭の上からするんだが……新手の拷問か?」


「タスク!な、何をする!」

「やっぱり御祓いには酒かなって」

「だからってワインを掛けるな!」


「悪霊退散!悪霊退散!」

「タスク、その歌と踊りは何なんだ?」


「破ァ!」

「ん?な、何か効いたような気が……」

「いや、気のせいだと思います。俺、寺生まれじゃないし修行もしてないので……」


「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」

「ど、どうした!?タスク!何故尻を叩きながら白目を剥いて飛んだり跳ねたりしているんだ!?ま、まさかお前にも悪霊が憑りついたのか!?」




 ……ということで、一通りやってみたが駄目であった。せつない。

「くっそ、この悪霊強いな!」

 無論、それもこれも、カラン兵士長に憑りついている悪霊が強すぎるのが悪い。俺が弱いのではない。俺は悪くねえ。

「タスク、もういい。気にしないで俺をここに残していってくれ」

 終いにはカラン兵士長がこんな事を言い出す。

「タスクより先に俺がここに来たことで、タスクやエピが憑りつかれずに済んだのかもしれない。そう考えればまあ、多少は恩に報いることができた、っていうことでもいいだろう?」

 更にはそう言って、笑顔を見せてくれた。

 ……なんというか、出来過ぎた人である。この人、心底出来過ぎた人である。

「だからタスク。気にせずにエピと一緒に行ってくれ。俺はもうしばらく、ここでこの悪霊と一緒に居ようと思う」

 なので、まあ、そう言われても、だな。

 ……。

「なあ、『レギオン』。半分ぐらい、俺の方に来ないか?」




 呼びかけると、『レギオン』が反応した。

『半分ぐらい?』

「お前、集合体なんだろ?で、その中でも意見が合わないから、カラン兵士長が今大変なことになってるんだろ?」

 自傷行為に励んだり、全裸になったり。うん、主に全裸の方で。

「なら、意見を2つに分けて、その半分の方が俺の方に来たら、多少マシになるんじゃねえの?」

 提案してみると、レギオンは悩むような素振りを見せた。

 ……うん、もうひと押ししてみるか。

「さっきエピ……ああ、向こうに居る女の子に、『追い出さないでほしい』って言ってただろ。なら、追い出さないでやるよ。だから一緒に行こう。ただし、暴れたり全裸になったりしなければ、の話だ」

 どうだ?と問いかけると、レギオンは……やがて、頷いた。

『外へ。この地の外へ、行きたい。連れて行ってくれ』


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