63話
そして。
「いやああああああ!山の中で遭難はいやあああああああ!」
「山の中っつっても、意味が違うもんな」
俺達は、山の中で遭難しかけていた。
……つまるところ、山をパンにしつつ山の中に潜っていったはいいものの、如何せん距離が距離だから方向感覚がすっかり狂って、多分、山の中で迷子になった。
勿論、山の中っつっても、物理的に中である。
要は、*やまのなかにいる*。
山に埋もれるなんて、そうそうできる経験じゃないな!
埋もれっぱなしだとエピがえらいことになりそうだったので、とりあえず少し広めにパン化して、押し広げて小部屋にした。
体がパンに密着している状態ではなくなり、エピは多少落ち着いたらしい。
「今日はここで寝ましょ、タスク様。このまんま進むなんてもう駄目」
「そろそろ疲れたよな」
ずっとパンもとい山の中に居るので時刻が分からないのだが、多分、もう夕方ぐらいになってるんじゃないだろうか。分からんが。
「ちょっと灯り点けなきゃ、何も見えないよね。ここ燃やしちゃうわけにはいかないし……」
「下手すると死ぬもんな」
エピが荷物袋をごそごそやって、灯りになりそうな物を探す。
「あ、これ丁度いいかも」
そして取り出したのは……。
「……それ」
「あっ、ランジュリアで貰った、遠見の魔鏡」
例の、のぞき見魔道具であった。
なんか嫌な予感がしつつも、他に光源も無い。
俺とエピはくっつきあうようにしながら魔鏡を覗き込む。
「……魔王様、お言葉ですが」
「何だ」
「以前の、豆のジャムが入っていたものや最初のごくありふれたものならいざ知らず、そのように刺々しく妙に硬く、更に血にまみれているようなパンを魔王様がお召し上がりになるべきものではないかと」
「しかし折角鉄の悪魔が送ってきたのだぞ」
「お心づかい痛み入ります。しかし、恐らく事故です」
「だが美味い」
「それはようございまし……え、美味いのですか?」
「ああ。確かに硬いが、噛みしめればじんわりと小麦の甘さと適度な塩味が染み出してくる。そしてこの風味。一体何が隠し味なのであろうか」
「悪魔の血では」
「そしてこの硬さ。むしろこの硬さは味わいの為に必要不可欠なものであろう。人を殺せそうな硬さではあるが、余の歯の前では只のパンに過ぎぬ。これは良いパンだ」
「それはようございましたなあ」
「魔王様ー!魔王様ー!お食、事、中……ですか?それは」
「魔王様はお食事中であらせられる。これはパンである」
「パンでしたか!大変失礼いたしました!取り急ぎご報告致します!」
「手短に申せ」
「只今、神の玉梓を追っていた銀の悪魔が帰還いたしました!」
「何!?そ、それはまことか!遂にあの悪魔の兄弟が!」
「は、はい!つきましては……」
……。
「ここで終わるのかよ!」
「もうちょっと!もうちょっと見せてよー!けちー!」
何が悲しくて魔王がパン品評してるシーンだけ見なきゃならねえんだよ!もうちょっと重要そうな所見せろよ!
これだから覗きの道具風情はよお!
何か、こう、やりきれないかんじのもやもやを胸に抱えたまま、俺達は就寝することにした。
遠見の魔鏡は罵倒しても念じても拝んでも擦っても撫でても全く反応しなかったし、肉体だけじゃなく精神まで完膚なきまでに疲れ切ったので、もう、寝ることにした。
「お休み」
「おやすみなさい。……山の中だからかなあ、あんまり寒くないね」
「ハイヴァーに近づいてはいるはずなんだけどな」
山の中だからか、あまり冷えないのが救いである。
パンの小部屋を狭めに造ったからか、割と、俺達自身の体温で空気が温まった感もある。
「それに、くっついてればもっと暖かいよね!」
……。
更に温いのがくっついてきたので、余計に温い。
温いが、これはなんか、こう、眠りやすくなるかっつうと微妙なラインである。
「おやすみなさーい」
あ、俺が対処を迷ってる間にエピはもう寝やがった。エピ。エピよ。俺はな、こう、なんか、こう……。
……物申したいことが、割とあるぞ……。
おはよう。起きた。ということは寝てたんだから、結局俺は寝たってことになる。まあ、疲れてたしな……。
ということで、早速手近な石をパンにして食べて朝食(いや、今が朝かどうかもよく分からないのだが)を済ませたら、早速、ハイヴァー(と思われる方向)に向かって出発である。
そうして、どれくらいパンを進み続けただろうか。
俺の後ろから聞こえてくるエピの「ぱん……ぱん……」という悲し気な声が弱ってきたころ。
ぽかっ、と、急に、体が抜けた。
「うおっ!?」
唐突にパンじゃなくなったので、当然、戸惑う。
更に言えば、抜けた先が特に明るくもなく……そして、かといって夜空が広がっている訳でもないので、ますます、戸惑う。
「あ、あれ?ここ、どこ?」
後から来たエピも、さっきまでのパン地獄を忘れたように戸惑っている。
……そう。
「多分ここ、山の中の……鉱脈、なんだろうな」
俺達の目の前には、所々幻想的にぼんやりと光る、洞窟が広がっていたのである。
「わああ、綺麗ね」
折角なので、洞窟の中を少々探索することにした。
何といっても、今まで真っ暗な中、ひたすらパンに向かって体当たりし続けて道を切り開き続けるという地獄を味わってきたのである。
幻想的に輝く結晶がちらちらと見える岩壁に囲まれたこの空間。(そう。空間である。パンの中に居ると空間って概念すら無いからな!)俺達の心を癒すにはもってこいだったのだ。
「凄いな、これ。魔法のなんかか?」
「この光でしょう?多分、そうだと思う。凄く綺麗……氷みたい」
洞窟の中、あちこちに顔を出す結晶は、透き通って、かすかに薄青く、まるで氷のようである。
ただし、内部に光を宿しており、ぼんやりと明るい。かといって、熱い訳でもない。これ、持っていけばランプ代わりになるな。便利便利。
特に大きくて明るい結晶を1つ折り取って(根元をパンにしてから折ったら簡単に折れた)、ランプ代わりに持ち歩きつつ、俺達は洞窟の中を進んだ。
「こんなに綺麗な所なのに、あんまり人には知られてないのかな。ローゲンの人達もトラペジットの人達も教えてくれなかったし」
「知られてたらこんなに綺麗じゃないかもな」
ハイヴァーとオートロンの間にある山だから、どっちの国も手を出せない、とか、そういう理由かもしれないが……なんとなく、誰にも見つかっていないからである、という理由であってほしいなあ、と思う。なんとなく。
そうして観光がてら、洞窟の中をのんびり探索していると。
「……ん?」
ふと、この洞窟にそぐわないものを見つけた。
「これ……鎖?随分古いみたいだけれど……」
それは、千切れた鎖であった。大昔のものなのか、表面はすっかり錆びて脆くなっている。
「よく見ると、結構あるな、これ」
よくよく地面を見てみれば、千切れた鎖らしきものや、枷の残骸のようなものもいくらか見つかった。
それから、更によくよく見ると……血痕の、ようなもの、も。
「た、タスク様ぁ」
「まあ待て、エピ。これ、大分古いから。現在進行形でなんか起きてるとは思いにくいだろ」
昔から延々とここが『そういう』場として使われているのだとしたら、流石に何かの話は聞いていていいだろう。
そういう話が今までの町や人から一切聞こえてこなかったということは、まあ、つまり……『使われていた』のだ。
過去形。現在進行形じゃなくて。遠い過去のいつか、ここでなんか、こう……鎖で枷で血痕なかんじの何かがあった。うん。そういうことだろう。多分。なので、エピは別に不安そうな顔をしなくていい訳だ。うん。
ということで、結論も出たし、これで安心してさて、戻ろうか、というところで。
「……なんか聞こえた」
「聞こえたなあ」
地下から、何か、唸りのようなものが聞こえた。
「……地鳴り、かなあ」
「いや……地鳴り、ってかんじじゃあ……」
唸りはより強くなる。
それに伴い、俺の脳内で益々強く警鐘が鳴り響く。
「エピ、逃げ」
咄嗟に逃げようと、エピの手を掴んで元来た道を走り出した、のだが。
「あああああやっぱりいいいいいいいい!」
……間に合わなかった、というか。『相手が』間に合った、と、いうか。
割れ砕けた地面から、ぬっ、と、腕が現れると、俺とエピの脚を掴んだ。
そして、穴の奥底へと引きずり込んでいったのであった。
……あああああ。
引きずり込まれるっつっても、ただ引きずり込まれる俺ではない。
引きずり込まれながらも落ち着いて、着地地点をパンにした。そのおかげで俺もエピも無傷で着地。
「ぷは、な、何が起きたの!?」
俺はエピよりも早く状況を把握し……目の前に立つ、『そいつ』……いや、『その人』を見た。
「……エピ、み、見ろ」
そいつは、パンに半分埋もれた俺達の前で、暴れるように、しかしその、暴れる自らの体を押さえつけるかのようにも動いており……何より!
「あ、ちょっとまってエピ見るな。見ちゃ駄目。はい、あっち向け。あっち」
「えっ何!?何、タスク様、ちょ、ちょっと、前が見えないよう」
「見るな見るな見るな。見るのは俺がなんとかしてからにしてくれ頼むから」
なによりっ!
「そ、その声は!?も、もしかしてタスクとエピかっ!?」
「お久しぶりですとか、何故こんな所に居るのかとか、何故暴れてるのかとか、何故俺達を引っ張り込んだのかとか色々聞きたいんですが!まず!」
「カラン兵士長!なんで全裸で暴れてるんですか!?」