62話
「そ、それはいつ頃の話ですか」
「もう結構前だよな……」
「石のゴーレムって、ファリー村に来たのだもんね。旅の最初よね」
それとも、石のゴーレムを使う悪魔が大量に居るんだろうか。石1号、石2号、みたいなかんじで。
「ぬ、ぬう……しかし、呪いはそのまま……ま、まさか、この呪いは解けない呪いなのでしょうか……」
爺さんは1人、大層おろおろしながら席を立った。
俺達もついていくと、爺さんは更に深く地下へと進み……部屋の扉を開けた。
するとそこには、石像が大量にあった。
老若男女、数多の石像である。
それぞれ、突っ立ってたり、座った状態で振り向いてたり、何かから逃げようとしていたり、一体何をしていたのかよく分からないエキセントリックなポーズだったり……と、様々ではあるが、表情は大体皆一様に、驚きであったり、恐怖であったり。
まあ、つまるところ、石にされた、っていうかんじの表情である。
「ああ、儂が、儂がふがいないばかりに……」
爺さんは石像の1つに縋りながら、泣き崩れた。
が、まあ。うん。
「あのー、駄目元で良ければ、ちょっと、お力添えしますよ」
というか、俺は元々、このつもりであった。
石をパン(肉)にする。石化した人を戻す。
最早、この能力、このためにあるんじゃないかと思えるほどのマッチっぷりである。
ということで、早速。
「ぽん」
「……ん?あれ?わ、私は……?」
「あっ、治ったみたいね」
「し、信じられんっ!」
そして、これである。当然のように成功。
……色々と俺自身、なんかこう、思うところはあるんだが、まあ……失敗するよりは成功した方がいいに決まっているので、特に考えないことにした。うん。
その後、地下に安置されていた石像を全て元に戻した。
ついでに、感涙の余り泣き崩れる爺さんを、戻った人々が慰めたり元気づけたりするのを眺めつつ、腹が減っている人にはカ○パンを提供した。
というか、腹が減ってない人にも積極的にカニパ○を提供した。押し付けた。いや、布教した。
そうして、爺さんと街の人達が宴会~ローゲン復活祭、カニ○ンを添えて~が開催され始めたところで、ついでにワインも提供してきた。
「タスク様、だんだん作るの雑になってるよ」
「いいんだよ、どうせ酔っぱらってきたらワインの良し悪しとか分からねえだろうし……」
無論、復活した町の人全員分に足るワイン、となると、今後の貯蔵も考えてかなり大量になる。
結果、俺の作業が多少雑になるのは勘弁して頂きたい。
いや、雑になったからって味も雑になるとは限らないしな。いいよな、別に……。
ワイン製造機になるだけなったら、俺とエピは寝ることにした。
町の人達は俺達の参加を歓迎してくれていたのだが、ちょっと疲れ気味というか、眠いというか。
パンゴーレムと戦ってた緊張もあったし、旅の疲れもあるし。カニ○ンとワインの提供しすぎで疲れたし。
……そして何より、爺さんが中心に居た方がいいよな、と思うので。
確かに石像になった人達を戻したのは俺の能力だったかもしれないが、1人で20年間、町の人達の呪いを解こうとしていた爺さんの方が主役に相応しいもんな。
「ふわー……なんか、今日も色々あったね」
「ああ……まさかゴーレムが、最初からパンで出てくるとはな……」
借りた部屋(廃墟の中でもかなりマシな方の建物だ)の中、簡素な布団に潜りこみつつ、俺とエピは今日のパンレムに思いを馳せ……。
「……もしかして、タスク様の事、魔王に知られちゃったかな」
「多分」
お互いに未来に対して不安を感じたのであった。
「あの悪魔、本体が飛んでいったんだから、当然、俺の存在については情報がいくよな……」
「救世主が2人、って、気づかれちゃったよね……」
うーん、つまり、パンレムと戦った時にパンレムの悪魔が見た、俺の……。
……。
俺の、能力、は。
「ちょ、ちょっと待て。エピ。……俺、雨を集めて放射した以外になんかしたっけ?」
「え?……し、してない!よ、よく考えたらぜんっぜんしてないよ、タスク様っ!今回、タスク様、ぜんぜんパンにしてない!」
「だよな!?俺、今回のゴーレム、一切パン化させずに倒したよな!?」
「うん!だ、だから……も、もしかして……」
ここで、俺とエピは恐らく、同時に……思い至った。
「……多分、魔王には、俺の能力、正しく伝わらねえよな……」
「うん……」
まさか、石をパンに、水をワインにする能力者だとは思われまい……。
魔王について考えていたら、気づいたら寝てたらしい。起きたら朝だった。
「おはよ、タスク様。ね、見て見て」
珍しく、俺より先に起きていたエピが、窓の外を見て興奮気味な様子であった。
「ん、どうした」
「ほら!なんか、雨じゃなくて、もっとフワフワしたものが降ってきてるの!」
……ああ。
「雪か」
窓の外には、ちらちら、と、雪が降っていた。
そういやここ、冬の国との国境沿いだったな。
「雪?これが雪、なのね……わあ、ねえ、タスク様、雪って、空が晴れてても降るのね?私てっきり、雲から降ってくるんだと思ってた!」
「ああ、多分、風花だな。ほら、山のてっぺんの方、白くなってるだろ。あれ、積もった雪だ。で、あれが風に乗って飛んできてるんだ」
空は青く澄み渡り、そして、やや強い風が、軽やかに雪を運んでくる。
中々に風流な眺めであった。
「……綺麗ね……でも、寒くないのかな……」
「……凍死しかねないよな、あれ」
風流な眺めだ。うん。窓の外、広場で飲んだくれて行き倒れてる人達の姿が無ければ、もっと!
行き倒れてた人達は案外大丈夫だったらしい。あぶねえ。酒飲んで晩秋の寒空の下で行き倒れるとか、死にかねねえっ!
「いやはや、タスクさんには2度も救って頂いて」
「2回目は間抜けすぎるんでほんともう気を付けてくださいね」
宴会で酒飲みすぎて、行き倒れて、凍死。情けなさすぎる!ホントに死ななくて良かったっ!
「……さて、本題ですが」
「あの、真面目な話ならちょっと場所変えてもらってもいいですか」
宴会跡地でそのまま真剣な話を始めかけた爺さんには流石にストップかけた。
「これを受け取って頂きたいのです」
爺さんが爺さんの地下研究室の更に奥から持ってきたのは、古びた箱だった。
意を決して受け取った箱は、予想以上に軽かった。
蓋を開けると、そこには。
「指輪……だけど、宝石じゃないのね、これ」
箱の中は豪奢な絹張りになっていて、指輪が1つ、収まっていた。
だが、その指輪に嵌めこまれているものは、石ではない。
「これは、乳香です」
「乳香?」
問い返すと、爺さんは重々しく1つ頷いた。
「香木の樹脂でしてな。焚くとよい香りがします」
「なんでそんなもんを指輪に」
「分かりません」
指輪を焚けってか?
「……ですが、儂はこれについて、『神の乳香』であると、伝えられています。つまりは、神聖なものなのでしょう。恐らく、タスクさん……いえ、救世主様にとって、何か、大切な意味があるはずです」
『王の黄金』で、『神の乳香』か。
ゲームで言ったら何かのイベントアイテムっぽい響きだよな。多分、セットで働くやつ。
「受け取って頂けますかな」
「……はい」
だが、俺はもう、迷わないことにした。
救世主が2人居たっていい。何なら、100人ぐらい居てもいい。
もし、俺が持つべきものじゃなかったのなら、その時、井末に譲ってやればいい。
そして、もし、俺が持つべきものなのだとしたら……。
……ま、なるようになれ。エイメン。
受け取った指輪を、指に嵌める。
すると。
「またか」
「これ、なんだろね」
ぽわり、と、光る球体が現れて、宙に浮いたのであった。
エピがつんつん、とつつくと、やはり表面に模様が走り、前回同様、ぱかり、と開く。
「そしてまたこれか」
「うーん、また暗い所で見てみよっか」
球体の中から出てきた結晶を拾い上げて、俺達は2度目になってすっかり驚きの失われたイベントをこなしたのであった。
「な、なんですか、今のは!?い、今のが神の奇跡……!?」
尤も、爺さんだけは新鮮な驚きを味わえたらしいが。うん。
さて。
爺さん他、町の人達(大半が二日酔いであった)に見送られ、俺達はローゲンの町を出た。
これで、アルセさんが言っていたローゲンを救うっていうのはクリアしたし、『神の乳香』も貰ってしまったし、もう、秋の国オートロンに居る必要は無い。
つまり、俺達のこれからの目的は……。
「登山!」
「登山だね!タスク様!」
ユーディアさんが言っていた、ハイヴァーのイスカ村へのお使いである。
ローゲンの町を後にした俺達の目の前にそびえているのは、ちょっと険しすぎる程度に険しい山脈。
「……おかしいな。ユーディアさんの地図だと、この辺りから登り始めると割と楽らしいんだが」
「……もしかして、この辺り以外がひどすぎるだけで、ここも十分登りにくい、とかだったりして……」
だが、見渡す限り、山である。
滅茶苦茶険しい、山である。
なんというか、切り立ったかんじというか、土じゃなくて岩!ってかんじの冷たい色合いというか……こう、アルミホイルみたいなかんじである。うん。アルミホイルを適当にくしゃっ、として、立てたらこんなかんじ。多分。
「しゃーない、行くぞ、エピ」
「え、え、の、登るの?」
だが、ここで足踏みしていてもハイヴァーは近づかない。
俺は意を決して踏み出し……そして。
「……タスク様ぁ、それ、嫌」
「登山よりはマシだろうが。ほら、気張って進め」
とりあえず、山脈をパンにしてトンネルにすることにした。
ユーディアさん、ごめんなさい。
あなたにとって進みやすい道は、俺達にはちょっと進めないみたいなので俺達は俺達の道を行きます。というか、道を新しく作ります。
……まあ、トンネルできたら便利だよな。多分。うん、これは慈善事業ってことで……。
「いやああああパンがいっぱいいいいいやあああああああ」
エピはしんどそうだが!