61話
「どうしてパンなんかで戦おうと思ったんだこいつ」
「タスク様、それタスク様が言っちゃいけないと思う」
『ふふふ……探したぞ、神の玉梓!貴様を探して旅立った同胞達は皆、帰って来なかった!そして……代わりに送られてきたのは、記録の魔石ではなく!パンであった!』
……そういや、魔王様(仮)が食ってたな、パン……。
『一度目はただのパンであった。そして、二度目は、中に豆のジャムが詰まった謎のパンであった!そして三度目は、何やら血にまみれた、妙に刺々しいパンが!』
三度目のアレ、送られてたのかよ。飛ぶ前にパンにしたのに結局飛んでってたのかよ。なんで送っちまったんだ。血塗れトゲトゲパンとか、もし魔王様が食っちまったらどうするんだ。
そしてきっと魔王城は混乱したんだろうなあ……。そうそう何度もパン送りつけられてたらなあ……。
『記録の魔石ではなく、パンが送られてきた。これが示すところは、つまり!』
そして、パンゴーレムは、ビシリ、とポーズを決めて、(多分中の悪魔が)言った。
『パンでゴーレムを作れ、ということだ!』
うーん、惜しい。
「パンっくらい、簡単に壊せるんだからねっ!」
そしてエピの鞭が一閃。
石すら砕いたエピの鞭である。パン如きが壊れないはずもなく……。
『ふはははは!甘いっ!甘いわ!』
が、パンゴーレムは、無傷であった。
『パンでゴーレムを作るのだ!これしきの対策はとっくに済んでおるわっ!』
そう言いつつ、振り下ろされるパンゴーレムの拳。
俺達が避けると、石畳が轟音を立てて割れ砕けた。
こんなのパンじゃない。
とりあえずパンゴーレムがガンガン攻撃してきたので、一旦隠れた。
「どうしようタスク様!このパンすごく硬いよ!しかもパンなのに速いよっ!」
「まあ落ち着け、エピ」
滅茶苦茶硬いパンのゴーレムから隠れて廃墟の裏で息を潜めつつ、俺達はざっと、作戦会議である。
あのゴーレム、どうなってんだ。パンだって割に、滅茶苦茶硬いし滅茶苦茶速いが。
「あのパンゴーレムって、滅茶苦茶に硬いパンでできてるんだろうか」
あの材料なんだ?フランスパンとか堅パンレベルだったら、エピの鞭で多少の傷はつくよな?ならパンダリウム合金とか?
「うー……多分、違うと思うの。鞭が当たった瞬間、へにゃ、って、力が抜けちゃったから」
が、流石のエピ。攻撃が効かなくても、しっかり情報は拾ってきた。
「多分、魔法よ。パンの周りに、魔法が張ってあるの」
ほう。
「だから、攻撃しても、パンに当たる前に、力が無くなっちゃうの。そういう魔法があのパンのゴーレムの周りにできてるんだと思う」
成程。だから、パンのゴーレムなんぞ作っても、自重で潰れたりしない訳か。便利だな、魔法。
「……でも、あの魔法、ありとあらゆる全てを無効化する、って訳じゃあなさそうだな」
「えっ?」
「香りだよ。あのパンゴーレムからは焼き立てパンの香りがした」
つまり、パンゴーレムの周りに張ってある魔法は、『全てを遮断する』みたいな魔法ではない、と思われる。
そして、エピの鞭が通らなかった事と、パンゴーレムの拳が石畳を砕きまくっていることから、『内外から加わる物理的な力に非常に強い』と考えられる。
ふむ。
「……エピ。前、エスターマの王都でゴーレムと戦った時の事、覚えてるか」
「え?うん。あの、爆発しそうになった奴、だよね」
そして爆発の魔法の心臓部がパンになった奴だ。
「……あっ」
そこでエピは、気づいたらしい。
「そっか、魔法がパンを強くしてるなら、その魔法の源をパンにしちゃえばいいのよね!」
うん。それも1つ、アリだな。
だが。
「魔法の心臓部がどうなってるかは分からんが、対策されてる可能性は高い」
「あー、そ、そうだよね。とんがって血塗れのパンが、届いてるんだもんね……」
まあ、対策されてない可能性に賭けて、もう一回同じ手を使う、ってのもアリではあるんだが。
「それに、まあ、手の内はギリギリまで明かさないに限る。失敗した時のリスクがでかいからな。……ま、要は、魔法の『心臓部』がどうなってるかは分からない。だが、魔法の『対象』ははっきりしている、ってことだ」
「対象……ええと、つまり、パンだよね」
「ああ。パンだ。所詮、パンだ。つまり、小麦粉でできてるもんだ。ならば……」
どんなに硬かろうが、元は小麦粉なのだ。ならば!
「とりあえず濡らそう」
エピが雨を降らせる。滅茶苦茶弱い雨ではあるが、一応雨だ。
『……ぬっ!?』
この時点でパンゴーレムは少々驚いたらしい。が、まあ、この程度の雨じゃあびくともしないんだろう。特にそれ以上気にする様子も無く、俺達を探している。
……そこへ、だ。
俺はフライパンをパンゴーレムに向けて構える。
そしてエピが降らせた雨を一気に集める。
いくら0.5mm/時の雨だったとしても、広範囲に降ってるものが一気にフライパンの面積に集まれば、そこそこの量になる。
それを一気に!発射すれば!
『ぬおっ!?』
パンゴーレムをより効率的に濡らすことが可能である!
『な、何をする』
「いいぞ!効いている!」
「パンだもんね」
『こ、こら、やめんか』
「魔法で強くしても、強くする元がずぶぬれのパンじゃ、たかが知れてるよなあ?」
「あっ、とけてきた」
『このっ……あっ……』
「振った腕がもげたぞ」
「よーし!タスク様、もう一息っ!」
……こうして。
パンのゴーレムは魔法で強化されていたにもかかわらず、耐水性は無かったため、潰えた。
「パンなんかで戦おうとするからこうなるんだ」
「それ、タスク様が言っちゃいけないと思う」
「お……おのれ……何故こうなった……!」
「逆になんでこれでいけると思ったんだよ」
この悪魔、脳味噌の中身どうなってんだ。
いくら仲間からパンが送られてきたからって、これはねえよ。
ましてや、パンを強化してゴーレム作る技術があるなら、もうちょっと違う材料で作れよ。
「こうなったら、せめて、情報だけでも……!」
そして、濡れて潰れたパンから這い出してきた悪魔は、いつもの如く石を出してきたので。
「今度はカレーパン」
「刺激的ね」
カレーパンにした。
……のだが。
「ふはははは!馬鹿め!そっちは囮だ!本命はっ!」
悪魔はそう叫んだかと思うと。
「自分自身の脱出よっ!」
……飛んでいった。
「あー……」
「そっかあ、そうだよね、逃げられるんなら逃げるよね……」
悪魔が青い空へと消えていくのを見送って、俺達は勝ったような負けたような、微妙な気分になったのであった。
まんまと悪魔には逃げられたが、ポジティブに考えれば、悪魔を退けた、ってことにできる気がするから結果オーライ。
「で、問題は石化した人が居ないってことだな」
そして俺達はもう一度、さっきの問題に立ち返ることになる。
「どこいっちゃったんだろ」
つまり、このローゲンの町。
人が石化して滅びたって割に、その石化した人が居ないのであった。
探し回る事30分。
廃墟という廃墟を全て確認したものの、人はおらず。
「もしかして既に風化した後?」
「うーん、でも、その割には建物は残ってるもの……」
自然に消えた、とは思いにくいんだよな。つまり、誰かの手によって、石化した人達が持ち去られた、と考えられる。
だとすれば、どこへ、だろうか。
「……持ち去られたなら、何故、犯人は持ち去ったか、だよな」
「もしかしたら、もう壊しちゃった、とか……」
エピの発想が怖いぜ。
「或いは……観賞用、とかか……」
「こ、怖いよタスク様っ!」
でもそれ以外に思いつくか?
壊したでもなく、観賞用に変態が持っていったでもなかったならば……。
「……治療法を探しているのですじゃ」
「ひっ」
「ひゃっ!?」
背後から突然掛けられた声が、正解らしきものを語りかけてきた。
「治療する前に風化してしまっては、治せるものも治せませんからのう……」
振り返れば、そこには、『THE・魔法使い』ってかんじの爺さんが1人、佇んでいたのであった。
「粗茶ですが」
「ほんとにな」
「お茶じゃない……!」
そうして俺達は、爺さんの研究所・兼・石化した人達の安置所へと連れてこられた。
風化の影響を考えると当然なのだが、地下に部屋を作って、そこで安置と研究を行っていたらしい。
が。
「町までは遠いですし、ジジイ1人の生活ならばここで取れる野草や木の実で十分ですので。……買い出しに行くほどの事はありませんからなあ」
「でもこれはお茶じゃない」
「お茶じゃない」
「まあ、白湯ですが」
……この爺さん、研究に明け暮れるあまり、食生活を疎かにしている模様。
そのせいで出てきたお茶がお茶じゃなくてお湯だった。というかぬるま湯だった。健康的だな。カフェインレスだな。妊婦さんでも安心してお飲みになれるな。ああ。
ぬるま湯だけの卓ってのも侘しすぎるので、お茶請けがてら、小ぶりなサイズのあんぱんとメロンパンとクリームパンとカニパ○を作って並べて、再開。
「ことの起こりは、今からもう20年も昔の事です」
「だいぶ前だね」
爺さんの話を聞きながら、エピはクリームパンを齧っている。俺はカニパ○齧ってる。
「石の悪魔の呪いによって、この町の住民は皆、呪いを受け……ご存知の通り、石と化したのです」
実はご存知ないのだが。まだ石になった人達見てないし。
「おじいさんはどうして助かったの?」
「儂は1人、エラブルの町まで買い出しに出ておりましたので……それで、1人だけ助かってしまったのです」
あー、そうか。だからこの爺さん、買い出しに行きたくないのかもしれない。
だからって、客にぬるま湯出すのはどうかとも思うが。
「そうしてそれ以来、儂は石の悪魔を倒し、呪いを解く方法を探していたのですが……残念なことに、悪魔を倒すことは難しい。ましてや、あれは、石の巨人に乗り込み、石の巨人を操って町を襲う悪魔でしたので……」
……なんか、なんか、聞き覚えがあるというか、見覚えがあるというか、心当たりがあるというか!
「なので仕方なく、ならば悪魔を倒さずとも呪いを解く方法を探そう、と、魔術の研究を……」
「あ、あの、あのね、おじいさん」
「すごく言いにくいんだが。滅茶苦茶に、言いにくいんだが……」
ものすごい心当たりがあるので、俺達は、爺さんの話を遮って、言った。
「多分その悪魔、もう、俺達が倒しました」
「……えっ」
爺さんがあんぱんを取り落とし、卓の上に、ぱふ、と落ちる軽い音が響き渡った。
……なんか、すまん。