60話
まだ見ぬ町なのに攻略法が見えちまった気がするが、とりあえずそれは置いておいて、だ。
アルセさんにもうちょっと落ち着いてもらってから、昨日の夜らへんから説明し直してもらう事にした。
「イスエ様がおいでになっている宿を訪ね、イスエ様と直接お話することができました。……結論から申し上げれば、イスエ様は間違いなく、救世主であらせられます。今回、町を守った光の壁も、イスエ様のお力でしたし、彼は、魔王を倒すべく、行動してらっしゃった」
アルセさん曰く、井末は『魔王を倒すため、冥府へと向かう必要がある』のだそうだ。
そして、今回手に入れた『ウェルギリウスの炎』は、冥府で迷わないように必要なものだったのだとか。
「どうやら、ウェルギリウスの炎を手にしたらルカの山が炎を噴く、ということはご存じなかったようです」
そこの真偽は分からんが、まあ俺には関係のない事なのでどうでもいいや。
「……しかし、タスクさんもまた、救世主であらせられる」
問題は、こっちである。
「石をパンにする奇跡を起こされた。あなたは……あなたも、救世主なのではありませんか?」
アルセさんの言葉に、返答に詰まる。
が。
「うん。タスク様は救世主の人だよ」
エピがあっさりと、言ってしまった。
……エピぃ。
「言っちゃってもいいと思う。だってアルセさん、もう1人の救世主の人の事も知ってて、それでもタスク様の方に知らせに来てくれたんだもん」
まあ……そうか。
うーん、あとはアルセさんが俺の存在を黙っててくれれば、特に問題はナシ、と。確かにね。
「ご安心ください、何か事情がおありなのは分かっております。タスクさんの事はイスエ様にも申し上げておりません」
「あ、助かる」
……いや、よく考えたら、それでもユーディアさんにはここがバレたのか。
ということは……あ。
「もしかして今、井末が持ってた『春の精霊様の石』って、ユーディアさんが持ってるのか」
「あっ、そういえば、そうよね」
井末が俺はともかく、エピに気付いてたら、絶対にこっち来るもんな。
俺達に気付いてないってことは、エピに無駄に反応する『春の精霊様の石』が井末の手元に無い、ってことだろう。
ユーディアさんがなんかやってくれたのかもな。
「そして私は考えました。何故か、この世界には今、2人の救世主があられる」
ユーディアさんの隠れた功労に思いを馳せていたところ、アルセさんが深刻な顔で続けた。ごめんなさい。
「それは、『2つの世界』を救うためなのではないか、と」
……2つの世界。
そういや、トラペジットで黄金の腕輪を貰った時も、『世界を分かつ救世主』なんつう表現が出てきてたが。
「世界はきっと、1つではないのです。……いえ、1つの世界の中に、無数の世界がある。それこそ、居る人の数だけ、きっと」
「あー、それって、私、分かるかもしれない。世界って広くって、知らないことがいっぱいあるんだって知ってるけれど……私の周りにある『世界』は、ファリー村だった」
ユーディアさんも言ってたな。『私にとっての世界は、ハイヴァーで、イスカだ』って。
もしかしたら、世界、っていうのは、その人の知る限りの全て、っていう意味なのかもしれないな。
……あ、そうか。この世界に、『世界全てを知っている人』は存在しない。
もし、『世界全てを知っている人』が居たならば……それは、『神』なのだろう。
「世界は2つあるのです。1つは、人の為の世界。そしてもう1つが、『神の為の世界』なのではないでしょうか」
「だから、俺が『民を導く救世主』の方だと」
「はい。イスエ様は神の為の世界を救う救世主であらせられる。そして、タスクさんはきっと、民の、人の為の世界を救う救世主であらせられるのだと、思いまして……」
そう言いつつも、アルセさんは歯切れが悪い。
何やら視線を彷徨わせている。
「……これは、神への裏切りなのでしょうか」
そういや、アルセさんは神官だったんだったか。だったら、『従来通り、救世主は1人』っていう方が都合がいいんだろうけどなあ。
「ううん、違うと思う。だって、神様は間違いっこないもの」
だが、エピはそう言う。
「あのね、私思うの。きっと、神様が救世主様を2人、遣わしたんだって。きっと、アルセさんの言うとおり、イスエさんが神様の世界を救う人で……タスク様は、私の……ううん、皆の世界を救ってくれる人なんだ、って」
エピは俺の服の裾をつまんで、何やら嬉しそうにしている。
「ああ……そう、ですよね。神は完璧な存在であられる。ならば、2人の救世主がおわす今の状況も、全ては神の御腕によって為された所業」
そしてアルセさんも何か納得したらしく、表情を明るくした。
「ありがとうございます。エピさん。ならばやはり私は、『民の為の救世主』へと、神の声を届ければよいのですね」
うん、まあ、納得したんなら、それでいいけど。
いいけど、さあ。
「でもそれ、井末にも言っておいていいんじゃないか?」
別に、俺にしか言っちゃいけないって訳じゃあないだろうし、だったら保険掛けといてもいいんじゃないか?
……と、思ったのだが。
「……胸を」
胸を?
「胸を、見てくるので。イスエ様は」
……。
言われると、勝手に視線がそっち行きそうになるが。
確かに、アルセさんは、こう……恵まれたプロポーションをしている。
うん、そういや火山の中歩いてる時、俺もその恩恵に与った覚えがあるが。あるが!
「なのでできればもうお会いしたくないです」
「……確かタスク様も」
「エピさん。エピさん、ちょっと待ってエピさん」
何か思い出しちゃったらしいエピを抑えつつ、険しい顔をしているアルセさんがそれでも美人であることに驚きつつ、エピが次第に自分のプロポーションを気にしてゆるゆると落ち込み始めたのを見てますます居心地が悪くなりつつ!
……だが、俺は、言いたい。
井末よ、同情するぜ。同じくY染色体を持つ者としてな……!
自分の中のY染色体を再確認したところで、俺達はエラブルの町を発つことにした。
「それでは、お気をつけて。『救世主様』。……町を救って頂き、ありがとうございました。この御恩は、いつか必ず!」
「アルセさんも元気でねー!イスエさんには気をつけてねー!」
まだ朝靄の消え切らない中を、俺達は歩いて出発した。
見送るアルセさんの姿はやがて、紅葉した木の葉の陰にすっかり見えなくなっていった。
……そして。
「……やっぱり大きい方が」
エピはアルセさんから離れたところで、再び凹み始めたのであった。いや、元々物理的に凹んでるっつうかあああいやなんでもない。凹んではいない。流石に凹んではいない。あまりでっぱってないだけで……あああああ……。
うん。すまん。ごめん。
「ローゲンの町って、ユーディアさんがくれた地図にも載ってるのね」
ユーディアさんがくれた地図が早速役に立つ。
どうやら、ローゲンの町は、冬の国ハイヴァーと秋の国オートロンを分かつ山脈の側にあるようだ。
まあつまり、当面の目的地であるハイヴァーのイスカ村まで行くのに、そこまでの寄り道はしなくて済む、ということである。
「……ええと、『石にされた人達』が居るんだっけ」
「確かそんなこと言ってたな。アルセさん」
そしてまあ……何をすべきかも、分かってるしなあ……。
「つまりパンにすればいいんだよな」
「肉ね」
石になった人ってさあ……まあ、そういう事だよな……。
そうして野営を挟みつつ歩いて進み、すっかり山脈が近づいた頃。
「あっ、あれじゃない?」
「……アレだとしたら、もう寂れてるってレベルじゃねーぞ」
遺跡を見つけた。
うん、遺跡。町とかじゃねえよ。もうこれ遺跡だよ!
ローゲンの町は、ノスタルジックとか寂寥感とか通り越す勢いで寂れた町であった。
町の中に踏み入っても、町の外とほとんど変わりがないっつうか……石畳の隙間からは枯草がわっさりと生えてるし、建物は崩れてるか、或いは残ってても遺跡レベルだし。
「あれ、石になった人が居るって聞いたけど……」
「居ないな」
そして、ゴーストタウンであった!
人っ子一人居やしないし、更に言えば、石になった人も見当たらない。
「アルセさんが嘘吐いた、っては考えにくいか」
「うーん、そう、だよね……あれっ?」
エピが何かを見つけたらしく、割れて草が顔を出す石畳の上を走りだす。
「見て、タスク様。これ」
エピが拾い上げたものは、宝石、だろうか。
きらり、と煌めく美しい石は、確かに目を引く。目の良いエピなら、尚更見つけるのが早い。俺だって、見つけ次第気にしてそっち行くだろうよ。
……だからこそ、罠にはもってこいだよな、宝石ってのは!
「エピ、上だ!」
「えっ」
宝石があった地点の真上。
上空から……。
『見つけたぞ!神の玉梓ぁっ!』
……。
「パンだ!」
「パンのゴーレムだ!」
小麦色をした、香ばしい香りの巨人が、降ってきた。
まさか、パンにする前からパンのゴーレムが来るとは、思ってなかったぜ。