6話
救世主は、パンの教えに従って旅立った。巫女も共に行った。
「巫女だもん……」
「そう落ち込むんじゃあない、エピ。お前は立派に村を守ってくれた。胸を張るんじゃ」
村長の家に着くと、そこには既にエピが居た。
そして、ひどく落ち込んでいた。
さっきまで鞭でビシビシやってたとは思えない落ち込みっぷりである。
「……さて、救世主様。此度は村を飢えから救うのみにあらず、魔物からも守って頂き、本当にありがとうございますじゃ」
「ああ、いや……はい」
村長にお礼を言われてしまったが、正直、成り行きでやっちゃっただけなので、なんというか、お礼を言われると居心地が悪い。
「それでですな、救世主様、我々に何かできるお礼はありませぬかな?このままやられっぱなしというのもいささか、性に合いませんでしてな」
「村長さん、その言い方だとまるで救世主様にいじめられたみたいよ……?」
しかし、これは素直にありがたいな。『お礼寄越せ!』とは言いにくい、日本人の和の心。
……よし。
俺が欲しいものは……ギャルのパンティも欲しいが、その前に、だ。
俺は考えなければならない。
さっきの、石の巨人もといその中の人たる魔物が言っていた言葉。
『見つけたぞ、神の玉梓』。
……あれの意味を。
「すみません、その前に、『神の玉梓』とは一体何ですか?」
「えっ、何ですかな、それ?」
「村長さん、さっきの魔物が言ってたじゃない」
しかし、村長も知らないっぽい。エピの顔を見てみても、分からん、とばかりに首を横に振られるばかりである。
……仕方ないから、俺が持っている情報だけで考えてみるか。
『玉梓』。
言葉の意味としては、手紙とか、使者とか、或いは南総里見八犬伝に出てくる人妻の名前とかである。
まさかあの魔物が南総里見八犬伝を読んでいるとも思えないので、考えられるのは『手紙』か『使者』。
んで、普通に考えれば、『使者』だろ。多分。
……ということは、『神の玉梓』とは、『神の使者』。
そう考えると、あの場に神の使者が居たって事で……。
……俺か!
俺だ!
多分あれ、俺の事だったんだ!そう考えると色々と納得がいくぜ!
衝撃の事実に思い当たってしまったが、思考は加速する!
『見つけたぞ、神の玉梓』から分かることは、これだけではない!
何よりも大切なのは、『俺が狙われている』事!そして、『既に俺の存在が魔王とやらにバレている』事、『あの魔物は俺を一目見ただけで救世主だと分かった』という事だ!
そしてこれらから導き出される答えは1つ……!
俺は、この村に留まっていると、多分、危険だ。
第一に、俺の居場所が既にバレている可能性が高い。
じゃなきゃ、なんでこんな(言っちゃ悪いが)辺鄙な村なんかに、あんなドでかい石の巨人なんて持ってくるのか。
第二に、もう一度、俺を探しに何者かが来る可能性が高い。
石巨人の魔物が独断による単独行動でもしてたなら話は別だが、もし、きっちりと管理体制が行き届いた組織の末端として活動していたならば……部下の行動ぐらい、普通は把握してるよな?
たとえ、送られてきたものがパンだったとしても、『あいつの身に何かあったのか!?』ぐらいは、分かっちまうよな?
……ということは、もう一度、この村に魔物が来る可能性が、極めて高い!
そして、第三。
……俺が居たら、この村に迷惑が掛かるからな。多分。
さて。
俺の灰色の脳細胞が、『この村を出よ』と告げている。
しょうがないね。まあ、できるだけ王都とか、王城とかからは離れた方が安全だろうしな……。
ということで!
俺が村長に貰いたい物が決まったぜ!
「ファリー村近辺の地図はありますか?」
「地図?いやあ、そんな貴重な物、こんな村には御座いません」
が、これである。
うん、まあ、期待はしてなかったよ!
「では、王都まではどのくらいかかりますか?」
「王都、ですか……はてさて……エピ、どのぐらいじゃったっけ」
「うーん、歩いたら半月くらい?」
……ん?
半月、も?
俺、その距離を多分、どんなに長くても1週間ぐらい……いや、『3日前後』で来たはずなんだが。
確か、『今から急げば祝福の夜の間にもう一度召喚できる』『召喚するのに3日ぐらいかかる』みたいなこと、あのおっさん達言ってたからな。そしてエピは、『祝福の夜に祈れば救世主が来る』みたいな事を言っていた訳だから、俺が殺されかけた時から長くても3日ぐらい、って事になるはずだ。
……というか、まあ、うん。水無しでも生きられる限界って、そんなもんだろ……。
「3日ぐらいでなんとかなったりは」
「あはは、空でも飛べないと無理よ、救世主様。だって間にお山があるんだもん」
が、アッサリ謎が解けた気がする。
山があるから遠回りして、半月もかかるのか。
つまりその距離を直線にして直通トンネルを掘った場合……。
……いや、その距離、直線にしても、3日で来れるもんか……?俺が召喚された場所って、もしや、王都じゃなかったのか?或いは、間にある山って、山脈っていうか、『滅茶苦茶薄くて滅茶苦茶長い』みたいな形してるのか……!?
あーくそ、地図が欲しい!どこかに地図落ちてねーかな!伊能忠敬でもいいや!
地図も伊能忠敬も拾える可能性は限りなくゼロに近いので、もう次いこう、次。
「異世界に行く方法をご存知ですか?」
「いや、聞いたことも無いですなあ」
会話一往復で希望が打ち砕かれたよ。というか期待してた俺が馬鹿だったよ。次いこう、次。
「なんかこう、7つ集めると願いが叶うような玉とかって」
「いや、知らんですなあ」
ああうん、まあ無いよね。知ってる。
「じゃあ、魔法少女になったら願いを叶えてもらえたりとか」
「なんですじゃ、魔法少女って」
はい。
……こっちも駄目か。
要は、俺は元の世界に帰りたい。この際、魔法少女になってでも帰りたい。
だが、そのとっかかりすら見えてこねえ。
『救世主』が居るなら神も居るんじゃないかと思うし、神ならなんとかしてくれるんじゃないかとも思うんだが、その神の端っこすら分かりゃしねえときたもんだ。やってられっかこんなもん!
「しかし、まあ、もしかしたら、春の精霊様ならご存知かもしれませんなあ」
だが、村長はそんなことを言って、1人で勝手に納得してうんうん頷いている。
「春の精霊様?」
「なあに、それ」
エピも知らないらしいその『春の精霊様』とやらについて、村長に聞く。
「ふむ。では、お話ししましょうかの。……昔々、この国プリンティアがまだ、荒廃した大地であった頃の……」
「すみませんが創世記は飛ばしてください」
「ここが一番いい所なのですぞ!?」
「すみませんが巻きでお願いします」
……ということで、村長から聞いた話を要約すると、こんなかんじになる。
・春の精霊とは、この国、つまりプリンティアを守る存在である。
・他の国に、夏の精霊とか秋の精霊とか冬の精霊とかが居る。
・春の精霊の声を聞くことができるという遺跡が隣町にある。
うん。大事なことはこれだけだ。だが話は長かった。エピは隣で船を漕いでいる。俺も船漕ぎたい。
「……ということですが、救世主様はどうされますかな?」
でもとりあえず、この次にやるべきことが分かったからな。
これで動ける。ありがてえ。話は長かったけど。
「なら、俺は隣町に向かいます。もしよかったら、旅の為の物資……水とか、そういうものを分けてもらえると嬉しいんですが」
「なんの、その程度、お安い御用ですとも!早速、村の者達に用意させましょう」
村長は早速、外に出て、そこらへんでパン祭を続行している村人たちに何かを言づけてきたらしい。
村人達が準備をしてくれるんだろう。素直にありがたいな。
「……ま、村の者ども、今、割と酔っぱらっておりますので。変な物が用意されるやもしれませぬ。準備に不足があったら言って下され」
……あ、はい……。
「それから、もしよろしければ備蓄用のパンを作って頂けるとありがたいですじゃ」
あ、はい……。
それから、俺はひたすらパンを作った。
要は、この村の備蓄にする為のパンである。
このくらいなら別に負担になるでも無いのだし、やっていってもいいかな、と。
日持ちしそうな硬めのパンを中心に作って、それから、布教の為にカニ○ンを大量に作った。カニパ○に抱かれて眠れ、ファリー村よ。
パン制作が終わったら、村長の家で仮眠を摂らせてもらった。
何せ、今の今まで、パン掘ってたかパン作ってたか魔物と戦うか村長と話すかぐらいしかしてなかったのだ。
やっと、この世界に来てからやっと休める、ってことで……すとん、と、眠りに落ちることができた。
久しぶりのベッドは、干し草と日向の暖かい匂いがした。
「救世主様!準備ができたよ!」
起きたら、俺の旅立ちの準備がされていた。
「はいよ、まずは着替えだよ!パンツ多めに入れておいたからね!」
ありがとうございます。でも別に俺、漏らす予定は無い。
「何があるか分かりませんからね。ナイフとランプとロープ、それから雨避けの外套です」
ありがたいな。雨避けの外套は、つまり、フードがついてるコートだ。
野宿の時にも、これを被って眠れば割とあったかそうだな。
「それからこの村特産の洗濯板も入れておいたぜ!」
あなた酔ってますね?
「まな板も入れておいたよ!」
あなたも酔ってますね?
「家にあった呪いの人形も入れておいたぜ!」
お前、酔ってないな!?ここぞとばかりに要らないものを押し付けようとしてるんだな!?
「それから食料な!パンばっかりじゃ辛いだろ?煎り豆と干し果物、入れといたよ!それから水もな!」
「本当にありがとうございます!ありがとうございます!」
「それから、エピちゃん詰めておいたからね!」
……え?
……見れば。
エピが、簀巻きにされて、洗濯板の上に置かれていた。
……あなた達、酔ってますね?
「洗濯板とまな板とエピはお返しします」
「何言ってんだい、救世主様!悪いことは言わないよ、板はともかく、エピは連れてきな!」
だが、エピの返品には失敗した。何故だ。
「エピの鞭さばき、見ただろ?きっと役に立つぜ」
「そうそう。村の外に出たら、魔物も出るしな!」
魔物……魔物か。
いや、でも、エピを連れていくわけには……。
「石じゃない魔物もバンバン出るぜ」
「というか、石でできてる魔物の方が少ないぜ」
……。
「エピ、一緒に来てくれるか?」
「はい!救世主様っ!私、頑張ってお役に立つね!」
……エピは、簀巻きにされたまま、元気にそう言ってくれたが。
だが……うん、うん、しょうがない。
だって俺、どう考えても、石じゃない魔物に対しては、戦闘力、無い、もんな……。
「村の事なら、ご心配なさるな」
「村長」
気づけば、村長が傍に来ていた。いつの間に来たんですかあなた。
「確かにエピは村の戦士」
「巫女だってば!」
「しかし、我々とて、戦えぬ訳ではありませぬ。それに、もし魔物が村の手に余るようになったなら、王都へ要請して、兵を派遣して頂きますのでなあ」
……そうか。なら、よかった。
俺が心配してたのは、そこだった。
エピを連れて行ってしまえば、確かに、俺は楽だろう。でも、村はエピを失って、大変なことになりはしないか、と。
……でも、まあ、問題ないなら、遠慮なく連れて行かせてもらおう。
この世界のことが碌すっぽ分からない俺としては、この世界の住人が仲間になってくれると、とってもありがたいしな。
だが、『王都へ要請して兵を派遣してもらう』予定があるのならば……いや、そうでなくても、言っておかないといけないだろう。
「村長、ちょっといいですか」
俺は村長を手招きして、村人達から離れた位置で、2人で話せるようにした。
「なんですかな、愛の告白ですかな」
違う。
「……村長、俺は、救世主ではありません」
村長は、首を傾げて俺を見つめている。
「俺が持っている能力はこの通り、石をパンにする能力と……多分、もう1つの方も、世界を救う役には立ちそうにない能力です。つまり、俺は世界を救えない。実際、俺は、そう判断されて……処分されるはずだったんです。多分、国王に」
なんとなく、この村の人達を騙したまま出ていくのは、気が引けた。
今後、本物の救世主が現れた時、何か問題になったりしても申し訳ないし。
「おや、おかしなことを仰いますなあ、救世主様」
だが、村長は穏やかに笑っている。
「救世主様は我らが村の戦士兼巫女であるエピの祈りによって、ファリー村へいらした。そして、我らファリー村の民を救ってくださいました。飢えからも、魔物からも」
余りにも能天気な言葉に、忠告を挟みたくなった。
いや、あんたもっと警戒してくれよ、と。
……だが、俺の言葉は村長に押しとどめられた。
「救世主様。覚えておいて下され。我ら、ひなびた村のしがない村人達にとっては、この小さな村が『世界』なのですじゃ。正直、その外側にあるっぽい、でっかい『世界』の事など、どーでもよいのです」
身も蓋も無い事を言いながら、しかし、村長は真剣な顔をしていた。
「……であるからして、この小さな『世界』を救って下さったあなたは、まぎれもなく、我々にとっての『救世主』なのです。お忘れなさるな。あなたは、我らをお救い給うた。それを忘れる程、我らは恩知らずではありませぬ。……斯様にかるーい、連中ですがのう」
「……ホントに、『かるーい連中』ぐらいで居てくださいね。頼みますから」
俺が言うと、村長はにっかりと良い笑顔を見せてくれた。
「ま、何かヤバくなったら適当にしらばっくれるなり、適当に救世主様の情報を売るなりして生き残りますじゃ!」
……うん。
まあ、うん。
……多分、この村なら、色々と……この村の安全も、きっと、俺自身のこれからの安全も。割と、大丈夫なんだろうなあ、と。
そう思えたので、心も軽く旅立てそうである。
「それから、エピの事ですが」
村長の視線の先では、村人たちがエピを簀巻きから戻そうと頑張っていた。
が、どう見ても余計にこんがらがっている。
「何か、予感があるのですじゃ。……エピはきっと、この村に居続けてはいけない。そんな気がします。だから救世主様。あの子を村の外へ、連れ出してやって下され」
「エピを?」
エピはこんがらがっていく簀巻き状態の中、半泣きになっているが。
「左様。恐らく、エピと救世主様は運命に導かれたのですじゃ。わしの今朝のファリー茶占いにそう出ておりました」
ファリー茶占い。
ファリー茶、って、もしかして、昨日飲んだ、あの……牧歌的な味の飲み物か。
うん。
……信用ならねえ!
「じゃあ、村長さん。村の皆。私、行ってきます!」
そして、俺とエピはファリー村を旅立つことにした。
もう一泊していってもいいのでは、と、村の人達は言ってくれたのだが、やはり、早く旅立ちたかった。
元の世界に帰る為の手がかりを早く手に入れたい気持ちもあったし、魔王だの王都だのの手からさっさと逃げたいってのもある。
「エピ!しっかり救世主様のお役に立つんだよ!」
「体に気を付けろよ!」
「魔法使えるようになるといいなー!」
エピは笑顔で手を振って応える。
「救世主様!どうもありがとうございましたー!」
「パンありがとー!」
「救世主様ー!エピに手ぇ出すならそれなりに段階踏んでからにしてねー!」
「エピは貧乳だけど気にしてるから言わないであげてねー!」
俺は、引き攣った笑顔で手を振って応えた。
エピはショックを受けたような顔をしていた。
……うん。
「あ、あの、救世主様。これからよろしく、ね?」
村の声が聞こえなくなった辺りで、エピがおずおずと、そう言って微笑んだ。
……あ。
そういえば。
「匡。俺の名前は切戸匡だ。できれば、救世主様、じゃなくて、名前で呼んでほしい」
まだ、名乗ってなかったんだよな。うん、そろそろ、救世主様救世主様言われるのもしんどくなってきた。
それにこれからの旅路で、俺が名目上だけでも『救世主』だってのは、隠しておいた方がよさそうだしなあ……。
「改めてよろしく、エピ」
「……うん!タスク様!」
こうして俺達の旅は始まった。
「……ねえ、タスク様」
「ん?」
「タスク様も、女の子は胸が大きい方がいいと思う……?」
「いや……個性って大事だと思う……よ……?」
ただし、前途多難である。