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59話

 町を覆う光のドームにパンが跳ねているのを何とも言えない気持ちで見つつ、俺達はこっそり、町への帰還を果たした。

 そして宿に戻って、ひたすら寝ることにした。

 のだが、その前に。

「本当にどうもありがとうございました。おかげでエラブルの町は救われました」

 アルセさんに、お礼を言われていた。


「なんか、俺達居なくてもこの町、溶岩に飲み込まれはしなかったみたいだけどな……」

 現在もなお、光のドームは降ってくるパンを弾いている。ドームってのがよかったんだな。球面にぶつかったパンは中々カオス性に富んだ軌道で跳ね返り、町の側だったり、ちょっと離れた位置だったりに飛んでいく。

 これ、下手に立方体だったりしたら屋根部分にパンが積もってただろうし、円錐とかだったら円錐の足下にパンが大量に積み重なっただろうし。ともすれば、光の壁が消えた時にパンが一気に町に雪崩れ込んでただろうからな。うん。

「いいえ、このパンが全て、熔けた岩であったのならば、私達の町の周りは岩に覆われ、焼けた大地が再び蘇るまでに長い年月が掛かったでしょうから」

 アルセさんはそう言ってくれるが、正直、俺としてはお礼を言われるとなんかこう、気まずいというか、居心地が悪い。

「パンはその内カビるから処理よろしくな」

「食べるなら早めにね」

「あ、はい……」

 なので俺達からはパンに対する注意喚起をしておいた。

 案外馬鹿にできないと思うぞ、パン。いっそ火を放って燃やした方がいいと思う。あの量が一斉にカビたら、ほんと、疫病の元になりかねん!




 アルセさんは俺が話す『パンの処理方法』をメモしつつ聞き、そして、俺の話が終わった時点で、ふう、とため息を吐き、そして、呟いた。

「……しかし、救世主様は、どうしてあのような事をなさったのでしょう」

 さあ……。

 井末はちゃんと、救世主としてこの世界に召喚されて、救世主としてこの世界に馴染み、救世主としてなんか今やってる、っつう実績がある。少なくとも、HOW TO 救世主すらやっていない俺からすれば、さぞかし色々な事を知っているんだろうと思われる。

 だから、あいつらが何考えてるのかはサッパリなんだが。

「救世主様は、我らの命をどうでもよいものとお考えなのでしょうか」

 それこそ分からん。サッパリ分からん。

 だが、まあ……。

「一応、防御壁は張ってるみたいだからな、気になるなら本人に聞いてくれ」

 窓から眺める先では、また、光の壁に阻まれてパンが跳ねている。

「……そうですね。私としたことが、はっきりしたこともよく分からないまま、憶測だけで人を測ろうとするなど。……ご本人がこの町にいらっしゃるのですもの。なら、直接お伺いしたほうがよろしいですね」

 アルセさんはすっく、と立ち上がると、にこり、と美しい微笑みを浮かべた。

「どうもありがとうございました、タスクさん、エピさん。町を救って頂き、私の疑念に道を示して下さった」

 そしてアルセさんは一礼すると、部屋を出かけて……。

「救世主様に色々な事をお伺いして参ります。もし何かタスクさんとエピさんのお役に立ちそうなことが分かれば、お知らせしますね」

 そう言って微笑んで、服の裾を翻し、部屋から出ていった。

 ……。

「とりあえず寝るか」

「うん」

 そして俺達はいい加減眠くなったので寝ることにした。




 布団に入ってぬくぬくと寝ていたはずなのだが、何やら寒くて目が覚めた。

 ふと見れば、月明かりが眩しい。

 ……そしてよく見れば、窓が全開であった。寒い訳である。死ぬ。

「誰だよ開けたの」

 無論、俺かエピであろう。いや、多分俺だ。エピはもうアルセさんが出て行った数秒後には寝付いてたからな。

「私だ」

 ……。

 ゆっくりと、恐ろしい事実を確かめたいような確かめたく無いような気持ちで、振り返る。

 そこには、月光に照らされる白銀の髪。

 そして、相変わらず氷の如き冷たい青色をした瞳が、俺を射抜いていた。

「……お、お久しぶりです、ユーディアさん」

 井末のとこの女剣士が、背後に立ってた。




「窓は私が開けた」

「あ、ああうん、はい」

 そんなこたあ分かってんだよ!窓開けて入ってきたんだろ!ここ2階だけど!そんなの関係ないんだろうなあ!うん!

「寒かったなら謝る」

「え、いや、別に……」

 寒かったけど!確かに寒かったけど!でもそうじゃない!そっちじゃない!問題なのはそこじゃない!

 なんだこの人!もしかして天然なのか!?天然なのか!?

 ……と思っていたら、こんな状況になっているとは露ほども思っていないらしいエピが、夢の世界でむにゃむにゃ言いながら……布団の中に深く潜り込んで、体を丸めはじめた。

 静まり返った部屋の中で、もそもそ、とエピが動く音と、エピが何やらむにゃむにゃ言っているらしい声だけが響く。

 ……。

「寒そうだ。窓を閉めよう」

「あ、ありがとうな……」

 ユーディアさんは窓を閉めた。エピは再び布団の中で伸び始めた。


 もそもそ動くエピを何ともなしに2人で眺めていたが、多分、エピ見てる場合じゃねえ。

「で、ユーディアさんはどうしてここへ?まさかエピの寝顔を見に来たって訳じゃないよな」

 思い切って俺から切り出すと、ユーディアさんは表情を変えず、1つ、こくりと頷いた。

「頼みがあって来た」




「……頼み?」

「頼み」

 ユーディアさんは、さも当然、というように言ったが、俺としてはもう、どうしていいのか分からん。

 だってこの人、イマイチ真意が分からんとはいえ、井末と一緒に居る人だからな。向こう陣営なはずだし、だとしたら、俺とは利害が一致しないんじゃあないのか。

 どう考えても、あのぺモロ、とかいう俺を召喚した1人のおっさんは俺を殺したいらしいし、井末もイマイチ、俺に対しては風当たりが強い。……うん、まあ、理由は……分からんでもないが。いや、やっぱわかんね。

 つまり、だ。

 このユーディアさん、井末達を裏切るんでもなければ、こういう行動に出るとは思えない、んだよな。

 前回、エスターマ王国で会った時にも、『見つけたら殺せと言われていたが見逃す』っていうような事をやってくれた人だし、もしかしたら……。

「パンが欲しい」

 ……。

「あ、はい。カニパ○でいい?」

 駄目だ、もう分かんねえ!




 何かあった時の為に、と荷物袋にいくつか突っ込んである石を取り出してカ○パンにしたところ、ユーディアさんは首を横に振った。

「北に向かって山脈を超えれば冬の国ハイヴァーがある。山を越えた先にある、イスカ、という村に、パンを恵んでほしい」


 なんかもう色々と分からないのだが、ユーディアさんも色々と短絡してることは分かってるんだろう。

 彼女なりに詳しく説明してくれた。

「イスカは私の故郷だ。冬の国になって以来、ずっと作物が碌にとれず、最近は魔物が増えて狩りもままならなくなった。食べ物に困っている」

「ああ、それで、パンか」

 単に、食べ物に困ってる故郷に食べ物を、ってことか。なら納得。

「あなたはパンを作る能力を持っているらしいから」

 まあ、ここまでやってりゃ、いい加減俺の手の内は割れてるよな。うん。なんてったって、井末と会うたびに何かしらかのパン、出してるしなあ。

「まあ、その通りだし、それは構わないが」

 なのでそう答えると、ユーディアさんは、若干目を瞠り、ほう、というように息を吐いた。

「……いいの?」

「減るもんじゃないし」

 むしろ増える。パンは増える。岩は減るが、パンは伸びるし育つし増える。

「でも、そっちこそいいのか?ユーディアさんは井末と一緒に居る訳だし、だったら俺に頼み事ってのは、まずくないのか?」

 だが、ユーディアさん側としては、果たしてこれはいいのか悪いのか。

 要は、『主人を裏切っているのではないか』という確認、なんだが。

 ユーディアさんは、ゆるゆる、と、首を横に振った。

「私は、世界を救ってくれる人に救いを求めるだけ。……私にとっての世界は、ハイヴァーで、イスカだから」




 ユーディアさんは、俺に紙切れを2枚握らせた。

「ハイヴァーまでの地図の写し。この道なら、そこまで苦労せずに山脈を抜けられるはず。それから、イスカに着いたら、こっちを見せて。これを見せれば村に入れてくれるはず」

 成程、紙は地図と、ユーディアさんの署名というか、手紙というか、紹介状みたいなものらしい。

「助かるよ。分かった。イスカには必ず寄って、パンをごっさり置いてくる」

 地図も紹介状も、ありがたい。礼を言うと、ユーディアさんは……ほんのりと、表情を和らげた。

「ありがとう」


 そうしてユーディアさんは去っていった。

 ただし、去り際に『これは貰っていく』と、カニパ○を俺の手から取り……齧って、またしてもほんのりと表情を和らげ、そしてカニ○ンを齧りながら窓から飛び出し、カ○パン咥えたまま屋根から屋根へと飛び移って、やがてエラブルの町の中へと消えていったのだった。




 さて。

 貰った地図と紹介状をもう一度確認してから鞄にしまって、俺はもう一度、布団に入った。

 ……『私にとっての世界は、ハイヴァーで、イスカだから』。

 どこかで聞いたな、と思ったら、そういえば、あれだ。エピと初めて会った場所、ファリー村の村長が、そういうような事を言っていた、か。

「ねえ、タスク様」

 ぼんやりと、色々考え始めたところで、囁くようにエピが俺を呼んだ。

「起きてたのか」

「うん」

 どうやらエピは、途中から起きていたらしい。というか、後で確認したら、割と早い段階で起きていたらしい。

 それでも寝たふりしてたのは、ユーディアさんがもし何かしようものなら、不意打ちで一発食らわせるため、っていうことだったとか。中々に頼りになる相棒である。

「不思議な人だね。ユーディアさん」

「ああ……いいのかな。裏切り者、ってことになりそうだけど」

 しかも、2回目だ。

 1回目はエスターマ王国の森の中で、殺せと命じられていた俺達を殺さずに見逃した。

 そして2回目は、今回だ。俺達を殺さないどころか、頼み事をして、更に貴重な地図の写しと紹介状までおいていった。

 ……彼女の真意がどこにあるか、今一つ分かりかねるところもあるが……。

「まあ、とりあえず、イスカって村には行ってみる。いいか?」

「うん、勿論!」

 騙されているかもしれない、とは、まあ、考えた。

 だが、まあ、騙されてたとしても、それはそれで何とかなるだろ、とも考えた。

「多分、悪い人じゃないと思うよ。ユーディアさん」

「俺もなんとなくそう思う」

 そして何より、『なんとなく』だ。ユーディアさんと接して感じた、その『なんとなく』が一番の根拠である。

 多分、こういう感覚って、馬鹿にならないと思うんだよな。


「冬の国、かあ……きっとここよりも寒いんだよね」

「雪降ってるかもな」

「雪、かあ」

 エピは、くすくす、と楽しげに笑う。

「楽しみだね、タスク様!」

「まあ……そうだな」

 おやすみなさい、とエピは言うや否や、すぐに寝息が聞こえ始めた。相変わらずの寝つきの良さである。

 一方、そんなに寝つきがよろしくない俺は、ぼんやりと色々、とめどなく考えながら……ゆっくりと、もう一度、眠りに就くことにしたのだった。




「……さみい!」

「さむいっ!」

 尤も、窓が開けっぱだったので、割とさっさともう一度起きる羽目になったのだが!




 そして、窓をきっちり閉めて、きっちりみっちり布団に潜って迎えた朝。

「タスクさん!エピさん!神の声が聞こえました!」

 アルセさんがそう言いながら、部屋の扉を叩いてきたのだった。




 そうして40秒ほどで身支度して、アルセさんを部屋に招き入れ、なんとなくエピと並んで正座して、アルセさんの言葉を待つ。

 ……アルセさんは走って来たのであろう、乱れていた呼吸を整え直し、そして、こう言った。

「『民を導く救世主に3つの捧げものをせよ。うちの1つは乳香である。かの救世主エラブルを守り、ローゲンを蘇らせるであろう。彼に神の乳香を捧げよ。それはローゲンにあり』。……今朝聞こえてきた、神の声です」


「……これ、井末には?」

「まだお伝えしておりません」

 ……どうしたもんか、と考える。

 これ、俺も井末も、どっちにもとれるような言葉だよな。

 ある意味、どっちもエラブルを守ってるととれる訳だし。

「ねえ、ローゲン、って何?」

 出方を考えていたら、エピが先に質問した。

 そして、アルセさんは答える。

「ええと、ローゲンは、呪いによって住民が皆、その身を石に変えられて滅びた町ですが……」

 ……。

「身?」

「え、ええ」

「それって、肉?」

「ま、まあそう、でしょうが……?」

 エピが俺を見て、満面の笑みを浮かべた。

「タスク様の出番だね!」

 ああ。

 うん……。


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