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56話

 噂に違わぬ、というか、噂以上、というか。

 俺には何がどうなってんのかよくわからん方法で編まれているらしい髪は紅葉色。

 長い睫毛に縁どられた大粒の瞳もまた、紅葉の如き色合いである。

 品良く淑やかな印象の服も、無駄のない所作も、『深窓の令嬢』を絵に描いたような出で立ちであった。

 ただ、着飾っているような印象は無い。それでも令嬢然としているのは本人の気配故だろう。

 唐突に名前を呼ばれたことで、若干不思議そうな、或いは不審げな顔をしてはいるが、それも含めて、成程、かなりの美人であった。作り物だと言われても信じられるレベル。

「……あの、アルセさん。もしかして、急いでたんじゃない?」

「え?……あ、ああ、そうでした」

 ぶつかって転んだアルセさんは慌てて立ち上がって服の裾を軽く払う。

「ま、待って!髪の毛に楓蜜、ついちゃってるから!」

「えっ?」

 アルセさんを引き留めたエピは、素早くハンカチを濡らし(水は当然のように雨でフライパンである)、アルセさんの髪の一房を拭った。

「はい、もう大丈夫!」

「ありがとう、ございます……ああ、そういえば、ごめんなさい。お菓子、弁償します」

「気にしないでいいですよ。おまけで貰ったものなので」

 でも、と気にする様子のアルセさんと数度、押し問答をしたが、結局はアルセさんが折れた。

「ごめんなさい、いつかお礼は必ず。失礼します」

 そうして紅葉色をした美女は、俺達に軽く会釈をして、また走り出していったのであった。


「急いでたみたいだね」

「なんか、いっそ作り物みたいな美人だったな……噂は本当だったか」

 何故かエピと2人、顔を見合わせたが、まあ、それ以上特に何がある訳でもない。

 俺達は再び、宿へ向かって歩き始めた。


「お菓子、ちょっと勿体ないね」

 その道中、エピがふと、そんなことを言った。

 ……ああ、そういや特に捨てるでもなく、持ったまま歩いてたな。チュロスもどき。

「あー……食うか」

 毒じゃああるまいし……そして日本人の精神が勿体ない、を順守しようとしているし、なあ。

 あ、と口を開けてチュロスもどきを食おうとしたところ。

「むっ!?」

「タスク様はこっち食べて」

 エピに、エピが持っていた方のチュロスを口の中にぶち込まれた。

 若干の混乱の隙に、俺が持っていた方はエピがさっ、と奪い取る。

 そしてエピはそっちのチュロスを齧り始めた。

「……あー、なんか、悪いな」

「ううん。こういうの、女の子同士の方が気にならないじゃない」

 いや、別に俺も気にしやしないが。

「甘くって美味しいね、タスク様!」

 ……一方、俺の口の中も、エピによって突っ込まれたチュロスの甘味でいっぱいである。

 まあ、まずくない。まずくないんだが。だが。

「なんか、今日の晩飯、いらないかも……」

「えっ、ええええっ、そ、それはないよ、タスク様!」

 そろそろ甘味が暴力と化してきた……。




 だが宿に戻ってから食堂で飯を食った。やっぱりしょっぱいものなら別腹であった。

「美味しかったね、タスク様!」

「ああ、この国、食い物がひたすら美味いよな」

 満腹になって、さて、部屋へ戻るか、というところだったのだが……。

「あの、タスク様。ちょっとお散歩しない?ちょっとお腹いっぱいで、このまんま寝たら太っちゃいそうで」

 エピの申し出は俺にとってもありがたかったので、誘いに乗って少々散歩してから寝ることにした。




 この国で見る月は非常に明るい。そしてでかい。中秋の名月、なんだろうか。この世界にもそういう風習があるかは知らんが。

「わー、お月さま、綺麗ね」

「でかい饅頭みたいだ。或いはパンケーキ」

「タスク様、ちょっと情緒が無いよ」

 あ、月だったら団子だったか。

「……あ、見て、タスク様。あそこ、きらきら光ってる」

 月を見ていたら、エピがふと、月と反対方向を指さした。

 そこに見えるのは……鐘、か。


 少々冷える夜だが、風があまりない分、そこまで寒くもない。

 それをいいことに少しばかり足を延ばして、鐘の見えた方へと向かう。

 そして、たどり着いた先には。

「……お昼に来ればよかったかな」

「夜だからこそってのもあるかもしれないぞ」

 教会、なのだろうか。

 月明かりに煌めくステンドグラスと、この世界の宗教のものらしい紋章のレリーフ。

 そして、屋根の上に伸びる鐘撞き塔。

 そこまで大きな建物でもないのだが(少なくとも、エスターマの城みたいな規模ではない)、月明かりのせいか、とても荘厳な雰囲気であった。


 当然のように扉には鍵がかかっていたので、周りをぐるっと回って観光する。

 やや自然味に溢れすぎている感のある野薔薇の繁み、やや剥げ落ちた漆喰、優美な細工ながらも錆びつつある鉄柵。

 どこか寂れたようなところがあって、風情があるというか、なんというか。

 そんなかんじにエピと楽しく観光と散歩の間らへんの何かを楽しんでいたところ。

 ……ふと、声が聞こえた。

「あれ、中、人、居るのかな」

 エピが、ひょこ、と、教会の窓を覗き込む。

 俺もつられて覗き込む。

 ……と。

「……あ」

「あー、アルセさん、か。あれは」

 何か、誰かと中で口論しているらしいアルセさんの姿が見えた。


 耳をそばだてると、口論の内容が聞こえてきた。

「ですから!私は確かに、神のお声を聞いたのです!ルカの山が火を噴くと!このままでは、エラブルの町も炎に包まれる、と!」

「ははは、アルセ。この国が秋になってもう何年経ちますか?今更、山が火を噴くなんてありえないことですよ」

「しかし、神は確かに」

「そんな畏れ多い事を言うものではありませんよ、アルセ」

「神父様!」

「さあ、もう夜も遅い。もう戻りなさい。そして、二度と、そのような事を言わないように。私も、あなたが言っていたことは口外しません」

 ……。

 何やら、非常に聞いたらまずいような事を聞いちまった気がするぜ。




「昼間急いでたことと何か関係があるのかもな」

「うん……どうしよ、このまま覗いててもいいのかなあ」

 ある意味、窃視か、これ。

 ……うん。

「帰るか」

「うん。帰ってお布団入ろ。ちょっと寒くなってきちゃった」

 何となく気まずくなったところで、俺達はそそくさ、と宿に向けて足を向け、数歩。

 ……そんな折、バン、と、勢いよく教会の扉が開き、そして。

「……っきゃ!?」

「うおわーっ!?」

 ……駆け出してきたアルセさんと、本日二度目の衝突と相成ったのであった。

 運がいいのか悪いのか。




「あ、あなたは昼間の……どうしてこんなところに?」

「き、奇遇ですね……」

 窓から覗いていました、とは言いにくいので適当に誤魔化す。

 だが、アルセさんの視線が、妙に力強いというか、なんというか、真っ直ぐに俺を見つめていて非常に何やら気まずい。

 思わず目を逸らすも、それでもアルセさんの視線が滅茶苦茶刺さってくる。なんだこれ。一応、ぶつかってきたのはそっちだぞ。俺はばれるような悪いことはしてねえぞ!

「あ、あの、アルセさん、どうかしたの?」

 見かねてエピが助け舟を出してくれた。

 すると、アルセさんは我に返ったようになり、少々気まずげに頬を赤らめつつ、咳ばらいをした。

「ごめんなさい、あの、その……見つめるような事をしてしまって」

 ような、というか、滅茶苦茶見つめられてたが。

「タスク様に何かついてたの?」

 エピと2人で首を傾げていると、アルセさんは背後……教会の扉の方を気にするようなそぶりを見せ、それから、声を潜めた。

「どこかでお話できませんか。できれば、人気のない所で」

 ……。

 なんか、なんか、別にそういう意味じゃあないんだろうが、妙にいかがわしい雰囲気があるぞ……。




 そして結局、俺達はアルセさんを連れて宿に戻った。

 アルセさんはフードを目深に被っていたし、月夜とはいえ夜だったし、大層な美人が宿に連れ込まれた、なんて騒ぎになることも特に無く、無事、部屋まで戻ってくることができた。あーよかった。


「それで、話というのは?」

 改めて、アルセさんに尋ねる。

 アルセさんは言い淀むような素振りを見せたが、俺達の視線に押されてか、切羽詰まった様子で続きを口にした。

「助けてください、旅のお方!この町は、炎に沈みます!」

 ああ、うん。

 さっき聞いた。


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