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55話

 

 カニパ○を食べ過ぎてのどに詰まらせる人が出てきたあたりで、フライパンに溜めた雨水を提供し始めた。

 その内、提供する飲み物がワインになり、やがて邪神神殿建設地は秋の○ニパン祭会場と化したが、その頃にはほぼ全員酔っぱらっていたため、元々ぶっ飛んでいた思考に『これは何かがおかしいのでは』と考えることはできず、夜は更けていった。




「結局、パンのお布団で雑魚寝になっちゃったね」

「この人数が柔らかい場所でそこそこぬくく眠れるってだけで十分だろ」

 そうして酔いつぶれた元奴隷達を布団に運ぶこともできず、とりあえず、地面をパンにした。

 適当にパンにし残した石の上で火を焚きつつ、元奴隷達はパンに埋もれさせておけば、風邪をひくことも無いだろう。

「なんか、結局よく分かんなかったね。この人達、何やってる人達だったんだろ」

 エピは邪神像のなれの果てである巨大カニパ○(既に脚が数本消えている)を眺めつつ、そんなことを言っているが……。

 多分、なんかの宗教団体だったんだと思うよ……。

「ま、とりあえずこれで宿の食料盗難は無くなるだろ」

 が、相手が何であれ、これで食料の盗難は無くなるだろう。盗難しなきゃいけない理由が無くなるからな。

 さて。

「じゃ、次は怪我人の治療だなあ」

「終わったら私達も寝ようね、タスク様……ふあ」

 一応、心配事は全部取り除けるだけ取り除いてから出発したいよね。




『逃げ出せる体じゃない』というのは薬漬けにでもされてんのか、と心配していたが、流石にそっちじゃなかった。いや、これはこれで酷いが。

「成程。脚が無きゃ、流石に逃げられないわな」

 ある一角に集められていた人たちは、それぞれ、体の一部を欠損していたり、怪我が大きかったりする人達であった。

 怪我は割と普通に石と水で治せるんだが。

「骨は石で何とかなるかなあ、タスク様」

「いや、肉じゃないからな、ちょっと駄目っぽいぞこれ」

 脚一本丸ごと無い、とかだと、結構厳しいものがある。

 さて、どうやって骨を調達するか。石をパン化して削っていくか、木材か何かで代替えするか……。

「あ、骨だけならとってあります」

 ……。

「自分の体を捨てるのも忍びなく……あ、肉は腐っているんですが」

 ……うん。

 物持ちが良いのは、いいことだ。

 例え、腐乱した脚が出てきたとしても、まあ、うん、うん……。


 腐肉を洗浄した後、骨を入れて石で肉を足して、施術完了。かなりやっつけ仕事の域に達していたような気がするのだが、それでも何とかなる辺り、流石の奇跡であった。

「も、もう疲れた……眠い」

 そうして重傷の元奴隷達の治療も終わったところで、俺達も満を持して就寝。

 肉体的にもだが、精神的に、すごく、疲れた。

 主に脚。




 そうして翌朝。

「はい、それじゃあ皆さん、お元気で。このままここを開墾するも良し、近くの町へ行って新しい生活を始めるもよし。何にせよ、盗賊とか山賊にはなるなよ」

 元奴隷達がぞろぞろと移動していくの見送って、俺達も出発、というか、帰還、である。

 尚、山道はエピが切り開いた。

 もう誰に気付かれるとかを気にする必要もないからな。「思いっきりやっちゃっていいよね!」だそうで、思いっきりやってくれた結果が、これである。

「タスクさーん!エピさーん!本当にありがとうございましたー!」

「この御恩は一生忘れませーん!」

 ……彼らは、神殿建設地で邪教徒達が使っていたという馬車に乗って、ゴトゴトと去っていった。

「おみやげもありがとうございますー!」

「大切に食べますー!」

 尚、馬車に連結された荷台には、カニパ○が大量に積まれている。ここに置き去りにして行くのは忍びなかったので……。

「すごい行列だね、タスク様」

「そしてその凄い行列が通れるすごい道ができちまったな、エピ」

 俺達が遠い目をしつつ見守る中、彼らは荷馬車でゴトゴトと去っていったのであった。


 後に、そこそこ土地が豊かで、かつ『何故か』とても使い勝手のいい道が通った、この神殿建設地跡地が小さな町になるのは、また別の話である。




 俺達はその日の内に宿に戻り、コロッケを大量に食べた。

 カボチャの奴が非常に美味かったのだが、栗のコロッケもかなり美味かった。

 おかずというよりはおやつみたいなものだったから、俺よりもエピが喜んでいたかもしれない。


「次は楓の蜜だね!タスク様!」

 そしていい加減コロッケを食い終わったところで、エピは満面の笑みを浮かべた。

 そういや、次の町、エラブルでは楓の蜜が特産品なんだったか。

 エピが大層楽しみにしているらしいので、折角通る町だし、少し長めに滞在してもいいかもしれないな。




 ……さて。

 地図を見ながら、俺達は街道を歩き始めた。

「馬車、無くなっちゃったね……」

「まあ、あれだけ人が流れたんだからしょうがないな」

 何故、馬車ではなく徒歩なのか、といえば、『大量の奴隷を解放してしまったから』である。

 いくら、神殿跡地に馬車があったからと言って、全ての元奴隷が馬車に乗れたわけではない。当然、徒歩の人達も居た。

 ……そして、エピが作り上げたあの道を進んでいけば、この街道にぶち当たる。

 となれば、彼らは……宿に寄って、そこで乗合馬車に乗って行くことになる。

 そうなれば、まあ、馬車は満員になるので……俺達はそのあおりを食って、徒歩、と。

「うん、でも、私は歩くのも好きだよ。ゆっくりの旅になる分、タスク様といっぱいお話できるもん」

「まあ、景色も綺麗だしな、少しはいいか」

 相変わらず、秋の国オートロンの景色は美しい。

 紅葉した山並みも、涼しい風も、歩くにしては最適な環境だろうな。

「あ、見て、タスク様。あの雲、タスク様が好きなパンに似てる」

「あ、ほんとだ。確かにちょっと似てるな。あのフワフワした造形っぷりが」

 そして同行者が居れば、尚良し、と。




 当然だが、その日は野営になった。

 当然である。馬車で一日の道程を歩いたら絶対に間に野宿が挟まる。

「やっぱり冬服、暖かいね」

「買ってよかったな、ホントに」

 そして、装備を整えた俺達にとって、以前ほど野営は辛くないのであった。

 とにかく、暖かい。パン穴を深めに掘って、パンの中に潜って眠れば、風邪をひく寒さではなくなった。

 服は偉大である。

「じゃあ、お休み」

「うん、おやすみなさい」

 俺達はそれぞれにそれぞれのパン穴の中に篭り、俺はランプの灯を消して……。

「……ん?」

 そこで、奇妙なことに気付いた。

 ランプの灯を消しても、極々わずかだが……光がある。


 今日は確かに月夜だが、パン穴の中にまで月光は届いていない。というか、届くようなつくりにしてない。寒いからな。

「ん、荷物の中、か」

 光の正体はすぐに分かった。荷物の袋の中から弱く弱く、光が漏れている。

 俺は荷物袋を開けて、その中にあった小さな光源を取り出した。

 ……それは、小さな星のような結晶。

 トラペジットの町で町長から貰った黄金の腕輪から出てきた、あの結晶であった。

 取り出してみると、結晶は斑に光を放っているらしいことが分かった。パン穴の中に落ちる光と影が、模様のように、見え……。




「エピー!エピー!まだ起きてるかー!」

「ん……どしたの、タスク様」

 エピのパン穴に向かってエピを呼ぶと、エピは半分寝ていたらしく、寝ぼけながらやってきた。

「見てくれ、これ!」

 エピは寝ぼけながら、『地面の上に広げた紙に落ちた光と影』を見て……目を丸くした。

「すごい、これ……地図?」


 星のような結晶が放つ光は、平らな紙の上などに落とすと、光と影とで地図を描き出したのである。

 どこかノスタルジックな風情のある地図だな、これ。

「これ、夜の間だけ光る……ううん、星空の下でだけ、光るんだね」

「そういや、今まで夜の間に荷物をまじまじと見るタイミングは無かったもんな……」

 昨夜はそれどころじゃなかったし、その前は、夜になる前にさっさと寝ちまったし。

 成程、野営もしてみるもんである。

「……でも、これ、どこの地図だろう?」

「さあ……」

 だが、描き出された地図は、俺達が見てもイマイチ分からない。

 建物の中の地図、ではないな。土地の地図なのだろうが……。

「私達、そもそも、地図をあんまり見たことが無いもんね」

「よっぽど変な地形でも無い限り、見ても地図の場所かどうか分からないよな、これ……」

「あ、だったらこれ、目印にならない?見て見て、ハート形の島!」

 エピが示す所には、確かにハート形の島、らしきものがある。

「……俺の方から見ると桃だな」

 桃で島っていうと、鬼退治のイメージしか出てこないが、はてさて。

「見つけたら、行ってみようね」

「まあ、その方が良さそうだよな」

 何かのヒント、なんだろうか。だとしたら、何の?

 ……考えても仕方ねえか。




 結局、星の地図については保留、ということにして、寝た。分からないもんは分からない。しょうがない。

 そして翌朝、また俺達は元気に歩き、歩いて、歩き続け……夕方になってようやく、町に到着したのであった。


「ようこそ、ここはエラブルの町だよ」

 街門の近くに居た町人Aに案内をしてもらいつつ、俺達はエラブルの町の中へと足を踏み入れた。

「すごい、町が燃えてるみたい……」

「聞きようによっては大分物騒な表現だぞ、それ」

 だが、エピの感想も尤もだ。

 町には『緑が溢れている』とも言えるだろう。植物がとても多い。

 だが、『緑じゃない』。

 植物は皆、紅葉して赤や黄色に町を染め上げているのである。これがずっと続くのだとしたら、何とも不思議な光景だな。

 灰褐色の石造りのシンプルで、どちらかと言えば地味で控えめな印象のある街並みは、燃えるような紅葉に彩られることでそれはそれは華やかになっているのであった。

 町が燃えている。

 その表現は、この夕方の光の中、正にそれ、といったところか。

 ……決して物騒な意味でなく!




 宿を取ったら、夕闇に染まっていく町へと繰り出した。

「楓蜜のお菓子!楓蜜のお菓子っ!」

 エピがあまりにも楽しみにしているからか、俺も楽しみになってきた。元々、食うのが好きな性分だからな。しょうがないしょうがない。


 店じまいしかけていた屋台に駆け込んで、楓蜜がたっぷりと掛かったチュロスみたいな食べ物を購入。

 店じまい直前だったからか、エピの笑顔が物を言ったか、おまけでもう1つずつ貰ってしまった幸運つき。

「わーい!あまーい!」

 広場のベンチに座ってチュロスみたいなのを齧ると、まあ、当然ながら、甘かった。

 甘いのは別に嫌いじゃないからいいんだが、でも、これ、2個は要らない気がする。成程、おまけしてくれる訳だ。

「楓って、木だよね。木の蜜ってこんな味がするんだね、タスク様。何だろう、マルトの町で食べた花の蜜とはちょっと違う味」

「花の蜜よりも、なんかこう、もうちょっと落ち着いた味だよな」

 だが、美味いことは美味い。そこは素直に認めよう。

 エピが大層嬉しそうにチュロスを齧る様子を眺めつつ、俺もちびちび齧りつつ。

 町の彼方に夕陽が沈んでいく様子を見て、なんとなく、やっと真っ当な旅気分になったような気がしたり、しなかったり。




「あ、ちょっと冷えてきたね」

 そんなこんなで、チュロス1本食い終わる頃には陽が沈みきり、夜風が肌寒くなってきた。

「残りは宿に戻って食うか」

「うん。その方がよさそう」

 ということで、俺達はベンチを立って、宿に向かって歩き出した。

 ……途端。

「おうわっ!?」

「ああっ、ごめんなさい!」

 曲がり角から駆け出してきた人に、思いっきり衝突されたのであった。


「……あー……」

「え、ああ……ごめんなさい、お菓子が……」

「いや、こっちこそ、すみませ……」

 チュロスの楓蜜がぶつかってきた女性の髪に絡んでしまっている。

 なんか申し訳なく思いつつ、顔をあげて……驚いた。

「……もしかして、アルセさん、ですか」

「え?ええ。私がアルセですが……」

 成程、確かに、美人であった。


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