表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/134

52話

 パンを見て見ぬふりして乗合馬車に乗り、トラペジットの町を後にした俺達である。目的地はとりあえず、王都。そこから馬車を乗り継げば、冬の国に入れるみたいだからな。

 ということで、馬車でゴトゴトやられている俺達は。

「かにかにかーにーかにぱー」

「かにぱー」

「カニ○ンのーせーてー、かにかにかーにーかにぱー」

「かにぱー」

「荷馬車はゆーれーるー」

「な、何なんだ、君達、その歌は。何だかもの悲しくなるからやめてくれたまえ……」

 暇に飽かせて歌っていたのは只の牧歌的なカ○パン出荷風景の歌なのだが、同乗者から不満の声を頂いたのでやめた。




 そうして荷馬車でゴトゴト揺られる俺達は、同乗者の『如何にも貴族のお忍び旅行です!』みたいな人達が持っていた立派な地図を見て、目的地を指さし確認していた。

「このままこの街道を行けば、王都へと繋がっているのさ。ま、僕は途中のエラブルの町で降りる予定だけれどね」

 貴族のボンボンみたいな人がそう言いながら、俺達が次にたどり着く町であるエラブルの町について説明してくれる。

 曰く、秋の国オートロンの中でも特に、紅葉が美しい町なのだとか。

 更に、楓蜜が特産品らしい。つまり、メープルシロップ。

 ……実は俺、メープルシロップなるものを碌に食った事が無い。

 パンケーキにはケーキシロップなる例のアレをかけて食うタイプの人間なのだ。というか高すぎやしねえか、メープルシロップ。とてもじゃねえが庶民の食いもんじゃねえよあれ。

「楓の蜜?どんな味なんだろう……」

 だが、折角の異世界だ。金の問題はドラゴンの血の人造(いや、これが人の力によるものとは思えないが)によって解決してるし、思う存分、メープルシロップ食いまくってもいいだろう。エピも大層、楽しみにしているみたいだし。


「紅葉も綺麗なんだよね。楽しみ!」

 もうすっかり観光気分らしいエピは、目を輝かせてうっとりしている。楽しそうで何よりだ。

「そうだね、エラブルの町はとても美しい町だよ。……でも、紅葉よりも美しく、楓蜜よりも甘いものがあるのさ」

 ほう。

「……何より美しく甘やかなのは、エラブルの令嬢、アルセ様だよ」


「彼女の美しさはオートロン中に響いている。君達も知っているだろう?」

「知らなーい」

「俺達、オートロンに来たのはつい最近なんだ」

 エピの無邪気な返答に驚いたらしい貴族のボンボン君は、俺の言葉に納得したらしい。

「そうか。なら、エラブルの町に着いたなら、是非ともアルセ様を一目、見てみるといい。男なら誰でも恋に落ちるよ。保証するね」

 ほー。そんなに美人なら見て見たい気もするな。怖いもの見たさっていうかなんというか。

 ……が、エピはそうでもないらしい。

「タスク様!紅葉と、楓蜜っ!」

「え、ああ」

「楓蜜のお菓子っ!」

「え、うん。食おうな」

「うんっ!一緒にいっぱい食べようねっ!」

 ……色気より食い気、かあ……。ま、俺もどっちかっつうとそっちの類の人間だし、いいっちゃいいんだが。

 とりあえず、まだ見ぬメープルシロップにめらめらと情熱を滾らせている様子のエピであった。




 ……そんな馬車の旅路は、街道沿いの宿で一泊した後、また続けられ……そして、続かなかった。

「うわっ!?」

 御者の悲鳴が聞こえ、俺達は慌てて幌の外の様子を窺う。

 そこには。

「……え、なんで石の山が?」

 何故か、道を塞ぐように、岩山ができていたのであった。




 岩山を迂回して進めるか、というと、そうでもない。

 この辺りは山道なので、あまり整備されていない場所を馬車で進めるような状況ではないのだ。

「参ったな、こんな岩山、最近まで無かったんだが……」

 御者が頭を抱えている。うん、まあ、いきなりこんな岩山が出現したら、誰でも困るよな。

 となれば、この岩山を退かしてやる他はあるまい。

「よし、早速」

「ま、待ってタスク様っ!私がやる!私がやるからパンを増やさないでっ!」

 ……が、俺が出るよりも先に、エピがひらり、と躍り出た。

「やっぱりパン、勿体ないもんっ!」

 そして、エピがベルトのホルダーから鞭を取り、ひゅ、と一度、上空を旋回するように鞭を回し。

 一閃。

 ビシン、と、鋭く激しい音が1つ。エピの鞭は、その細腕と細い革鞭から繰り出されたとは思えない勢いで大地を撃ち据えたのだった。


 直後、大地が揺れた。

「う、うわわわわわわわ、何だ何だ何だっ!?」

「だ、大地が揺れている!」

「神よー!神よー!お助け下さい!」

「あっ大体震度3ぐらいか」

 あまり地震に慣れていないらしい異世界人達は大層パニックになっていたが、地震大国ニッポン出身の俺としては、大した揺れでもないかんじである。

 ……だが、揺れただけの事はあった。


 大地が、ひれ伏した。

 そんな印象を受けた。

「よしっ!どう?タスク様っ!」

 くるり、と半回転して俺に笑顔を向けたエピの背後では、岩山が綺麗に2つに割れ、道ができていたのであった。




「すごいな、あれ。秋の精霊の力か?」

「うん。そうだと思う。大地がとっても協力的なの!」

 協力的っつうか、従属的な印象すらあったぞ、さっきのは。

「エピはいいよなあ、どんどん強くなって……」

「タスク様だってパワーアップしてるじゃない」

「パンが増えることをパワーアップと呼んで良いものか、いや、良くない」

 なんとなく、エピができるようになることと、俺ができるようになることだと、滅茶苦茶、こう……落差があるんだよなあ……。

「き、君達一体、何者なんだい……?」

 一方、そんな俺達を見ていた貴族のボンボン君は、恐る恐る、といった様子で俺達を見てきた。

 ……なので、俺は答える。

「俺達は敬虔なるカニ○ン教徒さ!」

「あっ、私は違うよ」

 案の定、エピに裏切られた。




 その日も無事、街道沿いの宿に到着。

 どうやら、あと1軒宿屋を挟んだら、もうエラブルの町に到着するらしい。いや、もう、っつうか、やっと、なんだけどな……。すげえよな、隣町まで3日だぜ……。山道ばっかりとはいえ、これは中々のスローペースというか、なんというか。


 さて。

 部屋を取って少し休憩したら、夕食を摂る。

 オートロンに入ってから、およそ、秋っぽい食事しか出てきていない。デザートについてくる果物は葡萄とか林檎とか、時々柿とかだし、食事には木の実やキノコがよく使われている。

 内陸を進んでいるからか、魚はあんまり出てきていないが、肉はよく出てくる。鹿肉とか熊肉とか、そういう野性味あふれる味の濃い肉は、他の重厚な食材ともよく合って非常に美味かった。

 そして本日の食事のメインとして出てきた、ナッツ類を衣に使ったカボチャコロッケみたいな奴が非常に美味かった。だが、食ったら無くなった。

「タスク様ぁ、なんで美味しいものって、食べたら無くなっちゃうんだろ」

 全くだ。全く同感だ。神はこの世に居ないのか。何故神は美味いもの程さっさと消えてしまうようにこの世界を御創りになられたのか。ジーザス!

 ……いや、無くならなかったら無くならなかったで、パンが食傷気味になったのと同様の悲劇が生まれそうな気もするが。


 空になってしまった皿を2人で未練がましくつついていると、ふと、俺達の前にもう1皿、コロッケみたいなものが置かれた。

 顔を上げると、満面の笑みのおばちゃん。

「いやー、助かったよ。お嬢ちゃん達が、あの岩山を壊してくれたんだって?」

「ああ、この子です」

 エピを示すと、満面の笑みのおばちゃんはエピの肩を叩きつつ、豪快に笑った。

「へええ、凄いねえ、こんなに華奢な子がねえ!でも本当に助かったよ!少し前から、あんな所に岩山ができちまってさ、皆困っていたんだよ」

 おばちゃんはそれから、皿を示して、続けた。

「これはお礼だよ!遠慮せずにおあがり!」

 ……神はここに居た!




「ところで、あんな山、突然できちゃって、誰も気づかなかったの?」

 コロッケを仲良く俺と奪い合いながら、エピがおばちゃん改めコロッケの女神に尋ねた。

「そうなんだよ。うちに偶々居た魔術師さんに聞いたらね、なんでも、地魔法によるものなんだってさ。それも、術師が何人も集まってやるような、でっかいやつなんだって!」

 コロッケの女神はそう言って眉を顰め……声も潜めて、俺達に言った。

「……ここだけの話ね、最近、この辺りに変な奴らが居るのさ。それも、岩山ができる少し前辺りから、ね。それに加えて、時々うちの食糧庫から食べ物が減るんだよ。多分、連中が何かしてるんだろうとは思うんだけど、こんな辺鄙な宿じゃ、護衛を雇う訳にもいかないしねえ……」

 ほう、盗賊かな?

 ……いや、只の盗賊なら、『術師が何人も集まってやるような、でっかい魔法』はちょっと、おかしいのか。

 うーん……。

 エピを見ると、エピはカボチャコロッケを食べながら、頷いた。

 うん、そうだな。ちょっと、寄り道してみても、いいか。

 術師が大量に集まっているなら、『知恵の実』についての情報が落ちてるかもしれないし、な。


「その護衛として、俺達を雇う気はありませんか?その変な奴らとやら、なんとかできるかもしれません」

「お代はこれでいいよ!」

 空になってしまったコロッケの皿を見せつつ、俺達はコロッケの女神にそう提案したのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ