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51話

「な、何をおっしゃりますか!」

 町長は困っているが、俺だって困る。

 どう考えても、これ、俺が受け取っちまったら後で色々と詰む奴じゃあないのか。


 井末の立場がとかそういう話ではない。あいつの立場はどうでもいい。

 だが、この世界にとっての救世主を間違えちまったら、多分、これ、詰むよな。

 というかこの町長にしろ、預言諸々ひっくるめたこの世界にしろ、『救世主が2人居る』って状況を分かってるのか?いや、流石に想定されてないと思うんだが。


 ということで、俺は割と素直に町長に話すことにした。この際、それが理由で追い出されちまうことは覚悟の上だし、そうならないような気もしていた。要は、この町長とこの町の人達の良心に期待した訳だが。

 ……そして。

「成程、もう1人の救世主様の事を聞いたことはありましたのでな、あれ、とは思ったのです。成程、2人目の……」

 町長は合点がいった、というように頷いて、考え込んだ。

 というか、知ってたのかよ。井末の噂くらいは知ってたのかよ。じゃあもうちょっと怪しめよ……。

「……よし、決めましたぞ」

 なんとなくこの町の危機感について心配になり始めたところで、町長が手を打った。

「この黄金はやはりあなたに持っていっていただきましょう」




「あのですね」

「む、つまり、あなた『も』救世主様、なのでしょう?」

 ……うん、まあ。

 まあ、そうかもしれない。

「ならばこれで良いのだと思います。あなた様は言い伝え通り、トラペジットに現れ、町を救って下さいましたからなあ。もし、もう1人の救世主の方にこの黄金が渡るべきなら、恐らく、あなたの手から渡る、という事なのでしょう」

 それはそれで俺の命がヤバいんだが!

「なぁに、ご心配めされるな!救世主様が2人居た事など聞いたこともありませぬが、実際に2人いらっしゃるのです!これこそが神の思し召しなのでしょう。何なら、いっそ救世主様が100人ぐらいいらっしゃってもよろしいのではありませんかな?はっはっは」

 ……だが。

 なんか、この町長の話を聞いていたら、割とどうでもよくなってきた。

 そーね。100人ぐらい居てもいいよね……。

 ……うん、ホントにな。なんだって、1人じゃなきゃいけないんだか。プリンティアとかエスターマ王国とかがそういうスタンスらしいから俺もそのつもりでいたけど、よくよく考えたら別に、救世主が1人じゃなきゃいけないっつうルールは無い気がするぞ。うん。

「ま、私の気が済むようにして頂けますと幸いです」

 それに、これで町長の気が済むなら、まあ、いいか。

 後の事は……うん、もう知ったこっちゃねえよな、流石に。何かあっても知らねえからな。

 俺は、差し出された腕輪を受け取った。




 途端に、黄金の腕輪が輝く。

「こ、これは!?」

 眩い光に目が眩み、目を閉じる。


 ……そして、再び目を開けた時。

「……なぁに、これ」

 俺達の目の前に、ぴかぴか光る謎の球体が浮かんでいた。

 何これ、電球?




 触ってみるが、熱くない。白熱球じゃないらしい。ということはLEDか。エコだな。

「私も触ってみていい?」

「好きなだけ触れ触れ」

 俺がペタペタ球体を触っていると、エピもペタペタ触り始めた。

 ……が。

 エピが触れた瞬間、光る球体の表面に模様が走る。

「えっなんだこれ」

「なぁにこれーっ!?」

 俺達が戸惑っていると、光る球体はくるくると回り始め……やがて、ぱかり、と。

 卵が割れるように、割れた。

 そして、球体が割れた中から、小さな星のような、小さく輝く結晶が現れたのであった。




 学習しない俺達は、出てきた結晶もつつきにつついたのだが、今度は変化なし。

 一体何なんだ、これは。

「うーん……タスク様ぁ、どうする?」

「え、ええと……町長、どうしましょう?」

「え?えええ……エピ様がお決めになられては……?」

 そしてこの場に居る誰もが、この謎の結晶体についてよく分かっていない。

 光る球体にエピが触ったら出てきた。結晶自体はキラキラしていて割と綺麗である。サイズは手のひら大。

「とりあえず、拾っていく?」

「……まあ、腕輪から出てきたしなあ……」

 仕方がないので、俺達はよく分からないまま、この星の結晶のようなものを拾い上げ、鞄の中に放り込んだのであった。




 その日は町が秋のパン祭というか、パン片付け作業というか、そういうもので盛り上がっているのを尻目に、早めに町長宅で休ませてもらうことにした。

 なんだかんだ言って、集中したし働いたし、疲れたんだよな。

「なんか、お日様がまだ沈み切らない内に寝ちゃうなんて、勿体ないかんじ。悪いことしてるみたい」

「分からんでもないが、贅沢、と考えると気分が良くなるぞ」

 夕陽の残滓がまだ残る空を窓から見つつ、しかし、体は重く疲れて睡眠を欲している。

「……まあ、明日早起きすればいいだろ……」

「うん……おやすみなさーい……」

 それはエピも同じだったらしく、俺達はお互い、適当に布団に潜って、さっさと寝付いてしまったのであった。




 そして翌朝。

「見事に良く寝た」

「お寝坊しちゃった……」

 早起きのはの字もありゃしねえ時刻に起きた。太陽はとっくに昇っている。ま、まあ、それだけ疲れてたって事だから……。


「ゆうべはよくお休みでしたね」

「ええ、まあ……」

 起きて町長に挨拶したら、そんなことを言われた。何だ。別におかしなことを言われている訳じゃないのに何かが、何かが引っかかるぞ、その言い回し……!

「さあ、朝食を召し上がってください。少し冷える朝は温かいスープが美味しいですぞ」

 だが、それは置いておいて、朝食だ。案の定、飯が美味そうなのでとてもありがたい。

「……ところで、このパンは」

「ああ、広場にあったものですな」

 そしてパンは相変わらずであった。

 いや、食うけど。広場の一部をパンにしちまった以上、責任もってある程度は食うけど……。




 朝食を食いながら、今後の相談である。

「この後はどうする?タスク様」

「とりあえずはこの町の防具屋で服を買ったら出発、だな。冬の精霊にも一応、話を聞いてみたいし」

「……ということは、またあのお店に行くのね……?」

「まあ……そうだな……」

 秋風妖精亭の女装少年を思い出してなんとなく気分が落ち込みつつ、もうちょっと現実的なところで悩む。

「で、金が無いんだったな」

「町長さんに相談してみる?」

 まあ、エピの提案が現実的だろうな。

 ……だが、俺、ちょっとやってみたいことができてしまったのである。

「ちょっと、作りたい物があって」




 朝食後、町長宅を辞して町へ出る。

 町のあちこちで礼を言われてむずがゆかったが、それは置いておいて。

「いらっしゃい。何かお探しですか?」

 俺達が入ったのは、『魔法薬の材料ならなんでもお任せ!爆発物も取り扱っています!ルメディの店』と看板が出ていた店である。怪しい。怪しい店だ。でもこの町のこういう店はここだけらしいからしょうがない。

「いや、ちょっと聞きたいことがあって」

 俺は少し、店内を見回して……天井から吊り下げられた薬草の束とか、瓶に入っている乾燥キノコとか、謎の粉末とか、よく分からないゼリー状の何かとか、ウゴウゴ動いている触手みたいな物体とか、そういうものの中に目的の物を見つけた。

「この『ドラゴンの血』って、何に使うんですか?」




 店主は丁寧に教えてくれた。

 曰く、ドラゴンの血は、加工次第で色々な薬になるらしい。

 活力剤、精力剤、回復薬……そして、毒薬や爆発物にまで。その過程も聞いたが、もう訳が分からん。

「ええとね、タスク様。多分、ドラゴンの血って、凄くたくさんの魔力を含んだものなの」

 説明を聞いても訳分からなかった俺に、エピがもうちょっと噛み砕いて教えてくれる。

「だから、いろんな魔法の効果を大きくしたり、増やしたり、動かしたりするのに使えるのよ。魔力が無いと、魔法が働かないから」

「つまり電池みたいなもんか」

「で、でんち?」

 今度はエピが分からなかったらしいが、俺は何となく分かったぞ。

 要は、エネルギーの塊みたいなものなんだろうな。つまり、色々な用途に使える、と。

 そして、だ。

 ……俺は、しっかり、店で見てきたのだ。

 ドラゴンの血の値札を。

 そこには、『1瓶金貨1枚』とあったのである。

「……た、タスク様、ま、まさか……!」

 感づいて慄くエピを尻目に、俺は、近くの水をフライパンに汲んだ。

「そぉい!」

 そして、水はドラゴンの血になった。




「ありがとうございましたー!」

 さっきの魔法薬の材料の店で、ドラゴンの血を瓶に5本程度、売ってきた。

 流石にちょっと怪しまれたのだが、中身をきちんと改めて貰った結果、『最上級のドラゴンの血ですよ!』とのお墨付きを頂き、無事、売ってくることができた。

「いいのかなあ……いいのかなあ……水からドラゴンの血なんて、作っちゃっていいのかなあ……」

「あんまり難しく考えるなよ。誰も困らないからいいだろ。カニ○ン食うか?」

「クリームパンがいい……」

 エピは若干、釈然としない様子であったが、クリームパンを齧り始めたら割とどうでもよくなったらしい。俺は俺でカ○パンを齧り始めたが、齧る前から割とどうでもいい。

 ……まあ、俺達は金が手に入るし、店主は貴重な薬の材料が手に入るし、ドラゴンは怪我しなくて済むし、全員が幸せになれるわけだ。うん、問題ねえな!




 そうして金が潤沢に手に入ったところで、俺達は再び、魔鏡『秋風妖精亭』へとやってきたのであった。

「……入るぞ」

「……うん!」

 そして、意を決してドアを開き、突入!

「いらっしゃ……って、ああー……秋ちゃんの……」

「服を取りに来た!」

「お金はあるよーっ!」

 俺達を見て、若干げんなりした女装少年に畳みかけるように、金貨を突きつけたのであった。


「勝った!そして買った!」

 俺達は無事、女装少年から最高級の防具を購入して帰ってくることができた。

「よく考えたら、お取り置きを買うだけだったんだから、あんなに気合入れなくてもよかったかも」

 エピはそんなことを言っているが、相手は俺を女装させようとしていた奴である。多分、気を抜いたら殺されていたと思う。精神的にとか、或いは、社会的に。


 そうして店を出た俺達は、乗合馬車の停車場へと向かって歩いていた。

 やっと、徒歩からまた馬車へと戻ってこれた。よかった、結構徒歩って辛いんだよな……。

「……やっぱり、可愛いなあ、このお洋服」

 今日が若干肌寒い気温だったこともあって店内で着替えてきたのだが、エピはすっかり冬服を気に入ったらしい。

 ケープやスカートの裾を揺らしながら、楽し気にくるくる回っている。

「……似合うかな?」

 回り止んだエピは、少しばかり照れた様子で聞いてきた。

「うん、似合う似合う」

 答えると、エピはまたしても嬉しそうに、くるくると回りながら先へと進んでいく。

「ありがとっ、タスク様!タスク様もかっこいいよ!」

「そりゃどうも」

 はしゃぐエピの後を追いかけながら、トラペジットの町を歩く。

 馬車の乗り合い場まで、もうすぐである。


 ……。

 あ。

「タスク様、見ないふりしても駄目」

 道すがら、俺がパンにした広場を通ったのだが……そこには、未だ食べきられずに残る、巨大なパンの塊があった……。

 ……悪いけど、処理は任せた。


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