50話
モンスターの血液をワインにできなかった時点で、俺は仮説を立てた。
つまり、『この能力において、ワインとは血と同義である』、そして『ワインはワインにできない』。
それを言うならば、パンも同じなのだ。
某救世主の人は、パンを出して「これは私の肉である」とか言ったらしい。
ということは、やったことないが……肉はパンにできないんだろう。いや、肉は石じゃないんだからそりゃ、能力使う気にならなかったが。
だが……だが、こういう使い方は、逆に、できるんじゃないか?
『石を肉にする』。
つまり、『石を肉にすることで、怪我を治す』。
「う、う……あ、あれ、痛みが……?」
妙に緩い能力で良かったぜ。無事、肉が出来上がって傷口を治したらしい。
まあ、石がフランスパンだったりヤマ○キのダブ○ソフトになったりカニ○ンになったりメロンパンになったり、やたらとバリエーション豊かな変化をしてるのは分かってたし、形も割と緩いイメージでも補完されて上手くいくのは分かってたし、『モンスターの血』がワインにできなかった時点で、『ワイン=俺の血』に限られず、血は大体全部ワイン、ってことも分かってたし。つまり、上手くいくアテはそこそこあった、ってことだ。
そして、実際上手くいった。
「ははは……ついにお迎えが」
「来ねえよ!まだもうちょっと待って!」
尤も、血が足りてないから、このままじゃ死にそうだが!もうちょっと頑張って!
それから、エピと協力して、広場に倒れていた人達の応急処置を滅茶苦茶頑張った。
石を傷口に突っ込む時点で大分痛がられるわけだが、その後にちゃんと傷は治るわけなのでそこは我慢してもらうしかない。
「タスク様、本当にこれ大丈夫なの……?」
「駄目でもやるっきゃねえ」
そして、問題は血の方だ。
血はいくらでも作れる。水さえあれば、幾らでも作れる。多分、その人に合った血がいくらでも作れる。肉はその人に合う奴ができてる訳だし。
……だが、作れたとしても、それを身体の中に入れる手段が無い。
点滴、なんつうものはこの世界に存在しないか、あったとしてもごく一部の秘伝レベル、なんだろうなあ……。ガラスが高級品な時点で研究道具が未発達なのもなんとなく察しは付いてたが。
……ということで、今、俺は円錐状の石を手に、死にかけの人の太腿の内側を探っている状況である。
石の成形はパンがやってくれた。
要は、硬そうな石を削りだすようにしてパン化を行い、パンをむしって水で流して、残った石部分がコレ、って言う訳であるが。
そして円錐の口径のでかい方にフライパンをつける。
「じゃ、じゃあ、いくよ」
「頼む!」
続いてエピが雨を降らせ、俺は雨をフライパンに集める。
集まった雨は石の円錐の中に入り、やがて、細い方から出てくるようになった。
それを確認したら、円錐内の水を血へと変える。
……あとは、円錐の先端を、血管にぶっ刺すだけで
「あああああそっちじゃないそっちじゃないそっちじゃなかったああああ」
「たたたたタスク様大丈夫なの!?大丈夫なの!?」
……。
結局。
石の円錐を使った輸血が成功することは無かった。
つまり、患者の蘇生に失敗した……という事ではなく。
「びっくりした……ほんとにびっくりした……」
「アレが一番速かったからな……」
『一回ちょん切って直接針をぶっ刺して位置確認してから石パンで治して血を注ぎ終わったらちょん切って針の除去を行ってもう一回石パンで治す』。
荒治療極まりなかったが、これが一番正確で速かったんだから仕方ない。
そんな荒治療ではあったが、一応、血管の中に空気が入らないように、とか、色々気をつけはしたんだからまあ許してほしい。
そして何より。
「こっちもお願いします!」
「いやちょっと待ってください、あんまり急ぐと手元が狂う」
「ちょっとっくらい大丈夫ですって!早く!」
「少し具合が悪くなるくらいは町の司祭様のお力でなんとかなりますから!」
……。
多少の、多少の医療ミスとか何とかは、魔法でリカバリーできる、という。
そうだった。
ここは、ファンタジー異世界であった。
「本当になんとお礼を申し上げたら良いか……」
事後処理(雨を降らせて血みどろの広場を掃除したりとか)まで終わらせたら、半日ぐらい余裕で過ぎていた。
そんな俺達はというと、トラペジットの町長の家に招かれて、もてなされていたのだった。
「ささ、どうぞ召し上がってくだされ」
「わあい、美味しそう!」
「実際美味い」
出てきた料理は、秋の食材たっぷり、ってかんじだな。
茸の類や木の実の類に、ほっこりとした根菜。
それらが丁寧に調理されていれば、美味くないわけが無い。
俺達はありがたく食事を頂きつつ。
「いやはや、しかしまさか本当に、救世主様がいらっしゃるとは!」
……若干、困りつつ。
「先程、手袋を外されていたでしょう」
ああ、うん。血管を探る時に、流石に手袋外した。革手袋越しじゃ、血管探るとかちょっと無理だからな……。
「その時に見えた手の甲の紋章は、確かに救世主様のお力の証!」
どうやらこの町長、救世主の紋章について知っていたらしい。
何なんだ。カラン兵士長ほか、エスターマ王国の兵士とかも知らなかったぞ、これ。村長とか町長とかだけ知ってる類の知識なのか?これ。
「まあ、何よりもかの不思議なお力と、魔物を退け、我らを守って下さった事。それらが救世主様の証ですなあ」
……だが、まあ……見る人が見りゃ、分かるか。
「パンが生えたり水がワインになったりは、普通しないもんね、タスク様」
このファンタジー世界においても、石パン水ワインは珍しいみたいだしな!
「ところで、さっきの金属のゴーレムが言ってたよね。『黄金』を出せ、って。この町ってお金持ちなの?」
微妙に気まずい中、エピが空気を変えるようにそう言い出した。
ああ、そういや、言ってたか。それに対して、町の人は『知らない』だったが。
「ええ。『黄金』ですね。確かに、私が所持しております」
「知ってたなら出してやれよ……町の人可哀相だろ……」
「いやいや、あれを魔物に渡すわけには参りませぬでなあ。町の者達には辛い思いをさせましたが……彼らもまた、救世主様にお救い頂けたのですから」
結果オーライ、と。はあ。
「……しかし、ようやくこの町も、『黄金』を守る役目を終える訳です」
やがて、町長は一度、席を外した。
俺達はその間も気まずいながらもしっかりと食事は食い続け、そして。
「救世主様、こちらをどうぞ、お納め下され」
戻ってきた町長は、手に美しい細工の箱を持っていた。
「……これは?」
町長は黙って、箱の蓋を開ける。
そこにあったのは、眩いばかりの黄金の、王冠を象ったような腕輪があった。
「……綺麗」
エピも俺も、息を飲む。
その腕輪から発せられる威厳、というのか、雰囲気、というのか。そういうものに、妙に気圧されるのだ。
「これが、魔物の狙っていた『黄金』。いずれ来る救世主様にお渡しするように、と言い伝えられていたものです」
奇妙な腕輪は食卓の真ん中に置かれた。
そして俺達は腕輪を見ながら食事を再開したが、駄目だ、食ってる気がしねえ!
「『世界を分かつ救世主に3つの捧げものをせよ。うちの1つは黄金である。かの救世主トラペジットに来たりて、魔を祓い、人を癒し、恵みを分け与えるであろう。彼に王の黄金を捧げよ』。これがトラペジットに伝わる言い伝えです」
町長の解説があったが、よくわからん。
王の黄金。韻踏んでる、ぐらいの感覚でしかない……。
「そして救世主様は、魔を祓い、人を癒し、恵みを分け与えて下さいましたでなあ」
「いや、ちょっと待て、恵みって」
「広場のパンを町の者が食べております」
……窓の外を、ちらっ、と覗いたら、どうやら、金属ゴーレムを倒すために生やしたり育てたりしたパンが食べられているらしかった。エコだな、いや、ちょっと待て、いいのか。それでいいのか。
「ま、つまり、我々は救世主様のお恵みを頂いております」
「ちなみにこの食卓に上がっているパンは」
「左様でございます」
左様でございましたか。
……。
複雑。
そして食事を終えた俺達に、町長は笑って言った。
「さあ、救世主様、どうぞお受け取り下され」
町長は俺に箱ごと腕輪を勧める。
だが……。
「悪いが、俺はそれを受け取れない」
だが、俺が受け取ったら、まずいだろ、これ。