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5話

パンは空より来たれり。

 振り下ろされた拳がスローモーションで見える。

 横に跳んで逃れようとしたが、俺のすぐ隣に腰を抜かした子供たちが居るのを見たら、咄嗟に動けなかった。

 俺は覚悟を決めて、手を構え……。

 ……だが、石の拳が俺にぶつかることは無かった。


 びゅ、と、空を切る鋭い音が響いたかと思うと、次の瞬間、ばしっ、と、派手な音が聞こえ、続いて、ぼがん、と、石が砕ける音が聞こえた。

 石が破片になって、俺や隣の子供達に降り注ぐ。しかし子供達を庇いつつ石をパンにしてみたら、ぶつかっても痛くなかった。便利。

 石の巨人の拳は見事に軌道を逸らされて、俺達から離れた位置の地面に突き刺さった。

「きゅ、救世主様に怪我なんてさせたら、許さないんだからっ!」

 そして、高らかに凛と……とはいかないが、確かな怒りと若干の震えを滲ませながら発せられる声は。

「おお!エピ!エピだ!」

「そうだ!エピが居る!」

 ……石の巨人を前に、涙目になりながら……鞭を。

 長い鞭を手にした、エピの姿であった。


 ……巫女じゃなかったのかよ!それとも巫女ってのは鞭使いなのかよ!




「流石だぜ、エピ!」

「やっちまいな、エピちゃん!」

「それいけー!村の戦士ー!」

「戦士じゃないもん!巫女だもんっ!」

 村人が物陰に隠れつつ、やんやと喝采を送る。

 それに鼓舞されたのか、エピはスカートと前掛けの裾を翻しつつ地を駆け、鋭く腕を振り抜き、鞭をしならせ、再び石の巨人を打ち据えた。

 ……唖然とするっきゃない。

 あの、俺の勝手なイメージだけどさ。

 けど……鞭ってのは、こう、『さあ、跪きなさい!』ってなかんじの女王様が高笑いしながら振るモンであって、如何にも純朴な農村の娘、ってかんじの女の子が、涙目になりながら振るモンじゃないよね?

 いや、俺の勝手なイメージだけどさ!

「すげえ!エピねーちゃんすげえ!」

「流石だぜ!さっすがエピねーちゃんだぜ!巫女のくせに魔法は使えねえけど!」

「巫女のくせに鞭使いだけど!」

「巫女のくせに!」

 ……だが、色々と、合点がいった。

 主に、隣の子供達の歓声と悪口ギリギリの実況によって。

 ……そうかー、エピが『一応、巫女』って言ってたのは、こういうわけだったんだな……。




 エピの鞭さばきは、凄まじい、の一言だった。

 すごいな。見たかんじ、革を編んで作っただけの鞭っぽいのに、それで石を破壊できてるんだもんな。

 鞭ってのは『先端が音速を超えることによって音と衝撃を生み出している』ってのを聞いたことがあるが、実物を見たのは初めてだったもんで……かなり、驚いた。

 そうこうしている間にも、石の巨人は正確な鞭さばきによって腕を削られ続け……遂に。

 どう、と大きな音と衝撃。

 見れば、石の巨人は片腕を失っていた。

 エピねーちゃんすげえ!




『……中々やるな、小娘』

 石の巨人は地上を睥睨しながら、そう言って……確かに笑った、ような気がしたが気のせいだったのかもしれない。顔も石だから表情が良くわかんね。

『だが無意味だ。たとえ、この体の腕を何百回落とそうが!脚を何千回壊そうが!』

 石の巨人が叫ぶと、辺りの石が、宙に浮いた。

『この体は滅びぬ!』

 何度でも蘇るさ!ってか。

「う、嘘っ、元に戻っちゃった……!?」

 石の巨人は、落とされたばかりの腕を復元していた。

 どうやらこの石の巨人、壊されても壊されても、幾らでも復活するらしい。

 ……だが。

 だが……俺は、気づいてしまった。


 エピが破壊した石の破片。

 それらは今、パンになって、俺達の足下か、俺の隣の子供達の手の中か口の中か胃の中にあるのである。

 つまり……いや、ちょっと待て!お前らパン食ってる場合じゃねえだろ!




 こっそり、動く。

 石の巨人がエピを狙い、エピに鞭打たれてまた右腕を失いかけている中、こっそり動く。

 そして石の巨人の背後に回ったら、機を待つ。

 エピは戦いながら、村の外れへ、村の外れへと石の巨人を誘導していく。つまり、村に被害が及ばないように、っていうことなんだろうが。

 エピを追いながら、村はずれへ、村はずれへと誘導されていく石の巨人。こいつどうやら、図体がでかい分、足元はお留守になりがちらしい。

 ……そして、機は訪れる。

『ちょこまかと小賢し……なっ!?』

 畑の、柔らかに耕された土の上。そこに脚をついた石の巨人は、ずぶり、と脚を沈める。

 咄嗟にバランスを崩した石の巨人に、容赦なく鞭が襲い掛かる。

 そして。

「悔い改めろっ!」

 俺の掌も、また。




『なっ』

 石の巨人が動くより先に、俺は石の巨人をパンにする。

 パンにする。お前なんぞパンにしてやる。石の巨人と名乗れる時間はもう終わりだ。お前はたった今からパンの巨人だ!

『なんだこれはっ!やめっ、やめんか!』

 パンにする。ひたすらパンにする。

 一度にパンにできる範囲は限られているが、とりあえず脚を全部パンにしてしまえばこっちのものだ。

 パンの足じゃ、石の体を支えられない。石の体が沈んで、落ちてくる。そこをパンにする。

 すると石の腕と頭が支えられずに落ちてくるのでやっぱりパンにする。

 そして全てパンになった。

『き、貴様っ、貴様は一体っ!?』

 石の巨人も、本体をパンにされてしまっては、もう復元できないらしい。

 というか、体を動かせなくなったらしい。何故だ。パン人形として元気に動いてくれる姿を期待していたのに。

 残念だ……。




 最期の力を振り絞るかのように、石の巨人改めパンの巨人が、声を絞り出す。

『まさか、貴様、救世、主……』

「さあ、どうだかな」

 勿論、ここで答えてやる義理は無い。というか、ここでうっかり答えたら答えたせいで大変な目に遭う気がするので、答えない。

 代わりに、パンの顔の奥で輝く眼光に手を伸ばし……。

「ならば生かしてはおけんわっ!」

 伸ばしたところで、パンの頭の中から、何かが飛び出してきた。

 ……これは、予想していなかった。




 飛び出してきた何かは、人間の子供くらいの大きさであった。

 しかし、コウモリのような翼や、ねじれた角を見る限り……『悪魔』とか『魔物』と称するのが相応しいような。そんな生き物であった。

 なんだこいつ。今までパンの中に埋まってたのか?つまり、石の中に埋まっていたと?

 いや、違うのか。石の巨人は……『こいつによって操作されるモ○ルスーツみたいなものだった』のか!

「死ねッ!」

 そして魔物の爪が月光に煌めき、俺に向かって繰り出され……。

「そこまでだよ、魔物さんっ!」

 しゅる、と伸びた鞭が、魔物の胴体を捉えた。




「救世主様をっ!」

「ひぃっ!」

 ばしん。

「殺すなんてっ!」

「はひぃっ!」

 びしん。

「許さないんっ!」

「ふぐうっ!」

 べしん。

「だからっ!」

「あふんっ」

 ぱしーん。

 ……俺達は、魔物が鞭打たれるSMショーもどきをひたすら観劇している。

 鞭打っている側であるエピは涙目でぷるぷるしながら鞭を振り回しているし、魔物の方は魔物の方で魔物なので、見ていて謎の迫力というか、謎の緊迫感がある。

「エピねーちゃんこええ……」

「パンうめえ……」

 そして、そのショーを肴に、またパンが進むらしい。身の安全を悟った村人たちがぞろぞろと出てきては、パン祭をひっそりと再開している。

 勿論、村人たちはただパンを食べているだけではない。それぞれ魔物を拘束するための縄を持ってきたり、怪我人を手当てするための薬や包帯を持って来たり、どこに隠していたのかというかなんで持ってきたのか酒を持ってきたりして、それぞれ動き始めていた。

 ……なんというか、フリーダムだな、この村!




「く……そ……こ、こうなったら……救世主の、情報だけ、でも……!」

 そんな折、魔物が動いた。

 いや、体は動かしていない。しかし、魔物の懐から、黒紫色に怪しく光る宝石のようなものが飛び出し、ふわり、と宙に浮かんだのだ。

「お受け取り下さい、魔王、様……!」

 そしてその宝石は、より一層輝きを増し、周りに魔法陣のようなものを展開させていく。

 これはまずい。

 多分これは、俺の情報を『魔王』とやらに!つまり、如何にもヤバい奴に、届けてしまうものだ!

 咄嗟に俺は、そう判断した。

「行け、記憶石……!魔王様の、元、へ……!」

「させるか!」

 俺は手を伸ばす。

 ……しかし、俺は宝石を掴むことはできなかった。

 宝石は俺の指を掠めて、白みかけた空へと飛んでいったのである。


 ……いや、ちょっと語弊があった。

 宝石じゃ、ない。

 俺は宝石を掴むことはできなかったが……能力を使うことは、できた。


 つまるところ、空を飛翔したのは、パンであった。




「む……無念……」

 夜明けの空を飛んでいくパンを見ながら、魔物は力尽き、息絶えた。

 うん、さぞかし無念だったことでしょうなあ。多分敵だが同情するぜ。




「魔物をやっつけたぞ!」

「救世主様バンザーイ!」

「村の戦士エピにもバンザーイ!」

 朝日が輝きだす中、ファリー村パン祭~魔物討伐祭を添えて~は再開された。

 そして再びパンを作る作業に戻らされかけた俺であったが。

「救世主様、よろしいですかな」

 村長が、俺を呼びに来た。

 ……よし、来たか。

 俺の交渉ターンだ!


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