49話
取って食べよ、これは私の体である。皆、この杯から飲め。これは、罪の許しを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。
「きゃーっ、可愛いっ!ほらっ、入って入って!お洋服を探しに来たんでしょ?選んであげるっ!」
「えっ、あのっ、あのっ」
ぽかん、としていた俺達は、店から出てきた少女によって店内へ押し込まれてしまった。
押しの強さは、春風妖精亭のロリータオヤジとどっこいである。
そしてエピが着せ替え人形にされ始めた。
「やっぱり青よりは赤の方が似合うね!ピンクよりは臙脂色かなー」
俺がぽつん、と待たされる中、エピはひたすらくるくるくるくる、着替えさせられている。
「パンツルックよりはスカートの方が似合うなー、女の子っぽいキュートさはやっぱりスカートだよね!でも寒いから火の魔法を編みこんだタイツで防寒してー、足元はブーツがいいよね!ブーツはブラウンかなー、黒かなー……」
いつの間にか、ブーツが数十足出てきた。どこから出したんだ。どうしてそんなに出したんだ。
「コートはベージュとワインレッド、どっちがいいかなあ……あ、でも冬の国に行くの?」
「え、あ、はい」
「だったらベージュかー、赤いと目立っちゃうもんね」
ベージュっぽいコートが大量に出てきて、エピはくるくるくるくる、着替えさせられ始めた。
「髪は三つ編みなの?」
「あ、あの、鞭を使うから、邪魔になっちゃうから……」
「そっかあ、下ろすと暖かいけどねー、じゃあしょうがない、マフラーを追加しようね!白かなー、マフラーくらいなら赤でも平気……あっ、だったらこの間作った隠密の魔法のマフラーにしよっと!」
やがてエピはぐりぐりマフラーを巻かれ始めた。
「よし!これでアウターはオッケー!じゃあインナー考えよ!」
……そして脱がされ、また着せ替えが始まった。
俺は考えるのをやめた。
そうしてどのくらい待っただろうか。
俺が待合室でうたた寝し始めた頃、ようやくエピが戻ってきた。
「お、おまたせ……タスク様……」
疲れ果てた様子のエピがよれよれ、とやってくる。
……毛織らしい厚めの布で作られた膝丈のスカートに、同じ布でできたベスト。その上にはケープ。襟の高いブラウスの下には防寒着を着込めるらしい。ヒートテ○クみたいなもんか。
「どう?どう?可愛いでしょ!」
店の少女は、ぴょこん、と飛び跳ねるようにしてやってくると、にこにこしながらそう言った。
エピはなんとなくもじもじしながら、俺から視線を外す。
「ね?可愛いでしょ?可愛いでしょ!?」
「あ、はい、可愛いです」
やがて俺に迫るようにやってきた少女に押されて答えると、少女はひどく満足げな表情で頷いた。
「でしょ!元がいいのもあるけれど、やっぱりお洋服選びは大事よね!」
まあ、うん。それは認めるが。
「で、君のお洋服は?」
……は?
「君も冬服、必要なんじゃないの?」
……俺は、店内を見回した。
在るのは当然のように、女物だけである。
「いや、俺に女装癖は無」
「大丈夫!ちゃーんと可愛くしてあげるねっ!」
が、少女は満面の笑みで、俺の腕を、ガシリ、と掴んだ。
その異様なまでの力の強さに背筋が凍る。
「いや、無理だろ、無理だって」
「大丈夫だよ!……だって、僕だってかわいい女の子に見えるでしょ?」
さらに続けられた言葉に、さらに背筋が凍る。
「ね?」
さらにさらに、エピに見えないように、ぺらり、と捲られたスカートの下にあったものを見て、もう色々と凍る。
……。
ロリータオヤジの兄弟店だな、ここ。
俺は確信した。
そうして俺は着せ替え人形に……されなかった。
「じゃあ早速脱いでね!」
「いやいやいやいやいややめろやめてくださいやめてくださいってああああああああ」
有無を言わさぬ勢いと無駄な技術の高さによって服を剥ぎ取られて行く中、ひらり、と紙切れが落ちたのである。
「うん?これ……げっ」
少女改め女装少年らしい店主は、紙切れを見て顔をひきつらせた。
「……き、君、秋ちゃんの紹介だったの……」
「あ、うん、はい……」
止まった猛攻。固まる空気。掴めない状況。
……だが、ようやく、店主が動いた。
「……しょうがないなあ、秋ちゃんが認めちゃった人ならしょうがないなあ……うー、折角可愛い女の子にしてあげようとしたのに……ぐすん」
店主は、とぼとぼ、と、店の奥へ引っ込んでいった。
……。
「助かった……のか……?」
「タスク様、それ言うと、なんでか駄目な気がするんだけれど……」
「はい、どうぞ」
すっかりしょんぼりした(というかガッカリした)様子の店主はやがて戻ってくると、投げやりな様子で俺に包みを手渡してくれた。
あけてみると、そこには普通の男物の服が入っていた。
スリーピース、というのか、ズボンとジャケットにベストがついてて、更にコートとマフラー、そして革の手袋が入っていた。
な、なんだよ、真っ当な服あるじゃねえかよ……。
「あーあ、つまんないなー、つまんないなー!」
つまらなくてもいいから最初からこれ出してくれよ……。
「ほらぁ、秋ちゃん、ちゃんと書いてるんだよ。抜け目ないよね!」
「『女装させることを禁ずる』……。秋の精霊様、ちゃんとタスク様の事、考えて書いてくれてたんだね……」
というか、そういう注意書きが無い限りは女装させるのかよ。こええよ。
「で、2人分合わせてお代は金貨2枚でいいよ!」
すっかり着替え終わって温くなった俺達に、そういう言葉が掛けられる。
……忘れていた。
俺達は今、碌に金が無いのだった。
「……店主よ、パンは要らないか?」
「パンで金貨2枚分払われても困るんだけどー」
「じゃ、じゃあワインとかは?」
「僕、お酒飲まないしー」
そうですか。まあ普通、金貨2枚分全部パンとかワインで払われても困るよな。うん。
仕方が無いので、取り置きしてもらう事にして、一旦店を出た。金が無いものはしょうがない。
「お金、本当に無いもんね……」
「びっくりするほど無いな。宿代でほとんどすっからかんだ。少なくとも金貨は無い」
金が無くても、食事には困らない。パンで良ければだが。
……だが、パンがあっても服は買えないのである。どうにかして、金を稼がなければならないな。
どうしたもんか。またワインを売ればいいか……。
そんなことを考えていた時だった。
カンカンカンカン、と、けたたましく鐘が鳴り響く。
町はざわめき、そして……誰かの悲鳴が宙を切り裂いた。
そして、轟音。
人々の悲鳴が上がる中、俺とエピは悲鳴の方へ向かって駆け出した。
ざわめきと悲鳴の渦中にあったのは、広場だった。
『『黄金』を出せ』
低い声は、広場の石畳を割り砕いたそれから発せられている。
そこに居たのは、金属の巨人であった。頭も胴体も手足も、全てが金属でできているゴーレムだった。
そして、その手足は刃物となっており……その手の先は、石畳の上に倒れた人に突き刺さっていた。
見れば、同じように金属ゴーレムが攻撃したと思しき人達が血を流し、倒れている。
濃い鉄の臭いが、鼻をついた。
「し、知らない、黄金なんて知らないぞ!」
『とぼけるな、救世主へ贈る『黄金』がこの町に在ることは既に分かっている!』
ゴーレムが叫ぶと、倒れた人から刃物の腕が引き抜かれ、鮮血が散った。そして、もう一度、腕が振り下ろされ、今度は別の人に突き刺さる。
そして更に、次の人へ。
『さあ早く出うわああああああああああ!』
なのでその前に、ゴーレムの足下の石畳からパンを生やし、パンを増やして、ゴーレムを勢いよく上空へ持ち上げた。
『うわあああああああああ!?』
やがて、ゴーレムが降ってきたので、今度は石畳ごと地盤をパンに変えた。
ゴーレムは沈んでいった。
『おのれえええええ!一体何をし』
そして俺は、ふと、思い出したのだ。
今までのゴーレムには悪魔が入っていて、そいつらは皆、黒っぽい紫の宝石を飛ばして魔王に情報を渡そうとしていた、と。
なので俺は、その宝石から円錐形のフランスパンを一気に生やした。
『ぐふっ』
あ、当たりだ。
『む……無念……』
……そして、それきり、穴の底からゴーレムが姿を現すことは無かったのであった。
「大丈夫ですか!」
エピが、倒れた人に駆け寄る。
……刃で貫かれた傷は深い。死に至る傷だ、という事は俺にも分かった。
「あ……あなた、は」
だが、そんな状態でも、その人は喋った。
「……救世主様、で、すか……?」
倒れた人達が、俺を見る。
救世主様か、と、囁きのような声が漏れ聞こえる。
……今にも死にそうな人達に、期待とも何とも言えない目で見つめられて、俺は……。
近くに落ちていた石畳みの欠片を拾う。
そして、近くに倒れていた人の傷口にぶち込む。
そして石を、パンに……いや。
『肉にする』。