48話
何か嫌な予感がしつつも、俺達は秋の精霊の塔を辞して次の町、トラペジットへと向かう事にした。
「トラペジットへ行くなら、このまま真っ直ぐ西へ行って、ぐるりと山を迂回すればいい。山が無ければ真っ直ぐ北上でいいのだけれどね」
「あ、山はぶち抜いてトンネル作って突き抜けるので大丈夫です」
「あのね、君。私は秋の精霊であり、大地を司る精霊でもあるのだけれどな」
「じゃあ聞かなかった事にして下さい」
「これを持っていくといい」
そしていざ出発、という時に、秋の精霊は袋を俺達それぞれに手渡してくれた。
「わあ……これ」
袋の中を覗いたエピが、中から夕焼け色のグラデーションの宝石を取り出した。
宝石はエピの手の中に溶け込んで消える。つまりこれは秋の精霊の加護、という奴なのだろう。
よし俺も、と思って袋を開けた。
「……」
中にはさつまいもパンがほっこり湯気を立てて、袋の中に入っていた。
「君のその能力、半分呪いだな」
「半分以上呪いですよ。むしろ8割方呪いです」
「でも、その呪いに助けてもらった人、いっぱいいるもの、気にすること無いよ、タスク様」
「いや、気になるぞ、流石に触れてもいないものまでパンになったら流石に気になるぞ……」
もう、あれか。精霊の加護は全てパンになる定めなんだな。理解理解。
「……仕方ない、そのフライパンに加護を与えよう。春も夏も……それから、梅雨と、海もか。うん、今までの精霊たちもそうしているようだし」
そしてまあ、分かりきった事だったが、俺のフライパンはどんどん強くなっていく。
「これで、君の能力をより『実り多きもの』へと変えることができるだろう。どういう風に働くかは私にも分からないけれどね」
実り多きもの、ねえ。
……カニ○ンばっかり出てくる、とかだと却って困るぞ。
「タスク様、もうこのフライパンで卵とか焼けないね」
「な」
もうこのフライパン、フライパンじゃない。
いや、元々フライパンじゃなかったのかもしれないが……。
「君達の旅路が実り多きものであることを祈っているよ」
秋の精霊に見送られ、俺達は塔を旅立った。
「……ところで、タスク様」
「うん」
「塔をパンにしちゃったこと、秋の精霊様に何も言わずに出てきちゃったね」
……。
ま、まあ、秋の精霊は石とか操作できるみたいだったし、修復はできるだろ……。
そうして進むこと半日。俺達は山に到着した。
切り立った崖、と表現した方がいいかもしれない。
「でもパンになっちゃうんだね」
「一部分だけな」
そして山の一部はパンになった。効果範囲も広がってるからな、真っ直ぐを意識して一直線にパンにすれば、そうそう曲がってしまうこともないだろう。
……さて。
「じゃ、いくぞ」
「……え?」
「こうやって突っ込んでいくんだ」
俺がパンに向かって突っ込んでいくと、柔らかいパンは俺によって押され、裂けていく。
とりあえず、突進すれば通れる。うん。
「……え、あの」
「呼吸ができなくなったら適当にパンをぶん殴って空間を作って呼吸するんだぞ。吸える空気は当分パン風味だが」
「え……あの、タスク様、このパン、このまま……?」
「千切って投げてもいいが、滅茶苦茶大変な上に時間もかかるぞ」
エピは尻ごみしているようだったが、俺が勢いよくパンに向かって突進していくと、後から続いてエピもやってきた。
……これ、パンを千切って投げるよりは数段速いんだが、パンに延々と包まれ続けるので、ちょっと気が狂いそうになるんだよな……。
気が狂う前に山を抜けることができた。
「ぱん……ぱんだらけ……ぱん……」
「エピ、しっかりしろ」
若干、エピは精神にダメージを負ったらしいが。
「ほら、町が見えるぞ」
だが、もう町が見えている。
山に囲まれている町のようだ。青い空の下、周りを赤や黄色の木々に囲まれている様子はなんとも美しかった。
「とりあえず、町に着いたら飯にしようぜ」
「うん!」
エピも元気になったところで、俺達は再び歩き始めた。
「ところで、タスク様、何食べたい?」
「パン以外」
「私も!」
だがパンは当分見たくねえ。
「おや、旅の人かい?ここはトラペジットの町だよ」
そうして辺りが夕焼けに染まる前に、トラペジットの町に到着。
「あのー、すみません、秋風妖精亭って」
「いや、その前に美味しい飯屋を教えてください」
「あっ、あっ、パンじゃない食べ物があるところでお願いしますっ!」
服屋は後だ。何なら明日でもいい。
とりあえず飯だ。それから睡眠。
……結局俺達、徹夜してるんだよな……。
「わ、おいしいっ!これ美味しいね、タスク様っ!」
「懐かしい味だ……」
町人Aが紹介してくれた飯屋は、パンではなく米っぽい穀物を出してくれる所だった。具体的には、茸の炊き込みご飯みたいな何か。若干洋風だが。
メニューは茸の炊き込みご飯とサツマイモのポタージュ、生姜のような風味がピリッと効いた鳥の照り焼きと、焼き茄子っぽい何か。そしてデザートにナッツ類をペーストにして牛乳と合わせて作ったらしいアイスクリーム。
美味い。どこか日本食めいた食事は懐かしさと思い出補正も加わって最高に美味かった。
……流石だぜ、町人A。町の入り口で旅人をさばき続けているだけの事はある!町の案内看板としての能力は十二分と言えるっ!いや、実際に彼がそういう働きを普段からし続けているかは分からないが!
「……タスク様の故郷のご飯は、こういうご飯なのね」
「ああ、そうだな。ちょっと違うが……こういう穀物を炊いて主食にしてる」
米の説明をしつつ、『米1粒に神様が7人分居るのだ。つまりご飯1杯で大体21000人の神様だし炊飯器で5合ぐらい米を炊こうものなら20万人以上の神様が炊飯器にひしめくことに』なんて話もして首を傾げられたりしつつ……俺は少し、エピに自分の故郷の話をした。
エピとは生まれも育ちも全く違う俺の話だ。俺からするとこの世界がおとぎ話の世界であるように、エピからしても、俺の世界の話はおとぎ話めいたものだったらしい。
話が一段落したところで、エピは、ほう、と息を吐いた。
「そっかぁ……うん、タスク様って、不思議な世界に居たのね」
「俺からすれば、この世界が不思議なんだけどな」
エピはふんふん、と頷き……そして、ぽつり、と、言った。
「私、なんだかやっと……タスク様が別の世界の人なんだな、って、分かった気がする」
「タスク様は、元の世界に帰っちゃうんだよね」
エピの、寂しげで曖昧な笑みを見て、俺は言葉に詰まる。
……だが、偽る気は無い。
「ああ」
「うん、大丈夫。ちょっぴり寂しいけれど……帰らないで、なんて言わないから」
エピは何やら、少し考えて、それから1つ、自分自身に対してかのように頷いた。
「だからタスク様!タスク様が元の世界に帰るまでの間、改めて、よろしくね!」
そういう結論に至ったらしいエピは、俺の目の前に手を差し出してきた。
俺はエピの手を握り返す。
……もう少ししたら、この手を握ることはできなくなるんだな。いや、そうならなきゃいけないし、そうするつもりでもいるが。
だが……今まで考えていなかったが。
少し、寂しい、かもしれない。
その日はさっさと宿を取って寝た。
エピはさっさと寝付いてしまったが、俺はなんとなく、眠れなかった。
ベッドに寝そべりながら窓を見れば、逆さに月が見える。
この世界の月は、元の世界の月より大きい。空を見るだけで異世界である。
その様子が何とも……もの悲しい、というか、なんというか。
……あー、もしかしてこれは、あれか。
ホームシック、なんだろうか。
或いは、いずれ去らなければならないこの世界への未練なのかもしれないが。
エピが隣のベッドで何やらむにゃむにゃ言っている。
……寝よ。
起きたらエピを起こして、支度をして、朝飯食って(朝粥定食みたいなのがあったからそれにした。)、出発。
「えーと、『秋風妖精亭』、だよね」
「ああ……エピ、覚えてるか?」
「うん……『春風妖精亭』、だったよね……」
エピは自分の服の裾を引っ張って眺めながら、複雑そうな顔をしている。
「確かにこの服、すごく役に立ったけれど……」
「品質は確かだが……」
だが、俺達の脳裏には、あの人が浮かぶ。
……ブーレの町の、ロリータオヤジ。
あの、滅茶苦茶濃いキャラクターがこの町にも居たら、嫌だぞ、俺は。
現実は非情である。いや、非情じゃないかもしれないが、少なくとも非情である可能性が非常に高まった。
「こ、この看板、すごく似てる……!」
「あ、ああ……」
俺達の目の前にある、滅茶苦茶にボロい看板は、プリンティアのブーレの町で見た、あの看板と非常に似ている。
そして、目の前の建物もまた!
「ど、どうする、入るか、エピ?」
「や、やっぱり秋の精霊様のおすすめだし……」
「だがまたあのロリータオヤジみたいなのが出てきたら」
「で、でも死ぬわけじゃないじゃない!?」
そんなふうに俺達が葛藤していた所。
ガチャリ、と、ドアが開いた。
「あれぇ?お客さん?」
……。
現実は非情では無かった。
そこに居たのは、非常に可愛らしい少女だったのである。