47話
「趣旨を分かってない、っていう訳でもなさそうだ」
秋の精霊の笑みが消え、目が軽く見開かれた。
「一応、聞いておくけれどね。君、このゲームを下りる、とは言わないだろうね?」
「勿論」
即答すると、秋の精霊は、ふう、と息を吐いた。
「……驚いたな」
「そりゃあよかった」
「分かってるとは思うが、7つの内の3つを確実に見つける質問を3回でしなければならない。その内の1回をこんな使い方で消費していいんだね?」
「勿論だ。で、どうなんだ。お前は、異世界に行く、もしくは帰る方法を知っているか?」
俺の返答に、秋の精霊は『やれやれ』と言いたげに肩を竦め、に、と笑みを浮かべた。
「答えは『YES』だ」
成程な。なら、ここまで来た甲斐があった、というものだろう。
さて、次の質問だ。
「その方法は、俺にも可能か?」
「2つ目も消費、か。……さて、悪いが、この質問に対してはYESでありNOである、と答えさせてもらうよ」
うわ、なんてこった。
YESでもあり、NOでもある。
……厄介だ。つまり、内容を知るまでは何も判断できない、と。
「だから希望とあらば、この質問については質問の数に数えないことにするけれど」
「いや、別にいい。それから、次の質問も要らない。……つまり、俺は質問を実質、2つ分、放棄する」
俺が言うと、秋の精霊はまたしても目を瞠り、それから楽し気に笑った。
「へえ。大した度胸だ」
「お褒めに与り光栄だ。じゃあ、その『大した度胸』に免じて、俺が石を食った後に質問2つ分と合わせて、必ず『異世界へ行く、もしくは帰る方法』を教えてくれ。それから、それを叶える為に協力もしてほしい」
申し出ると、秋の精霊は頷いた。
「分かったよ。君の度胸と発想にはそれだけの価値は十分ある。情報は教えるし、協力もしようじゃないか。……勿論、この先で生き残れたら、だけれどね」
どうぞ、と、長机の上の石を勧められる。
なので俺は……パン化能力だけで進んできたと思われるのも癪なので(実際そうなんだけど)、回答に一ひねり加えることにした。
「『自由に選んで口にしろ』と、言ったな?」
全ての石を掴んで、口の中に放り込んだ。
「……はははは、これは素晴らしい!そうだ!そうだとも!『万能の薬』と『毒』を同時に食べたのならば、当然、効果は打ち消し合う!『自由に選んで』全ての石を口に入れてしまえば、必ず助かる、という訳だ!」
秋の精霊はひたすら楽しそうであった。
俺はひたすら、頬袋がいっぱいいっぱいになったリスか何かの気持ちになっていた。
もごもご……。
尚、俺の口の中は石ではなくパンでいっぱいになっていた。うん。まあ、保険はかけるよな。
俺の回答が大層お気に召したらしい秋の精霊は、上機嫌であった。上機嫌なあまり、お茶の用意を始めた秋の精霊に勧められ、紅茶らしいものと茶菓子を嗜みつつ話を聞くことになった。
「さて、約束通り、話そうじゃないか。『君が異世界へ行く、もしくは帰る方法』だね」
「ああ、教えて欲しい」
秋の精霊はカップを傾けつつ、言った。
「言葉にしてしまえば簡単な事だ。『世界の門』を潜ればいい。その後の道は、君自身が知っていることだろう」
「世界の門、ってのはどこにあるんだ」
「『ここじゃないどこか』としか言えないな。どこにでもあって、どこにもない。そんな代物なのさ」
それじゃあ分からん。まるで役に立たないぞ、その情報。
そんな思いを込めつつ秋の精霊を見たところ、秋の精霊はにっこり笑った。
「だが、私は君に協力すると決めたからね。……私達、四季の精霊は、『世界の門』まで君を案内することができる。勿論、私は君を『世界の門』まで送り届けると約束しよう」
うわっ、情報としてはまるで役に立たないが、そもそも情報なんぞ必要無かった!
場所が分からなくても送ってもらえるなら何の問題も無い!
「……だが君は『世界の門』を抜けることができないだろう」
……。
「私達精霊は、『世界の門』へ君を連れていくことはできる。だが、『世界の門』を開くことはできない。何故なら、『世界の門』を開けるのは神だけだからだ」
神。ついに神、とまで来たか……。
「か、神様……?」
「ああ、そうだ。……尤も、『それ』が人間が信仰しているものそのものかどうかは疑わしい……おっと、今のは聞かなかった事にしてほしいな」
秋の精霊はなんとも意味深な事を口走りつつ、曖昧に微笑んだ。
まあいい。神がどういうものかは、関係ない。
「……だが、門を抜けた奴が居たはずだ」
「おや、知っていたのか」
「数代前の救世主は元の世界に帰った。そうだろ?」
俺は自分の手の甲を見せる。
秋の精霊は少しばかり目を瞠った。
「ああ、成程ね。そういうことか」
秋の精霊は何やら、1人で頷いて納得したような素振りを見せると、立ち上がった。
「ついておいで。面白いものを見せてあげよう」
秋の精霊について、部屋の奥へと向かう。
そこにあったのは、図書館だった。
高い天井までめいっぱい、壁一面に本棚が並んでいる。
「趣味で本を集めていてね」
俺達が何か言う前に、秋の精霊はそう言って笑った。成程、確かにこの人(いや、人じゃなくて精霊だが)、本とか好きそうな見た目してるよ。
「……さあ、これだ」
そして、秋の精霊は本棚から1冊の本を抜き取って、パラパラ捲ると、その1ページを見せてきた。
「これが、君をこの世界へと呼びだした魔法。『神に世界の門を開いてもらう』魔法さ」
俺は魔法の事はよく分からなかったが、1つ、疑問が生じた。
「どういう事だ?神は、『俺をこの世界に呼ぶ』ことに賛成したっていうことか?」
「そういうことになるね」
……俺は少し迷ったが、秋の精霊には言ってしまう事にした。
「実は俺は、『救世主』としてこの世界に召喚されたが、救世主じゃない。……もう1人、救世主の能力を持って、救世主として働いている奴が居るんだ」
秋の精霊は黙って続きを促してきた。
「……つまり、神は……『複数人の救世主を召喚することに賛成した』。そういうことに、なるんじゃ、ないか」
ほんの数秒の時間が、とても長く感じられた。
だが、その時間が流れた後、秋の精霊の口元は、にやり、とばかりに歪められ、彼女はこう言った。
「そうだ。そうだとも。……言っただろう、『尤も、『それ』が人間が信仰しているものそのものかどうかは疑わしい』と。……『世界の門』を制御している『神』と呼ばれる何者かは、決して人道的ではないらしいね」
俺は、そこまでの衝撃は無かった。
だが、隣で聞いていたエピには中々に衝撃的な話だったらしい。
この世界の信仰のことはイマイチ分からないが、きっと、エピが受けた衝撃は……『常識』とでも言えるべき何かが、根本から崩れかねない、というような……そんな衝撃なのだろうな。多分。
秋の精霊はそれ以上、『神』について言及する気は無いらしい。
その代わりに、「さて」と、話を戻した。
「君が言うところの『数代前の救世主』は、『世界の門』を開いた。『神を超える知恵』を身につけることで神を出し抜き、『世界の門』を開いたんだ。逆に言えば、それくらいしか、君達……『神』の意思、『神』の賛同によってこの世界へ呼ばれた異世界人が『世界の門』を開く方法は無いだろう」
かみをこえるちえ。
ふと、幽霊女が言っていたことが蘇る。
『知恵の実を探していた』。
数代前の救世主が探していたという、アレは……。
「だからこそ、私は君に提案する」
そしてそんなエピを見ながら、秋の精霊はこう、口にした。
「君、神を超える気は無いか?」
「『知恵の実』か」
「なんだ、そこまで知っているなら話は早い。要は、君はこれから、『知恵の実』を探すべきだろうね、ということさ」
「ちなみにそれはどこにあるとか」
「さあなあ……私は知らない。『秋』は実りの季節だが、『知恵の実』については知らないんだ」
そ、そうか。
……結局、旅路は一進一退、といったところか。
「もしかしたら、冬の精霊が何か、知っているかもしれない。四季の精霊の中では、彼女が一番長生きしているから」
そしてどっちみち、冬の国へ行くことにはなりそうである。
……まあ、この先の道筋がはっきりして助かった、と考えるべき、か……。
「……だが、君たちの恰好で冬の国へ行くのは正気じゃあないな」
「私もそう思う」
「俺もそう思う」
「そう思うなら服を調達すればいいのに……」
調達している暇が無かったのである。それから今は、調達する金も無い。
「……なら、この店へ行くといい」
秋の精霊は呆れたようにため息を吐きつつ、さらさら、とメモを書いて渡してくれた。
「この先の町の服屋だ。この手紙を見せれば多少、値引いてくれるだろうから」
ふーん。精霊クーポンか。便利だな。
……。
「あ、あの、タスク様……」
俺とエピは、メモに書かれた店の名前と思しき文字列を見て、顔を見合わせた。
『秋風妖精亭』。
……チェーン店じゃ、ない、よ、な……?