46話
愛も勇気も友達ではないが、菌は倒した。
そんな奇妙な達成感の元、俺達は洞窟を出て、無事、外へ戻ってくることができたのであった。
……が。
「雨水浴びようぜ」
「うん」
ワインの湖にダイブした俺達は、全身ワインまみれであった。
仕方がないから雨を降らせてフライパンで集めるいつものパターンで水を浴びた。
服の上からザバザバ水を浴びて、ワインでぐっしょりしてしまった服も一緒に洗う。
「うーん……ワインの染みって、落ちにくいよね……」
俺は多少、服が赤くなろうが青くなろうが気にならないのだが、エピはやっぱり多少、気になるらしい。
これから冬の国にもいくことになるし、そろそろ、衣替えした方がいいかもな。
次の町に着いたら着替えを調達しよう。うん。
服は一晩、熾火の側に干して乾かすことにして、俺達はそれぞれ、パン穴に潜って眠ることにした。
……が、寒い。
一回濡れ鼠になったからか、それとも今晩が冷えるからか、やたらと寒い。
パンに埋もれて丸くなってみても寒いもんは寒い。滅茶苦茶眠いのに、寒くて眠れないという不思議な状況になっている。寒い+眠いって『むい』で因数分解できるよな。『(さ+ね)むい』にできるよな。うん。駄目だ、俺の頭働いてねえな。
もうちょっと穴の入り口をパンで塞いだら温いだろうか。それやっちゃうと酸欠になるだろうか。
理性と思考力が欠けていることだけは幸運にも分かっているので、何をやったら危ないかをゆっくりじんわり考えていたら、ふと、穴の入り口からエピがひょっこり覗き込んできた。
「タスク様ぁ」
「どうした?」
……エピは震えながら、くし、と、小さくくしゃみをした。もしかして風邪ひきかけてるのか、これは。
「あの、タスク様の方の穴で一緒に寝てもいい?くっついてたら暖かいと思うの」
ひゅう、と風が吹くと、エピは益々震えて縮こまる。
……ほんの1秒程度の間に頭が色々な事を考え、結論を出した。
「いいぞ」
要は、眠気と寒気に負けた。
多分、1秒の間に考えた事は「さむい」と「ねむい」だけだったものと思われる。
そして朝。
起きたら俺の胸から腹らへんにくっつくようにしてエピが丸まっていた。
俺は反射で寝返りを打ってエピから距離を取った。
「んー……」
エピは熱源が離れて寒くなったらしい。余計に縮こまりながら、何やらむにゃむにゃ言っていた。
俺は昨日の自分の判断が色々とおかしかったことをじんわり反省しつつ、何も無くて良かったような、何もしなかった事を悔やむような、微妙な心境になりつつエピを起こすことにしたのだった。
「ふわ……うーん、やっぱり朝は寒いね。こっちに来てなかったら、風邪、ひいてたかも」
エピは起きてすぐ、ぶる、と震えながらそんなことを言った。
確かに。下手すりゃ、凍死だってしかねない。案外人間ってのは簡単に低体温症になるし、凍死する、っつうことは知ってる。
そう考えると、多少の羞恥心だの煩悩だのはさて置いて、2人で暖を取りあいながら寝るのは正解なのかもしれない。うん、羞恥心だの煩悩だのはさて置く必要があるが。
「次の町に着いたら、あったかいお布団、買おうね」
「そうだな……」
だが、布団は欲しいな。着替えというか、冬服も欲しいし……。
秋の精霊ほっといて、町に行きたい気持ちでいっぱいである。
だが、秋の精霊をほっとく訳にもいかない。俺達はようやく、目指していた塔に到達した。とうにとうたつ。とうだけに。
「ここに秋の精霊様が居るんだよね」
「らしいけど、なあ……」
俺達の目の前には、随分と無駄に高い塔がある。遠くから見えただけあり、高い。
今からこれに登るのか。正気かよ。
「……行ってみるか」
「うん!」
だが、何もしないことには始まらないしな。とりあえず、中に入った。
中に入ってすぐ。
「えーと、『秋の精霊に会いたくば、迷宮を抜け試練を超えよ』、だって」
俺達の目の前には、石板と……奥へと続き、その突き当りで分岐しているらしい通路があった。
恐らく、通路の分岐の向こう側はそのまんま、迷路なのだろう。
「……秋の精霊様って、会うの大変なんだね」
「いや、春と夏が楽過ぎたって考えるのが妥当なんだろうな……」
春の精霊は割とちゃらんぽらんなセキュリティの遺跡に居たし、夏の精霊もといエスティはむしろ向こうから来てくれたしな……。
「と、とりあえず進む?地図描きながら行けば、そんなに大変じゃない、よ、ね……?」
だが、さっき外側から見た限りでは、この塔、結構広いんだが……。
……うん。
「よし、行くか」
「えっちょっと待ってタスク様駄目駄目駄目あああああああ!」
俺は正面の通路ではなく、真横の壁をパンにして、進んだ。
「あああああああ、秋の精霊様、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「無事に階段も見つかったしいいじゃねえか」
エピがどこへともなく謝るのを見つつ、俺は壁を数枚ぶち抜いた先にあった階段を上り始める。
まあ、石の壁でできてる迷路は、パンになるからな。仕方ないよな。
「2階も迷路だね」
「なら簡単だな」
「あああああああああ」
2階もパンになった。
「3階は……あれ?ドアが5つあるよ。あ、何か書いてある。ええと……『青い扉はうそつき』、『赤い扉の先は奈落』、『緑の扉の先には先へ続く道』、『黄の扉は罠ではない』『嘘つきは1人だけ』。……えーと、タスク様ぁ」
「簡単だ、ドアがついてる壁は石だからな!」
「た、タスクさまああああああ!」
3階もパンになった。
「えーと、これ、なんだろ」
「分からん。パンにしよう」
4階もパンになった。
そして、5階へと上がると。
「……おや、よく来たね」
眼鏡をかけたボーイッシュな女性が、ロッキングチェアに腰かけて本を読んでいた。
「あなたが秋の精霊様?」
「如何にも」
秋の精霊は本を傍らに置き、立ち上がった。
「いくつもの謎を解き、よくここまで辿りついた、人間よ。……4階の謎には自信があったんだけれど。まさか解かれるとはね」
……。
全ての謎はパンにした、とは言えねえ。
内心で冷や汗をかく俺達に構わず、秋の精霊は非常に上機嫌だった。
「今日は良い日だ。何せ、こんな所まで尋ねてくる客人は少ないものだからね」
「そうなの?」
「私の力を求めて尋ねてくる人間は居ても、5階まで到達する前に去っていくのさ」
秋の精霊は肩を竦めてみせた。まあ、そうだろうな。こんな塔、わざわざ突破しようと頑張る奴はそうそう居ないだろう。人里離れてるし。迷路だしパズルだし。
「……さて、人間達よ。きっと君達も、私の力を求めてやってきたんだろうね?」
「ああ、そうだ」
俺が答えると、秋の精霊はにっこり、と笑った。
「なら、ついておいで。最後の試練を与えよう。さっきの謎を解いた君なら簡単なはずだ。……あとは、君に勇気があるかどうかだけだよ」
秋の精霊について奥へと進むと、そこには長机が1つと、その上に乗った7つの石があった。
「ここにある7つの石は、それぞれ大地の恵みだ。尤も、何の石か分からないようにしてあるけれどね」
春の精霊が風、夏の精霊が火、と来て、秋の精霊は地、ということか。成程。
「この石の内、1つは糖石だ。口にしても甘いだけで、何も起こらない」
……だが、秋の精霊の不敵な表情といい、この説明といい、嫌な予感しかしないんだが。
「1つは苦酒石。苦いが余程の下戸でも無い限り、害は無い」
つまり俺には害があるんだな。
「そして、1つは天涙石。あらゆる怪我や病気を治す力のある石だ。……だが、残りの4つは、死毒石。勿論、この大きさのものを口にすれば死ぬだろうね」
ここまで来れば、次に何を言われるかは、分かる。
「今から3つ、YESとNOで答えらえる質問に答えよう。逆に言えば、YESとNOで答えられるならどんな形態の質問でも構わない。そして、質問の後にはこの石を自由に選んで口にしてもらう。……その後、君が生きていれば、君の望みに協力しようじゃないか」
「た、タスク様」
「ああ、大丈夫だ。エピは下がっててくれ」
非常に不安そうな顔のエピを下がらせて、俺だけが秋の精霊と長机の石に向かう。
「……質問は、何でもいいんだな?」
「勿論。どんな聞き方をしてくれても構わない。だが、私はYESかNOかでしか答えないよ」
楽し気な秋の精霊の表情は、ゆるり、と笑ったポーカーフェイス。表情から何か情報を得る、ということは期待できそうにないな。
「さあ、よく考えて質問したまえ。この質問で上手に情報を得られなかったら、君は毒を食うかもしれないのだからね」
が……秋の精霊の顔を見ていて、思った。
折角だ、このポーカーフェイス、崩させてもらおうじゃないか。
「じゃあ、1つ目の質問だ」
「どうぞ」
秋の精霊の期待に満ちた視線に応えるべく、俺は、1つ目の質問を口にする。
「お前は異世界に行く、もしくは帰る方法を、知っているか」