39話
「戻ってくる、っていうことは、どこかに行ってたのよね、王様」
「ああ。プリンティアの要人との会談だったそうだ」
へー。そっか。まあ、王様ならそういう外交もしなきゃいけないのかな。丁度出払ったところを魔物に攻め込まれてた、ってのも仕方ないのかもしれん。
「……で、その王様が明日帰ってくる、と」
「そうだ。タスクとエピは真っ先に謁見することになるだろうな。覚悟はいいか?」
「よくねえ……やだ……緊張する……」
「あれだけ色々パンに変える度胸はあるのになあ……」
結局その日は一日、王を待ちがてら、兵士の皆さんと一緒に町のパンかき作業をしていた。
更には道のパンかきに留まらず、屋根に上ってのパンおろし作業や、運んだパンを焼却する作業も行った。
多分明日は筋肉痛である。こんなんで王様に謁見とかできるんだろうか。
色々と不安になりつつも寝て起きたら翌日になる。
3人でそわそわしながら朝食をとり、そわそわしながらパンの処分を手伝って、そわそわしながら昼飯を食べ始めた頃。
「兵士長!国王陛下がお戻りになられました!」
そんな知らせが飛び込んできた。
あれよあれよという間に準備は進み、俺達は城の中、謁見の間とやらに居た。
高い天井は大理石と思しき柱に支えられ、床の黒大理石には金で象嵌が成されている。
部屋の両脇には繊細ながらも力強いステンドグラス。
部屋の中央を一直線に走る紅い絨毯の先には段差があり、その上には玉座。
……如何にも、というような。絵に描いたような。そんな、謁見の間であった。
「ど、どうしよう、タスク様、私、緊張してきちゃった……!」
「俺は最早緊張など超えた」
エピは青ざめながらガチガチになっているが、俺はもう一周回って緊張とかどっかいってしまった。結果オーライ。
「国王陛下の御成り!」
そんな中、ファンファーレが鳴り響き、部屋の奥の扉が開く。
……そこから、従者を従えて現れたのは。
「髭」
「髭……」
髭であった。
髭改め国王陛下は、とても立派な髭をお持ちであった。
左斜め前と右斜め前に向かってピンと伸ばされた髭、その長さ、目測30cm。武器なのか?この王様の髭は武器か何かなのか?食事の時とか困らないのか?あれか?髭が長ければ長いほど異性にモテる種族か何かなのか?
……まあつまり、俺はこの王様を見てサーベルタイガーを想起した。
多分この髭国王は自然界に放置されたら淘汰されていくのだろうな。間違いない。
「面を上げよ」
笑いをこらえるために俯いていたが、敬意と捉えられたらしい。結果オーライ。
だが面を上げると髭が目に入ってくる。なのに面を上げよ、ときたもんだ。苦行だ。苦行である。
「そなたらが此度の魔物の襲撃から都を守ったそうだな?」
「うん!」
エピは髭によって緊張も吹き飛んだらしく、元気である。いいね、俺もその素直さと正直さが欲しいぜ。
「ははは、元気であるなあ。良い事だ。うむ」
国王陛下の覚えもよろしいようで。まあ、エピ、かわいいもんな。多少の無礼には目をつむっちゃうよな。うん。気持ちは分かるぜ、髭のおっさん。だがそれでいいのかよ。
「……して、そちらの若者よ、名を何という」
そして俺に話が回ってきた。唐突だな。
「タスク・キリトです」
「ふむ、タスク、か。良い名だな」
髭国王はふんふん、と頷いて……そして、こう言った。
「タスクよ、そなたの手の甲を見せてみよ」
……。
これは、賭けだな。どうなるか分からん。
救世主ってことで大事にしてもらえるのか……或いは。
……だが、最早俺にドロップの権利は無い。この賭け、最早乗らざるを得ないのだ。
存分に警戒はさせてもらいつつ、手袋を外す。念のため、右だけ。
「おお、これは……!」
髭国王も、文官とかっぽい周りの従者も、俺の手の甲を見てざわめき始めた。
「な、なんだ?これが何だっていうんだ?なあ、タスク」
「えーと、まあ、通行証みたいなもんですよ、多分」
が、カラン兵士長は知らないらしかった。まあ、肉体労働者だもんな。
「タスクよ」
髭王に声を掛けられる。
「はい」
髭王は、長くため息を吐いて……言った。
「私はつい3日前、ウヴァルの町に赴き、そこで……『救世主様』にお会いしているのだよ」
……ああー……うん。はい。それは、それは実に運の悪いことですね。俺にとって。
「これがどういう事かは分かりかねる。単なる痣だとするには、少々王都が不思議なことになりすぎているしな」
ああうん、パンまみれだもんな。
「だが、『救世主が2人居るなどあり得ない』。救世主様はケイト・イスエ様だ。そう我が国も既に認めた。……では、そなたは一体何者か」
救世主です、とは言えねえよな、これ。もう、『救世主が2人居るなどあり得ない』とか言われちゃってるし。
……それに。多分この髭王、俺が本当に救世主だとしても問答無用で『救世主じゃないことにする』つもりだろう。
「出来過ぎているとは思わんか?余の不在の間に、突如現れた魔物の軍勢。そこへとても都合よく現れた英雄。魔物は皆あっさりと死に、或いは逃走した。……あまりにも出来過ぎている」
出来過ぎている。
うん、言われてみりゃ、確かにそうだな。うん。出来過ぎてるだろ。でもこれ、誰も何も仕組んでないんだぜ……。
「居るはずの無い『2人目の』救世主。そして、出来過ぎた魔物の襲撃と撃退。……疑わしい。実に、疑わしいな?」
「陛下、タスクは」
「カラン、黙っておれ」
カラン兵士長が焦って口を挟みかけたが、髭王に言われて口を噤んだ。……だが、『噤みたくない』っつう顔をしてる。
周りの兵士達もそうだ。
王と一緒に出掛けてたっぽい兵士はそうじゃないんだが、俺達と一緒に王都防衛してた兵士達は……つまり、エピがカニ○ン口に突っ込んだ兵士とか、カタパントが頭に直撃してた兵士とか、そういう兵士達は……すごく、『納得がいかない』っつう、顔をしていた。
……うん。
これで十分だ。この、『納得いかねえ』っつう顔で、十分。
「プリンティア国王の面子もある。『偽物の救世主』など居てはならぬ。ましてやそれが、『魔物と繋がっている可能性が高い』とするならば、だ」
あとは、俺とエピの身の安全が手に入れば、それでいいや。
が。
「……捕らえよ!」
王の号令と共に、俺と、周りの兵士達が一斉に……動き出さなかった。
「……どうした!動け!」
王の命令は届いているのに、兵士達は動かない。
カラン兵士長は剣を抜かず、じっと、俺を見ている。
……『逃げろ』、と、言っている。口の動きと視線で、確かに。
「貴様ら!それでも兵士か!命令が聞こえぬのか!……疑わしきは排除せねばならぬ!それが分からぬのか!」
髭王の怒声が、謁見の間に広がる。
だが、兵士は動かない。
……ので、しょうがない。
「ふふふふふ」
俺は低く、静かに笑う。
「……何がおかしい」
髭王の前で、しっかり、笑う。徐々に笑い声は高く、大きく。
悪役を意識しつつ、品も忘れない、そんな高笑いである。どんな高笑いだ。
「惜しい!とても惜しい!」
そして俺は、なんかインテリ系の悪役とかがやるかんじに、ゆっくりとムカつくかんじの拍手をしつつ、笑いつつ、髭王に向かって高らかに言い放つ。
「俺は『第二の救世主』ではない。ましてや、魔物と繋がっていた訳でも、この国の滅亡を望んでいる訳でもない!」
俺の次の言葉を警戒しながら待つ国王。そして、ぽかん、とする周りの兵士達とカラン兵士長。
俺はそれらを睥睨しつつ、言うのである。
「教えてやろう!俺は宣教師!カニ○ンを崇めカ○パンを讃えカニパ○を愛する○ニパンは美味しいぞ教を布教すべくこの国へやってきたのだ!」
そして、髭王に向かって、手を突き出す!
「くらえ!カニパ○ビーム!」
「ぬおわあああああああ」
髭王の足下の黒大理石はカニ○ンと化し、国王は下の階へと玉座ごと落下していった。
ボッシュートです!
兵士諸君は、髭王が落下していった場所を、茫然と眺めていた。
尚、下の階の床はパンクッションにしてあるので、多分髭王、死にはしないはずである。
「ふははははは!どうした、兵士諸君!王を助けなくていいのか?」
動かない兵士達にそう言ってやると、兵士達は、はっとしたように動き始めた。
「陛下ー!」
「陛下、ご無事ですかー!」
「早く救出しなければ王はカニ○ンになるぞ!」
俺は訳の分からない脅しをかけつつ、謁見の間から逃げ出す。
兵士達は皆、俺がパン化させた床に腰まで埋まったり、或いは、髭王を助けに向かってしまって俺の方へは来られない。
だが、1人。
「タスク!エピ!」
カラン兵士長だけは、俺達の前に立ちはだかった。
「お前もカ○パンにしてやろうかー!」
床をパン化させると、カラン兵士長はさっと飛び退いて回避。
……そして、俺のすぐ横に着地すると、声を潜めて、こう言った。
「兵士詰め所の馬を使え!そしてそのまま西へ向かえ。港から船に乗れば、もう国王の手は伸ばせない!」
……カラン兵士長を見ると、引き締めた表情で、ぐ、と、親指を立ててくれた。
「……助かる!」
「いいや、こちらこそ、だな」
短い会話の後、俺とエピは城を駆け抜け、飛び出した。
バルコニーから地上に向かって飛び下りて、地面をパンにして軟着陸。そのままパンを育てて移動し、兵士詰め所へ向かう。
「タスク様、いいの?」
「いいんだよ、これで」
エピは釈然としない表情ながらも頷いた。
「さて、このまんまトンズラするぞ!」
「……うん!」
悪のカニ○ン教祖はさっさと退散するとする。
目指すは港町、そして秋の国……だな。