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38話

 とりあえず一旦、風呂から出た。

 エピが風呂から出るまでに俺はカラン兵士長に抗議を行い、結果、「わ、悪かった。いや、2人はそういう関係なんだとばかり思っていたから」という供述を得た。このやろう。でもおかげでこの家に泊まる気まずさが大分減ったぜ。ありがとうな!


 なんとなく気まずいまま、風呂から出てきたエピと2人、客室で改めて話す。

「えーと、さっきはごめん」

「う、ううん、別に平気」

 お互いに滅茶苦茶気まずい。どうしてくれんだ兵士長!お前のせいだぞ兵士長!

「あ、あの、あのね、タスク様。さっきの、背中の紋章の事なんだけれど」

 脳内で兵士長を罵っていたところ、エピからありがたいことに話題を提供された。

 うん、今は気まずがってるよりもこっちだよな。




 ということで、もう一度エピに背中を見せている。

「タスク様、自分では気づかなかったの?」

「そりゃ、自分の背中なんて見えるかよ……」

 この世界、あまり鏡が無い。

 ガラスが貴重品みたいだから、当然、ガラスの裏に金属を塗った鏡はほぼ無い。

 金属を磨き上げて作った鏡も、それ相応に高級品らしいので、やっぱりあまり無い。精々、手鏡ぐらいのサイズならあるんだが、でっかい姿見みたいな奴はほとんど無いのである。

 なので仕方ない。今、エピが俺の背中にあるという紋章をスケッチしてくれている。自分じゃ見えねえからなあ……。

 ……エピはそこそこ絵が上手いみたいなので、スケッチの出来について、心配は無い。

 だが。

「えーと、ここの線が、こうで……」

 紋章の確認なんだろうが、時々、俺の背中を、指でつつっ、と、やるのは勘弁して頂きたい!


「はい、できたよ!」

 新手の拷問に耐えつつ待つこと数分。

 エピはスケッチを終了した。

「どれどれ」

 早速覗き込むと、紙の上には紋章……があった。

「……」

「これ、村長さん家の紋章図鑑には無かったよね」

 だが、エピの言う通り。

 紙の上に描かれた紋章は、『円状に並んだ模様』であった。

 つまり、ファリー村の村長の家で見たどの紋章とも類似しないものであったのだ。




「何なんだろうなあ……」

「ね。タスク様、心当たり無いの?」

「いや、正直、石パン水ワイン以下は同列3位ってかんじだからな……」

 恐らく、俺の背中にある紋章は第三の能力によるもの、なのだろう。が……何の能力なのか、ぜんっぜん分からん!

 模様は……何なんだろうな、これ。右上から、踊るような曲線、激しくうねる曲線、カクカクした直線、緩やかな曲線……ってかんじに円になってるんだが。何の模様なのかさっぱり分からん。

「俺が、救世主、っつって思い浮かべる能力、だからな……本当に山ほどあるというか、1つも無いというか……」

 俺は某宗教の信者ではないので、そこらへんに詳しくない。

 つまり、詳しくないが知っていた何らかの能力を得ている可能性が非常に高いんだが……。

「ええと、これ、タスク様がこの世界に来た時からあった?」

「分からん。自分の背中なんぞ、この世界に来てから1度も見てなかったからな……」

 よりによって、こうも分かりづらい所に出てくれたもんである。エピが気づかなかったら永遠に気づいていなかった可能性すらあるぞ、これ。

「うーん、精霊様のお力、でもなさそうだよね?」

「俺の分は全部パンになったからな」

 というか、精霊が何かしたならエスティなり梅雨の精霊様なりが何か言ってくれただろ、多分。

「……その内きっと分かるよね?」

「だといいんだがなあ……」

 謎ばかりだが、これ以上調べようもないので、仕方ない。紋章についてはこれで保留、とすることにした。




 俺は改めて風呂に入った。いや、さっきのはノーカンだとするならば初めて風呂に入った。

 ……んだが、こう、うん。

 既に浴室が煙ってて、ぬくくて、湿っぽくて、石鹸なのか何やら甘い香りが微かにして。『誰かが入った形跡』が十分すぎる程にある訳だ。

 嫌でもさっき見てしまったものを思い出してしまう。

 ……思い出してしまうと色々と大変なので、別の事を考えよう。紋章の事とか。


 折角なので頑張って背中を見ようとしてみると、ギリギリ、なんとか、見えなくもない。が、首がつりそうになったんでやめた。

 が、やっと自分で見られた紋章は、エピが描いてくれたスケッチどおり、何の模様なのかさっぱり分からん。

 ほんと、何の能力なんだろうなあ、これ。


 考えられるとすれば、傷を癒す、とか、病気を治す、とか、死んでから7日後に生き返る、とか、そういう奴だろうか。

 俺がぱっと思いつくのってそこらへんだぞ。

 だが……うーん、あの俺召喚陣で行われていた俺の検査って、俺の背中にまで及んでいたんだろうか?

 及んでいたのなら、癒しの能力でも戦闘能力でもリーダーシップでも無い能力、ってことになるんだが。

 ……或いは。

 或いは、『救世主』って、別に、『某』『救世主』に限らない、のか?

 だとしたら……それこそ、可能性は無限大、だな。どんな救世主でもいいんだとしたら、『お前はもう死んでいる』だって世紀末とはいえ救世主だし。

 むしろ、俺が『救世主の能力』っつって思い浮かべるものなんて、限られてはいると思うんだが……。

 ……うーん、いや、本当に『俺が思った救世主の能力』が手に入ってるのかも分からないからな、もう駄目だ、分からん。駄目だ。考えても駄目だ。これもう駄目な奴だ。

 これ以上考えても無駄な気がするので、手拭いで背中をできるだけ優しくなくガシガシやって体流して湯船に浸かる。

 ともすれば湧いて出そうになる、第三の能力への疑問を打ち消すべく、別の事を考えようと試みる。

 折角風呂に入ってるんだし、もうちょっと別の……風呂……。

 ……。

 思考の無限ループって、こわくね?




 なんか入った時よりも消耗して風呂を出ることとなった。ぐったり。

「どうした、タスク。のぼせたか」

 カラン兵士長が心配してか声を掛けてくれたんだが、元はといえばお前のせいである。


 タオルで頭をガシガシやりつつ部屋に戻ると、エピが既に寝ていた。

 ランプに灯が点いていることから推測するに、寝ようとしていた訳じゃないけれどうっかり寝落ちしてしまった、というところだろうか。

 ……まあ、結構強行軍だったもんな。

 川下りも川下りだったし、その後の宿から王都までもほとんど休みなしだったし。王都に着いたらすぐに戦闘だったしな。それで爆発未遂……。うん、かなり強行軍だった。盛りだくさんの日だった。

 そして俺も眠くなってきたので、さっさと寝ちまうことにした。

「おやすみ」

 寝てるエピを起こさないように声を掛ける、という、非常に意味の無い行動をしてから布団に入って目を閉じる。

 熱を持って重く疲れた体を意識しながら緩く呼吸を続ければ、それだけですぐに眠気は訪れた。




 考えても考えても、考えた端から思考が霧散していくような感覚。

 フワフワとして、手足に力が入らないような感覚。

 踏ん張っても地面から足が離れ、ゆっくり宙に浮いているような、そんな感覚。

 ……つまるところ、これは夢なのだろう。

 そして恐らく、あの時の夢だ。

「―――きて」

 遠くに声が聞こえるのに、良く聞こえない。

 聞き返そうにも声は出ない。

 全てが夢の中の、曖昧で脆い非現実なのだから仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

「―――まして、―――」

 だが、あの時はどうだったか。あの時も今と大して変わらなかったような気がする。

 現実なのに現実味が無く、そもそも、あの時の俺は現実と夢の間を行ったり来たり反復横飛びしていたわけだし。

 ……いや、違うか。

 あれは、現実と夢というよりは……。


 気づいた途端、腹に鋭くて鈍い痛みを感じた。

 熱くて冷たい。

 指先から力が抜けていく。

 曖昧な非現実の中で、痛みの存在だけが確かだった。

「―――よ、―――匡」

 嫌だ。気づきたくなかった。思い出したくない。

「め―――、―――匡」

 痛い。苦しい。あつい。さむい。

「―――!」

 だが、俺は。

 俺は、確かに。それだけは確かに……思ったのだ。


 目を覚まさなければ、と。

「目を覚ましてよ!タスク様!」

 それだけは、きっと覚えてる。




 目を開けば、夜明け間近の薄青い部屋の中、俺を覗き込むエピが居た。

「あ……起きた……」

 ほっとした様子のエピを見て、空気を吸って、吐いて、ようやく落ち着いてきた。

 そして、俺の今の状況が分かってくる。

 体はじっとりと冷たい汗で湿っぽいわ、その割に妙に体が熱いわ、妙に目が冴えてるわ、頭の血管が膨張したみたいになってるわ……つまるところ、極度の集中状態から解除されたてほやほやみたいな状態になってた。

「あー……うなされてた?」

「うん。すごく……すごく静かに、うなされてたよ」

 何か、悪夢を見たような覚えはあるんだが、思い出そうとすればするほど雲を掴むような感覚ですり抜けていってしまう。

 或いは、蜘蛛を掴むような感覚で、カサカサすり抜けて逃げていってしまう。

 畜生め。捕まえさせろ。折角人がソフトに捕まえて逃がしてやろうとしてんのに!叩き潰すぞオラ!……っていう感覚である。うん。

「タスク様、平気?」

「あー、うん。まあ、多分……いや、平気じゃない。寝汗でべったべただ」

 呼吸もすっかり落ち着いて、頭も冷えてくると、体も冷えてきて寝汗が非常に気持ち悪くなってきた。

「もっかいお風呂、入ってきたら?お湯浴びくらいならできると思う」

「そうするわ」

 よっこらせ、とベッドから抜け出して、心配そうなエピに笑顔で軽く手を振りつつ(多分情けない笑顔だったが)、風呂場へ向かう事にした。




「さっぱり」

 朝っぱらから風呂に入ってさっぱりしたら、気分も大分さっぱりした。

「もう平気?」

「ああ、平気」

 だが。

「……平気だが、腹、減ったな……」

「あ、あらら……」

 なんか、落ち着いたら腹減ってきた。仕方ねえ、パンでも食うか……外に大量に落ちてるし……。




 外に落ちてたパンの中から綺麗そうな所を千切って適当に食ってきた。拾い食いである。最早俺のパンに関するモラルは地に落ちまくっている。パンとは食べ物であり武器であり建材でありゴミである。うん、何が何だかわかんね。

「お、タスク。朝から早いな」

「おはようございます」

 ついでにパンかき作業を始めていたら、カラン兵士長も外に出てきた。

「兵士長もパンかき作業ですか」

「ん?ああ、そうだな。俺も手伝おう。……いや、いつもこの時間に起きるのが日課だからな。非番だがつい、起きてしまった」

 あー、兵士ってのも大変なんだな。こんな朝早くから仕事か……。


 それから2人で黙々とパンかき作業を行った。

 流石のカラン兵士長、兵士で長なだけあって、力も相当にあるらしい。俺の倍以上の速度でパンを片付けていく。速い。

 俺も見習って頑張っていると、やがて、家の中から美味そうな匂いが漂ってきた。

「……さて、そろそろ朝食にするか」

「はい」

 エピが朝食の支度をしてくれてるんだろう。匂いからすると、ベーコンエッグか何かだろうか。

 若干ワクワクしながら家の中に入る。

 ……と、その前に。

「ん?」

 カラン兵士長がふと、空を見た。何だ、何か襲ってくるのか?

「……おお!」

 すると、やがて空から鳥が降りてきた。

 綺麗なオレンジ色の鳥は、カラン兵士長が差し出した腕に止まった。

 ……その鳥の足には、何かが括りつけてある。

「王からの文だ!」


 鳥から手紙を外して、カラン兵士長は早速読み始めた。

 ……そして、顔をほころばせる。

「王は明日中にでも戻って来られるらしい」

 そうか。……ってことは、俺達も明日には、王に会う、ってことだな。

 ……何言うか、考えとかないとな……。


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