37話
「な、なんだと!?」
悪魔の言葉に、俺達に戦慄が走る。
なんだこいつは。自爆テロしに来たのかよ!或いはこういう風に負ける事を考えて予め仕込んでいたっていうのか。敵ながらリスク管理力が凄まじい。
『死ぬなら、この城諸共爆発して、道連れにしてくれるわ……!』
「く、くそ!貴様……っ!」
カラン兵士長が焦るが、焦ってもどうしようもないんじゃあないだろうか。これ。
『ふふふ……無駄だ……爆破の魔法、貴様如きに、解けるまい……』
「知った事か!うおおおおお!」
「おい馬鹿やめろやめてください!」
しかもカラン兵士長、焦ってかなんだか、ゴーレムのボディを更に切り刻んでいく。
「……これかっ!」
そして切り刻まれたゴーレムの中から、何か、金属の板のようなものが出てきた。
「魔導回路……く、くそ!術師を呼ぶ時間は無い、か……!」
金属の板には、不気味に輝く宝石が嵌めこまれている。
そして、もう1つ、輝きを失いつつある宝石があった。
『私の命が尽き、魔力が尽きた時……その魔石が砕け、爆破の魔法が発動するようにできている……!』
「くそ、破壊してやる!」
『おっと、早まるな、よ……魔法を解さぬ者よ。下手に壊せ、ば、爆発、する……ぞ……』
更に早まりかけたカラン兵士長であったが、流石に思いとどまってくれたらしい。
「……タスク、エピ、聞いてくれ」
「はい」
そしてカラン兵士長は、俺達に向き直った。
「聞いたことがある。この、青い線と赤い線を見てくれ」
金属板には、宝石同士を繋ぐように複雑な模様が描かれており、その中に、赤い線と青い線があった。
「恐らく、このどちらかを切れば、魔法は解除できる」
……こういうのって、異世界でも共通なのかよ!
「ほ、ほんとなの?」
「ああ。昔、知り合いの魔術師から聞いたことがある。だが、このどちらを切ればいいのかは分からない!下手をすれば、爆発、する」
カラン兵士長は目を瞑って、それから、俺とエピにこう言った。
「一か八か、私はどちらかを切ってみる。だから、タスクとエピは逃げてくれ」
「それじゃ、兵士長さん、もし間違った方を切っちゃったら巻き込まれちゃうよ!」
「覚悟の上だ」
なんてこった。それは……それは、駄目だ。
確実に生き残る方法を探さなきゃ駄目だ。どんなにカラン兵士長が覚悟していようがそんなことはお構いなしに俺は考える。考えるぞ!
「タスク様、もっかいこのゴーレム、埋めちゃ駄目なの?」
「下手に地面の中で爆発してみろ、大地震になりかねないぞ!」
地中で爆発、ってのはナシだ。流石にここら辺の地盤がどうなってんのかよくわからん以上、そんな賭けには出たくない。
「じゃ、じゃあ、穴とゴーレムの間に何か、クッションを」
「生半可なクッションじゃクッションにならねえ。水、ってのも……間に合わないな!畜生!」
今から1mm/時の雨集めて注いだんじゃ、間に合いそうにない。
そしてパンをクッションに、っつうのも、かなり不安だ。
「駄目だ!タスク、エピ!お前達は逃げろ!」
どうするどうする、と考える間にも、カラン兵士長はもう剣を抜いて赤い線と青い線に向かい合っていた。
『ふ……ふふ……どうしようが、無駄、だ……小細工が通じる、規模の、爆発では……な……』
魔物が今、息絶えようとしている。
つまり、もう、爆発が起きる。
間にあわない。
……『爆発をどうにかする』なんて、間に合わないのだ。
「だったらこれしかねえええええええええ!」
「た、タスクっ!?」
俺はカラン兵士長の剣より速く金属板に触れた。
そして、一か八か!
『爆発を起こさないようにする』しかない!
『な……んだ……と……』
俺達が見ている前で、金属板に嵌めこまれていた宝石は見事、パンになった。
パンが嵌めこまれているだけの金属板はそのまま沈黙した。
多分これで爆発しないと思う。
『む……無念……』
悪魔が虫の息の状態で、非常に残念がっていた。心中お察しするぜ。
『せめて、魔王様、に……情報、を……』
そして悪魔の懐から、黒っぽい紫色っぽい宝石が飛び出していった。
ので、俺はそれをあんぱんに変えた。
『か……重ね、重ね……無、念』
空へと飛んでいくあんぱんを見送りつつ、悪魔は静かに事切れた。
「や、った……」
はー。ため息をずるずる吐き出しつつ、ずるずるその場に座る。
「よかった、爆発しなかったー……」
エピもずるずる座る。
「……本当に、お前達は一体、何なんだ……」
カラン兵士長も隣に座りこんだところで、一呼吸。
そして俺達は笑い出した。
「もう、タスク様ったら何でもかんでもパンにしちゃうんだからーっ!」
「パンになる奴が悪い!」
「ああくそ、助かったし感謝もしているが、何かが、何かが腑に落ちん!はははははは!」
色々と緊張が切れた俺達は、パンまみれの町の真ん中で、しばらく笑っていたのであった。
いやだってこれもう笑うしかねえよ……。
「今日は本当にありがとう。お前達が来てくれなかったら、どうなっていたことか」
そして俺達は兵士詰め所で改めて、カラン兵士長から礼を言われていた。
「此度の恩はエスターマ王国一同、生涯忘れないだろう」
「忘れてくれても一向に構わないんですが」
「いや、忘れられないな……パンが降り注ぎ、壁がパンになり、パンが生え、爆発の魔石までもがパンになった……忘れられないとも……」
若干、遠い目をされた。うん、心中お察しするぜ。俺も自分でやったことながら、視覚的インパクトはかなりのものだったからな。うん。
「……して、こういった事を直接尋ねるのも不躾だが、俺はこういう人間なのでな、聞かせてもらおう。タスク、エピ。今回の褒賞には何を望む?」
「褒賞?」
「ああ。国王陛下が戻られ次第、事の顛末を報告した上でタスクとエピには褒章が与えられるだろう。褒賞に値する働きをしてくれたのだ。当然のことだと思ってくれていい」
褒賞、ねえ。つまり、ご褒美か。
うーん。
……ちら、とエピを見ると、俺よりも更に悩んでいた。
「う、うーん……ほうしょう……なにか、もらうもの……うーん……」
俺達こういう事に縁がある人生送ってないもんなあ。
「あー……えーと、エピはともかく、俺はあります」
だが、俺は既に思いついた。というか、元々貰いたいものは決まってて、それの言い方を考えていたというか、細かい所を考えていたというか。
「今後、プリンティアにうっかり俺が殺されそうになったら守ってください」
「……タスク、お前は何をしたんだ?プリンティアをパンに沈めたか?」
「いや、どっちかっつうと俺が沈められた側です」
詳しくは聞いてくれるな、という思いを込めつつそう言うと、カラン兵士長は悩み始めてしまった。
「うーむ、俺としてはその願い、叶えたいところだが……国王陛下の立場からすると、難しいかもしれないな……」
まあ、だろうな。国際問題に発展しちまうし。
「だが、俺個人としては、その願い、可能な限り叶えよう。もしタスクを狙う者があればそいつを排除するなり、タスクをそいつらから隠したり逃がしたりすることには協力できるだろう」
「え?いいの?だって兵士長さん、エスターマ王国に仕えてる人でしょ?」
つまるところ、国王陛下側、ってわけだろ?カラン兵士長の立場でも結構難しいんじゃあないのか?
「その時は辞表を出す覚悟だ。恩に背く訳にはいかないさ」
……カラン兵士長という人は……成程。
すっごくさらっと、とんでもない覚悟をできちまう人なんだな。
なんつうか、ちょっとかっこいいと思うし、ちょっと尊敬する。俺はこうはなれそうにないし、なるつもりもないが。
「して、エピはどうする?」
「えーと、私も決めたわ!」
そしてエピのお願いも決まったらしい。
「ふかふかベッドと美味しいご飯とあったかいお風呂っ!」
あー……うん。
「まあ、つまり、とりあえず今日明日ぐらいの宿を下さい、ってことで……」
「……欲が無いな……」
「えっ、じゃ、じゃあ、おやつもっ!」
……。
カラン兵士長が黙って、エピの頭をよしよし、と撫でた。
その気持ち、分かるぜ。
とりあえず、国王陛下の帰還を待つかどうかはともかくとして、今日すぐに出発するつもりもないので、今日はエスターマ王都で一泊だ。
「狭い所で悪いが」
「いや、ほんと申し訳ない」
「ありがとう!兵士長さん!」
……そして、宿は大体閉まっていたので、カラン兵士長のご自宅に泊めて頂くことになった。
なんで宿が閉まってるって、宿の店主も王都から逃げ出しているからである。しょうがないね。
カラン兵士長はそこそこのサイズの戸建てに1人暮らしらしく、丁度いいから、という理由で半分ぐらい強引に連れてこられてしまった。
「とりあえず部屋の準備をしてくる。2人は寛いでいてくれ」
「いやほんとお構いなく」
「ごめんね、ごめんね、私が変なお願いしたからっ!」
兵士長自ら働かせてしまって大層申し訳ない気分なのだが、当のカラン兵士長は実に楽しそうである。鼻歌とか歌ってる。すげえ楽しそう。
……どうやら、誰かを家に上げること自体が久しぶりだったんだとか。忙しさも理由だろうし、『兵士長』という役職も理由なんだろうな。役職の割にかなり若いから、嫉妬とかもあっただろうし、友達少ないのかもしれない。そう考えるとなんか益々居たたまれねえ。
まあ、なんかお泊り会みたいで楽しいって気分も分からなくはないが。分からなくはないけども。
その後、恩返し返しとばかりにエピが食事を作って3人で食べた。
野菜と肉のシチューと、オムレツと、パンと、デザートには果物のコンポート。尚、パンだけは俺作である。当然。
「美味いな。エピは料理が上手なんだな」
「えへへ、村ではずっと1人で暮らしてたから」
エピの作る食事はなんというか、陽だまりみたいな味がした。
ほんわか優しい味、というか、なんというか……懐かしい味、なのかもしれない。
温かい食事を堪能した後、カラン兵士長が風呂の準備を始めてしまったので、俺達も居たたまれずにそれぞれ働いた。
エピは食事の片付けをして、俺は家の外に出て庭のパンを片付けたり、玄関のパンを片付けたり、通りのパンを片付けたりしていた。雪かきじゃない。パンかきだ。なんだこれは。自分でやっておいて何だが、何だこれは。
そんなカオスな作業をしていたところ、窓からカラン兵士長が顔を出した。
「タスク、風呂の準備ができた。入ってしまってくれ」
「あ、はい」
パンかき作業は意外と重労働であった。そろそろ一風呂浴びたいところだったので、ありがたく風呂場へ向かわせてもらおう。
この世界、風呂はそこそこに貴重である。全ての家に風呂がある訳ではない。
それでもここに風呂があるのは、カラン兵士長が『兵士長』だからなんだろうなあ。
……まあ、役職が上っつうだけじゃなくて、兵士っていう職業の人が、風呂に入れないってのは……衛生的になんか問題ありそうだし。絶対に風呂に入りたくなる職業だろうしなあ……。
なんてことを考えつつ、脱衣所で服脱いで、いつもだったら籠に放り投げるところだが、なんとなくいそいそと畳んで入れておく。
籠を入れておくのであろう棚があったので、そこに籠をしめやかに突っ込み、いそいそと風呂場に突入。
がちゃり、と、木製のドアを開ける。
「……へ?」
「……えっ」
するとそこには湯煙の中、体を流していたエピが居た。
振り返ったエピと目が合ったまま、お互いに硬直する事3秒。
「……あ、わ、悪い、ほんとごめん。出る。出るからちょっとそのまま」
すっかりフリーズしたエピより先に俺が解凍されたため、しどろもどろになりながらエピに背を向け、急いで風呂場から出
「ま、待ってっ!」
急に呼び止められて再び固まった。
もうどうしろっていうんだ!やめてくれ!俺のライフはもう0だ!
「た、タスク様、ちょっとそのまま、動かないでね」
振り向けないまま、じりじりと、エピが近づいてくるらしい気配を背中に感じる。
な、なんだ。何なんだ!なんなんだ!
そして、つ、と、背中にエピの手が触れる。
「ひ」
するり、と背を撫でる指先を妙に意識してしまって、俺は益々体を強張らせるしかない。
「あ……え……えぴ……さん?」
何も言わないエピに声を掛けると、エピは……。
「タスク様、背中にも紋章があるのね」
そう、言った。