36話
燃え広がるように、力が広がっていく。
広く、広く。正直、俺が想像していたよりも広く。
「見ろ、石が……!」
波及した力は、宙へと及ぶ。
そして。
「パンに!」
投石機から飛んできた岩が、パンになった。
「い、石がパンに!?」
「わ、ちょ、ちょっと待て!なんだこれは!なんなんだこれは!」
柔らかフワフワのパンが降り注ぎ、兵士の盾に当たって、もよん、と跳ねて石壁の上に落ちた。
その内、町にもパンが降る。
「わー!?パン!?パンが!」
町がパンで埋まっていくが、別に石じゃないから人が死ぬでもないはずである。人の頭にパンが直撃してもなあ。やわやわふかふかだからな。多分大丈夫だろ。多分。少なくとも石が降るよりはよっぽどマシなはずである。
「……信じられん」
パンの雨がポンポン降る中、カラン兵士長は空を見上げて茫然としていた。
そりゃあまあ、パンの雨が降ってたら信じられないだろうなあ……。俺もこの妙にポップな光景を見て、何とも言えない気持ちになっている。
「タスク、お前は……一体、何者なんだ」
頭にパンが乗っかったカラン兵士長は、茫然としながら俺を見て、そう呟く。
「錬パン術師ですよ」
なので俺もパン屑まみれになりつつ、そう答えておいた。
パンが無ければそこそこかっこいいシーンだったと思う。パンが無ければ。
魔物の方も魔物の方で、投石器を使っても結果がカタパントだって事は分かったらしい。
いい加減こっちがパンまみれになったあたりで、それ以上石が飛んでくることは無くなった。
代わりに、距離が縮まった魔物の軍は弓やらなにやらで攻撃してくるようになった。賢い賢い。
仕方がないのでパン壁を作りつつ、すっかり俺の能力発動圏内に入ってきていた魔物軍の足下をパンにした。
「兵士長ー!大変です!魔物軍、一部がいきなり消えました!」
「落ち着け!落ちただけだ!落とし穴だ!這い上がってくるぞ、気を付けろ!」
「いや、それは無い!」
慌てる兵士達に、呼びかける。
「確かに、パン化した範囲はそんなに深くない。だから、確かに這い上がる事も可能な深さだ」
「だったら」
「ただし穴の底には剣山状に岩が残っている」
つまるところ、穴の底にあたる部分は、剣山状に岩を残すようにしてパン化したのである。
パン穴の底に石の剣山。まあ、普通に落ちたら死ぬよな。
「そして更に、横からパン剣山を伸ばしてる」
普通に落ちたら死ぬ落とし穴の側面から、更に剣山が生えてくる。これはもう死ぬしかない。そうでなくても、落とし穴の中に閉じ込められるのは必至である。まあ、パンだから。パンだからそんなに長くはもたない気もするが……その間も、足元の石剣山なり、壁の石なりからパン剣山が伸びていくので、まあ、そこそこの数を仕留める事には成功したと思われる。多分。
それから魔物軍がもう少し近づいてくるまでの間に更にもう3か所くらいをパン化して落とし穴にした。
流石に、石より硬い奴とか、そもそも空飛んでる奴とかはどうしようもなかったが、それ以外の魔物は結構仕留められたと思う。
「一体、何が起きたんだ……」
カラン兵士長は魔物の軍勢が一気に消えていったのを見て、茫然と呟いた。
「錬パン術ですよ」
だが錬パン術だ。
……本当に、パンじゃなかったらもうちょっとばかりは恰好がつくんだろうになあ……。
とにかくパンでパンな防衛によって、魔物の数は激減した。
残った魔物についても、空飛ぶ奴は兵士が弓で撃ち落としたし、石よりも硬い奴は数が少なくなってしまった事で敗戦を悟ったか、逃走し始めた。
「逃がすか!」
そこへ突っ込んでいく兵士達。街壁下で待機していた兵士達は馬を駆って魔物に追いつくと、剣だの槍だので戦い始めた。
「すげえ」
「うん、すごいね」
そんな様子を街壁の上から眺める俺達。
兵士達の戦いっぷりは見事、の一言であった。
統率の取れた動き。1人1人の戦力も多分、すごく高いんだろうな。よく分かんないけど。
「お褒めに与り光栄だ」
街壁の外の様子を見ていた俺達に、カラン兵士長が嬉しそうに言ってきた。
「タスクとエピだけに手柄を持っていかれたくはないからな。あいつら、いつも以上に張り切っていると見える」
この兵士達の動きが日ごろの訓練の賜物なのだろう、ということは想像に難くない。
そして、その訓練はカラン兵士長によるものなのだろうなあ、ということも。
「……さて。俺もそろそろ、他人事じゃないな」
カラン兵士長は上空を見上げて、にやり、と笑った。
「ありがたい。まだ、俺の分の手柄は残っていそうだ」
上空に見えたのは、大きな影の渦。
『ふはははは!まんまと陽動に掛かってくれたな!』
そして上空の渦から現れたのは、巨大な金属の、ゴーレムであった。
巨大な金属ゴーレムが、上空から現れる。そしてそのまま城のてっぺんに着地……。
「甘い!」
が、カラン兵士長がにやり、と笑った理由が分かった。
バチリ、と大きな音がしたと思うと、城の周りに光の壁のようなものが生み出され、ゴーレムを弾き飛ばしたのである。
「城の魔術師どもめ、ちゃんと働けるじゃないか」
成程、アレは魔術師が張ってる結界みたいなものなんだな。
『小癪な!……だが、ならば力づくで突破するまで!』
金属ゴーレムは城のすぐ横、城の真ん前に着地。
凄まじい音とここまで伝わってくる震動。そして城の前で道や近くの建物ががひび割れ、砕けたのが見えた。
『このゴーレムの力、見誤るでないわあっ!』
更に、ゴーレムは城の城壁を殴り始めた。
「……不味いな」
「もしかしてあれ、そんなに持たなかったりします?」
「ああ。城の魔術師たちも優秀だが、流石に限界はある。あのままゴーレムが殴り続けていたら、城壁ごと結界が壊れるだろう」
成程、だがまあ、時間稼ぎはできている、と。
……なら、あとはあのゴーレムを倒せばいいんだよな。うん。
「後は俺がなんとかする!タスク達は」
「あ、移動するなら手伝いますよ」
足下の石材からパンを生やして、パンを育てる。
「うわっ!?な、何だ、足元が」
「あ、動かないでね。タスク様がパンで運んでくれるから!」
石壁から生えたパンは、俺達を乗せて伸びに伸びた。
伸びる限界が来たら適当な石畳にでも着地して、そこからまたパンを伸ばして移動。
普通に歩いたり走ったりするよりは速いぜ。
「……ううむ」
「速いけれどちょっとこれ、かっこわるいね。タスク様……」
ただし絵面が絵面である。
伸びるパン。伸びるパンの先端に乗って運ばれる俺達。
……もう一度言う。
絵面が、微妙である。
微妙な絵面は置いておいて、とりあえずゴーレム付近にまで到着した。
「とりあえず足止めするか!」
能力の効果圏内まで来たので、まずはゴーレムの足下を柔らかパンにしてゴーレムを沈めた。
『ぬっ!?』
ゴーレムは、すっ、と沈んでいき、首だけが地上に出ている状態になる。
「よし、このままぎっちぎちにする!」
更に、近くの壁や石畳からパンを育てて、ゴーレム周りをぎっちぎちにした。ゴーレムが動いても動いても、周りがどんどんパンで詰まっていく。
……そうして、ゴーレムは自らの力でパンを圧縮してしまったが故に、より強固に、よりぎっちぎちに詰まってしまったのであった。
「よし!行くぞ!」
そこへカラン兵士長が飛び出していき、剣を抜いたかと思うと……ズパリ、と、金属でできていたはずのゴーレムの頭が、斬り飛ばされた。
『なっ……なんだと!?』
見れば、カラン兵士長の剣は炎を纏っていた。
もしかしてあれ、焼き切ったんだろうか?いやあ、それは無いよな……無いよな……?
……まあとにかく、ゴーレムの頭は斬り飛ばされた。うん。
『ふはははは!これで終わりと思うなよっ!』
だが、これで終わらないってのはもう知っている。
俺もエピも、ファリー村で石ゴーレムと戦ってるからな。この後どういう事が起きるかも分かっているのである。
「カラン兵士長!ゴーレムの中まで斬りこめますか!?」
「ああ、任せろ!」
カラン兵士長は俺の声にすぐ応え、ゴーレムの頭を斬った剣を返して、そのままゴーレムの首切断面から剣を突き立てた。
『このゴーレムの体は何度でも復活ぎゃああああああ!?』
……そして多分、ゴーレムの中に入っていたのであろう悪魔に剣が刺さった。
南無。
『ふ、ふふふ……ふははは……ごふっ』
一回、ゴーレム周りのぎっちぎちパンの更に周りにある石を柔らかパンに変えてから、ゴーレムを下からパンで押し上げて、なんとかゴーレムのボディを外に出すことに成功した。
そしてカラン兵士長がゴーレムの体をもう一度斬ると、中から悪魔が出てきた。
なんというか、桃から出てきた桃太郎はこんなかんじだったんだろうか。いや、桃太郎はこんな瀕死じゃなかったと思うけど。
『まさか、この私が……負ける、とは、な……』
「我々人間を舐めてもらっては困るぞ、悪魔よ!」
そしてパンも舐めてもらったら困るぜ、悪魔よ。
だが、悪魔は瀕死の状態だというのに笑い始めた。
そして、こう、言ったのだ。
『ば、馬鹿め……このゴーレムには、爆破の魔法が込めて、あるのだ……!』
……なんだと……。