35話
そうして昼過ぎにはエスターマ王国の王都に到着した。
「うわあ」
「でっかい」
でかい。でかかった。
王都は流石の王都であった。
王都の中に入ると喧騒があった。賑わいではなく、喧噪。
「どいて!邪魔よ!」
「隊長!そちらの状況は……」
「物資がまだ届かないのか?」
「逃げろ!速く逃げろ!」
「遠見の魔術師の報告によりますと、魔物の軍は……」
……つまるところ、避難しようと急ぐ人達と、魔物を迎え撃とうとしている兵士達。
焦燥感と物々しさとで、町は非常に荒れた雰囲気になっていた。
その中で、ぽつん、と。俺とエピは、非常に場違いなかんじである。
「……どうしよ、タスク様ぁ」
「あー……とりあえず、外壁をパンにする許可は貰っといた方がいいか……?」
だがこのまま混戦に突入したら目も当てられない。絶対に俺のパンに被弾する兵士が出てくるだろうし、そうでなくとも、町の石がことごとくパンになったら困るのは民衆だからな。
せめて、誰かに一言、伝えておかなければなるまい。
「すみませーん」
なので、手近なところに居た兵士に声を掛ける。
「な、なんだ?君達も早く避難しなさい。馬車は東門から出ているから」
「あ、そうじゃなくてですね……ええと、この辺りで一番偉い人に、お会いしたいんですが」
兵士は勿論、怪訝そうな顔をする。
なので仕方ない。俺は、奥の手を出した。
「俺はこういうものです」
奥の手、というか、手の甲なんだけども。
つまるところ、救世主の紋章である。
「……これは……な、なんだ?」
が、不発。
そっか!全員がこれの意味知ってる訳じゃないもんな!というかよく考えたら、井末の情報がここに届いていたら絶対に俺、疑われるよな!あ、駄目だ!やっぱこれ駄目だ!くっそ、ここぞという時に使い物にならねええええ!
「たのもう!」
兵士を半分脅しながらなんとか、兵士詰め所にたどり着いた。ごめん、兵士さん。後で腹いっぱいカ○パン食わせてやるから。
「な、何者だ!」
詰め所には当然だが、兵士が沢山いた。
それも、割と位が高い人達なんだろうな。多分、下っ端の兵士はもう町に出て、避難誘導とかしてるんだろうし。
「兵士長殿に会いに来た!」
だが、ここで怯む俺達ではない。というか、俺ではない。
若干怯んでいるエピの、パンの籠を持っていない方の手を引っ張りつつ、部屋の奥……会議机の正面真ん中奥にいる、見るからに『兵士長!』っていうかんじのごっついお兄さんに向かって進んでいく。
「貴様、何を」
「はい」
「もごっ!?」
道中ですごんできた兵士の口には、エピがパンを突っ込んで物理的に塞いでいく。このためと、或いは何かあったらばら撒いたり投げたりするためにわざわざパン作って持ってたんだぜ。
「あなたが兵士長殿ですか」
「ああ、そうだが。……何か用か?手短に頼みたい。こちらも立て込んでいてな」
部屋の奥に居た兵士長の前に立つ。兵士長は流石というか、突然の来訪者である俺達にも焦ることなく、落ち着いて丁寧な返答をしてくれた。
「用件は簡単です。俺達は魔物討伐の為の戦力になりに来ました」
「義勇軍、ということか?」
若干、驚いたような表情を浮かべるのは、俺達の恰好が戦闘するようには見えないからだろうか。うん、そうだろうね。鞭使いとフライパン使いが戦士に見えたらそいつはすげえぜ。
「まあ、そういう事と言えばそうなんですが……単刀直入に言います」
俺が切り出せば、兵士長もその表情を引き締めた。
そこで、俺は、実にシンプルな要求を行う。
「城壁をパンにする許可を下さい」
「は?」
「実は俺は魔術を使って、石をパンにすることができるのです」
もう、救世主を名乗ると色々面倒だし、一発で分かってもらえなかったときの回りくどさが半端じゃないので最初から詐称していくスタイル。
「そして、石をパンの中でも硬いものへと変え、槍のようにとがらせて伸ばせば、敵を貫くことができるでしょう。更に、敵が攻めてきた時、街道やその地下の石を柔らかいパンへと変えることによって巨大な落とし穴を生み出し、敵を一網打尽にすることもできます」
更に、兵士長は俺のこの話の間、ひたすらぽかん、としている。
「更には、敵の中に石のゴーレムなどが居れば、問答無用でパン人形にできます。いかがでしょうか」
ぽかん、に畳みかけるようにそう言って強気な笑みを浮かべれば、やがて、兵士長は、ゆっくりと、口を開いた。
「……その前に、部下たちの口にパンを突っ込むのはやめてくれ」
「あ、はい」
「え、やめるの?」
俺が話している間、エピはひたすら、兵士達の口にパン突っ込みまくっていた。こらこら、詰め込み過ぎるな。パンがドラゴンキラーだけじゃなくてヒューマンキラーにもなっちまうだろうが。
「……成程な。もしかしてお前達は、旅の錬金術師か何かか」
「はいそうです」
色々と説明した結果、俺の詐称が安定した。成程、錬金術師ね。パンとワインの錬金術師。強そうな感じが欠片たりともねえ。
「そして、城壁や街壁、街道や地盤などを対価とすることで、魔物を一網打尽にする、と?」
「その通りです。……いや、あんまり期待せずに、まあ、少し数を減らせるかな、程度でお願いします」
俺の言葉に、兵士長は、ふむ、と唸って考え込んだ。
眉間に皺寄ってる。
……そして、そのまま、1分程度、考え込んでいただろうか。
遂に、兵士長は結論を出した。
「……いいだろう。分かった。街壁は好きにしてくれて構わない」
「へ、兵士長!?いいのですか、そのように得体のしれない奴を!」
兵士長の決定にオーディエンスが騒がしくなったが、兵士長はそれを手を軽く振って抑えた。
「時間も物資も戦力も、何もかもが足りないのだ。このくらいの賭けには乗らねばなるまい。危険を冒さずして王都を守り抜くことはできない所まで来ているのだ」
兵士長はそう言って兵士達を黙らせると、俺に向かった。
「そういうことだ。責任は俺がとる。……お前達、名前は」
「切戸匡……いや、タスク・キリト、です」
「私はエピ!」
「そうか。タスクに、エピ。……俺はカラン・レンドールだ。どうか、力を貸してくれ」
そしてカラン兵士長は俺達に手を差し出し、俺達が手を握ると、上下に軽く振って、に、と、力強い笑みを浮かべてくれた。
「さて、では出陣だ」
と思ったらもう出陣らしい。
「魔物はもうすぐそこまで迫っている!長距離の魔法はそろそろ届く距離だ。警戒しろ!」
……。
「さあ、行くぞ、タスク、エピ!」
「は、はい」
「はーい」
思っていたよりも、本当に切羽詰まっていたんだな、これ。
「兵士長、魔法への警戒とは!」
「対魔法の盾はある!ひたすら耐えろ!」
「つ、つまり、町への被害は……」
「……王宮の魔法使い達は、王城を守るだけで精いっぱいだそうだ。せめて、王と遠征中の部隊が戻ってくるまで、なんとか、耐え凌げ……!」
……ひ、ひでえ。もうなんか、色々ひでえ。
魔法使いはいっぱいいっぱい、更には兵士はそこそこ出払ってて、しまいには王も居ねえのかよ、ここ!
成程、だからすんなり、俺達が戦力として使ってもらえるんだな。
このまま行ったらどう転んでも王都崩壊するもんな!だったらもう毒でも薬でも構わず服用するぐらいの事はやるよな!納得!
そうして俺達は街壁まで連れてこられた。
「あそこに見えるのが魔物の軍だ」
「もう見えてる!」
カラン兵士長が指を指すまでも無く、見えている。見えてるよ!魔物の大軍だよ!
「これから魔法を打ってくるだろうが、なんとかしてくれ」
「いや、それは……」
魔法はどうしようもねえぞ。
でもまあ、最悪、パン壁で魔法の障壁ぐらいにはなるかもしれないもんな。うん。
よーし、覚悟決めていくぜ!
カラン兵士長の言った通り、魔法が飛んできた。
それは、氷の刃であった。
無数の氷の刃が、雨のように降り注いでくる。最初は街壁に届くかどうか、といったところだろうが、すぐに町の中にまで届くようになるのだろう、と思われた。
「く、くるぞっ!」
「盾で防げ!」
「し、しかし、町への被害はっ」
「私に任せて!」
うろたえる兵士達の前に躍り出たのは、エピである。
エピは背に光り輝く風の翼を生やすと、空へと舞い上がる。
そして鞭を一閃、振り抜くと、鞭を延長させるように、炎が舞い踊った。
「す、すごい……」
「あの子、魔法使いだったのか……!」
舞った炎は、鞭となる。
長い長い炎の鞭は、氷の刃を打ち払い、融かして、町と兵士達を守った。
「タスク様ー!そっち逃がしちゃったー!」
「オーケイ、こっちは任せろ」
そして、エピの撃ち漏らしは俺がなんとかしよう。
まずは、氷をワインにする。できるだけ甘口の奴!できるだけ甘口のやつ!ポートワインとかいうんだっけか、割と甘いワイン!
……気休めだが、水よりはワインの方が、凍る温度が低いはずである。
更に、甘いってことはその分糖度が高いって事で、つまり、やっぱり凍る温度が低くなる。
だから、氷をワインにした場合……『液体になる』か、もしそこまで行かなかったとしても、『比較的溶けやすくて脆い氷になる』のである。
飛んでくる氷の刃がほとんど全てワインになったら、続けて街壁からパンを伸ばして、パンの壁を作る。
パンはフランスパン。硬い奴である。
……ワイン氷の刃はパンの壁に衝突すると、砕けてぐしゃっ、と……ワインシャーベットと化した。
流石に、パン壁もそこそこの割合でぶっ壊れるが、街壁はそこそこ分厚い石材だ。まだまだ壁は伸びるぜ。
やったね。
「な、なんだ、これは……」
「錬パン術ですよ」
にょきにょきと石壁からパンが生え、氷の刃を防ぐのを見て兵士諸兄は慄いていたが、まだまだ俺のパン力はこんなもんじゃあない。
真のパン力が発揮されるのは……そう。
「兵士長!前方から何かが飛来してきました!あれは……」
「……投石器かっ!」
こういう時だよ。