34話
フライパン舟で川を下っていく。
川を下っていけば、やがて王都のそばの海辺にまでたどり着くのだそうだ。天然の移動経路たる川の恩恵をありがたく受け取りながら、俺達は小舟に揺られて水路の旅路を楽しんでいた。
何しろ、この川下り。スピード感はそこそこにある。
ドラゴン退治の時には少しばかり役者不足であったフライパン舟であったが、それは川を遡っていた時の話。
川下りでは川の勢いも手伝って、抜群のスピード感と謎の疾走感を提供してくれている。フライパンを時々操って舟の操作をする必要があるが、それもまた楽しい。
これは中々に楽しい。多分俺は、車の運転ができたらそこそこ運転を楽しめる性質のような気がする。
「陸路よりも楽かもな」
「うん。川が運んでくれるものね」
馬車を失った事は痛手だが、まあ、夏の国から秋の国へ行く時には船で海を渡ることになりそうだし、そうなると馬車はそこで手放さざるを得なかっただろうしな。多少、そのタイミングが前にずれたって考えれば、そこまで酷くも無いか。
そして何より、川の旅は楽でいい。
大雨があったりすればまた川も氾濫したりするのだろうが、川の流れは穏やかなものだ。事故が起こるようなことも無い。
……まあ、フライパンで吸水しながら進んでいるので、そういう理由で雨が降ってはいるんだが。
だが、精々、1mm/時の雨である。エピが避けてくれるから気にするまでも無いのであった。
そうしてしばらく進んだところで、夕陽が沈んできたので一度、舟から降りて岸辺に上陸。
今日は久しぶりに、パン穴野営をすることにした。
「パンのお布団で眠るの、久しぶり!」
「何だかんだ、馬車があったからな」
パン穴を2つ作って、のびのびと就寝。
……このパン穴野営、雨が降った時だけは困りものだったのだが、解決してしまったな。
俺のフライパンは俺ではないので、俺が寝ていても動く。
つまり、雨をフライパンに集めて排水すれば、それでパン穴びしゃびしゃ問題も解決である。やっぱり梅雨の精霊様様であった。
そうして俺達はもう1回野営を挟みつつ川下りを続け、遂に上陸。
そして王城が見えるところまでやってきた。
尤も、若干小高い丘から遠くの方にやっと見える、という程度の『見える』だが。
「あれが王都……!すごい!私、プリンティアの王都よりも先にエスターマ王国の王都に行くのね!」
あ、そういえばエピはプリンティア国の人なのに、プリンティアの王都には行ったことが無かったんだな。
……ファリー村から碌すっぽ出てなかったみたいだしなあ……。うん、まあ、見聞を広めるのに順序なんて考えなくてもいいよな。うん。
「ま、到着は明日以降、だな」
「ね。そろそろ夕方になっちゃいそう」
そしてどうせ、エスターマ王国王都にたどり着くまでにもう1ステップある。
川の近くにあるらしい宿場で一泊して、それからようやく王都だな。このまま徹夜で進軍、ってのはちょっと頂けない。
そうして歩いて宿場に到着。なんとか夜になる前に着いてよかった。
「このお宿は、本来ならエスターマ王国の他の町へ行く時の為のお宿なのね」
「ああ。アペリの町やウヴァルの町から王都へ向かうルートとしては、ちょっと行きすぎて戻るようなルートになってるな」
地図の上で確認すると、王都をぐるっと回りこんで進むような道筋になっていることが分かった。要は、川をものすごい速度で進めでもしない限りは結構な遠回りになる、というルートだ。
まあ、つまり。
この宿は、普通に普通の街道を進んでいるであろう井末達とは遭遇しないこと間違いなしの宿、ってことだ。
安心!
と思ったんだが。
「なんか混んでるな」
「何かあったのかなあ」
宿は大分混んでいた。人でごった返している。この様子じゃ、もしかしたら満室かもしれない。
地図で見て、エスティから聞いた話じゃ、こんなに人気の宿、って訳でもなさそうだったんだけどな。
……まあいいか。こういう事もあるだろ。うん。
ということで俺達は気にせず、宿のカウンターへ向かった。
「ああ、お客さん、運がいいわよ。あなた達で満室。ふう、やれやれ」
「わ、よかったあ」
危ない所だったらしい。うん、運がいいな。
……だが、俺達は肝心な事を忘れていた。
「2人で銀貨1枚になります」
「……あっ」
「あっ」
そう。
俺達は、井末達の謀略によって、馬車と、馬車に積んでいた荷物を失ったのである。
つまり……金も、だ。
俺達は今、ビックリするほど一文無しなのであった!
だが!野営するよりは布団で眠りたい!そのための交渉の手間ぐらい、厭うものか!
「女将さん、ちょっと相談なんですが」
「はい?」
「上等なワイン2樽で、どうですか?」
「は、はい?」
「いや、3樽!樽3つを上等なワインでいっぱいにしますので、お金はどうかそれでご勘弁を!」
「は……はあ……?」
「何ならパンも付けますので!」
そして勝った。粘り勝ちっつうか、事情がよく分からない女将さんを煙に巻いて無理矢理言質を取ったような感じであったが勝ちは勝ちである。
「だばだばだばー」
「すごく便利ね、これ」
そして俺達は、雨を降らせて、その雨をフライパンに集めてフライパンから出すことで樽の中に水を溜めていた。
「そーれ」
「本当にすごく便利ね、これ……」
そして水の樽はワインの樽へと変化した。
「これでよし、と。女将さーん」
「はいはい……あ、あらっ!?い、いつの間にっ!?ま、まあ……」
女将さんを呼んで確認してもらうと、女将さんは目を丸くして樽の中を確認した。よしよし。
「女将さん、これでどうですか?この樽3つ、銀貨1枚で買いませんか?」
俺が交渉すると、女将さんは満面の笑みを浮かべた。
「勿論いいわよ!むしろ、なんだか悪いわねえ、こんなにたくさん」
「いえいえ。こちらもありがたいです」
こうして俺達は、何とか本日のベッドを確保することができたのだった。めでたしめでたし。
「何せ、今日はお客さんが多いもんだから」
よいしょ、とワインの樽を転がして運ぶ女将さんに続いて俺達も樽を運びつつ、女将さんの話を聞く。
「何かあったんですか?」
「え?ああ、あなた達、旅の人なのね……もしかしてこれから王都へ行くつもりだったのかしら」
「はい」
女将さんは俺達の返答に表情を曇らせて、首を横に振った。
「駄目よ。行かない方が良いわ。今、王都に行ったら危ないわ」
……えっ?
「何が、あったんです?」
恐る恐る聞いてみると、女将さんはため息混じりに、こう言った。
「魔物の軍勢が王都に攻めてくるのよ」
……ジーザス!
「宣戦布告が昨日の夕方にあってね。魔物の将軍が、まず見せしめにエスターマ王国の城を落とす、それが嫌なら魔物の傘下に加われ、ってねえ……」
なんてこった。これ、相当ヤバい奴じゃあないのか。なんだってよりによってこう、俺達が通るぞ、って時にこういうことが起きるんだ!
「だから、王都の人はみんな逃げ出してきててね。昨日からもう、てんてこ舞いよ。食事も足りなくなってるくらい」
そうか……だからこの宿、こんなに混んでたんだな。
謎が解けてスッキリしたような、却ってモヤモヤするような。
だが、1つ、はっきりしてることがあるな。
「食事が足りないなら、パンで良ければ提供しますよ」
「あら、本当!?」
「その代わりお代は頂きますが」
はっきりしてることは、営業のチャンスは逃さない、って事である。
「売れたねー」
「ああ。まさか、こんなにたくさん買ってもらえるとはな」
そうして宿の部屋、ベッドの上へ到着した俺達の手元には、金貨1枚と銀貨3枚がある。当面の路銀としては十分だろう。
宿の方としても、俺達の提案は渡りに舟だったらしい。大量の石を大量のパンにさせられたが、その分、お金が貰えたんだからこちらとしても文句は無い。
むしろ、もう少し買いたたいてくれても良かったんだがな。
「……ねえ、タスク様。どうしよう」
「どうする、って言ってもなあ……」
だが、路銀はあっても、これからの進路は決まらない。相反する感情と勘定がせめぎ合っている。
……損得で考えるならば、このまま王都をスルーすべきだ。
だが。
「……なあ、エピ」
「うん。私は付いてくよ」
……。
「えっ」
「タスク様、王都に行きたいんでしょ?分かってるんだから!だから、私も付いてくわ」
エピの笑顔に、思わず、つられて笑ってしまう。
「……はは。そっか」
エピは俺よりも、天秤がシンプルなんだろうなあ、と思う。
それが羨ましいような、不安なような。ま、いいか。俺だって似たようなものなんだろうし、な。
「じゃ、行くか。王都」
「うん!何かできるかもしれないものね!」
「できることが無かったらトンズラしような」
「あはは、うん!勿論っ!」
俺達はどうにも、勘定が苦手らしい。
翌朝。俺達は女将さんに挨拶してから、王都へ向かって歩き始めた。
多分、救世主たる井末は間に合わない。
ウヴァルの町へ向かっていたなら、そこでエスティに足止めを食らっているのだろうと思われるし、そうでなくても、きっと、王都へは間に合わない。
だから、間に合う『救世主』が行くしか無い。
「……よーし、覚悟決めていくぞ」
「うんっ!」
遠くながらも見える王都。
……王城の城壁は、どうやら、石造りのようだった。
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