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33話

 氷の瞳が、俺達を射抜く。

「……タスク?エピ?どうした」

「あー……」

 見よ、このバッドタイミング。

 俺は最早、どうすることもできない。

 なるようになれ、と、腹を括った。




 だが、ユーディアさんの行動は、俺の予想から大きく外れていた。

 シャ、と、軽やかな音とともに、ユーディアさんは両方の剣を鞘に納めたのであった。

「……あ、あの。あなたは、救世主の人と一緒に居た人、だよね?」

 エピがおずおず、と声を掛けると、ユーディアさんはエピを見て、こくり、と頷いた。

「そう」

 ……そしてそれきり、特に何も言わなかった。

「えーと……俺達を殺しにきた訳じゃあ、無いの?」

 もう単刀直入に聞いちまえ、と、思い切ってみたら、ユーディアさんは、ゆるゆる、と首を横に振った。

「違う」

 あ、違うんだ。

 ……。

 えっ?

 どういうことなの、と、ユーディアさんを見つめると、ユーディアさんは俺の疑念に答えてくれた。

「私は崖から飛び降りた邪教徒を探しに来た。邪教徒を見つけ次第、殺せと命じられている。春の精霊を見つけたら捕らえろ、とも」

 ユーディアさんの氷の如き表情は、ぴくりとも変わらない。氷の如き視線も、俺達から逸らされない。

 だが、紡がれた言葉は、柔らかく感じられた。

「けれど、邪教徒も春の精霊も見つからなかった」




「邪教徒も春の精霊も見つからなかった。イスエ様とぺモロ様にはそう報告する」

 ユーディアさんはそう言って、踵を返すと、森の奥へと消えて行ってしまった。

 ……。

「ど、どう思う、エピ」

「悪い人じゃないと思う。良い人かは分からないけれど!」

「おい、タスク、エピ、今の奴は何だったんだ?冬の国の奴か?」

 ユーディアさんが去っていった方を見るが、もうユーディアさんの姿は見えなかった。

「……庇ってくれた、ってことで、いい、のか……?」

「た、多分」

 何の目的があるのかは分からない。

 だが、ユーディアさんは……意図的に、井末とぺモロの命令に背いて、俺達を殺さなかった。

 敵か味方か、ってところ、だな。

 まあ……敵じゃないなら、それに越したことは無い。

 殺されずに済んだんだから、喜ぶべきところだな。うん。

「で、タスク。あれはどういう事だ?何かあったのか?」

 ……エスティへの説明がややこしくなったのは、もうこの際、気にしないことにしよう……。




 仕方が無いので、ざっと説明した。

 要は、『俺が無実の罪で追われている』ということと、『エピが勘違いにより追われている』ということだけだが。

 ……尤も、もうエスティには、つまり、夏の精霊様には、俺が『救世主』だってバレてそうな気もするけどな。

「成程。だから、ウヴァルの町へは行けない、ってことだったのか」

「そうだ。会ったら厄介ごとまっしぐらだしな。その時、うっかりウヴァルの町を巻き込んでみろ、目も当てられない」

「はは、理由がタスクらしい」

 エスティは明るい苦笑いを浮かべて一頻り笑うと、ふんふん、と頷いた。

「……やっぱり、私もちょっと村に寄るかな」

「あっ!エスティも焼き肉パーティー参加するのね!」

「ああ。折角のドラゴン肉だしな!……ってことで、さ、行くぞ!」

 そして勝手に1人で納得すると、エスティは肉だのなんだの担いで元気に歩き始めた。

「……エスティ、いいのか?」

「ああ、いいんだ。『急がなくてもいい気分になった』からな。もうしばらくウヴァルの町へは戻らずに、適当に散歩してから戻ることにするよ。この辺りの魔物の様子も気になるし、丁度いいさ」

 聞いてみたら、エスティは明るく笑ってそう言った。


 ……井末よ。ごめん。

 夏の精霊様はお前の事がお嫌いだそうだ。




 何となく1割ぐらい申し訳ない気分になりつつも、残り9割は焼き肉への思いでいっぱいであった。仕方ない。だって肉だから。美味い肉の前には大体のものがひれ伏す。ひれ伏す筆頭は成長期の高校生男子だ。つまり俺だ。

「じゃあ、ドラゴン討伐を祝ってー!」

「かんぱーいっ!」

 村に戻った俺達は、ドラゴンの肉や素材を見せて、村の人達に大層感謝された。

 ドラゴンの肉はつまり、ドラゴン討伐の証拠、って訳だからな。そして更には、肉だからな。一緒に食おう、なんつった日には二重の意味で感謝されるよ。当然だね。

「うーん!この葡萄酒、とっても美味しい!」

「こっちのパンも美味い!肉を乗っけて食うと最高だ!」

 更に、宴会、ってことで、パンとワインも提供した。最早様式美なので特筆することも無い。

 ま、折角だからな。楽しくやってもらった方がいい。


 そして俺はひたすら肉を食っていた。

 今はカニ○ン教徒から肉教徒への宗旨替えをさせてもらっている。いや、違う。俺はカニパ○教徒でありながら、肉教徒でもあるのだ。○ニパン教はとても寛容な宗教なので、別の宗教との掛け持ちも可能である。エイメン。

 ドラゴンの肉はなんというか、旨味の強い牛肉の赤身みたいな味がした。あと、なんか固めでスパイシーなかんじだった。

 ドラゴンってトカゲみたいなもんなんだから、もっと爬虫類味がするのかと思ったんだが。淡白なお味ではないな。うん。

「ドラゴンの肉は食べると健康になれる。栄養が豊富なんだ」

 肉を食っていたら、エスティが寄ってきた。

「不老不死になれたり?」

「いや、流石にそこまで健康にはなれないが……」

 ドラゴン肉は、別にファンタジックな代物ではないらしい。確かに美味いし、栄養も豊富だけど、それだけっぽいな。

「ま、楽しんでくれているようで何よりだ」

 エスティはそう言って笑う。

 ……今回のこの焼き肉パーティー。

 火力はエスティの提供で行われている。

 まあ、夏の精霊様は炎を司る精霊でもあるらしいからな。ドラゴン退治に協力した礼に、と、コンロの役目を買って出てくれた。とても助かるぜ。


「ところでタスク。ウヴァルの町へ行く予定を変更するんだろう?そうしたら、どこへ行くんだ?」

「いや、まだ決めてないんだ」

 正直、もう夏の精霊であるエスティには会っちまったんだから、もうエスターマ王国には用が無い。さっさと秋の国へ向かっちまった方がいいよな。

 ということで、そんなような事をエスティに伝えたところ。

「そうか。なら、王都へ向かうといい。王都から乗り合いの馬車を使って港まで行けるだろう」

 そんなアドバイスをもらった。


「王都?それって大丈夫なのか?」

「というと?」

「あー……俺を殺そうとしている連中と鉢合わせたら嫌だなー、と思ってるだけで」

 王都だろ?つまり、王様が居る所だろ?なんか、『救世主』が如何にも寄りそうだよな。王都。

「なあに、心配はいらない。むしろ、他の町よりも鉢合わせる可能性は低いだろう」

 だが、エスティはそう言って笑った。

「王都は広い。人も多い。だから隠れるにはもってこいだ。それに、相手は『救世主』なんだろう?だったら、相手がタスク達を見つけるよりも先に、タスク達が相手の情報を手に入れられるはずだ」

 成程、確かに。

 人を隠すなら人の中、っていうわけだな。

 そして、救世主様の御成り、ともなれば、噂の1つも流れるだろう。アンテナ張っとけばその心配は無いか。

 ……いや。

「いや、駄目だ。エピが見つかっちまう」

「エピが?」

「エピの中に宿った春の精霊の力が、相手の持ってる石みたいなのに反応するらしいんだよ」

「ほー。それは厄介な……」

 春の精霊のせいでエピが井末に追っかけられて勘違いされているのである。厄介極まりない。あの野郎。

「……いや、大丈夫だ」

 が、エスティはニヤリ、と笑って続けた。

「エピの中にはもう、春の精霊の力だけがあるわけじゃない。夏の力も混ざったから、そうそうは春の精霊の力と引き合わないだろう」

「おおー!」

 なんという!なんという素晴らしい!流石は夏の精霊様だぜ!春の精霊とは大違いだっ!

 さーて!これで色々と不安も無くなったことだ!

 肉食ったら王都に向かって、そこから港町へ向かって、次は秋の国だ!すっきり!




「あ、ところでエスティ」

「何だ?」

 が、すっきりついでにもう1つ。

「異世界に行く方法って知ってるか?或いは元居た場所に戻る方法」

 一番大事な事を改めて聞いてみる。

 が。

「あー……悪いな、そういうのは多分、秋のか冬のが得意だ。もし、秋のか冬のかがそういう魔法を作ったら、そこに力を貸すことはできると思う」

 まあ、春の精霊から聞いていたから期待はしていなかったが。

 うん。予定通り、秋の精霊様の所へ行くよ。




 そうして俺は肉の前へ戻り、エスティはワインの樽の前へ戻った。

 エスティは大酒飲みであった。樽数個分に汲まれた水を悉くワインにしたのだが、それらももう尽きようとしている。こわい。

 ……そして、怖いのはエスティだけではなかった。

「タスク様ー!美味しいね!美味しいねっ!」

 エピが。

「タスク様!タスク様!このお肉美味しいねっ!ワインもとっても美味しいっ!幸せっ!私とっても幸せっ!」

 エピが、すっかり酔っぱらってるんだかなんだか、最高にハイになっていた。


「うんうん、それは良かった」

「うん!はい、タスク様、あーん」

「いや、自分で食えるから」

「あーん!」

 エピは、酔っぱらうと絡んでくる。

「わあい!美味しい!すごく美味しいーっ!」

「このお姉ちゃん、もうワイン、瓶に何本飲んだんだ……?」

 しかも、やたらめったら強いらしく、最高にハイになった状態から、酔いが進行しない。つまり、全く酔いつぶれる気配が無い。エスティも村の人も、そんなエピを見てケラケラ笑うばかりであった。

「タスク様、はい!」

「ああ、うん」

 にこにこ、と可愛らしい笑顔を浮かべながら、エピはひたすら、俺の世話を焼きたがっていた。

 というか、俺に色々と食わせようとしていた。

 多分、あれだ。

 エピ自身が今、色々食って飲んでは幸せになっているらしいので、そのおすそ分けなんだろう。うん。

 今も、ワインのカップを持たされ、更に、目の前に肉の串を差し出されている。

 ……エピはどうやら、俺に『あーん』をしたいらしいのだが、それは流石に。流石に。何かが。俺の中の何かがストップをかけている。俺は雛鳥じゃねえぞ。

 なので、エピには悪いが無視させてもらうことにした。

 ずいずいと差し出される肉から目をそむけるようにして、半分自棄になりながらワインのカップを煽る。

 渋い。喉を通る感覚はそんなに嫌いじゃないが、あんまり美味いもん、じゃ……な……。

 ……あれ。

「タスク様ー!タスク様ー!」

 エピの声がだんだん遠くなる。

 ぐらり、と、体が傾いたらしいことだけは分かった。

 そして、猛烈な睡魔が襲ってきたことも。

 ……。

 まあ、つまり。

 エピが割と上戸であったと同時に、だ。

 俺は、かなりの下戸であったらしい、ということが、判明した焼き肉パーティーであった。




「じゃあ、お世話になりました」

「ああ、気を付けてな」

「エスティさんも、村の皆も、ありがとう!」

 結局、出発は翌日になった。気づいたら朝になっていたので仕方ない。仕方なかったんだよ!

 二日酔いとかになってないのが救い、だろうか……。

「お前達の旅路に、夏の火が活力を与えんことを祈る!」

 歩き始めた俺達に、エスティや村の人達が手を振り、声を掛けてくれる。

 俺達はその声に応え、手を振り返しながら、のんびり歩いて村を後にしたのだった。




「……さて」

 そして俺達は、村の傍の川へとたどり着く。そして、古い小舟に乗り込む。この小舟は村の人達から正式に譲渡されたものだ。遠慮なく使わせてもらう。ここからは水路で王都のそばまで行く予定だ。

 まあ、つまり、フライパン舟再び、である。

 だってこれが一番速いんだもんよ。


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