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32話

 そうしてドラゴンは死んだ。

 死因は多分、窒息である。

 流石のドラゴンも、喉にパンがごっさり詰まったら死ぬらしい。

 俺はいつの日か、この世界に『ドラゴンキラー』と称してこん○ゃくゼリーを売り出したいと思った。

 或いは餅。




 尤も、今回のMVPはエスティだろう。

 彼女はドラゴンがジッタンバッタンしている間にも暴れるドラゴンの脚を切り落とし、振り回される爪を切り落として洞窟を崩壊から守った。

 つまり、俺達はエスティによって守られたのであった。うっかり落盤してたら俺達、死んでたからな。うん。

 ……ホントに、ドラゴンが万全の状態だったとしても、エスティだったらドラゴンに勝ててた気がする。

「エスティ、これ、足場要らなかったんじゃ」

「馬鹿言えっ!ドラゴンが拘束されて動けなくなったなら話はまた別だっ!誰がそんな状況、想像するっ!?」

 だが、エスティ曰く、『ドラゴンが拘束されて動けなくなった状態』にまでなった事がとてつもなく重要だったらしいので、まあ、パンもそこそこ活躍した、としていいだろう。うん。




「ま、何はともあれ、助かった。本当にありがとう。タスク、エピ。お前達が居なかったら、危なかった」

 村へと戻る道程。

 俺達は舟に乗ってのんびりと流されつつ(帰りは川の流れに沿って行くだけだから、別にフライパンで吸水する必要は無い)、エスティにお礼を言われていた。

「何か礼をしないとな」

「いや、ドラゴン退治の礼はこれで十分だって」

 ……また、舟には俺達以外にも乗っているものがある。

 ドラゴンの死体から剥ぎ取った素材である。

 鱗とか、牙とか。肉とか。骨とか。血とか。

 ドラゴンの心臓についてはエスティの取り分ということになったが、その他は結構、俺達が貰ってしまっている。

 次の町、ウヴァルの町に着いたら売り払って、井末達に持っていかれてしまった路銀の分を取り戻すのだ。

 それから、肉は食う。村に戻ったら焼き肉パーティーだ!

「……なんというか、本当に不思議だな。お前達は」

「まあ、それほどでも」

 呆れたような、感心したような、微妙な表情でエスティは笑う。

 俺も曖昧に笑っておいた。

 うん、不思議だっていう自覚は十分すぎるぐらいにあるぜ。




 ということで、村の手前まで来た時、だった。

「じゃあ、私はここで別れるよ」

「えっ?エスティ、村には戻らないの?」

「焼き肉パーティーやらないのか?」

 エスティの突然の申し出に、俺達は困惑する。

「ああ。私はこの村の者じゃないからな」

 ……。

「嘘お」

「いや、騙していたようで悪かったが。い、いや、でもこの村を守りたかったのは本当だ」

「そこは疑ってねえけどさあ……」

 そ、そういえば村の老婆が、エスティについて、微妙なリアクションしてた気がする。『あの子』とか言ってたしな。小さな村の中の一員への反応としては、確かに微妙だったか。


「タスク達はこれから、町へ行くんだろう?」

「うん。ウヴァルの町を目指しているの」

「ウヴァル!成程、丁度いい。……なら、そこでまた会えるかもしれないな」

 エスティは明るく笑って言うと、俺達の手を握り、軽く振った。エスティの手は熱いくらいに温かかった。

「じゃあな!」

 そして、エスティは手を振って、森の奥へと消えていく。

 ……が。

 ふと、俺の頭に、名推理がよぎった!

「ちょ、ちょっと待て!」

「うわっ!?」

 エスティの前に柔らかいパンの柱を生やして、ストップをかける。

「な、なんだ……?」

 振り向いたエスティを見て、俺はもう一度推理を反芻し……口にした。

「悪いが、俺達はウヴァルの町へは行けないんだ」

 真剣な俺を見てか、エスティもまた、表情を真剣な物へと変えた。

「それは、どうしてだ?」

「元々は、ウヴァルの町へ行く予定だった。だが、俺を殺そうとしている奴らが多分、ウヴァルの町に向かってる。『夏の精霊様』に会いに」


「だから、俺達の分はここで頼む。夏の精霊様」




「……驚いたな。どうして分かった?」

 エスティは肩を竦めて、驚き半分、感心半分、といったような表情を浮かべる。

 否定はしない。つまり、そういうことだな。

「疑わしかったのは、能力についてだったな。火を操れる。火が効かない。こんなの、生物としては正直、あり得ないだろ」

「あー……まあ、そうだな」

「名前を聞いたら、少しタメがあった」

「その通りだ。咄嗟に考えたから」

「それから、村の人間じゃない割にこの村とエスターマ王国を気にしてた」

「うん」

「そして何より、『ドラゴンが狙ってた』」

 エスティは目を見開いた。


「村に火を放った割に、ドラゴンがそれ以上村を襲わなかったのは、村にエスティが居なかったからだ。ドラゴンは村人を確認するために村を焼いて、焼け出された人を確認したんだ。それが、急にドラゴンなんつう高等な魔物がこの村に来た理由。どうだ?」

「……いや、驚いたよ。もしかしたら、そうなのかもしれない。私自身、ドラゴンの思惑は分からなかった。だが……そうか、私を狙ったのだとしたら、確かに、納得がいく、な……くそ、私のせいだったか」

 エスティは苦い顔で頭を掻く。

 この短時間の間で、エスティの性格はなんとなく分かっている。

 正義感と責任感が強い。だから、自分のせいで村が襲われた、と思ったら、申し訳ながる。

「いや、分からんけどな。もしかしたらドラゴンの気まぐれだったかもしれないし。それに、エスティを狙ってきてたんだとしたら、やっぱりサッサと片付けられて良かったんじゃねえのかな」

 なのでフォローを入れておくと、エスティは小さく笑って頷いた。

「まあ、そうだな。偶々、タスクとエピが居る時に来てくれた、ってのも丁度良かったか」

 ……まあ、ドラゴンの思惑はともかく、だ。

「さて。じゃあ、タスク。エピ。改めて、私は夏の精霊だ。……重ね重ね、騙していてすまなかったな」

 これで、エスティが『夏の精霊様』だっていうことははっきりしたな。




「お前達には世話になったし、『精霊』を訪ねてきた旅人に対して、何もしない、っていう理由も無い。いいだろう。お前達に、私の力を分け与える」

 エスティは掌の上に、2つ、宝石を生み出した。

 真っ赤に燃える、夕焼けの海のような色の、美しい宝石は、俺達それぞれの方に向かって飛んでくる。

 エピの方は、いい。普通に、いつも通り、掌に吸い込まれて、エピが嬉しそうな表情を浮かべて終わりだ。

 だが、俺の方は!

「ちょ、ちょっと待て!」

「ん?どうした?」

「俺、触ったらその宝石、パンになるっ!」

「ははは、確かに石という形はとっているが、精霊の力だ。そう簡単に……」

 ……。

 自信満々なエスティの表情は、静かに、凍り付いた。

「……本当に、お前は、不思議な奴だな……タスク……」

 俺の手の中には、ほかほかのカレーパンがあったのであった。

 最早様式美。




 仕方が無いので、またしてもフライパンが強化された。最早俺よりもフライパンの方が強い。なんなんだこれは。

「エピには火を操る力を少し分けたぞ。……本当は、エピの体に火の力を分けたかったんだが、どうやらエピは、夏の力とは相性がそんなに良くないらしい」

「そうなの?」

 そうか。エピは春の国、プリンティアの出身だもんな。夏とはあんまり相性が良くない、と。

 それでも、火の能力を分けてもらえたっていうんだから、全く問題ないな!

「それから、タスクの方だが。夏の力……成長と繁栄の力を分けておいたぞ」

 成長と繁栄。

 ……えーと、春の、『芽吹きの力』が、パンが伸びたりでかくなったりするアップグレード、だったよな。

 ということは。

「お前の不思議な力が及ぶ範囲を広げた。遠くにある石もパンにできるようになるだろう。勿論、限度はあるけれど、な」

 おー。これはありがたいな。俺じゃなくてフライパンの強化、ってのが悲しくはあるが。


「ねえ、タスク様!見てっ!見てっ!」

 俺が少し離れた場所の石をパンにして、そのパンをにょきにょき伸ばして遊んでいたところ、エピもまた、火遊びしていたらしい。

 掌の上に灯した火が暖かく揺れていた。

「これで私達、もう火にも困らないね!」

「ああ!パン燃やし放題だぜ!」

 俺達は手を取り合って喜んだ。

 エスティは俺達を、なんとも言えない微妙な表情で眺めていた。

 そんな顔で見ないでくれ。




「……ところで、タスク」

「うん」

「お前を殺そうとしている奴、というのは一体誰なんだ?」

 言おうか言うまいか、迷った。

 きっと井末は、夏の精霊であるエスティの元へやってくる。

 その時、エスティに余計な先入観を与えない方がいいんじゃないだろうか。

 ……俺を殺そうとしているのは、井末、ではない。多分。井末も反対はしていないように見えるが。

 そして何より、井末は、この世界の救世主なのだ。

 俺は元の世界に帰る。

 だが、井末は、この世界を救うのだ。

 ……ならば、井末の邪魔はしない方がいいだろう。この世界が滅びたら、ことである。


 というところまで考えて、俺は、言わないことにした。

 エスティの問いに対して、誤魔化すでもなく、ただ、黙った。それが俺の精一杯の誠実さである。

「……お前はやはり、不思議な奴だな」

 そんな俺を見て、エスティは、優しい苦笑を浮かべた。




 それで終わったなら、この話は完全に終わっただろう。

 だが、よりによって、向こうから、来たのである。


 ざく、と、腐った木を踏む音。

 肩より上に揺れる銀の髪も、青の瞳も、白い肌も、氷を思わせる冷たい気配を纏っている。

 そして何より、その両手に握られた、脇差サイズの、銀の刃。

 濡れたように輝く刃は恐らく、一振りで俺の首10個ぐらいは切り落とすんだろう。そんなに俺の首は無いが。

「やはり、生きていた」

 井末のところに居た内の1人。

 ユーディア、というらしい女性が、俺達を見ていた。


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