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3話

石が在る限り、パンもまた在る。

 月と星の明かりに照らされながら、1人の女の子と対面している俺。

 ただし女の子は俺を何故か『救世主様』と呼んでおり、更に、俺は祭壇に供えてあった水を泥棒したばかりの状況である。


 滅茶苦茶、気まずい。




「……あれ?これ……」

 そんな中、女の子が俺の背後に注意を向けた。

 水か。水なのか。

「……ぱ、パン!?」

 いや、パンだった。

 それも、祭壇に備えてあった干からびパンの方じゃなくて、俺が掘り進んできたダ○ルソフトレベルの柔らかパンの方だ。

 ……よくよく考えたら、石の床の一部分がパンになってたら、そりゃ、誰でも気になるか……。

「わ、わあ、こんなに柔らかいパン……!」

 女の子は床に跪くようにしてパンに近づき、拾って、食べ

「ちょ、ちょっと待て!それちょっと待て!」

「えっ」

「そのパン、ちょっと踏んだりしてるから!汚いから!」

 流石に、俺が掘り進んで足場として使ってきたパンを女の子が拾って食べる、っていう光景には罪悪感を覚える。パン自体には罪悪感なんてとうに無いが!

「で、でも、こんなに美味しそうなパン……」

「出すから!それくらい出すから!……ちょっと待ってろ!」

 お預けくらった子犬みたいに俺を見つめてくる潤んだ瞳から逃げるように、とりあえず祠の外に出た。

 祠の外は草原だったが、探せば石くらい、簡単に見つかった。

 それをパンにして、俺は女の子の元へ戻る。

「ほら、食べるならこっち食べろ。な?」

 女の子は俺から、恐る恐る、パンを受け取った。

 そして恐る恐る、俺を窺う。

「あー……変なものは入れてないから。心配なら毒見するけど」

「いっ、いえっ!頂きますっ!」

 しかし女の子、意を決したようにパンに向かうと……はむ、と、パンに齧りついた。

 ……紅潮した頬がもそもそ、とパンを頬張って動き、やがて、白く細い喉が、ごく、とパンを飲み込む。

 なんとなく固唾を飲んで見守ってしまう中、女の子は、手のひらサイズのパンを一心不乱に食べ……ふと、涙を零した。

 食わせた俺としては、ビビるしかない。俺は何かしたか。

「……ほんとに、救世主様、来てくれた……」

 ……女の子は涙声で、そんな言葉を口にした。

 俺としては、非常に……反応に困る。


 俺は多分、この世界に『救世主』として召喚された、らしい。

 だからまあ、『救世主』なのだ。俺は。多分。

 ……だが、実際に俺が『救世』できるかと言えば、間違いなく、否だ。

 石パンパワーを手に入れただけの一般人男子高校生17歳が世界を救う?いやあ、無理だね。

 というか、俺の能力が世界を救うに値しないと判断されたからこそ、俺はあのムキムキマッチョメンズによって穴に紐無しバンジーさせられた訳だしな!

 よって、俺は『名目上救世主』でありながら、『実質上救世主ではない』という、非常にややこしい存在になってしまっている。

 ……ふと、手を見る。

 俺の両手の甲には、文様が描かれている。

 確かこれが、救世主の能力を示すもの、なんだったか。

 ということは、俺の手の甲を見ただけで、俺が召喚された救世主だって分かる人も居るのかもしれないな。

 ……注意しておいた方がいいんだろうが……うん。


 とりあえず、だ。

「えーと、俺が、救世主だって?」

 目の前でぐすぐすしながらパン齧ってる女の子に対して、聞きたいことは聞いておこう。




「ええと、私はエピ。ファリー村の……一応、巫女です」

 一応って何だ。気になる。

「私はこの『祝福の夜』にお祈りして、救世主様に来てもらおうとしてたの」

 ……んー?お祈りして、来てもらう?

 それはなんつうか……矛盾するような気がするぞ。

 俺はあの謎魔法陣で召喚されたらしいし。多分、この女の子……エピのお祈りによって来た、訳じゃないと思うが。

「『魔に覆われし世に祝福の夜来たれる時、太陽に肉を捧げよ。月に酒を捧げよ。星に花を捧げよ。さすれば巫女の祈りは天へと通ず。祈りは救世主をいざない、救世主は光をいざなう。』……村に伝わる、古い言い伝え。私は言い伝えに従って、一昨日からお祈りしてました」

「ほうほう」

「村の皆は信じてくれなかったけど、でも、本当に救世主様が来てくれたんだから!やっぱり言い伝えは本当だったのね!」

 エピは嬉しそうにしているが……言えない。俺、救世主としては恐らくかなりのハズレである上に、召喚された場所からひたすらパン掘ってここまで来て、たまたまここに出ちゃっただけとか、言えない……!

「……ところで、何で俺が救世主だって?」

「えっ?だって、見たことの無い人がこんなところに居たから。こんなところ、旅の人だって来ないもの」

 言えない!俺、こうも嬉しそうにしてる女の子に対して『救世主じゃないです』なんて言えない!

 くそ、しかし、このままうっかり『救世主』として祀られてみろ!俺の生存に気付かれたら、俺を召喚したおっさん共に殺されかねないっ!

 しかし、かといって……。

「お肉は取れないからカピカピパンにしちゃったし、お酒も無いからお水にしちゃったし、お花もあんまりたくさんお供えできなかったけれど、それでも救世主様、来てくれたんだね!ありがとう、救世主様!」

 祭壇が質素なのは、分かる。

 だが、お供え物であろう水とパンが、かなり侘しい。

 ……そして、エピ。

 地面に落ちているパンですら、迷わず食べようとした、この女の子は……どう見ても、少々、痩せすぎに見える。


 俺は、頭の中で、非常に……小狡い事を、考えた。

 それは俺が生き残る為の方策であり、かといって、目の前の女の子を食い物にしない程度の良識は備えた……つまり、『俺が俺を許せる程度に他人を利用する』ことだ。




「……エピ」

「は、はいっ!」

 声を掛けるとエピは、ぴょこ、と跳ね上がらんばかりに姿勢を正した。

「俺がファリー村の飢えを癒そう」

「ほ、本当っ!?」

「ああ、本当だ。さっきのみたいなパン、もっとたくさん作ってやるよ」

 言うと、エピは息を飲んで頬を紅潮させて、何度も頷いた。

「だからとりあえず、村に連れていってくれないかな。それから、ファリー村の代表の人に会って、話がしたい」




 エピは嬉々として、俺を連れて祠を出た。

「救世主様、こっち!」

 祠は村の外れにあったらしく、祠から出て少し歩けば、すぐに家が並ぶ様子が見えた。


 ……家は大体が、木と石と漆喰でできている。窓を見る限り、ガラスは一応製造できるけれど高級品、ってかんじだな。

 鉄を加工する技術もそこそこにあるんだろう。家の前に薪割り用らしい斧が放置されてるのを発見した。

 機械はそんなに無いんだろうな。壊れた糸車みたいな奴が外に放置されてたのを見る限り、紡績機もまだ、ってかんじか。

 生活は大体農業っぽいな。牧畜もやってるんだろうが……産業っぽい産業があるかっていうと、多分、微妙。

 それから、謎の文様……魔法陣みたいな、不思議なものが描かれた布が飾ってあったりする。地面に模様が描いてあったり、家の石材に模様が刻んであったりも。もしかしたらこれ、魔法的なサムシングなのかもしれん。

 ……成程、大体こんなかんじの世界なんだな、ここは。

 OK、なんとなく俺が分かる範囲では分かった。

「……救世主様?どしたの?」

「ああ、大丈夫。行こうか」

 俺がこれからこの村に行いたい要求。

 それは第一に、俺の身の安全だ。

 しかし……多分、この村に、それは荷が重いだろうな。どう考えても、そんな余裕も武力もなさそうだ。

 飢饉になってる時点でお察しっちゃお察しだったが!


「着いたよ、救世主様!これが村長さんのお家!」

 そうこうしている間に、俺達はやや大き目な家の前に着いていた。

 ……とりあえず、この村の村長から話を聞いて、交渉しよう。

 俺が引き出したいカードは、俺の身の安全と……あわよくば、元の世界に戻る手段。

 対して、俺が出せるカードは、パン。

 ……たかがパンだが、されどパンだ。

 この村は多分、飢饉に陥っている。

 ならば俺は俺が持っているカードを最大限に生かして交渉するまでだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 女の子がいきなり、落ちているパンを拾って笑顔で食べようとするところに狂気を感じた。 女の子がよっぽど幼いなら分からなくもない? 女の子は救世主を敬っているようなので食べていいか主人公に…
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