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29話

 アマゾンだか熱帯雨林だかなんだかよくわからんがそういう雰囲気の森に入って数時間。

 馬車はギリギリ道と言えなくもない道を進んでいた。

「ねえ、タスク様。この果物美味しいね!」

「流石夏の国。トロピカルなフルーツだらけだな」

 そして俺達は、馬車から降りてそこらへんにあった果物をもいで食べつつ、休憩中であった。

 何といってもこの森、自然の果樹が結構あるのである。

 今、俺とエピはマンゴーとパイナップル足して2で割ったような味の果物を食っている。美味い。これすごく美味い。

 が、果物を食べてまったり、という訳にもいかないのである。

「あっ、駄目よ!ほらっ、あっち行って!」

「めぎゃん」

 今もエピが鞭を振るって、近寄ってきたでっかいヘビを叩き飛ばしたところであった。いや、アレはヘビじゃなかったのかもしれない少なくとも俺が知るヘビは『めぎゃん』とか鳴かない。

「夏の国って、お花も鮮やかで綺麗な色だけれど、生き物もすごい色なのね」

 そしてさっきのヘビ。エピの言う通り、すごい色であった。

 レモンイエローの地にシアンブルーと赤の斑点。……どうしてこういう見た目になったんだ、こいつ。

「結構気が抜けねえよなあ……」

「ね。こっちの方、あんまり寄ったら落っこちちゃいそう」

 この辺りの地形は非常に立体的であるらしい。

 俺達が通っている道の脇は、少し行ったら崖である。

 崖の下にはやっぱりジャングルが広がっていて、中々に絶景だな。滝とか川とかも見える。

「これ、雨降りじゃなくてよかったな」

「うん」

 うっかり滑落とかしそうで怖えよな、これ……。




「さて、そろそろ行くか」

 微妙に気が抜けない休憩タイムもここらで切り上げよう。

 よっこらしょ、と立ち上がり、馬車に乗り込もう、と、したところで。

「……何か後ろから来る!」

 俺達が来た方から、何かが、迫ってくる音と気配。

 そして、それらを認識した直後。

 びゅ、と、俺の頭のすぐ横を何かが通り抜けた。

 ぞっとしながらそちらを見れば、一瞬、氷のような青の瞳と目が合う。

 それから、俺の頭のすぐ横を掠めて振り抜かれた、冷たい銀色の刃が、煌めいた。


 咄嗟にフライパンを構えれば、立て続けに降り抜かれた剣かナイフかよく分からないものが、勢いよくフライパンにぶつかって派手な音を立てた。

 だが、そこまでだった。

 俺を攻撃してきた女剣士は素早く身を翻して、馬車の方へ向かう。

「行け!」

 そして馬車と馬を繋いでいたロープを切断し、馬の尻を蹴って、馬を逃がしてしまった。

 ……成程。

「これで逃げる手段は封じたわね。よくやったわ、ユーディア」

 俺とエピが緊張する中、後方からやってきた馬車より、悠々と、人が降りてくる。

「今度こそ逃がさんぞ……!」

 やってきた救世主様御一行は、俺達を前に悠々と武器を構えた。




「春の精霊様、お久しぶりです」

「あうう……タスク様あ……」

「うん、気持ちは分かる。気持ちは分かるけどな。エピ。あんまりそういう顔というかそういう反応をしてやるな……」

 真ん中に居るのは、井末だ。

 井末はエピに向かって微笑みつつ、油断なく剣の柄に手を置いている。

 その手首に結んであるのは、あれだ。リボンだ。ブーレの町でエピからせびったリボンだ。

 そのリボンを見て、エピは何とも言えない顔になる。エピの気持ちは分かるけれど、井末の気持ちも分からんでもないので俺としては非常に気まずい。


「イスエ様。あの少女に何か?」

 井末の隣に居るのが、ぺモロ。

 つまり、俺を召喚した連中の1人である。更に、俺を殺そうと頑張っているらしい1人である。許さん。

「ああ、ぺモロ。あの方が春の精霊様だ。ブーレの遺跡に残されていた春の精霊様のお力の石が、あの方に反応する。……そうだな?ヨハンナ?」

 そして。

「ええ。ケイト様。お預かりした石を使って無事、あやつらを探すことができましたもの」

 井末のもう片方の隣に居る女性は……。

「あ!あなた!アペリの町で道を教えてくれた人!」

 赤っぽい金髪の美しい女性……俺達に、この『森を突っ切ってウヴァルの町へ向かうショートカットルート』を教えてくれた女性は、エピの驚きの声に、笑みを深めた。

「ええ。少しぶりね。随分簡単に信じてくれたおかげで、この通り。あなた達をおいつめることができたわ」

 ……ジーザス!




 くっそ、俺達は見事に騙されたという訳である。

 そうか。そうだよな。相手には、エピ探知機があるってことなんだもんな……。うっかりしてた。

 つくづく、あの春の精霊ってのは碌な事しねえなあの野郎っ!

「さあ、大人しく捕まりなさい、邪教徒!こちらは13人よ!」

 馬車から降りてきた人たちは、全部で13人。

 井末とぺモロ、そして赤っぽい金髪美女のヨハンナさんと、さっきの氷の目の女性、多分、ユーディアさん、と……他多数。

 武器持ってたり、魔法使いっぽかったりするので、多分こいつら全員戦えるんだろうなあ。やだなあ。これ絶対勝てない奴じゃねえか!

「おいヨハンナ!春の精霊様は」

「イスエ様、邪教徒を殺した後に春の精霊様の身柄はお渡ししますので、ご自由に。私はあの邪教徒さえ殺せれば構いませんのでな」

「……ならいい。ぺモロ、くれぐれも春の精霊様を傷つけるなよ」

「分かっておりますよ」

 エピがじりじりと俺の方に寄ってきて、必死の形相で鞭を構えた。

 だが、この多数相手にどうにかできるわけがないぞ。


 ……地面は柔らかな腐葉土。多分、下に石が在るのは確かなんだが、それを下手にパンにしたら、この足場諸共崩れる可能性がある。すぐ横、崖だからな。

 かといって、水ワインの方は全く以て無力だ。水は無い。というかワインがあっても仕方ない!

 そして、雨を降らせる、ってのも、無しだな。降水量1mm/時でどうにかできる場合じゃない。

「さあ、覚悟しろ!」

 だがもう時間もない!ぺモロが杖を構えて、何かを唱え始めた。

 魔法か!魔法が飛んでくるんだな!この野郎!

 なら……仕方ない。




 俺達の行く手を阻む13人の敵。このままだと、間違いなく俺は殺されるだろう。

 俺の横で震えているエピにだけ聞こえるように、俺は囁いた。

「エピ。俺はあの崖から飛び下りる」

 エピは、はっとしたような表情をした。勿論、崖ってのは崖だ。遥か下にジャングルだのなんだのが見えてるレベルの、絶景なかんじの崖である。落ちて無事とは思えない。

「だが、エピはどうしてもいい。多分、エピはここに残っても殺されないと思う」

「えっ」

 エピは俺の言葉に戸惑ってから、井末達を見て、やっと気づいたらしい。

 エピは狙われている、とはいえ、単に勘違いされて追いかけられているだけだ。

 誤解が解ければ普通に放流されるのだろうし、そうなればファリー村に帰るなり何なり、自由にできる。

 何も俺に付き合って紐無しバンジーに挑戦する必要は無い。


「さあ、貴様は地獄に落ちるのだ!」

 ぺモロの準備ができてしまったらしい。杖が一瞬、輝きを増す。

 俺はそれを見るや否や、エピを残して、崖から飛び下りた。




 はず、だった。

 俺の後から飛び下りてきたエピが、風の翼で加速しながら俺に追いついて、俺にしがみついた。

「エピっ」

 エピは俺の顔を見て、笑った。

「見くびらないでね、タスク様っ!」




 風を切って、落ちる。落ちる。落ちる。

 上の方から井末が何か叫ぶ声が聞こえてきたが、それすら遠くなって、俺達はひたすら重力に引かれていく。

 そして、木の中に落ちて、ガサ、と音が聞こえた瞬間、減速した。

「ーっ!」

 エピが、春の精霊の力でなんとか減速しようと踏ん張っている。

 それと同時に、木の枝に引っかかって、枝をバキバキ折りながら落下速度が落ちていき……。

 俺は落ちる先の地面に岩があることを祈りながら、パンを大きく芽吹かせた。




 ……。

「い、生きてる……?」

「な、なんとか……」

 危なかった。

 俺達はパンの底まで落下して、その下に埋まっていたらしい古い木か何かにぶつかって止まった。

 つまるところ、打撲程度で済んだ、ってことだ。あの高さから落ちて。正に奇跡だな。エイメン。


「……ね、タスク様」

 パンの底で、エピは俺を見て頬を膨らませていた。

「さっきも言ったけど!見くびらないでね!」

 エピはもそもそ、と体勢を立て直して、パンの底に正座した。俺もなんとなく正座する。

「私、タスク様がファリー村の救世主様じゃなかったとしても、飛び下りたからね!」

 ……それは。

「それは……すまん。悪かった。見くびってた、って訳じゃないが……」

 そうか。エピにも、正義感、ってものがある、よな。

 散々、俺の話聞いてた訳だし、マルトの町でのあいつらの横暴っぷりも見てる訳だし。

 そいつらに靡くくらいなら、飛び下りる、と。

 ……そういう子、なんだな、エピは。

 エピはにこにこ、と、笑みを浮かべた。

「でもこれで、撒けたね!まさか私達が生きてるなんて、きっと思われてないよ!」

 そう、だな。

 エピは減速するのを、木に隠れるギリギリまでセーブしていた。

 つまり、井末達からは、俺達が減速なりなんなりできた、とは見えなかった訳だ。

 ってことは、まあ……。

「結果オーライ!」

「うん!」

 死にかけた訳だし、馬車も失っちまったが!これで1つ、厄介ごとを乗り越えたって訳だな!




「……じゃあ、出よっか」

「横穴掘っていくのと、垂直に行くのとどっちが良い?」

「うーん、横穴、かなー……」

 パンの穴は深かった。つまり、それぐらい沈んだ、ってことだが。

 仕方ないから、斜め上に向かって横穴掘って脱出するしかないかな。

 ……と、相談していたところ。

「おーい!誰か居るのかー!」

 凛と張りのある声が聞こえてきて……ひょこ、と。1人の女性が、穴の上から覗き込んできたのであった。

「……なんだ、この穴?」

 まあ、パンの穴とか、見たら不思議だよな。うん。


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