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27話

 俺とエピは、ワインの沼に沈んでいった沼の怪物もとい魔物、或いは見た目美女で春の精霊が反応する何かを陸地に引き上げ、扇いでいた。

『うぃー……』

「完全に酔っぱらってるな」

「酔っぱらってるね」

 陸に引き上げたら引き上げたで、ぐってりと地面に倒れ、そのまま半分眠ったような状態になってしまったのである。

 このままじゃあ何かと不便なので、仕方ない。酔いを醒ますべく、扇いでやったり普通の水を飲ませたりしているのだが。

「……起きねえなあ」

「ね」

 これ、しばらく掛かるかもね……。




 そうして待つこと数時間。

「……あれ?雨が……」

 ふと、雨が止んだ。

 ……50年も雨が降り続けるってのもおかしいが、50年降り続いた雨が止むってのも相当におかしいよな。

 原因があるとすれば、目の前に居る……。

『ん……?わ、私は一体……?』

 沼の妖怪であろう。




『私は梅雨の精霊。どうやら魔物に憑りつかれてしまっていたようで……。助けていただき、ありがとうございました』

 妖怪じゃなかった。精霊だった。しかも沼のじゃなくて梅雨の。

「そっかー、精霊様だったから、春の精霊様の力が反応したのね」

『ああ、やはり……あの温かな力は、春の精霊様のものだったのですね』

 どうやらこの梅雨の精霊、一旦酔っぱらわせてぶっ倒した後に春の精霊の力が働いて、無事、正気に戻ったらしい。

 そう考えると沼を真っ赤に染めちまった俺の所業も悪い所業では無かったというわけだ。ああよかった。

「でもどうして魔物に憑りつかれちゃったの?」

 エピの素朴な疑問に、梅雨の精霊は非常に気まずそうな顔をした。

『それは……私が人間を憎んでしまったからです』

 ほうほう。

『精霊は本来、人間が自然の理の中で生きていくのであれば、それを助けるのが役割です。しかし……私は、私は……!』

 梅雨の精霊は顔を両手で覆って、絞り出すような声を上げた。

『水浴びを覗かれたというだけで、ちらりとでも、人間を憎んでしまった……!その心の隙に、魔物に忍び込まれ……』

 ……うん。

『人間の寿命なんて短い物です!私があとほんの60年程度、我慢すればよかっただけなのに……ううう』

 ……えっ?

「ま、まさか、毎日のように覗かれてたの?」

『は、はい。時間を変えても、衝立を立てても、ついには遠見の魔法を習得してまで……!そして私は、3年あまりで限界が来てしまって……!』

 俺達は、絶句した。


 そして俺の心の中には、2つの思いが芽生える。

 1つは、尊敬である。あのスケベジジイの執念、自分の本能への真っ直ぐっぷり。それらは同性として、ある意味での尊敬に値するものだ。

 だが。もう1つは。

「悪くない!」

「そうだ!梅雨の精霊様は悪くない!」

『な、そ、それは』

「悪くないよ!そんなの覗く奴が悪いんだから!」

「憎んでもしょうがない!それはしょうがない!」

『あ、あの』

「そのせいで50年も雨続きだったのだってしょうがないわ!」

「すべてはあのジジイが悪い!」

『……は、はい……あ、あの……』

 やはり、全ての元凶はあのスケベジジイであったのだ。うん。気持ちは分かるしある意味尊敬しすらするが、それでも自粛してほしかった。

 というか、あのジジイ、梅雨の精霊が魔物に憑りつかれる前に覗いてた割に『沼の魔物』とか言ってたよな。精霊を魔物扱いしてたよな。

 ……やっぱりあのジジイが悪いな!俺達の怒り、どうしてくれようか!




『しかし……私を操り、50年にもわたって雨を降らせ続けていた魔物は、一体どこへ……』

 梅雨の精霊の言葉に、はっとする。

 そうだ。梅雨の精霊が憑りつかれていたってんなら、魔物がまだここら辺に居てもおかしくないのか!

「……ね、ねえ、タスク様……」

 しかしエピが沼を覗き込んで、困ったような顔をして俺を呼んだ。

「あれ、かなあ」

 俺も覗きに行く。

 ……。

「あれ、だろうなあ……」

 ワインで真っ赤に染まった沼の底。

 そこには、酔っぱらったまま溺れたか急性アルコール中毒だかで死んだらしい、半魚人みたいな魔物の死体が沈んでいたのだった。

 南無。




 魔物の死体は沼から引き揚げて荼毘に付した。あのままほっといたら腐るだろうからな!

『何から何まですみません』

「まあ、通りがかった縁で」

 尚、梅雨の精霊はこの間、見ているだけである。

 この精霊、流石に梅雨の精霊、というだけあって、火を扱うのが苦手なんだそうだ。

 かといって土葬するとゾンビになったりしそうだ、ということで、俺達が火を使って魔物の死体を燃やしている訳である。

 尚、こんな死に方をしたらさぞかし無念だろうから、お供え物として一緒に塩バターパンを燃やしている。あの世で食ってくれ。半魚人がパン食うのかは甚だ疑問だが。


『……あなた達を見ていると、人間とは善良な生き物だったのだ、と思い出せます』

 火が消えた頃、うっすらと残る煙と残った灰、そして残った灰を地面に埋める俺達を遠巻きに見ながら、梅雨の精霊は微笑んだ。

『魔物から私とこの森を救って頂いた御恩もあります。あなた達には私の力をお貸ししましょう』




「梅雨の精霊様のお力?」

『はい。私は四季の精霊様方のような強い力は持っていませんが……あなた達の旅が、健やかなものであるようにお手伝いはできます』

 おー。それはありがたいな。どんな力なのかはあんまり期待しないでおくが!

『まず、あなたへ』

「わ、綺麗……」

 梅雨の精霊の手から、ふわり、と、水玉のような結晶のような、不思議なものが浮かび上がり、エピの手の中に落ちた。

 そして、エピの手の上でそれは弾けて、すっ、と消えていく。

「ひんやりする」

『ええ。今、あなたに授けたのは雨の力です。あなたが呼ぶのなら、雨はいつでもあなたの元へ。もし、雨が疎ましくなったのなら、その力で雨を止ませてください』

 何それ強そう。

 雨を自在に操ることができる、ってことだよな?使い方によっちゃ、かなり有用な力だぞ、それ!

『ただし、降らせることができる雨の量は0.5mm/時までです』

 ……。

 つまり、傘ささなくてもギリギリ我慢できるレベルまで、か……。

『それから、完全に避けることができる雨は1mm/時までです』

 ……。


『それから、あなたには……あなたは、不思議な力を持っているようですね』

 次は俺らしい。

 そして早速、俺の能力はもうバレているようだ。まあ、問題はない。

『でしたら、あなたには、この力を』

 俺の前に、水玉結晶がふわり、と浮かんだ。そして、その結晶は俺の手に落ち……。

「……タスク様」

「いや!今のは!今のは俺のせいじゃねえって!やってない!俺はやってない!勝手に!勝手にパンになっただけだ!」

 俺の手の中には、しっとりしたパンがあった。




『あなたは精霊の力とは相性が悪いのかもしれませんね』

「すみません」

 梅雨の精霊も困り顔である。俺も困りたい。今のは能力発動させようとしてなかったし、むしろ、すごく気を付けていたのだ。なのに精霊の力の結晶はパンになった。もうやってらんねえ。

『でしたら、そちらの武器が丁度、精霊具のようですから、そちらに力を授けておきましょう』

 そして最早お約束のように、俺のフライパンが強化された。もうそれでいいよ。

 ところでやっぱりフライパンって、武器っていう認識なのか?


『この力は、その武器が触れている液体を雨として降らせることができるものです』

「つまり、血に浸せば血の雨降らせられると」

『ま、まあ、そういうことになりますが……』

 梅雨の精霊がちょっと引いている。ごめん。

『癒しの水薬をその武器に注げば、癒しの雨を降らせることができます』

「塩水を注げば、その地域一体、塩害地域に」

『あ、あの、できれば平和的な使い方を……』

 梅雨の精霊がちょっと引いている。うん、ごめん。

『……そして、降っている雨を、あなたの武器に集めることができます。そちらの少女の能力と合わせれば、少し強い雨でも凌ぐことができるでしょう』

 おー、それは中々使い勝手が良さそうだな。

「つまり、エピが雨を降らせて、俺がその雨を集めれば」

「もうお水に困らないね!」

 それから、ワインにも、な。




『心優しき人間達よ、ありがとう。これからはまた、この森を見守ることにします』

「こっちこそ色々とありがとう!」

「次に水浴び覗かれたら、その人の頭にバシャバシャ雨かけちゃえー!」

 俺達は梅雨の精霊に見送られて、またランジュリアの町へと戻ることにした。

「……ま、きっかけは随分とアレだったけど、雨の被害は結構大きかったみたいだからな。解決したなら良かったか」

「うん。また町1つ、救っちゃったね、タスク様!」

「滅んだ町だけど、な」

 俺達の目の前では、長い長い雨に晒され続けた森が、50年ぶりの日の光を浴びて輝いていた。

「あ、見て!虹!」

「おー」

 そして、雨の呪いが『晴れた』事を喜ぶように、虹が、美しく輝いていたのだった。




「こ、これは一体!?雨が止んで……!?」

 ランジュリアに戻ると、全ての元凶たるジジイが戸惑っていた。

「ああ!お二人とも、まだいらっしゃって……ご覧ください!雨が!雨が止みました!」

「知ってます」

「私達が解決してきたんです!」

 そしてジジイは、(恐らく本人にとっては)身に覚えのない怒りをぶつけられ、更に戸惑ったが知ったこっちゃねえ。


「成程……まさか、沼におわしたお方が、精霊様だったとは……」

「そしてあなたはその精霊様の水浴びを不遜にも覗いていたわけです。3年あまり」

「怒られて当然よ!」

 今までのいきさつを説明したら、ジジイは恐れ入って縮こまってしまった。もっと縮こまれ。

「しかし、今のお話を聞いて、心を改めました。精霊様もお目覚めになられた。ならば儂は、ランジュリアを復興させようと思います。もう一度、プリンティアとエスターマを繋ぐ町として、ここに人が集まるように」

 だが、これでまあ、良かったんだろう。

 ジジイは心に火が付いたらしい。明るく輝く瞳で、そう語ってくれた。

 ……いつか、この町が復活して、もう一度賑わうようになったら、その時、また来てみたい、と思う。


「そして、精霊様を祀る為の祠を作ろうと」

「遠見の魔法が届かない奴な」

「のぞき穴とか無い奴ね!」

「は、はい……」




 その日はランジュリアに泊まって、翌日。俺達は町を出ることにした。

「タスクさん、エピさん。これをお持ちください」

 馬車の支度をしている時、ジジイが何かを持ってきた。

「これは?」

 掌に乗るサイズの、小さな……宝石?鏡?よく分からないものだ。ペンダントになっているらしく、紐もついている。

「これは、遠見の魔鏡です。見たいものがはっきりしていれば、そこの様子を覗くことができます。そこそこに魔力を使いますがな。……或いは、ぼんやりと眺めていれば、魔鏡が拾ってきた、遠いどこかを覗くことができるかもしれません。極たまに、ですが」

 ほう。成程な。

「つまり、覗きの道具か」

「はい」

 いっそ潔く、ジジイは頷いた。うん、嫌いじゃないぜ、その態度。

「ですがこれからの儂には必要ありませんので」

 ……ま、そういうことならありがたく貰うけどな。


「お気をつけて!本当にありがとうございました!」

「いつかまた来るねー!」

「もう覗くなよー!」

 晴れやかな顔をしたジジイに見送られつつ、俺達は馬車を出す。

 ランジュリアの町はやがて遠ざかり、森の中に見えなくなった。




 ゴトゴト、と馬車が揺れる。この感覚、嫌いじゃないんだよな。

「次は夏の国、エスターマ王国、か」

「楽しみね!タスク様!」

 春の国を去って、夏の国へ。心機一転、サッパリした気持ちで入国できそうだな。

「あ、そうだ。エピ、これはエピが持っててくれ」

「うん。パンになっちゃうもんね」

 それから、忘れない内に『遠見の魔鏡』をエピに渡しておく。これ、石なのか何なのかよくわからんが、とりあえず、俺がうっかりパンにしない内に、エピに渡しておいた方が安全だろう。

「へー、綺麗ね……」

 エピは遠見の魔鏡を覗き込みながら、その美しさに感嘆のため息を吐いている。まあ、魔法の品物だっていうことだからか、すごく綺麗なものではあるんだが。

「……あれ、み、見えない」

 が。

 エピは、首を傾げながら、遠見の魔鏡をためつすがめつし……ふと、思い当たったらしい。

「これ、遠見の魔法自体をある程度使えないと、使えないのかも」

「成程、名推理だ!」

 つまり!

「私達、使えない、ね……?」

 ……。




 残念な物を貰ってしまったが、俺達の馬車は元気に進む。

 そして、そろそろ森を抜けようか、という頃。

「……あれっ?た、タスク様!何か映った!」

 エピがそこで、慌てたように俺遠見の魔鏡を見せてきた。

「どうして?さっきは何も……あっ!」

 そういえば、ジジイ、言ってたよな。

『或いは、ぼんやりと眺めていれば、魔鏡が拾ってきた、遠いどこかを覗くことができるかもしれません。極たまに、ですが』と。

 成程、今がその『極たまに』なんだな!

 俺もエピも、遠見の魔鏡を揃って覗き込む。

 ……そこには。




「魔王様。神の玉梓を狙ってプリンティアへ赴いた石の悪魔より送られてきた物の解析が終了致しました」

「……これは何だ。パンに似ているが」

「はっ。魔王城の見識者100体による綿密な調査の結果、これは毒も薬も入っておらぬ、正真正銘ただのパンであることが判明いたしました」

「成程、ただのパンか」

「ただのパンです」

「……何故、ただのパンを送ってきた?」

「……さあ……?」


「だが美味い」

「それはようございましたが魔王様、いくら保存魔法が掛けられていたとはいえ、そのパンは2週間ほど前のパンですよ」




 ……。

「見なかったことにしよう」

「うん」

 俺達は魔王城内部の様子なんぞ、見ていない。魔王の姿も見てないし、パン食ってたのも見てない。何も見なかった。いいね?


※魔王城に送られてきたパンについては5話参照

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