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25話

 馬車がゴトゴトと進んでいく。

 賢い馬らしく、俺もエピもしばらく何もしなくても、そのまま進んでくれた。

 おかげで、マルトの町を出てしばらく、俺達は馬車の中に身を隠して進むことができた。

 ……そうして俺達は森の中に突入。流石に馬も自力じゃ進めないと判断したのか、停車。

 ここで丁度いいから休憩を兼ねつつ、エリンに貰った地図を見る。

 俺達はこれから、道じゃない方向へと進んで夏の国……『エスターマ』へと向かう。

 何でそんなことをするのかっつったら、当然、追手が来てたらまずいことこの上ないので、っていう話である。


 俺がマルトに居た事がバレている以上、これからどこへ行くのかを推理されるのは間違いない。

 そして、『国外脱出』っつう1つの定番がすぐ近くにある以上、そっちは警戒されるだろう、と考えられる。

 ならばほとぼりが冷めてから、っていうのも考えたが、そんなに長い間見つからずに安全に居られる場所も無いので仕方ない。ならば、できるだけ目立たないルートでさっさと移動するに限る。

「この森を抜けていけば、エスターマ王国に着くのね」

「さらばプリンティア、だな」

 ということで俺達は、これからこの森の中をつっきるわけだ。

「補給地点は……無いのか」

「まあ、町やお宿があるルートはすぐ見つかっちゃうもんね」

 ただ、当然だが森の中。町も宿も道もありはしないのである。

 ……いや。

「道はあるな」

「エリンさんが言ってたよ。昔はこの森の中に小さな町があったんだって。だから道の名残もあって、少しは移動しやすいって」

 成程、消えた町の名残を辿っていくのか。それならば、生きている町を辿るよりは見つかりにくくて、道なき道を行くよりはずっと行きやすい。丁度いいバランスだな。

「町の名残が残ってれば野営するよりもマシかもな」

「ね。馬車はあるけれど、壁と屋根とお布団があるのはまた別だもんね」

 ま、補給地点としての期待はあんまりできないけどな。野営地としてはそこそこに機能してくれるかもしれないし、そういう意味でもいいバランスだよな。

「ほら、タスク様、見て見て」

 エピが示す地図上に、小さく印がある。

「『ランジュリア』。あー、消えた町の名前か」

「なんで消えちゃったんだろうね」

 印には、『ランジュリア』と、町の名前。それから、その上につけられたバツ印。

 立地もよくよく見れば、悪い、という程でもない。森の中にあるのは、エスターマ王国の方にある大きな都市とマルトやブーレを繋いだ線上故に、ということのようだし、元々は街道があったのだから、その街道が使われなくなる理由にはならないよな。町が消えた後でも宿が残っていても良さそうなものだが。他の町との中継地としてちゃんと働いていたなら、消える理由も無いよな?

 ということで、この町、ランジュリアが消えてしまった理由も気になるが……。

「……疫病で滅びたとかじゃないといいな……」

「うん……」

 滅びた理由によっては、俺、行きたくねえ!




 夕方ごろ、森に入って少しした辺りから、雨が降り始めた。

 俺達は馬車だから、雨もそこまで苦にならない。湿っぽくて寒いぐらいである。

「ちょっと肌寒いね……」

「大丈夫か、エピ」

「うん。平気」

 俺はまあ平気なんだが、平気と言いつつエピは震えている。エピは半袖だしな。ちょっと辛いか。

「ほら、着とけ着とけ」

 雨避けの外套を脱いでエピに被せると、エピはわたわた、と動きながら外套を羽織った。

「……あれっ?でもタスク様、寒くないの?」

「まあ、俺は長袖だし」

 尚、俺の恰好はこの世界に召喚された時から大して変わっていない。

 シャツにパーカー着てるので、その上に外套まで着なくても別に寒くない。

「あの、もうちょっとそっちに寄ってもいい?近い方があったかそうなんだけれど……」

「まあ別にいいけど」

 エピの申し出を断る理由も無い。許可すると、エピは、ぱっと表情を明るくして、俺の傍まで寄って来て座った。

「……えへへ、あったかい」

「そいつは良かった」

 しとしとと雨が降り注ぐ中、森は非常に静かであった。




 静かな森は夜になって、より一層静かになった。

「どうしよう。このお天気じゃ、火を焚く訳にもいかないよね。このまま野営かなあ」

 狭い馬車だが、2人寝っ転がるスペースはある。最早プライバシーとか気にする余裕はないのでそこは考えないものとするが。

「うー、雨、止まないね……」

 外は相変わらずの雨模様であった。

 雨足は強くこそならないものの、弱まることも無い。

 しとしと、と、静かに一定量、雨が降り続けるばかりである。

「……地面掘って潜るか?」

「地面、葉っぱが積もってるけれど大丈夫?」

「駄目だった」

 そして頼みのパン穴式住居も、この森の中では作りにくい。

 石ならパンにできるが、葉っぱたっぷりの地面を完璧にパンにするのは少々きつい。森の中だから、地面は結構深くまで葉っぱや動物の死骸でいっぱいだろうしな。

「とりあえず、馬は大きな木の下に入れてあげて……私達は馬車の中だね」

 ということで仕方ない。適当に雨避けになりそうな木の下に馬車を停めて、ここで一泊することにした。

 ……馬車の中で寝る、っつうのは初体験だったが、雨の音が子守歌代わりになったのか、それともなんだかんだで疲れていたからか、案外すぐに眠ることができた。




 翌朝。

「まだ止んでないね」

「降ってるなあ……」

 雨模様は未だ健在!しとしとと降り続けていた。まさか一晩明けても降ってるとは!


 降ってるが仕方ない。適当なパンで朝食を摂ったら、また道を進む。

「そろそろ、ランジュリアに着くといいんだけど」

「できれば昨夜の内に着きたかったけどな……」

 俺達はとりあえず、消えた町であるランジュリアへ向かっている。

 森の中を続く道の名残を辿って行けば、必ず着くはずなのだから、道に迷う心配は無い。

「あ、あの看板、ランジュリア、って読めるよ、タスク様!すごく薄くなってるけど!」

 そしてエピが、道の脇に打ち捨てられた看板を見つけた。

 滅茶苦茶に古びて文字も碌に読めないような状況だったが、まあ、これで道に迷う心配が無さそうな事が保証されたな。安心してこの道を進もう。




 それから随分進んだか。

 太陽が見えないから、イマイチ時間の感覚が分からん。電波時計とかも無いからな、この世界。時間が分からないっつうのは現代日本人であった俺からするとちょっと不安な感覚である。

「まだ止まない……うーん、ずっと降ってるよね」

 そして、雨は降り止まない。すごい。一体何ミリリットル降ってるんだ。これ、近くの川とか氾濫しないか?大丈夫か?

「おかげで視界も良くないしな……」

 雨はそう激しくないが、しとしとと降り注ぐ雨が白っぽく視界を霞ませて、今一つ、道の先の方が見えにくい。ただでさえ森の中だから視界は悪いんだが、それに輪を掛けて視界が悪い!


「……あ」

 だが、そんな中でもエピがふと、声を上げた。

「タスク様!見えた!多分、あれじゃない?」

「どれ?」

「ほら、あそこに屋根がうっすら見えるよ!」

「ど、どれ?」

「あの木の隙間から見えると思う!」

「……どれ……?」

 村の子エピは、俺より遥かに目が良かった。

 異世界人かつ現代っ子の俺はそこまで目が良くも無く、消えた村ランジュリアを視認するまでにそれから更に少し掛かったのだった。




 かつかつ、と、馬の蹄が石畳を打つ音が響く。

 俺達は町の跡に着いていた。……ただ。

「消えた町……なのか?これが?」

「もっと廃墟になってると思ってた……まだ建物、結構残っているのね……」

 ランジュリア。何らかの理由で、消えた町だ、と、聞いていたのだが。

 その実態は、『ゴーストタウン』とでも言うべきか……。

 人が居ないだけで、町自体は、形が結構、残っていたのであった。




 人が居ないのをいいことに、適当な家を借りることにした。

 家は石造りであったので、建材が腐ったりすることもなく、ほぼそのままの形で残っていた。ありがたく使わせてもらう。馬小屋もあったので、馬はそこで休ませることにした。

「はー、ちょっと温まってきたな」

 暖炉に火をくべると、室内が少し乾いて、暖かくなってきた。

 長い雨は、思っていたよりも俺達の体力を多く奪っていたらしい。エピじゃないが、俺も体が冷えていたようだ。火の暖かさが心地よかった。

「……ねえ、タスク様」

 暖炉の火にあたりながら、エピは釈然としない顔をしていた。

「ん?」

「この町、なんで無くなっちゃったんだろう」

 ……。

 確かに、気にはなる。

 綺麗なまま残っている建物。

 道はあるし、交易もあったなら滅ぶ理由は無い。

 だとしたら、一体、何が。


「雨、ですじゃ」

 突如、誰かの声が背後から聞こえ、俺達は大層驚かされた。

「雨が、この町を滅ぼしたのです」

 ……振り返れば、そこには老人が1人、立っていたのだった。

 尚、老人は生きていた。足があった。びっくりした。幽霊かと思った。


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