24話
汝らに永遠に幸いあれ。剣と敵が遠ざかるように。
救世主の井末君と、俺を召喚した中の1人。
最悪の組み合わせである。なんでよりによってこの2人を組み合わせた!
「あの2人を知っているのか、ぺモロ!」
「あ、イスエ様、そのですね……」
だがしかし!向こうも向こうでなんか困ってるらしい!
……ああ、何で困ってるのか、なんとなく分かった。
要は、『できそこないの救世主は殺されていた』っつう事実は明かしたくないんだろうな、あのおっさん。ぺモロっていうらしいけれど。
「……そ、そうです!あの男は悪魔!我らプリンティア魔道団が追い続けていた邪教徒なのです!」
「何っ!?パンの精霊じゃなかったのか!?」
「違います!」
それで貫き通そうとした俺の頭もどうかしてるが、それ以上に信じちまったお前の頭どうかしてるぞ。
「しかし、その邪教徒が何故、春の精霊様と共に……?」
「な、あの娘は春の精霊様なのですか!?」
違います!
何だよ!俺の方はパンの精霊じゃないっつった癖に、エピの方は春の精霊様でいいのかよ!
「まさか……あの邪教徒、春の精霊様を誘拐して……!」
違います!
俺にばっかあらぬ疑いをかけるんじゃあない!
「……ならば、お助けしなければ!者共!出て来い!」
だが、そんな俺の心の叫びも空しく、馬車の中からはぞろぞろと、兵士達が出てくる。
鎧に盾に剣を装備した、揃いの恰好の兵士達だ。誰一人としてフライパンとかいうふざけた装備の奴はいない。
「ど、どうしよう、タスク様!兵士さん達、こっちに来る!」
兵士達は馬車のそばを離れ、俺達の居るやぐらの方へとやってくる。
「あの男を殺せ!」
そして兵士達に、井末君から命令が下った。
ここで俺は考える。
これさあ……もしかしたら、『俺の手の甲を見せる』ことで、色々と解決しちまうんじゃないか、と。
俺が『救世主』であることを示せれば、この場での嫌疑が晴れる。
井末は恐らく、俺の素性を一切知らないのだろうし、救世主がハズレ能力だったら殺処分されてるってことも知らないのだろうと思う。そうでなかったら、あのぺモロっておっさんは、井末にわざわざ嘘をつかないはずだ。
……つまり。
この場で俺が『救世主』であると公開して、困るのはただ1人。ぺモロだけって事になる。
俺が『救世主』であって、更にはその能力がハズレだったから殺されかけたなんて、公開されても俺は困らないしな!民衆だって困らないだろうし、井末はショックこそ受けるだろうが、困りはしないだろう。多分。困ってもいいけど。
よってここでの最適解は、『手の甲にある救世主の能力の紋章を見せる』ことになる!
……が、それは、『ここでの』最適解でしかない。
もし。
俺が救世主の紋章を公開したとして。
……その情報を、プリンティアの国王や俺を召喚した連中が、『犠牲を払ったとしても隠蔽したい』と思ってしまった場合。
花の町マルトは、ぺモロをはじめとしたプリンティア国王周辺組織によって『口封じ』されかねない。そうは考えられないか?
俺が『邪教徒』だと叫ぶぺモロ。
困惑と使命感と、もしかしたら憎しみか何かまで混ざった視線を向けてくる井末。
ざわつく町の人々。
心配そうなエピ。
……このまま逃げるか?不可能じゃないはずだ。エピの能力で空を飛んでもらって、一緒に空路である程度逃げる。可能だ。多分、それは可能だ。
だが、それじゃあ意味が無い。
民衆に疑惑を残したままこの町を去ったんじゃ、意味が無い。
敵を増やしちゃいけない。俺はこれから、味方を増やしていきたいのだから。
プリンティア国王が、『口封じ』できないくらいの人数を、俺の味方にしなければならないのだから。
だから。
俺はここで、『疑惑を晴らす』。そして『俺を守る』。更に、『マルトの町は巻き込まない』。そういう手段を択ばなければならない。
即ち。
「……ああ、そうだよ!そうとも!俺は『邪教徒』だ!」
花のやぐらの上に立ち、眼下の人々に向けて、叫ぶ。
「俺は!『カニパ○は美味しいぞ教』を広めるために!この町へやってきたああああああああっ!」
広場が静まり返った。
人々は、自分の手にあるパンを見る。
俺がさっきまで散々、『カ○パン食えカニパ○。美味いし可愛いし面白いだろうが○ニパン。いいだろカ○パン。さあお前らもカニ○ン教に帰依したまえ』とか自棄になって言いつつ配っていた代物である。
……ふと、誰かが笑い出した。
「っははははは!確かにタスクさんは邪教徒だなあ!はははははは!」
それを皮切りに、その場が笑いに包まれる。
「なーんだー、そういうことだったのねー!」
「確かに魔物の形に見えるよなあ、これ」
「いや、確かに美味いんだけどよお……なんかよお……」
「うるせええええええ!カニ○ンは可愛いだろうが!可愛いだろうがああああああ!」
この世界の人間曰く、『魔物の形に見える』という○ニパン。そして、そのカニパ○をこよなく愛する俺。
……別に俺、本当にカ○パン教をこの世界に根付かせるための宣教活動をしても一向に構わないくらいだし、実際に宣教活動(の体をとったジョークだったし、実際ジョークだと思われていたが)をさっきまでしていたので、もう、実績バッチリである。
つまり。『そういうジョーク』。
俺が邪教徒だっつうのは、そういうジョークなのである。
「なっ、違う!違うぞ!あの男は邪悪な!」
「ははは、もういいっていいって。アンタもこのパンの形が魔物に見えたんだもんな?実際そういう形だもんな、タスクさんをそういう奴だと思ったって仕方ねえよ。あの人変わってるし」
「そうではない!そうではなくてだなあ!」
「勘違いしたって無理はないわ。ね、あなたも飲みなさいよ。このワイン、美味しいわよ?」
……そして、この状況。
要は、祭の空気と酒と酒と酒で酔っぱらいまくった連中に、何を言っても、無駄である。
元々が嘘なんだから、ぺモロの言葉は一向に真に受けられない。
「俺はカニ○ンを布教するぞー!その為に邪教徒と呼ばれるなら仕方ない!さあ、皆!カニ○ンを食え!食うのだー!」
俺が煽ってカ○パンを撒けば、民衆は笑いと共に「カ○パン!カニパ○!」とカニパ○コールまでしてくれた。
最早、『あー、そういう勘違いしちゃってたのね、このおっさん』ぐらいに受け止められて、和やかに祭りの空気と○ニパンコールに巻き込まれて行くぺモロ。
恐るべし、酔っ払いの力と、カニ○ンの御威光。
「ええいっ!ここで見つけた以上、見逃すわけにはいかんのだっ!ここで殺してやる!」
だが、ぺモロはそんな民衆を掻き分け、突き飛ばし、進む。
兵士達が命じられて、民衆を押しのけ、時には暴力によって、俺への道を作り始めた。
「お待ちください!」
だが、兵士達は止められた。
「今、やぐらの上にいらっしゃる方達はマルトの町を救って下さった方々です!」
兵士達の前に進み出たのは、マルト領主だった。
「そうだそうだ!俺達の救世主様をどうしようってんだ!」
「恩人を殺すたあ、聞き捨てならねえなあ!」
更に、町の人々も兵士の前に立ちふさがる。
「タスクさんは凄いんだぞ!魔物は倒すしパンは美味いし!」
「パンうめえ!」
「酒もうめえ!」
……酔っぱらって気が大きくなっている人達の壁は、厚い。
さらに全員酔っぱらっているもんだから、それぞれ、ワインの瓶だの、農具だの、ちょっと頑張れば普通に兵士に怪我をさせられるようなものを携えている。
兵士達も踏み込みあぐねてしまう。そりゃそうだ。民衆を守るべきが兵士であるのに、その民衆が立ちはだかっている。そして民衆は武装しているのだから。
「あなたはマルトの領主殿ですね?その道を開けて頂きたい。あの男は危険です。皆さんは騙されている!」
兵士達が街の人々に止められている間に、領主と井末が対面した。
「お断り致します!いくら王国の使いの方であったとしても、ここで退いては末代までの恥!恩を仇で返すような真似は致しません!」
相手が王都の使いだと分かっていても、領主は退かずにいてくれた。
「それに、今日は祭りです。春の精霊様を讃える祭りの日に、どうか、そんなことは仰らないで頂きたい!春の精霊様が悲しみますよ!」
さらに、静かに続けられた言葉に、井末が言葉に詰まる。
……井末は、俺の隣、エピを見ていた。
エピは、半泣きでおろおろとしている。
……。
井末は、止まった。
ナイスだ、エピ。
「タスクさん、エピさん!こっちです!」
見れば、やぐらのど真ん中からエリンが登ってきたところだった。
「このままやぐらの中を通って下に下りて、そこから脱出してください!広場の裏に馬車を用意しています!お使いください!」
「いいのか?」
「ええ!あの人達はここで食い止めます!……事情は詳しく分かりませんが、私とて領主の娘!恩を仇で返すような真似は致しません!」
エリンはにっこりと笑って、そう言った。
エリンは俺達を案内して、広場を抜け……そのまま、町はずれに停めてあった馬車に俺達を押し込んだ。
「このまま夏の国エスターマへと行かれるならば、回り道をして行かれるといいかと。真っ直ぐ行っては、きっと追いつかれてしまいますから」
そして俺達に地図を渡すと、馬車から離れて、深々と、お辞儀をした。
「タスクさん、エピさん。この御恩、決して忘れません。あなた達の優しさも、明るさも。そして私達は、あなた方が救って下さったこの町も、花祭りも、途絶えさせることなく守り続けます!」
「無理はしないでくれよ?俺を守って滅ぶようなことはしないでくれ。今の人達、王都の人達だし」
「いいえ!あの程度のおじさん程度!マルト総出で叩きのめしてやります!」
「もうちょっと穏便に。ね。穏便に」
「いいえいいえ!ぼこぼこに!ぼこぼこにします!」
意気込むエリンを宥めて苦笑いしつつ、俺は思う。
……多分、この町は大丈夫だ。きっとずっと、俺の味方で居てくれる、と思う。
「……次の花祭りにも、来れたら来るよ」
「はい。是非。その時にはもっと盛大に歓迎いたしますから」
馬車を発車させつつ、エリンは手を振る。
「どうか、旅のご無事をお祈りしています!」
俺達も、馬車の中から手を振った。
「マルトの町とカニ○ンに、永遠に幸いあれーっ!」