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23話

どうか神が天の露と地の産み出す豊かなものパンとぶどう酒とカニ○ンをお前達に与えてくださるように

『見よ!我が根はこの町へと広がっていく!人間など、植物の餌食になるべきちっぽけな存在なのだああああ!』

 でかい花が叫ぶと、町の方で何かが壊れるような音や、人の悲鳴が響く。町の方へといつの間にか伸びた根が、町を破壊しているらしい。

 だが、そこまでだ。


 ワインは救世主の血。パンは救世主の肉。

 だから、血と肉は、ワインだのパンだのにできない。何故ならば血や肉は既に、『ワイン』であり、『パン』であるから。

 ……だが。

 植物に流れているものは、ワインではない。

 果汁はワインではない。草の汁だってワインではない。

 ということは、これからワインになり得る液体なのである。




『な、なに、ぐ、あ……な……な……?』

 花が目の前で、みるみるしおれていく。

 それと同時に、俺達を拘束していた蔦も、しおれて、緩んでいく。

 俺達が蔦から脱出した頃には、花はすっかりしおれてしまっていた。

『な……にを……し……』

「何、ちょっとばかり維管束の水をワインにしただけさ」

 すると、浸透圧で細胞内の水が維管束の方に移動しちまうからな。結果、植物は皆、しおれちまうということである。

 どさり、と、案外軽いような音と共に、でかい花の魔物は倒れ、息絶えた。

 てめーの敗因はただ1つ!流れていたのが血液じゃなかったこと!ただそれだけだ!

 ……血が流れてたら、負けてたかもな。おおこわいこわい。




「本当にどうもありがとうございました。あなた達は私達の……マルトの町の恩人です」

 高く昇った太陽の下、焦げて香ばしい香りを漂わせるパンの山の残骸の傍ら。

 俺とエピは、マルト領主に深々と頭を下げられていた。

「エリンから聞いております。何やら、プリンティアの兵に追われている、とか」

「微妙に違う気もしますが大体合ってます」

 兵に追われてるってよりは、国王に追われてるんだよなあ、多分……。

「ならば、我らもお手伝いできることがあるかと。マルトはブーレや王都と比べたら小さな町ではありますが、花の町としての伝統と誇りがございます。タスク様とエピ様に何かあった時、国王陛下へ口添えをする程度の事はさせて頂けるかと」

「それに、マルトの町の皆は、タスクさん達の味方です!だって、助けてもらったんだもの!」

 でも、心配はいらなさそうだな。この人達はきっと、十分すぎるぐらいに俺の力になってくれると思う。

 権力には権力で対抗しないとな!

「ということで、是非、明日の花祭りにご出席ください。町の皆に改めて、我らが救い主を紹介しなければ!」

「そうでなくたって、花祭りはきっと楽しんでもらえると思います。美味しい物もいっぱい用意しますから、楽しみにしていてくださいね!」

 俺とエピは顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 ……ま。

 利害の一致も、俺の身の安全も、美味いものも何も無くったって、祭、ってのは……それも、歓迎されてそこに参加できる、ってなれば。

 楽しみ、だよな。うん。




 領主の家がバーニングパンになった以上、寝る所が無い。

 なので、その日の内に町のあちこちにある倉庫なりなんなりにそれぞれが泊まることになった。

 俺達も、昨夜泊まった倉庫(ただし微妙に壊れたりしている!)に泊めてもらえる事になったので、そこへ向かう。

 ……その道中。

「あっ!あんたがタスクさんだね!」

「私達の町と領主様たちを守ってくれてありがとう!」

 あちこちから笑顔と感謝の言葉を貰ってしまった。

 マルトの町は、植物の根によって、多少なりとも破壊されてしまっているが、幸いなことに死人は無かったらしい。

 ……そして、『攻撃された』以上、人々は『魔物の襲来があった』事を知ってしまった。

 そして、その魔物が、俺達によって退けられた、ということも。

「う、うーん……ちょっと恥ずかしいね、タスク様」

「同感だ……」

 良い事なんだけどな?俺の状況を考えると、俺の顔を見て、感謝を述べてくれるような人が増えるのは、良い事なんだけどな?それに、人を救えた、っていうのは、まあ、悪い気分じゃない。でもな?

 ……でも、なんか、こう……気まずい。




 気まずいながらも一晩ゆっくり休んで、翌日。

「……うわあ……!素敵!」

 朝、目が覚めて窓を開けたら、そこには昨日までとは異なる風景が広がっていた。

 町は花で溢れていた。

 家の戸に掛けられた花のリース。

 町の中央に建てられた花のやぐら。

 町行く娘は髪に花を飾り、青年たちは花束を意中の娘に渡しにいく。

 子供達は歌いながら踊りながら、花びらを撒いて駆け回る。

 おっさんとおばさんは華やかさが無いが、屋台で何か作ったり、はしゃぎ過ぎた子供を叱ったりしている。まあ、のどかな風景だよな。

 壊れた石畳やひび割れた壁さえも花や蔓で覆われて隠されて、昨日の災禍の残り香はすっかり消え失せていた。

「ねえ、タスク様!外、花の香りでいっぱい!」

「本当に、花の町だな」

 花の町の花祭り。

 想像していたよりも遥かに華やかで美しい光景であった。

「タスク様!いこ!」

 エピに手を引かれて、町に出る。

 まあ、折角だから楽しまないとな。




「楽しんでおられますか?」

 祭りの最中に飛び込んで、屋台を冷やかしたり花飾りを眺めたりして過ごしていたところ、マルト領主……つまり、エリンのお父さんがやってきた。隣にはエリンも居る。

「ええ!すっごく!」

「楽しんでもらえているなら嬉しいです。この花祭り、私もすごく楽しみにしていたんです。規模は縮小してしまったけれど、それでもちゃんと開催できて、本当によかった」

 ……もしかしたら、この花祭りは、本当だったら開かれなかったかもしれないのか。

 そう考えると、自分がやった事の大きさを少しばかり、感じる。

 実感があるかっつうと無いんだけれど。

「これでも小さくなっちゃってるの?」

 エピが尋ねると、エリンは少し寂しそうに頷いた。

「魔物の根が、町の食糧庫を狙って破壊していったので……食べ物が少し、質素なんです。お酒の樽も壊れちゃったから無しです。仕方ないのだけれど……」

 ……言われてみれば、町の屋台はまばらである。これがデフォルトじゃあないんだろうな。

 作っている物も、そんなに物資が無くても作れそうな物ばかりだ。花の蜜を煮詰めた飴とか、花びらの砂糖菓子とか。

「ああ、ご心配なさらず!蓄えはそこそこに御座います。飢えて死ぬような事にはなりませんから!」

 領主はそう言うが……。

 ……エピと顔を見合わせる。

 折角なら、祭りはこう、ぱーっ、と、美味い物食って酔っぱらえた方がいいよな?




「えっ、す、すごい!どこからこんなにたくさん!?」

 元・石畳です、とは言うまい。

「いっぱい食べてね!いっぱいあるから!」

 俺が壊れた石畳や石壁なんか……つまり、これから撤去しなければならないような瓦礫の類を菓子パンや総菜パンやカニ○ンなんかにしてエピに渡し、エピが街の人々に配っていく。

「こっちにはワインまで!」

「それに、相当な上物だぞ!?」

 尚、俺の能力によって水瓶がいくつか消えた。代わりにワイン瓶ができたが。

「た、タスクさん、これは一体……」

 エリンが感極まったような顔で俺を見つめているので、まあ、曖昧に笑って返しておく。

「パンの精霊様のご加護じゃねえかなあ」




 そうして花祭りはパン祭へと変貌を遂げた。マルトの春のパン祭である。

 人々の活気は先ほどまでを凌駕して、大きな盛り上がりを見せていた。

 ……単純に、酔っ払いが増えたっつうだけの話かもしれんが。

「ははは!美味い酒だなあ!」

「こっちのパンも美味しいよ!中にとろんって甘くて美味しいのが入ってる!」

「こっちのパンはサクサクして甘くて美味しい!」

「このパン、変な形……」

「何だろうな、このパン。魔物の形か?いや、美味いんだが……」

 花とワインとパンによって、人々の笑顔が増えていく。

 なんつうか、こういうのを見ていると、俺の能力も悪くないような気がしてくるから危ないよな。

「ねえ、タスク様」

 気づけばエピが俺を見ていた。

「……あのパン、なんであんなにいっぱいあるの……?クリームパンじゃだめなの……?」

 ……。

「いいじゃねえか○ニパン。美味いじゃねえかカ○パン」

 それでも俺はカ○パンの布教をやめない。




「タスクさん、エピさん。本当に、あなた方には何とお礼を申し上げたら良いのか」

 やってきた領主の手には、カニ○ン。よしよし。分かってるじゃねえか。

「あなた方は町を二度も救って下さった。人の命と、祭を楽しむ為の人の心と。二度も」

「いいのよ!だって私達も花祭り、楽しみにしてたんだもの!」

 エピの裏表のない笑顔に、領主もつられるように笑顔を浮かべる。

 そして、ふと、気づいたように手を打った。

「おお、そうだ!タスクさん、エピさん。こんな事ではお礼には到底足りませんが、是非、花やぐらに登ってみませんかな?いい眺めですよ!」

「花やぐら?」

 広場の真ん中にある、花でできた塔みたいな奴か。

「登る!登ります!わあーっ!素敵ーっ!」

 エピは大喜びで申し出を受け、やぐらの梯子を上っていった。

 俺も続いて登ってみると、成程。確かに良い眺めだ。

 この町はそんなに高い建物が無い。だから、そんなに高くないやぐらからでも、町が簡単に一望できる。

 町の外側に広がる花畑も、町の裏道も、花のアーチで飾られた大通りも……その中をやってくる、何やら見覚えのある、馬車も。

「……やばい」

「わ、忘れてた……!」

 俺達の眼下で、人々が道を開けていくのが見える。

 そこを馬車がやってきて……中から人々が、下りてきた。

 ……そして、俺達を見て。

「春の精霊様!こんなところに!」

「き、貴様っ!生きていたのかっ!?」

 ……。

 片や、救世主の井末君。

 そして叫んだもう1人は……俺召喚陣の周りに居た、魔法使いみたいな恰好をしたおっさんの内の1人、だと、思う。


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