22話
そして俺達は屋敷の近くまで来ていた。
「あ、あれは魔物ですね……見張りでしょう」
「ごめん、サッパリほかの植物と魔物の区別がつかない」
が、見張りと庭の植物との区別がつかなかった。
エリン曰く。
あの、赤地に白の水玉模様のパックンなフラワーは、魔物じゃないらしい。
あれが魔物じゃないなら大抵のものは全部魔物じゃないことになりそうな気もするんだが、まあ、とにかくアレは魔物じゃない、と。
……つまりどういう事が起きているか、というと、俺達の目には魔物と普通の農作物の区別がつかないのである。
いやだってさあ、普通に自力でウゴウゴ動きまくってる植物だらけの中に敵の植物があるってさあ、もう、分かんねえよ!
「魔物は皆、悪しき魔力を持っていますから」
エリン曰く、そういうことらしいが……正直、俺にはその悪しき魔力ってのがサッパリ分からん。
「ご、ごめんなさい、私も分かんない……」
そして、魔法を使えないエピもまた、サッパリらしかった。
……うん。
とりあえず、エリンの指示に従っていくつかの植物をぼこぼこにした結果、なんとか、俺達は屋敷の外壁にまでたどり着くことができた。
……ここで、屋敷の外観について解説しよう。
このお屋敷は、石造りである。領主の家だから、長持ちするように、と、石の柱、石のレンガに石粉の漆喰で作り上げた家らしい。尚、屋根もスレート葺きだから石だ。プリンティアの国内では総石造りって珍しいらしいから、すっごく運が良いな。
……そして更に運のよいことに、この屋敷。
平屋建てである。
「エリン。なんでもする覚悟って言ったよな?」
「は、はい!」
「じゃあ、人命救助、魔物退治の為なら、莫大な金も払えるな?」
「勿論です!人の命や平和はお金に代えられませんから!なんなら、この屋敷ごと、全ての資産を差し上げてもかまいませんっ!」
「その言葉が聞きたかった」
確認もしっかりとれたところで、俺は満面の笑みで、外壁に手をつく。
エピは何とも言えない顔で、エリンを連れて離れる。
そして屋敷はパンになった。
『おわああああああああ!?』
『な、なんだ!?何が起こっている!?』
『足が!沈む!』
『根っこが床に絡まって動けませんー!』
……パンと化した屋敷の中から、そんな声が聞こえてくる。
そしてそんな声を覆い尽くさんとばかりに、パンと化した屋根が降り注ぐ。
『きゃー!』
『親分ー!パンがー!空からパンが降ってきますー!』
『落ち着け!落ち着くのだあああああ!』
『ああああ!親分が地面に沈んでいくー!』
『親分一番重いからー!』
……。
「すっげえ、いい気分」
「やっちゃったね、タスク様……」
丸ごと一軒、屋敷が全部パンになるってのは、中々に爽快な眺めであった。
「や、屋敷が、パンに……?」
……屋敷の住人であったエリンには申し訳ない事をしたが。
「……素敵!おとぎ話みたい!」
あ、そうでもなかった。
その後、エリンの導きによって、屋敷の一画……『恐らく、人質が集められているならばあの部屋だろう』という部屋の方へ向かい、そこからパンに埋もれた人質たちを助け出した。うん、魔物から、っていうよりは、パンから。
「おお、一体何が起きたのだ……」
「お父様!こちらの方々が助けて下さったのです!」
パンの中からパン屑まみれになった人達が出てくると、その中にエリンの親父さん、つまり、マルトの領主さんも居たらしい。よかったな。感動の再会だ。
「なんと!ああ、旅のお方よ。お礼を申し上げます。皆を救って頂いて、娘に力を貸して頂いて、本当に……」
……だが。
『ぬおおおおおおお!おのれえええええええ!』
野太い雄叫びが、俺達の感動のシーンを遮った。
見れば、パンの塊を盛大に空へ打ち上げながら、パンの山から現れた……でっかい、でっかい、花が居たのだった。
そりゃパンに埋もれただけだからな。人が生きてるんだから魔物だって生きてるよな!
「まずい!魔物はまだ生きていたのか!エリン、皆を避難させなさい!」
「いいえ!お父様こそ避難を!あの魔物にお父様が勝てるわけがありません!」
「言ってくれるじゃないか娘よ!だがその通りだ!私は皆の避難を手伝う!」
割り切るのが非常に上手と見える領主殿は、潔く魔物に背を向け、パンから救出された人達を率いて遠くへと離れていった。
「……さあ、タスク様。どうする?くるよ!」
そうして魔物に向かう、俺達3人。
フライパン使いと、鞭使いと、ハンマー使いである。
……魔法使いとか、欲しいよね……。
だが、魔法使いは居ないが……魔法のアイテムは、ある!
そして!人質は既に救出済みだ!
ならば迷う事などもう何も無い!
「とりあえず火を放てええええええええ!」
「パンが燃えてる」
「すごくいい匂いがしますね」
塩バターパンにしたからな。つまり、バターがたっぷり染み込んで、じゅわっと油気と塩味とバターの風味が広がる美味しいパンだ。
美味しいし、バターがたっぷり染み込んでる分、燃えやすい。すごく。
今、俺達の目の前では、塩バターパンの山が凄い勢いで炎上しているところである。
屋敷がパンになって炎上する。自分でやっておいてなんだが、もう何が何だか分からない。
野営用に買い込んであった火の魔法札を取り出しては発動させて、パンの山に放り込む。それだけでこれなのだから、中々によろしい攻略法であった。
「それに、植物の魔物相手なら、火が一番いいだろ」
「そうだね」
エリンを追いかけていたのが木の魔物だった時点で、この策は考えてあった。
相手が植物なら、さぞ、火には弱い事だろう。
……現に今、燃え上がるパンの中からは、植物モンスターの物と思しき悲鳴が上がっているし、パンの山から出てきたばかりのでっかい花の魔物も、足元から焼かれてワタワタしていた。ははは、良い眺めだ。
「あっ、タスク様!パンから魔物が出てくるよ!」
そうこうしている内に、パンの中からあぶり出された魔物が必死に逃げてきた。
「よーし!出てきた奴から囲んで3人で叩くぞ!常に1対3で戦え!騎士道精神なんて知ったこっちゃねえ!各個撃破だ!」
「はーい!」
なのでそいつらを3人で寄って集ってぼこぼこにする。
慈悲は無い。騎士道精神も博愛の精神も良心の欠片も無い。ははは。
卑怯なようだが、とりあえず、雑魚は全員焼け死ぬか、撲殺されてそこらへんに転がったと思われる。
『おのれええええ!よくも、よくもおおおおおお!』
あと、残っているのはただ1体。
一番でっかい、ボスらしき花の魔物だけである!
よし!あいつぶっ殺して血祭りに……いや、花だから血じゃねえな。
びゅ、と空気を裂く音が響き、俺達の間に植物の蔓が叩きこまれた。
俺達はそれをなんとか避けるが、その次の瞬間には、横から別の蔓が飛んできていた。
それを掻い潜ると、また、上から。横から。
次々に植物の蔓が鞭のように襲い掛かってくる。
「えっ!?こいつ、こんなに蔓あったっけ!?」
さっき見た時はこんなにたくさん生えてなかったと思うが!
『ふはは!植物の生命力を舐めるな!』
もしかしてこの花、今、現在進行形で色々生やしてるって事なんだろうか。そう考えると非常に気持ち悪いのだが。
「どうしましょう!私のハンマーでは届きません!」
……しかし、相手のでかさが非常に問題だ。
蔓が長い。
つまり、リーチが非常に長い。
俺達は無数の蔓の猛攻を掻い潜っていかないと、花に攻撃することができない。
くそ、本当に魔法使いとかが居ればな!
「いっそもう一丁燃やすか?」
「あんなに暴れてるんですもの、駄目です!」
となると、あと、俺達にできることは……。
「タスク様!私、また飛んでみる!上から狙ってみるから、隙ができたら攻撃して!」
見れば、エピがまた、春の精霊の力を使って、空へと舞い上がるところだった。
エピの機動力は非常に高かった。
飛んでくる蔓を避け、時には鞭で叩き落として、花の本体……花弁が揃うそこへ向かって飛んでいく。
『小癪な!』
花の魔物が慄いたその一瞬。
エピの鞭が翻り、鋭く、宙を裂く。
エピの鞭は、花の魔物の首を吹き飛ばし、叩き落としていた。
しかし。
「やった……っきゃっ!?」
花を落とされたはずなのに、蔓が動く。
『言っただろう?植物の生命力を、舐めるな、と!』
「エピっ!」
エピは蔓に捕まって、縛り上げられてしまった。
「エピさん!……きゃ!?」
そしてエリンもまた、地面から現れた蔓に捕まって、宙づりにされる。
「うおわっ!?」
さらには俺まで!勘弁してくれ!
『他愛ない!人間など、一度手足を落とされればそれまで!我ら植物は大地より水を吸い、養分を吸って、無限に復活し続けるのだ!』
ギリギリと、蔓が俺達を絞め上げる。
意識が遠のく。血が頭に溜まるような感覚。
ぼーっとして……視界が赤くそまるような感覚があり……俺は、気づいた。
植物に流れているのは、血ではない。