21話
「で、領主の娘さんがなんで魔物に追っかけられてたんだ?」
しかも、ハンマー持って。
「それが……魔物退治に赴いて、そこで返り討ちにあってしまい……このザマです」
ほうほう。魔物退治。
……もう一度、領主の娘さん、エリンが逃げてきた方を見る。
そこには、夕陽をバックに、大きなお屋敷のシルエットがあった。
「……あれが魔物の住処?」
「はい。元・私の家、現・魔物の住処です」
……なんでまた?
「すべては1週間前に始まりました」
つまり、俺達が盗賊団のアジトでバイオハザードしたり救世主したりしてた頃だな。
「その日の夜、突然、私の父……マルト領主の元に来客があったのです。不審にも思いましたが、その客人は困っている様子だったので……父はそれを案じて、客人の話を聞くことにしたんです。でも、その客人は」
「魔物だったんだな?」
エリンが頷く。
うん、この子の親父さんが相当なお人よしだって事は分かったな。
「魔物は正体を現すと、父に要求しました。『花祭りで邪神を祀り讃えよ』と」
ほう。花祭りで。ふんふん。
……。
「そもそも、花祭りって何なんだ?」
「ええと、花祭りは、神と精霊様……特に、プリンティアの国をお守りになっている春の精霊様を祀り讃えるお祭りなのです。その時、春の精霊様の恵みである花々を使って華やかなお祭りにするので、花祭り、となりました」
そうか。神と春の精霊を、ね。
……あんなちゃらんぽらんな精霊祀ってていいんだろうか?
「花祭りは代々、マルトの町の伝統行事として行われてきました。それは、この町が春の精霊様の恵みによって成り立つ町であり、また、春の精霊様によって守られている町だからです。それを、邪神なんて讃えたら……」
「よく分からないけれど、大変なことになるのね?」
「はい!それはもう大変なことになります!きっと春の精霊様はお怒りになるでしょう。神様も……そして、邪神に力を与えるようなことがあっては、町の皆に……いいえ!プリンティアの、世界の皆に、申し訳がありません!」
春の精霊を祀る云々はともかく、邪神を讃えるのはまずいらしい。
何なんだろう。この世界の神とか精霊とかって、祀られたら祀られた分だけパワーアップするの?そういうシステムなの?信仰イズパワーなの?
「父は当然、魔物の要求を断りました。マルト領主として、この世界の人間として、当然のことです。でも……そうしたら、魔物は……屋敷の皆を人質にして……『要求を呑まないなら、花祭りの日にマルトを滅ぼす』と……」
成程。それで、今、夕陽の彼方に見えているお屋敷は『元・私の家、現・魔物の住処』なんだな。
「私は1人、森へ植物採集へ行っていたので助かりました。屋敷の者が託してくれたメッセージを受けて、内部の情報を知り……でも、私1人では屋敷の魔物たちに歯が立たず……先程の通り、魔物に追われて逃げてきたのです」
エリンの話を一通り聞いたところで、エピが俺の服の裾を引き、こっそりと俺に耳打ちした。
「タスク様、助けてあげようよ。このままじゃ、この町、大変なことになっちゃう」
うん。それは俺も思うよ。
ここで何の手も打たずに逃げ出すってのは、俺が俺を許せない。
……だが。
だが、利用できるものは利用しないと、俺はこの先生きのこれないのである。
「状況は分かった。俺達で良ければ力を貸してもいい」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
「構いません!私にできる事なら何でもします!」
意気込むエリンに若干の不安と危なさを覚えるが、構わずに続ける。
「1つ目。もし無事にマルトの町を守りきれたら、町の人達に俺を紹介してほしい」
「……へっ?」
「町を救うのに一役買った、ってな具合に。ちょっとでいいから」
「そ、それは勿論ですが……」
よし。ならOK。
……わざわざ有名になることで、プリンティアの兵士の他、例の救世主の人、井末君にも見つかりやすくなるデメリットがある。
だが、それ以上に……この町全部が俺の味方になってくれるのなら、それは大きな力になるだろう。
「2つ目。もし俺がこの先、プリンティアの王やその配下に狙われて殺されそうになったら、マルトの領主の権力を使って止めて欲しい」
「えっ?な、何か、されたのですか……?」
「俺は普通に生まれて普通に生きてるだけだけどな!」
だが説明はしない!
……こうして、マルトの町に、俺処刑のストッパー役をやってもらう事で、少しでも死亡リスクを減らす試みである。
勿論、俺が『救世主』であることは伏せる。言う意味が無い。わざわざ井末君とやらと対立する必要は無いからな。
俺は只の、『ちょっと町を救ったりしているだけの只の人』。別に救世主でもなんでもない。
だから、プリンティアが殺す理由も無い!……というのが、まあ、落としどころだろうな。俺にとっても、プリンティアの国王やその他、俺を殺そうとしているであろう人にとっても。
「3つ目。……女の子が男に、そう簡単に『なんでもする』とか言っちゃいかん」
「へ……あ、その」
エリンは困った顔をしつつもじもじしているが、俺はそれ以上にもじもじしたい気分なので勘弁して頂きたい!でも言わなきゃいけない気がした!
「……そ、その、み、見くびらないでください!」
が、俺の内心を知ってから知らずか(多分知らない)エリンはそう、大きな声を上げた。
「私はそ、その……必要とあらば、『なんでもする』覚悟です!マルトの町を、皆を、救う為なら……」
そう言いつつも、微妙にぷるぷるしているのが、こう、何と言うか、凄く、俺としては居たたまれない。
すごく!すごく居たたまれない!
「なら、尚更だよ、エリンさん」
エピが間に入って、やんわりした笑顔を浮かべた。
「必要ないもん。タスク様はそういう人じゃないよ。だから、そんな覚悟、しなくていいんだよ。……1人で辛かったよね。でももう大丈夫!私達もがんばる!だからいっしょにがんばろ!」
そう言ってエリンの手を取って、エピは益々笑顔を明るくした。
「……はい。ありがとう、ございます……」
ハンマーを地面に取り落として、エリンは両手で、エピの手を握った。
俯いている顔は見ないようにしてあげよう。その代わりに俺は地面に目を落とし……。
「……!?」
ハンマーが。
ただ取り落としただけで、別に勢いよく地面に向かって投げつけたとかでもないハンマーが。
ハンマーが、ごっつりと、地面に、埋もれているのを見て……その重さを想像し、1人、戦慄するのであった……!
「宿が無いなら、今日はマルト家の倉庫へお泊り下さい。狭い場所ではありますが、仮眠室もあります。酒場で夜を明かすよりはきっと休めると思いますから」
俺達側の宿無し事情を説明したところ、あっさりとそんな申し出を受けてしまった。
ありがてえ!流石、権力者の娘は違うぜ!
「よいしょ。……さあ、こっちです」
……そしてエリンは地面に埋もれたハンマーを軽々と持ち上げて軽く振って土を払い、そのまま俺達を案内し始めたのであった。
こわい。
迷子もとい徘徊していた俺達も、エリンの導きによって無事、町中へと戻ってくることができた。
そしてその中心よりやや外れた場所にある一角。
「ここです。ここにあるものはご自由にお使いくださいね」
なんとも太っ腹な提供っぷりに感謝しつつ、俺達は倉庫とやらの中に入った。
「わー!お花がいっぱい!」
「ドライフラワーです。観賞用のものもありますが、ほとんどは薬用です」
……倉庫には、天井から大量の花が吊り下げられていた。
ドライフラワー、と言うにはちょっと花っぽくなさすぎる植物もあるが。
なんというか、こう、花屋と薬屋を混ぜたような雰囲気だな。
室内はこまめに掃除されていたらしく、そこそこ綺麗だった。
俺達は仮眠室に案内されて、そこで荷解きして少々寛がせてもらう。
……そして今、俺は部屋に1人きりであった。
エリンが「そうだ!今日は是非、ハーブの薬湯にのんびり浸かって下さい!私が調合した入浴剤があるの!」と提案してくれたのである。今、エピは風呂に入っている。
この世界、水の魔法とかが存在するから、比較的風呂事情はマシな方なんだと思う。宿に泊まったら、まあ、沐浴ぐらいは余裕でできた。たっぷりのお湯に浸かる、ってのはできたりできなかったりだったが。
しかし風呂に浸かるのは半分嗜好品扱いなわけである。日本人としては多少、楽しみなようなそうでもないような。
……それから、こう、ほんの一瞬……エピが風呂に入ってる間に魔物の襲撃とかねえかな、って思ったりもしたんだが、流石にそれは無かった。うん。ごめんなさい。
「タスク様ー!あがったよー!」
フライパンの手入れしてたら、エピが戻ってきた。
湯上りの髪やら肌やらがなんとなく目に毒である。
「じゃあ俺入ってくる」
俺もさっさと風呂入って寝よ。そうしよ。
風呂は花とハーブの香りがした。日本っぽくない。
だが久しぶりにゆっくり浸かれる風呂である。嬉しくないわけが無い。
湯船に浸かれば、体がほぐれていく感覚がある。
……花祭りは、明後日だ。
つまり、明日の内に、エリンの家の魔物をどうにかしないといけない。
湯に浸かりながら、ゆっくり考える。
……必要な事は、魔物の殲滅。
更に付け足すならば、1人の死者も出さずに、ってのが望ましい。
となれば……まずは、人質の解放、か?或いは……。
とりあえず。
風呂でたら、エリンに聞いてみないとな。
お屋敷が石造りかどうか。