19話
「トンカツうめえ」
「良かったね、タスク様。……うん、美味しいんだけど。美味しいんだけど……ちょっぴりフクザツな気持ち……」
トンカツうめえ。
宿の人と、戦士の人達と、それからその後、乗合馬車に揺られて偶々運よくタイミングよくやってきた人達とで、ひたすらトンカツを食す会を開催している。
卵は宿の鶏が産んでくれていたのでOKだった。
パン粉は大量にあるので問題なかった。
小麦粉と油は、ナイスタイミングな人達が運んでいたのを分けてもらった。
……が、流石に、豚とはいえ、魔物を食うのは抵抗があったらしい。エピの猛烈な反対によって、豚の魔物を食べるトンカツパーティーは中止されてしまった。
だが天は俺を見捨てなかった!
どうやら盗賊が荒らしたらしい農場から逃げてきたと思しき豚が、脚に怪我を負って死にかけの状態で発見されたのである。
死にかけてるんだから、食った方が、いいよね?
……ということで、トンカツである。只管にトンカツである。
味付けがきつめに付けた塩コショウのみというシンプルさではあるが、それが却って美味い。
分厚い豚肉に噛みつけば、旨味を内包した肉汁が溢れ出て、甘い脂が絡みつく。きつめの塩とも交ざり合い、それらがパン粉のさっくりとした食感と小麦の香ばしさに包まれて、一体の美味さへと変わっていく。
美味い。とりあえず美味い。
パン食ばっかりだと、こういうガシガシした食感の物とか、ジューシーな食感の物とか、あんまり食えないからな。
久しぶりにガッツリ肉食ってる!ってかんじである。
……エピは、豚の魔物を殺した直後に豚を食うって事に微妙に抵抗があったらしいのだが、そう言いつつも食ってるんだからやっぱり美味いんだよな、これ。
さて。
散々トンカツ食って満腹になって、寝て起きて翌日。おはよう。
俺達はようやく、この宿を出発できるわけだ。
「さて。ようやく出発できるな」
「うん。マルトの町……お花がいっぱいの町、すごく楽しみ!」
次の町はマルトの町。花いっぱいの花の町、であるらしい。
そしてマルトの町を経由して、俺達はその先……夏の精霊が居るという、隣国に突入することになるのだ。
「また来てくださいねー!」
「その時はサービスしますから!」
「お元気でー!」
宿の人達に見送られて、俺達は宿を出発した。
多少、乗合馬車がぎゅうぎゅうになったが、まあ、それは仕方ない。
馬車に揺られて半日ちょっと。
俺達はマルトの町までの最後の宿に到着して、そこで休むことになった。
マルトの町から半日かからないくらい、という距離のこの宿は、他の町への中継地になることもあるらしく、前の宿よりもよっぽど賑わっていた。でかい町に近いから、盗賊もここまでは来れなかったらしく、宿は普通に営業していた。
ということで、とりあえず休憩の為、夕飯まで宿の部屋で確認事項の確認だ。
「ところでタスク様、どうしてタスク様は豚さんの血をワインにできなかったんだろう」
エピから素朴な疑問が出た。
これは確認しておいたほうがいいだろうな。今後の事も考えると。
……まあ、見当はついてるんだけど。
「じゃあ、実験と検証だな」
宿の隣の飯屋兼酒場に行って、ワインを1杯貰ってきた。代わりにワイン1瓶提供してきたからWIN-WINである。
それから井戸水を汲んできて、泥水と花を潰して作った色水を用意して、部屋に戻る。
「右から順に、元々ワインだったワイン、井戸水、泥水、色水、だ」
「うん」
用意した液体を適当なカップに入れて、並べる。
「これをワインにしてみよう。まずは、井戸水」
井戸水に対して能力を使うと、井戸水はすぐにワインになった。
「勿論、ワインになる。これは前からやってたからな。分かってたけど」
「じゃあ、次に色水」
色水に対して能力を使う。すると、やっぱり普通にワインになった。
「……お花の香りがしたりも無いね」
「白ワインにしてみたけど、色も特に無いな」
つまり、不純物が混じってようが何だろうが、一律で同じワインになる、ってことだ。
「じゃ、泥水もやってみよう」
同じように泥水に対して能力を使う。
「……普通のワインになっちゃった」
「うん。これには俺も苦笑い」
濁って茶色くなっていた水は、透き通ったワインへと変貌を遂げていた。
「パン粉が沈んだりするかな、って思ったんだけどな。意識の差かも」
「タスク様が『ワインにするぞー』って思ったら、ワインになっちゃうの?」
「多分。やってみるか」
試しに、泥水をもう1杯用意して、今度はパンにするように意識する。
すると。
「わー……パン汁だね」
「パン汁だな」
透明な水の中に、ごく細かいパン粉が混ざっている。そんな奇妙な状態になってしまった。
「泥水はパンにもワインにもなるのか……」
「ちょっと複雑なかんじね」
「じゃ、最後にワインをワインにする」
「えー……」
無駄極まりないが、やってみよう。
貰ってきた赤ワインを、白ワインに変える!
……。
「変わんないね」
「ああ。ビンゴ、ってことだろうな」
結論を言えば、ワインはワインにならなかった。
ふむ。これで1つ、仮説が立ったな。
「俺は多分、『ワインはワインにできない』んだと思う」
エピが首を傾げている。うん。確かに相当変な字面だよね。
「いや、言い換えるなら……『血液は血液にできない』んだ」
「え?ちょっと待って?タスク様の能力は、水をワインに変える事、でしょ?血に、じゃないよね?」
「いや、『ワイン』は『血』なんだよ」
まるで分からん、というような顔をしているエピに、ざっと説明する。
つまり、パンとは救世主の肉であり、ワインとは救世主の血である、と。
「……なんか気持ち悪いね……お肉で、血……」
そういう素直な事を言うんじゃない。
「まあ、要は儀式みたいだけどな。本当に肉だの血だのを食う訳じゃなくて、パンとワインで肉と血を見立てた、表現した、っつうだけの話で」
エピはなんとなく不思議そうな顔をしつつも、とりあえず分かったらしい。
「そっか。つまり、タスク様にとって、『血』と『ワイン』は一緒なのね?」
「まあ、多分。俺にとって、っつうか、この能力にとって、と言うべきか……『血』は『ワイン』と同カテゴリ、ってことだ」
だから、俺は血をワインにすることはできない。何故なら、俺の能力は『ワインじゃない液体をワインにする』能力であり、ワインと同カテゴリである血液は能力の対象外になるからだ。
ややこしいながらも、大体俺の能力について分かったところで、エピの方の話も聞く。
「そういや、エピ。空飛んでたけど、あれ、どうなってるんだ?」
「ええと、春の精霊様の声が聞こえてね?『春風に乗せてあげる』って」
「春風……」
花粉症のイメージしかない。
「ほら、春は風、夏は火、秋は地、冬は水の四元魔力を司っているじゃない?」
「そうなの?」
エピ曰く、『春は風』ってのはこの世界の土着信仰的に常識らしいので、覚えておこう。
「まあ、とりあえずお互い、春の精霊に助けられたな」
「うん。春の精霊様、やっぱり良い人だよね!」
人かどうかはさておきな。
そろそろ日も暮れてきたので、夕食を摂りに行こう。
酒場も兼ねている食堂なので、なんとも騒がしい場所である。だが、まあ、これも風情と言えば風情か。
俺とエピはこの食堂の名物らしいグラタンをつつきつつ、雑談なんぞしていたのだが。
「おい、聞いたか?どうやら盗賊団が解散したらしい」
「ああ、聞いた聞いた」
こんな会話がお隣さんから聞こえてきたら、つい、盗み聞きしてしまう訳である。
「俺は元盗賊の奴から直接聞いたぜ!なんでも、天罰が下って目が覚めた、とか」
「救世主様に導かれて救われた、とかも言ってたな」
俺とエピは、微妙に縮こまりつつ、聞き耳を立てつつ、飯を食い続ける。
噂話は続く。
「救世主様、ねえ。そういや、王都で救世主様が現れた、っつうお触れがあったな。それか」
「まあ、魔王が出てきたっつう話だからな。そろそろだとは思ってたが」
エピにアイコンタクトをとりつつ、『そういうもんなの?』と口の動きだけで聞いてみたところ、エピは頷いた。
どうやら、魔王あるところに救世主あり、みたいなもんらしい。そういうもんか。
「俺、その救世主様を見かけたぜ?ブーレの町の街門のところで、プリンティアの御紋の馬車が出発する所だったからな」
「こっちに向かってんのかな」
「さあなあ。王家の馬車だ。俺達のオンボロ馬車よりよっぽど速いだろうしな。マルトに向かってたとしたら、もうマルトに着いてるかもしれねえ」
……エピにアイコンタクトをとりつつ、『やばくね?』と口の動きだけで言ってみたところ、エピは猛烈に頷いた。
うっかり再会なんかしてみろ。
ロリータオヤジの所に送りつけた恨みを晴らされる!
「どうしよう、タスク様……」
「まあ、出たとこ勝負しかないよな……」
まさか、もうあの救世主の人、ブーレの町を脱出していたとは。早いな。いや、違うか。俺達が盗賊関係で7日以上道草食ってたってだけか!
「もし会っちゃったらどうする?」
「逃げるっきゃないよな……」
暗澹たる面持ちで俺達は顔を見合わせる。
最早、対策らしい対策もとれない。だってどうしようもないからな……。
これも全ては春の精霊のちゃらんぽらん加減のせいである。許すまじ。
でも今回俺達が豚に勝てたのは春の精霊のおかげなのである。許す。
微妙な不安を抱えつつ、就寝。そして起床。おはよう。
適当に朝食を済ませたら出発。
馬車に揺られて、俺達はマルトの町に向かうのだった。
……若干、馬車が窮屈ではあったが!
「……ねえ、タスク様、見て!」
馬車に揺られて2、3時間。ふと、エピが明るい声を上げた。
「すごい!すごいよ!ぜーんぶ、お花畑!」
「どれどれ」
エピに引っ張られつつ、馬車の幌の隙間から外を覗く。
すると、そこには噂に違わぬ風景があった。
花畑。
圧倒的な花畑であった。
色とりどりの花と、その花を栽培し、収穫する人達の姿。この町で花が農作物として扱われ、一つの産業を生み出していることがよく分かる。
花畑の傍らでは女達が収穫された花から花弁だけを摘んだり、選り分けたりしている。そのそばでは子供たちが野の花を摘んで遊んでいるらしい。なんとも平和で穏やかな光景である。
外から風に乗って運ばれてくる花の香りは爽やかで、成程、確かにこの町は訪れる価値が十分にあるな。
「はい、到着しましたよ」
やがて馬車が停車した。花畑に囲まれたここが、マルトの町の玄関口、ということらしい。
待ちきれない、とばかりに馬車を飛び出すエピを追いかけて、俺も馬車を下りる。
「いきましょ!タスク様!」
「おう」
花の町マルト。
何やら面白そうな町であ
「あっ、危ないっ!」
……。
「きゃあああああああ!タスク様あああああああ!」
俺は。
俺は、傍らにあった鉢植えから生えていた……赤地に白の水玉模様の、花だかなんだかよくわからん奴に、ぱっくん、と、頭をかじられていた。
……面白そうな町だぜ!まったくよおっ!