15話
作戦会議を済ませた後、ちょっと準備して、ぐっすり寝て、翌朝。
「盗賊退治をしようと思います!」
朝食の席。宿の人も、同乗者の戦士の人達も居る中で、エピが高らかに宣言!
「……しょ、正気か?」
「相手は盗賊団だぞ?数名の規模じゃない。何十人も居るような組織なんだ。戦って勝てる相手じゃない」
「それに、相手のアジトも分かってないんだぞ?」
好き勝手言われているが、ま、つまり、それらを解決できれば問題ないんだろ?
「まず、相手の数について。これは問題ない。『戦って勝てない』なら、『戦わずして勝つ』方法を選べばいい」
「そ、それはどういう……?」
「それから、アジトについても問題ない。俺達が知らなくても盗賊達は知っているはずだ」
「拷問して口を割らせるのか?」
「そんなことはしない。どうせ、相手が戦えない状況に陥らせるんだ。人員はそんなに必要ない。だから、盗賊達に運んでもらえばいいんだよ」
俺の作戦はこうである。
まず、馬車を一台用意する。どんな馬車でもいいが、『二重底であること』が条件。
次に、パンを用意する。何パンでもいいが、多分、カレーパンだな。要は、『味が多少変でもバレないパン』を選ぶ。
それから、木箱。パンを詰めて、馬車に積む予定だ。
……そして、最後に。
「早速で悪いんだけど、宿のどこかの部屋、サウナにしていい?火を焚いてお湯沸かして、湿っぽくて暖かい部屋が必要なんだが」
「ああ、そりゃ構わないけれどねえ……」
食中毒のつよーい味方!大腸菌群にお出まし願う!
ということで、作戦発表の結果、宿の人も同乗者の戦士の人達も乗ってくれることになった。
「恩は返すと言ったからな」とは、戦士の人のお言葉である。ありがてえ。
宿の人には、廃棄寸前のボロ馬車を貰う事に成功したので、現在、戦士の人達に補修と改造を頼んでいる。
要は、とりあえず盗賊団のアジトに着くまで壊れなくて、かつ、二重底になってればいい。
そこら辺は任せてくれ、とのことだったので、任させてもらうことにした。
そして俺はパンをふやかしていた。
適当に作った具の無いパンにぬるま湯を含ませてふやかす。
ふやけたパンを適当な容器に入れて大量に用意。そして高温多湿の環境で放置。
こうすることにより、間違いなく、菌が繁殖する。はず。
……いや、ちょっと心配だから、トイレ行ってこようかな。いや、特に理由は無いけど。特に理由は無いけど、ちょっとトイレ行ってこようかな!ついでに馬の様子見て、更に宿の牛小屋も見てこようかな!特に何をするわけでもないけれど!
「タスク様!採ってきたよー!」
トイレ諸々の楽しい裏工作から戻って来て作業を終えたところ、エピと宿の人達が、そこら辺の草っ原で毒草を探して採ってきてくれた。エピは村の子だから、こういうのはお手の物らしい。さっすが。
ふやけパンを放置して、細菌に『産めよ育てよ地に満ちよ』をしている間に、毒草の方をやっちまおう。
「匂いは……ちょっと草っぽいか」
「だって草だもの」
そりゃそうだ。
これ、このまま混入しても微妙だな。
菌の方は、どっかにちょこっとでもくっつけば、そこから増えて感染していってくれそうだからいいんだが、毒草由来の毒って、絶対に自己増殖してくれないからな。パンに混入して食わせるところまでやらないといけない。
「じゃあ絞ってクリームパンに混入、ってのでいくか」
クリームパンなら脂質も糖もたっぷりだから、多少の苦味は誤魔化せる。バニラ風味だから、草臭いのも誤魔化せる……。
「ううん!駄目!クリームパンは駄目よ、タスク様!」
が、クリームパン信者のエピからダメ出しを貰ってしまった。
「……じゃあカレーパン」
「カレーパンならいい!」
……ま、まあ、カレーの方が味も香りもあるからな。毒物混入するならカレーは常套手段か……。
中空の草の茎を使って簡易的な注射器みたいなものを作って、毒草搾り汁をカレーパンに注入していくこと十数分。
「おーい。馬車の修理、終わったぞ」
戦士の人の方も作業が終わったらしい。
見に行くと、そこには……ボロいものの、なんとか動きそうな馬車があった。
「で、ご要望通り、底は二重底にしてあるぞ」
だがこの馬車、二重底である。戦士の人が床板を持ち上げてみせてくれたが、その下に人が2人ぐらいは寝っ転がれるスペースが確保されている。覗き穴も小さいが、一応ある。よーし、OK。
「……しかし、本当にいいのか」
「ああ。大丈夫。そっちは馬を連れて逃げてくれれば何の問題も無いよ」
お分かりの通り、この二重底の馬車に隠れて盗賊団のアジトに潜入するのは、俺とエピである。
戦士の人には馬車の御者を務めてもらって、盗賊団に遭遇し次第、馬を馬車から切り離して、馬に乗って逃げてもらう手筈だ。
そうすれば損失は古い馬車一台と積み荷のパンだけになるからな。
「まあ、アンタらなら大丈夫な気もするけどよ。無理はしないでくれ」
「分かってる。大丈夫だ」
さて。そしたら、後はひたすら毒入りパンを作り続けるだけだ。
後は盗賊団が勝手に動いて勝手にやられてくれるはずである。
結局、翌日まで決行を延ばした。理由は簡単、ふやけパンが『明らかに何か良からぬものが繁殖しています!』って状態になるまでにそこまで掛かったからである。
さて。ふやけパンがそこまでいってくれたので、早速絞る。
「絶対に、搾り汁とか、目に入れるなよ!口にも入れるなよ!」
「わ、分かってるよ」
出来上がった搾り汁は一回濾して、パンくずを粗方取り除いたら、瓶数本に詰めておく。
「残った分はこの箱に塗ればいいんだな?」
「ああ。外側にもな。あ、箱の外側の底には塗らないでくれ。二重底の下に俺達が居る訳だから……」
そして、残った分は、木箱に塗布。
この木箱は、パンを詰めておく箱だ。よって、盗賊達はパンを運び込む際、この箱を必ず触る。
あわよくば、そのままの手でパンを掴んで触ったり、目をこすったりしてほしい。そして感染してほしい。
「……できたな」
「うん」
「なんか、こう、すごいな」
「俺、ここ数日で一生分のパンを見た気がするよ」
さて。
そうこうしている内に、パンの箱が完成した。
大量の木箱に、大量のカレーパン。いや、カレーパンだけだと流石に不審なので、普通の硬いパンとかも用意した。それらの表面は全部某所由来の大腸菌群その他諸々を培養したパン液で汚染済みだけど。
「じゃ、積みこむぞ」
「じゃあ積みこまれるぞ」
そして、パンを積む前に俺とエピは、馬車の底に寝っ転がって入る。狭いけどしゃーなし。もぞもぞやって、適当に楽な体勢を探す。きっと、そこそこ長丁場になるからな。
尚、俺もエピも、フード付きの薄手のコートみたいな奴を着ている。用途?当然、汚染が終わったら脱ぎ捨てる為の物だよ。要は、防護服っていうか、雨合羽みたいなものである。
「……くれぐれも、気を付けてくれよ」
「分かってるって。じゃあ、お休み」
「寝ないでくれ!」
俺達の上に板が被せられて、その上にパン箱が積まれていく。
「真っ暗だね、タスク様」
「眠くなってくるな」
「寝ないでね!」
そして、そうこうしている内に、馬車が発車した。
……うまくいくだろうか。
いや、うまくいかなかったら馬車の底をフライパンでガンガンやってぶち抜いて、そこから地面に下りて地面をパンにして突入してそのまま地面掘って逃げるだけだから割と安全だけど。
「……はっ!?」
なんか騒がしくなって俺の意識は覚醒した。
「あっ!やっぱりタスク様、寝てたのね!」
そしたらエピに寝ていたことがバレてしまったが、仕方ない。だって暗い所で寝っ転がってて馬車に揺られてたら、そりゃ、寝るわ。寝るためにしっかり馬車の底には毛布とかクッションとか敷いてあるわ。
「……遭遇したか?」
少々騒がしい外の様子を知ろうと、耳を澄ませる。
……すると、かすかに、『金と食べ物置いていきな!』みたいなかんじの話が聞こえた。
続いて、馬の蹄の音と、盗賊団の物らしき笑い声。ああ、戦士の人、ちゃんと馬と一緒に逃げてくれたらしいな。
よし。第一関門突破!
「……お!なんか美味そうなものが大量に積まれてますぜ!」
少しして、俺達の上の方から物音と人の声が聞こえるようになった。盗賊団が馬車の中身を物色し始めたようだ。
「パンか。……なんか最近、パンばっかり集まるな……」
ごめんな。俺が蕎麦とかうどんとか出せれば、馬車いっぱいの蕎麦うどんにしてやったんだが。
「でもこれ、普通のパンじゃないっすよ?」
「美味そうな匂いだな……」
カレーパンだからな。でも毒パンだからな?
「1つ食っちまうか。これだけあるんだ。親分にはばれねえだろう」
「それもそうだな!」
……う。ここで食われて異変に気付かれたら、計画が水の泡だ!頼む!気づかないでくれ!
「美味いっすね……これ、美味いっすね……!」
「馬鹿野郎、食うのは1つまでだ!これ以上やるなら親分に言いつけるぞ!」
「へ、へい。すんません」
どうやら心配は杞憂だったらしい。好評なようで何よりだぜ!
「じゃ、出発するぞ。この馬車ごと牽引していきゃあいいだろう」
「ボロい馬車っすけど、大丈夫っすかねえ……」
「駄目だったらその時考えようぜ」
……そんな話し声が聞こえ、やがて、馬車がガタガタやられ、そして、ゆっくりと、馬車が動き出す。
これより敵地に潜入、って訳だな。
荷馬車でゴトゴトやられて、うつらうつらして、時々起きて。
そして馬車が止まった。
「よし!パンを食糧庫に運び込め!」
パンの輸送が始まったんだから、多分、アジトに到着したんだろうな。
そしてパンは箱ごと運ばれているらしい。ははは、食糧庫まで汚染されるぞ。
「馬車はどうする?」
「これだけボロイが……うーん、親分に聞いてから考えるか。とりあえず倉庫にでも入れておこう」
馬車が動き出した。倉庫か。OK。ま、人が少ない所に運んでもらえればそれだけで万々歳だぜ。
やがて馬車は止まり、人の声も遠ざかる。
……そのまま、用心の為、ちょっとばかり待ち。
「……じゃあ、行くぞ」
「うん!」
俺達は馬車の底から飛び出した。
手に、腐れパン液の瓶を携えて!
コッソリ腐れパン液ぶちまけて、スニーキングバイオハザードしてやるぜ!
そして、俺達は一旦逃げ……いや、戦略的に撤退する!
食中毒って、潜伏期間あるからな。ある程度は待たなきゃな。うん。
補足
人間の腸内に居る大腸菌はほぼ無害なものであり、食べてもそうそう中毒症状が出ないようです。
しかし人間以外の生物においてはそうでもないらしく、その生物にとっては平気だけれど人間にとっては病原性の大腸菌も多い模様。牛に至ってはO-157をもっしゃもっしゃ食っていても中毒しないらしいです。
尚、今回の匡が行った腐れパン液製造においてはウェルシュ菌や黄色ブドウ球菌が適当に増えていると想定されますが、匡にはそこらへんの知識が碌にありません。