14話
「おらおらぁ!金と食い物だ!早く寄越せ!」
前からやってくる盗賊団。明らかにガラの悪いおっさんとお兄さん達。なんでお姉さんが居ないんだろう。
「くそ、この辺りに盗賊団が出るなんて、聞いてないぞ!」
「運が悪い……くそ……」
俺達の同乗者達は、皆諦め顔である。
何?そんなに盗賊団って怖いの?
「あんたらは知らねえかもしれないが、あの盗賊団はここらじゃ有名な悪党なんだよ!」
「魔物と手を組んでるって話だ。逆らわないに越したことは無いぜ。金と食べ物さえ出せば通してもらえるからな……」
ふーん。そうか。
「じゃあ、食べ物は俺が担当するよ」
「……は?」
「連中が食い切れないぐらいの食べ物を用意して持っていかせる。というか、持っていききれないぐらい持っていかせる」
「……え?」
そして始まったパンリレー。
戦士のおっさん達が列になって、パンを運搬しては盗賊団の前に積んでいく。
そして俺は、馬車の陰で盗賊から見えないようにしつつ、石をパンに変えまくっていた。
何せ、碌に舗装もされていない、ただ土を踏み固めただけのような道だ。
そこらへんに石はいくらでもあるし、無ければ適当に地面の砂や砂利をパン粉にしてやれば、その下にすぐ石が出てくる。
出るぞ。パンは大量に出るぞ。
「……お、おい。いつまでパン運んでるんだよ……」
「いや、在るだけ、だろ……?」
「え、ちょ、ちょっと待てよ、まだあるのかよ……」
「そうみたいだな……」
戦士のおっさん達も、そして盗賊団も、そろそろ無限のパンが不気味になってきたらしい。ははは、そうだろうそうだろう。だがまだ出るぜ。
そのまま辺りの石を全てパンにして全て運んだ結果、盗賊達は文字通り山となったパンを前に、何とも言えない顔をしていた。
「……この馬車のどこにこんなに積んでたんだ……?」
「こんなにパンばっかりあると不気味だな……」
「怖え……怖ええよ……」
寄越せと言った割には、想像を遥かに超えて出てくると、それはそれでなんか嫌らしい。まあそうだろうな。俺もそう思う。
「もう通ってもいいか?それともまだパン欲しいか?まだあるぜ?」
盗賊達がパンに圧倒されているのを見計らって尋ねてみる。
「あ、うん、もういい……」
まあ、これだけパンが出てきたら、もういいかなって気分になるよな!
そうして俺達の馬車は発車した。
「……ちょ、ちょっとおもしろい、かも……」
「いや、控えめに言ってもかなり面白いだろ、あれ……」
馬車から眺める風景は、盗賊達の作業風景である。
盗賊達はえっちらおっちら、滅茶苦茶苦労しながらパンの山を運んでいく。まるで蟻の行列か何かのごとし。
しかし、頑張っても頑張っても、パンの山は中々減っているようには見えないな。ははは、頑張れ。
「……な、なあ。お兄ちゃんよ、アンタ、何者なんだ」
愉快な光景が遠ざかっていくのを眺めていたら、同乗者の戦士の人が声を掛けてきた。
「あのパン、幻術か何かだったのか?」
「いや?本物だった」
「しかし、あの量を一体どこから」
「パンの精霊が運んできたんだろ」
勿論、手の内は隠しておいた。
……しかし、戦士の人達がこう、『パンの精霊とは何か』『新たな精霊が顕現したのか』『どのようにして契約するのだろう』みたいな話を始めちゃったので、若干申し訳ない気もしないでもない。いや、やっぱりしない。
そうこうしている内に空には星が輝き始め、そして俺達は街道沿いの宿に到着。
「はー、災難だったな」
「ね」
俺がパン能力を使った以外はほとんど損害もなく到着できたわけだから、ま、不幸中の幸いだったな。
「早くご飯食べたいね」
「うん」
ただ、こう、盗賊に食わせるパンを作りすぎたため、ちょっとパンが嫌になっている俺がいる。
なんか、肉とか野菜とか、パン抜きで食いたい。パン抜きで。
が、現実は非情である。
「えええええ!?ご飯がない!?」
「ごめんなさいね、何せ、このあたりに来る商人は皆、盗賊団にやられてしまうものだから。あまり食料が届かないの」
「畑も荒らされちまって、どうしようもねえんだ」
……よく考えたらまあ、こうなるよな。食い物をせびる盗賊が居たらそりゃ、こうなるよな。
「……美味しいご飯……」
エピがすっかり意気消沈している。
一応、保存食や、保存食で作った料理が出てはきたが、まあ、そこまで美味いもんでもなかった。この世界基準だとそこそこ美味いのかもしれんけど。それに何より、量がな、足りない。
「まあ、気を落とすなよ。ほら、美味しいパンはあるぞ」
とりあえずエピにクリームパンを与えつつ、俺もナン作ってかじる。カレーほしい。何で俺、カレーもないのにナンにしちゃったんだろう。いや、そのままかじってもそこそこ美味いけどさ。ナン。
「……ねえ、タスク様ぁ、これ、次のお宿でもこうだったらどうしよう」
「どうしよう、ったってなあ……」
なんとなく、先行き不安になりつつも、どうしようもないので寝ることにしよう。
……と思ったんだが、その前に一仕事だな。
「すみませーん」
隣室のドアをガンガンノックすると、同乗者の戦士の人が出てきてくれた。
「おう、どうした?」
「よかったらこれ、どうぞ」
「ワインもあるよ!」
持ってきたのは、パンとワインである。
そんなに大食いでもない俺達ですら、ちょっぴり物足りない食事だったからな。
この、バリバリ肉体労働!みたいなおっさん達にはもっと足りてないだろうし。
「え、ああ、助かるよ。ありがとう。……だが、本当にいいのか?お前達が食う分は?それに、ワインまで」
「大丈夫です!私達には……パンの精霊さんがついてるの!」
エピが笑顔でパンとワインのバスケットを渡すと、戦士の人達は顔を見合わせて……笑顔で受け取ってくれた。
「本当にありがとうな。この恩はどこかで返すよ」
おう。期待してるぜ。
その後、宿にもパンとワインを提供した。
これで、後から来た人達が何も食べられないってことは無くなるだろ。
ただしパンばっかりだけどな!
案外馬車に乗ってたら疲れていたらしい。
ぐっすり眠れて元気になって、翌日、また次の中継地点までの馬車の旅が始まった。
……のだが。
「止まれ!金と食い物置いていきな!」
またしてもこれであった。
んで、また盗賊達にはパンをお持ち帰りいただいた。昨日と同じだったんで割愛。
ただし、パンは全部ナンにした。
カレー欲しくなってろバーカバーカ。
ぞろぞろと盗賊達がナンを運んで行くのを見つつ、また馬車に揺られる俺達だったが。
「……ね、ねえ、タスク様。これって、まさか、次のお宿も……」
「かもな」
不安になりつつ、馬車は揺れる。
俺達は祈るしかない。
「そしてそのまさかだったとは」
なんたることか、次の宿でも食糧不足だった。
というか、こっちの方が深刻だった。店を畳んで町に引っ越す計画してたらしい。なんてこった。
「……タスク様」
「おう」
そろそろ寝るか、というころになって、エピが俺を呼ぶ。
「私、私、許せない」
「うん」
「あの盗賊団っ!次に会ったらギッタギタのメッタメタにしてやるわっ!」
ここで俺は考える。
俺達が盗賊団をギッタギタのメッタメタにすることで、何が起きるか。
まず、デメリット。
それは何より、俺の知名度が上がるってことだ。
知名度が上がるとその分、俺が『救世主』であることがバレる可能性が高くなる。
或いは、俺が『救世主』だとバレなかったとしても、俺自身の知名度が上がると俺を召喚した連中に知られる可能性は当然上がる。
そうなると俺は、今度こそプリンティアに殺される気がする。
それから、単純にリスクだな。何が悲しくて、わざわざ怖い怖い盗賊団に行かなきゃならねえのか。
続いて、メリット。
それは、『俺の知名度が上がり、殺される可能性が高くなる』というデメリットと表裏一体のメリット。
『俺の名声が上がり、俺が殺されにくくなる』というメリットだ。
もし、俺が。
俺が、『名実ともに救世主』となったなら。
そうなってしまったら、流石のプリンティアも、俺を殺せないと思う。
俺が民衆を味方につけてしまえば、それは俺の盾になる。俺を守ってくれる存在になってくれるはずだ。
……それは若干、魅力的かな、と、思わんでもない。
それから盗賊団に困ってる人をほっとかなくて済む、ってのも、まあ、メリットか。
あとは、金だな。
盗賊だっつうんだから、相当な金を貯めこんでることと思われる。
金で幸せは買えないかもしれないが、回避できる不幸は相当に多いはず。よって、お金は無いよりあった方が絶対にいい。
盗賊をぶちのめして、盗賊から金を巻き上げれば、まあ、相当に潤うと思うよ。それも魅力的だよな。
……で、何よりも大きなメリットは、アレだ。
無駄に俺を労働させた盗賊共を!俺とエピから美味い飯を取り上げてくれちゃった盗賊共を!ぶちのめしてスッキリできるってことだろ!
デメリットに関しては、どうせもうすぐ隣国に入っちまうんだからなんとかなるだろ、ということで。
「なら、作戦を立てないとな」
復讐と義憤に燃えるエピと一緒になって燃えてみるのも、まあ、悪くないと思う。
ただ、俺の場合、燃料が打算とか金とかまで含まれるので多少不純だけど。
「ということで、とりあえずトイレ行くか」
「えっ」
困惑気味のエピに、笑顔を向ける。
「エピ。食中毒って知ってるか?」