おまけ6~ぱんつくってみた~
ある日の昼下がり。パン屋『パンの国』で本日販売する分のパンを石から生み出し……ふと、俺は唐突に気づいてしまった。
「そういえば俺、パン作ったことねえ!」
「何!?パンツを食したことがない、とな!?」
「違う違うそうじゃない」
隣の部屋でカニ〇ンの脚をもいで並べていた魔王様がものすごくびっくりした顔で俺を見てきたが、そういう不名誉な勘違いはしないで頂きたい。
「いや、俺、石をパンにしまくってますけど、真面目に小麦粉捏ねてパンを生み出したことってないなあ、と思って」
ということで早速、解説。
ほら、俺はうっかり石パンパワーを手に入れてしまったわけだが、それに頼ってパン屋をやっているわけである。パン屋なのに。パン屋なのにまともにパンを作ったことが無い!ジーザス!
「成程、『パン作ったこと』か。『パンツ、食ったこと』かと思ったぞ」
「まあよくあるネタですよね」
「ちなみに余はどちらも経験がある」
「まあよくある……いや、ないな……」
そうか。この魔王様、パンツを食ったことがあるのか。何故だ。いや、理由は聞くまい。どんな理由であれちょっと深堀りしたくねえ!
ということで魔王様のスルーが決定したところで。
「エピー、エピー。俺、ちょっとパン作ってみようと思うんだけど」
「ええええ!?ぱんつ!?食べるの!?誰の!?」
「違う!そうじゃない!」
そしてエピに相談しようと思った最初の一歩からこれである。エピ、お前もか。というか『誰の』ってなんだ。『この人のパンツなら食べていい!』みたいなの、あるのか。いや、ないだろ、そんな食用パンツは。
「ぱんつ、じゃない。ぱん、だ。パンを作ってみようと思うんだが」
「あ、ああー……そ、そっか。そうだよね。びっくりした。タス君まで魔王様みたいになっちゃったのかな、って……」
魔王様。あなたがパンツを食ったっつう話は割と有名なんですか?
「ほら、俺、石をパンにはしてるが、小麦粉捏ねてパンにしたこと、ないだろ?」
「そういえばそっか。ああ、だからパンをちゃんと小麦粉から作ってみたくなった、っていうことね?」
「そうそう。そんなかんじ」
一応俺はパン屋である。この地域一帯のパン生産を支え得る、やたらと生産力のあるパン屋として有名になりつつあるパン屋である。
だが、その実、ここはパン屋っつうか石屋なのかもしれないのだ。少なくともこれがまともなパンの生産方法であるとは思えねえ!
「そっか……タス君、あんまりお料理、好きじゃないの?」
「カ〇パンクッキングならしたことあるぞ」
「何、〇ニパンクッキングって……」
「カニパ〇をフレンチトーストにしたりサンドイッチにしたりするやつだ。あと、豚の生姜焼きと一緒に焼いてみるのはやった。その内カニトッツォにも挑戦してみたい」
「な、何、かにとっつぉって……」
それはかに〇んお姉さんの秘密のキッチンを参照だ。やたら美味そうなカニパ〇料理がいっぱい出てくるぞ。
「まあ、カ〇パン料理はパン作りに入らないからな。一度くらいまともにパンを作ってみるか、ということで……」
「なら一緒にやる!私、パン作りはしたことあるから教えられると思うよ!」
「おお、それは素晴らしい」
そうか。エピは村の子だった。自分の村で作った小麦を粉にして、パンにする、という一連の作業も当然、やったことがあるんだよな。これは頼もしい。
「じゃあ最初に……」
「小麦粉を水で捏ねて、放っておくの!そうすると膨らむから、それを……!」
……うん。
「イーストとかは?」
「えっ、イーストって何?」
「放っとくと膨らむ、っていうのは……」
「え、よく分かんないけれど……そういうものじゃない?」
……。
「ええと、もしかして、ワインを使うやつがタス君の世界では普通のパンなの?」
「ワインを使うというと」
「ブドウの実を皮ごと潰してできたジュースを放っておくとワインになるでしょ?その途中の、ぶくぶく泡が出てきた頃のワインを入れて小麦粉を練って……」
「つまりブドウの果皮に付着している酵母菌を用いた発酵ってことか」
「こ、こうぼきん……?」
……成程。発酵醸造関係については特に、異世界クッキングはちょっと参考にならんかもしれない。
まあ気を取り直してパン作りだ。作り方はネットで調べた。なんでも調べれば出てくるんだから、便利なご時世だよなあ。
まずは小麦粉に水と砂糖と塩とバターとイーストを加えて練る。
練ったらほっとく。ほっといたら練る。練ったら整形してまたほっとく。そして焼く!
「へー……この薄い茶色のつぶつぶが、タス君の世界でのパンをパンにするものなんだね」
「そうだ。これはイースト菌と言ってな……」
「お味噌汁に入れるやつでパン生地が膨らむのね……」
「いや待てエピ!それは顆粒出汁だ!よく似ているが全く異なるものなんだ!あれを入れてもパンは膨らまない!」
確かにドライイーストってちょっと顆粒出汁っぽいが!だからといってパン生地に顆粒出汁を混ぜ込んでもパンは出来上がらない!精々、そこにあとキャベツの千切りとかとろろとかを加えてお好み焼きができるぐらいだ!
ということで今まで散々パンを生み出してきた癖に初めてパンを焼いた俺だが。
「できた」
「わー、丸いパンなのね。タス君のことだから、かにぱーちゃんの形にするのかと思った」
「カニ〇ンはカ〇パンだからいいんだよ。〇ニパン形のパンを焼いたところでそれはカニパ〇じゃないからな」
「つまり偶像崇拝は禁じる、ということだな!よく分かっておるではないか、タスクよ!」
「いやそういうわけでもないです」
カニ〇ン形のパンって、〇ニパンの偶像なのか?そして魔王様的にはカ〇パン美味しいぞ教は偶像崇拝禁止なんだろうか?
まあ、考えはさておき、実食。
オーブンの天板の上でほかほかしている焼き立てパンを1つ手に取る。焼き立てならではの香ばしい香り。温かみ。まだ湯気が抜けきっていない、ほんのりしっとりしたこのかんじ。いい。実にいい。これは良いパンだ。俺には分かる。
……ということで、期待を込めて、生まれて初めて焼いたパンを、齧ってみる。
すると。
「……微妙にふかふか加減が足りねえ!なんでだ!?」
何故か。何故か……石から生み出すパンよりもふかふか加減の足りない……ちょっと密な具合の、ずっしり系のパンができあがっていた。
「余もそう思っているところだぞ」
魔王様も勝手にパンを食いつつ、そうご感想を仰られた。そうかー、くそー、悔しいぜ!
「なんでだ……?何が足りなかった……?発酵具合か……?」
パンの断面を見る限り、考えられるのは発酵不足。イースト達の活動によって生まれた二酸化炭素を小麦のグルテンが抱き込んだまま焼き上げることで、パンのふわふわ感は生まれる。
つまり、ちょっとふわふわ不足の、ずっしり系パンが生まれた以上は生地中の二酸化炭素の泡が足りなかった、っつうことなんだろうが……。
「ファリー村で作ってたパンはこういうかんじだったけれど……美味しいよ?」
エピの感想を聞いて、愕然とする。
つまりそれ、適当な材料を使って自然発酵を祈る、みたいな作り方したパンと同レベルってことだよな?現代の技術力によって選び抜かれた酵母菌であるイーストが、異世界の、どこの馬の骨とも知れぬ乳酸菌だのブドウ酵母だのと同程度、だと……!?
「許さん!俺はこのイースト達の力を最大限引き出してみせる!」
イースト菌はいわば、パン作り菌におけるエリート中のエリート!人間が長い歴史の中で選り抜き選り抜き選り抜いてきた、発酵力も扱いやすさも香りも全てが最高の菌!
そのイースト菌を使って美味いパンが作れないなど、救世主の名折れである!俺は何が何でもふわふわのパンを実現してみせるぜ!
……ということで、研究を重ねて、1か月。
「遂にできたぜ……納得のいくパンがよ……」
「お疲れ様、タス君。ここ1か月、ひまさえあればずっとパン作っていたものね」
できた。遂にできた。
俺はひたすらパンを作り続け、作り続け……特に材料にこだわるでもなく、ただ材料の配合の調整と己の技術の向上によってのみ、このふわふわパンを実現するに至ったのだ。
「見ろ、エピ。このふわふわの断面……」
「うん。すごくふわふわだね」
最初に作ったパンとは大違いだ。劇的ビフォーアフター。なんということでしょう、ずっしり系だったあのパンは、より念入りな捏ね作業によって強く形成されたグルテンと、最適温度で発酵を進めたイースト菌とのコンビネーションによって、こんなにもふんわりしたパンに……!
……まあ、要は最初に作った時は、捏ね方が足りなかったみたいなんだよな。やっぱりパンもうどんもグルテンがミソらしい。
ついでに、イースト菌の発酵時間と発酵の温度も調整した。その結果、イースト菌がより元気に働いて、俺は無事、美味しいパンを創り出すに至ったというわけだ。
「これで俺もパン屋の端くれを名乗れる気がするぜ」
「そうだね、今までパン屋さんなのにパンを焼いたことが無いパン屋さんだったものね……」
そうだ。今までは石からパンを生み出すパン屋さんだったが、これからはとりあえずパンを焼いたことのあるパン屋さんだ。今までよりは多少、胸を張ってパン屋と名乗れるだろうか。
……いや、そうでもないな!
まあ、俺がパン屋としてどうなんだっていう話はさて置き。
パンを作った経験は確実に、俺の中で良い方に作用している。頭の中に描くパン像をよりくっきりと明確にできるようになった。おかげで石から生み出すパンも、ふわふわ系はよりふわふわに。ずっしり系はよりいいかんじのずっしり具合に、進化したのである。
元々が俺の想像および理想から生まれていたイマジナリーパンだったわけだが、そこにはっきりとしたディティールが加わることによってパンが美味くなった。いやー、何事もやってみるもんだな。
というわけで、お陰で今日もパンの国は売り切れ待ったなしの大繁盛だ。
井末にも『最近、味がまた良くなったな……』と褒められたばかりだ。まあ当然、あの井末が素直に褒めてくれたわけじゃなかったが。エピが『最近また一層、パンの味が良くなったね』と話しかけられて『ありがとう!タス君が頑張って研究した成果なの!タス君にも言ってあげて!タスくーん!タスくーん!パン、美味しくなったってー!』と井末を引っ張ってきた為に井末が嫌々俺に零した評価だが。
「次はワインを用いたワイン酵母パンにも挑戦してみるか」
さて。実は、ちょっとパン作りが楽しいということに気づいちまった俺である。折角だからエピが言ってたパンにも挑戦してみるかな、と思った。
ワインというと俺にもなじみ深いものだしな。まあ、水と小麦から石をつくるようなものか……。いや、血から肉を作る、の方が正確か?
……まあ、そういう訳で、ワインならワインに詳しい人のところに行こう、と思ってエスターマ王国のパンの国二号店へ。カラン兵士長もユーディアさんも、ワインにはそれなりに詳しそうだからな。パンを発酵させるのにいいワインってのも分かるだろうし……。
ということで、入店したところ。
「おい、タスク!魔王ルカスから聞いたぞ!遂にエピのパンツを食ったらしいな!?」
「誤解です。というか遂にってなんですか」
「何も問題ない。イスカでは飢饉の時、服を食べることもある。普段から食べ慣れておくのも大切な飢饉への備え」
「誤解です。というかユーディアさんは食べ慣れてるんですか」
一瞬にして誤解の渦に飲み込まれた。さては魔王様の仕業だな!誤解を招く説明広めやがって!
……ということで俺は必死に誤解を解いたり、その後発酵したてのワインを分けてもらったり、それでパンを作ったりしたわけなんだが。
それはそれとして……パンツは別に、食わなかった。当然である。俺はイスカの民ではないし魔王様でもないんでな!
「見ろ!タスクよ!パン製のパンツだ!これなら美味しく食せるパンツとして世に名を轟かせることができるだろう!」
「轟かせないでください。なんでそんなもん思いついちゃったんですか魔王様」
そして今日も元気にパンの国へ遊びに来た魔王様に頭を抱える俺だったが。
「何、この間赴いたビーチで捕まえた露出狂に、タスクがパン製パンツを履かせていたのを思い出してな!あれを再現したのだ!」
……なんと。
「つまり、食えるパンツの発案者は、俺……?」
俺自身が、食えるパンツをついこの間生み出していたということに気づいてしまった。
「なあ、エピ……パンツを食うっていうことについて、どう思う……?いや、食えるパンツ……?」
「えええ……どうしたの、タス君。魔王様みたいなこと言って……」
うん……ちょっとな。ちょっと、なんか、自分で自分が信じられないっつうか……そういう気分なんだよ……。
俺、パンツ食ったことは無かったけど、パンツ食える状態にまでは、したことが、あったんだな……。
……と、まあ、そんな風に若干落ち込んだ昼下がり。
3月16日より『パンの国は近づいた!』が発売されております。どうぞよろしくお願いします。発売1週間ぐらいの売り上げで続巻が決まるそうです。重ね重ねどうぞよろしくお願いします。