おまけ5~カニ・オン・ザ・サンセットビーチ~
ある日の出来事。
……俺はエピと一緒に、夏の国エスターマを訪れていた。
それは別に、生足魅惑のエピが波打ち際でカニと戯れてきゃっきゃするのを眺めるためではなく、『最高に甘いスイカ5玉』が優勝賞品となっているビーチバレー大会で猛然と戦っているユーディアさんを眺めるためではなく、波にさらわれていく魔王ルカス様を救助するためでもない。
「ははは。やはり海はいいな!」
「そうですね……」
俺の隣で若干ヤケッパチになりつつ寛いでいる、男の中の男。カラン・レンドール。元々はエスターマの兵士長であった彼の……元の職場への嫌がらせの為に、ここに居るのである!
話は数日前に遡る。
俺とエピが偶々、エスターマの『パンの国2号店』を訪ねたところ、そこでカラン兵士長がものすごく険しい顔で人を追い返しているのに出くわしてしまった。その剣幕たるや、普段の温厚な様子はどこへやら、モンスターを狩っている時よりも更に怖いという有様だったので、エピがすっかり怯えてしまっていた。かわいそうに。
そうして怯えたエピを背中に庇いつつ、俺が事情を聞いてみたところ……そこでようやく俺達に気付いたカラン兵士長は、言ったのである。
「復職しろと命が下ったのでな。追い返した」
と。
そうして俺達は海に居る。
あまりにもエスターマ国王から『復職しろ!』というお使いが来るもんで、鬱陶しくなっちゃったカラン兵士長によって『居留守を使うのももうめんどくさい。ならば本当に留守にしよう。そうだ、海へ行こう』という企画が立っちゃった次第である。
そうしてパンの国2号店は臨時休業。俺達も折角なので夏の国のビーチでバカンスとしゃれこみつつ、まあ……兵士長を労わる、という。そういう状況だ。
「それにしても、よかったんですか兵士長」
「何がだ?」
「復職ですよ、復職。兵士長の座に戻るチャンスなんてそうそう無いのでは」
暑くなってきたので砂からパンのパラソル略してパンソルを出現させつつ、聞いてみる。
……いや、だって、王宮勤めの兵士の、それも長、だぞ?日本で言うところの国家公務員の上の方の役職、みたいなもんだろうし、その地位は中々なもんのはずである。
それに、兵士長時代にはラブレターがガンガン来ていたというくらいだからやっぱり、世間からしてみても相当にいい地位、いい職業、ってことなんだろうしな。
「ああ。いいんだ。俺はこの国を救った恩人に対して剣を向けろと命じてくる王に今更仕える気はない。あの時の気持ちは今も変わらないままだ」
けれどもこの兵士長。サッパリしたものである。流石、俺達を追って辞職ついでに冬の国まで来たついでに地獄めぐりまで付き合っちゃう御仁は格が違う。
「それに……今のパン屋兼ワイン屋が、中々楽しくてな。ユーディアも今の暮らしを気に入っているようだし……」
「なるほど」
そして何より、愛する者が居る男は!やっぱり格が違うぜ!
「カラン。スイカを獲ってきた」
そうしてパンソルの下で涼んでいた俺達の下へ、雪の妖精ユーディアさんが戻ってきた。真冬のハイヴァーが似合う彼女だが、水着姿で夏の海を背景に微笑んでいても似合うもんである。
「おお、素晴らしいな。……俺達だけでは食いきれんな、これは」
「そう?」
ユーディアさんは首を傾げているが、スイカ5個である。どう考えても俺達5人じゃ無謀な戦いだと思うぜ。1人1玉スイカってのは浪漫だけどな。浪漫だけどやっちゃ駄目な奴だと思うんだ!
「ひとまず1つ、切ってみるか。折角だしな」
「斬りながら冷やす。任せて」
そしてユーディアさん、地獄の氷でできている例の剣を持ち出してきてスパスパとスイカを切り始めた。切ると同時に冷える便利仕様である。いいなああの剣。テレビショッピングとかで販売してほしい。絶対にきゅうりがくっつかない包丁よりも売れると思う。
そうしてスイカが切れたところで、カニと戯れていたエピと海を漂ってあわや海の藻屑と化すところだったらしい魔王ルカス様も戻ってきた。
「タスくーん!こっちこっち!かにぱーちゃんみたいなカニさんが居る!」
「おお……こんがりきつね色。丸っこいボディ。マジでカニ○ンみたいなカニだ……」
「ああ、これは余が生み出した生物だ。カニパ○の愛らしさを持つ生命体を生み出してみたくなってな。だがやはりあの香ばしいパンの香りや柔らかさの無いカ○パンはただのカニであった」
つくづく自由な魔王様の力の無駄遣いで生まれてしまった○ニパンライクなカニをそっと砂浜へ放してやりつつ、俺達は改めて、スイカにかじりつく。
瑞々しい果汁は爽やかに甘く、『最高に甘いスイカ』なる謳い文句にも文句なしな代物であった。夏の海を眺めながらだからか、それともユーディアさんの剣によってよく冷えているからか、それはそれはもう、無性に美味い。
「……俺、この世界に来てから瑞々しい食べ物が好きになったみたいでさ」
「タス君、それってつまり、パンを食べすぎちゃったから?」
まあ、多分そういう理由もある!
それからエピとユーディアさんは仲良く貝殻拾いを始めた。2人の白い肌が夏の日差しを反射して眩しい。……少々目に毒だな。
「やはり海に来てよかった。ユーディアに似合いそうな水着を見つけたところだったんだ」
そしてにっこり笑うカラン兵士長。中々のムッツリであらせられる。流石、男の中の男。
「余も丁度、パンツを新調したところであったのでな。海水浴には丁度良かった」
そしてにっこり笑う魔王様。中々の変態であらせられる。それ海パンじゃなくてパンツだったのかよ。あ、もしかしてアレか?最強防具と名高い例のパンツか?めっちゃ強い代わりに蒸れるっていう噂の?
「ところでタスクとエピは」
「異世界産の水着ですが」
そして俺達は普通に水着を買ってきた。いや、こっちの世界で調達してもよかったし、なんなら俺のは高校で使ってたやつでいいか、とか思ってたんだが、エピが向こうでのショッピングを楽しみたがったので。俺もついつい一緒になって買ってきてしまった。
「エピの水着も中々似合っているな」
向こうの世界のワンピースタイプが気に入ったらしい。気になるところが目立たなくていい、とのことだった。そんなに気にしなくてもいいと思うんだけどな……。
「……タスクの水着はカニ柄だな」
そりゃあな。俺のこの溢れんばかりのカニパ○愛を表現する場があるなら悉く表現していく所存である。
そうして俺達は海を堪能した。
エピは可愛い貝殻を沢山拾えたとご満悦だったし、ユーディアさんは途中から貝殻ではなくハマグリだのアサリだのを収穫し始めていたらしくてそれはそれでご満悦だった。
兵士長と魔王様は海を思う存分泳いで楽しんでいたし、俺は砂からパンを生み出して石にし直して、砂のカ○パン像~夏のトロピカルビーチ風味~を建設してご満悦であった。
他にもスイカを他の海水浴客にお裾分けしたり、ユーディアさんをナンパしようとした奴がカラン兵士長によって海に放り込まれたり、エピをナンパしようとした奴が俺によってパンの海に放り込まれたりしつつ……。
そろそろ撤収するか、なんて話を始めつつ、パンソルを片付けつつ、ふと、気になって兵士長に聞いてみた。
「そういえば話戻りますけど、兵士長の気持ちが変わらなくてもエスターマ王家の気持ちは変わったってことでは?」
ほら、カラン兵士長は一応、辞表を叩きつけて出てきちゃった人である。そのついでに国王もカラン兵士長に愛想が尽きたと聞いている。なのにそもう一度カラン兵士長を兵士長に、と懇願されてるってことは、王様の方の気持ちが変わったって事なのかと思うんだが。
「ああ……気持ち、というか、状況が変わったらしいな」
そこでカラン兵士長、ちょっとばかり難しい顔をしつつ説明してくれた。
「何でも、兵士長の座に就いた者が悉く不祥事を起こして辞職に追い込まれているらしくてな……それで、王としても愛想が尽いているはずの俺にまで声が掛かってきているんだ」
成程。不祥事か。それは大変だな。
「ちなみに不祥事っていうのは?」
横領とか個人情報漏洩とか飲酒運転とか、不祥事にも色々とバリエーションがあるわけだが、果たして。
「ああ。猥褻物陳列罪だ」
……。
よりによって、一番アレな奴が起きるもんである。
「な、何故……何故、そんなことに……」
「分からん。供述されているところによると、『体が勝手に動いて服を脱いでいたんです!』ということらしいが」
……想像するだに恐ろしい。兵士長になるくらいの筋骨隆々の男がおもむろに『体が勝手に動いて』服を脱ぎ始めるとは。
「王の御前で全裸になったら流石にクビだからな。ははは」
「あー、まあ、そうでしょうねえ……」
笑い事じゃねえ気もするが。いや、でも絵面だけ考えると笑える。笑い事じゃないが。
「俺もレギオンに憑りつかれていた時に全裸になっていたが、兵士長の地位になると全裸になる呪いでも掛けられているのかもな!」
カラン兵士長もそう言って笑う。俺も思い出して笑う。
そうかぁ、そういえばカラン兵士長も全裸になってたもんなあ。レギオンに憑りつかれて……。
……レギオンに、憑りつかれて……。
「兵士長」
「……ああ」
俺はピンと来まったが、同時に兵士長もピンと来たらしい。
エスターマの『兵士長』達に起こる怪事件。猥褻物を陳列するという悪名高き不祥事の原因。
それはもしかすると……!
「もしかして、レギオンの残りとかがその新しい兵士長達に憑りついてません?」
その時だった。
きゃあああああ、と、ビーチに相応しいような相応しく無いような、そういう悲鳴が響き渡る。
そして。
「カラン・レンドール殿!カラン・レンドール殿はおられぬかー!」
そういう野太い声と共に……。
「うわああああああああ!」
「で、出たかーッ!」
「うむ!中々の逸物!」
全裸の男が現れた!うわああああああ!うわああああああ!うわああああああああ!
とりあえずエピとかユーディアさんとかの視界に全裸マンが入っていかないように、魔王ルカス様に光って頂いた。光るのは尻だが。まあなんでもいいんだよ。とりあえずまばゆい光で目が眩んでくれればそれで。
「確保ーッ!」
そうこうしている間にカラン兵士長が全裸マンを確保。そして俺が全裸マンの尻の下の砂粒からパンを生やしてパンパンツを履かせて、そのパンツを速攻で石に変えた。これでよし……。
「この露出狂め!ここで成敗してくれる!」
「ま、待ってくれ!誤解だ!俺はただ、カラン・レンドール殿を探しに……!」
そして石パンツマンを取り押さえたカラン兵士長が迷うことなく剣に手を伸ばしたので、流石にちょっと止める。ストップストップ。
「……あー、もしかして、レギオン?」
俺は横から顔を出しつつ、石パンツマンの顔を覗き込んでみた。……すると。
『我らの名を呼んだか』
石パンツマンは急に無表情になって、この世ならざる声を発したのである。
……どうやらこいつ、マジに憑かれてるらしい。ガッデム。
「レギオン、レギオン。お前ら成仏したんじゃなかったのか」
『成仏?我らはお前を知らない』
「ってことは、俺達が会ったレギオンとは別物なのか」
『恐らくはそうだ。我々は2か月ほど前に生まれた』
レギオンとの対話を開始してみたら、早速レギオン情報が出てきた。どうやらレギオンって新しく生まれるもんらしいぜ。なんてこった。
「で、何故お前達はこうもエスターマの兵士長を狙う?」
『兵士長という人物が我らを救ってくれると聞いた』
どうやらレギオン界隈でカラン兵士長は噂になっているらしい。なんてこった。
「馬鹿者!どうせ憑りついた相手が全裸になるというのなら女人に憑りつけばよかったものを!」
そしてカラン兵士長はなんかもう駄目っぽい。なんてこった。
とりあえず色々疲れで駄目になっているらしい兵士長を宥めた。カラン兵士長、あなた疲れてるのよ。憑かれてないけど疲れてるのよ。
まあ、とりあえずこれで原因は分かった。エスターマの兵士長になった人が次々と猥褻物陳列罪で辞職に追い込まれていたのは、レギオンのせいだった、と。
それにしてもつくづく厄介な奴である。ちょっと暴れるぐらいにしときゃあいいのに、なんでよりによってパンツ脱いじまうかなあ!
「仕方がない。レギオンよ。余の体とタスクの体を貸してやろう。全裸にならなくても気持ちが晴れるよう、上手く分かれて我らに憑りつけ」
「魔王様。俺を勝手に依代にしないでください」
「余に全裸になれと!?」
いや、それもそうなんだけどね。まあしょうがないけどね……。
しょうがないから俺と魔王ルカスの体にレギオンハーフ&ハーフが憑りついて、まあ、何時ぞやの俺とカラン兵士長みたいな状態になった。とりあえずこれでレギオン達は気持ちが落ち着いたらしく、俺も魔王ルカスも全裸にならずに済んでいる。ああよかった……。
「さて、この状態で湖の近くに居る豚を探すか……」
だが、いつまでも憑かれっぱなしってわけにはいかないので、これからレギオン共を成仏させてやらなきゃいけない。レギオンの成仏の為には、レギオンの中の1人1人が豚に乗り移って入水自殺する必要があるっぽいので……。
「ふむ。水場ならすぐ近くにあるのだがな」
ルカス様は海を眺めておいでだ。まあ、湖は海で代用可能かもしれないね。ちょっとしょっぱいけどね。
だが肝心の豚が居ない。水だけあってもこれじゃあレギオンが成仏できないのである。
さて困ったぞ、と困っていたところ……。
「ねー、タス君」
俺達が豚を探す中、ふと、エピが俺をつついてきた。なんだなんだ。
「この子じゃ駄目かなあ」
……そしてエピが示したもの。それは。
「……カニパ○カニ」
魔王ルカス様によって生み出されてしまった生命体。
カ○パンライクなカニ、であった。
こうしてお騒がせ猥褻レギオン達は、海へと入っていった。
「カニパ○が海へ帰っていく……」
「オークの群れの時よりも余程迫力が無いな……」
○ニパンによく似たカニが、ぞろぞろと行列を作りつつ、海の中へとカニカニ静かに進んでいく。
海は夕陽に煌めき、ビーチには波の音が繰り返し、音もなく海へと入っていくカニ達は静かに見送られ……やがて、全員が母なる海へと帰っていった。
「ちょっと切ないね……」
……そうだな。
何故か。何故か……なんとなく、切ない風景だ……。
さて。
そんな海でのバカンスも無事に終了し、俺の心には潮干狩りしてたユーディアさんの姿とか久々に光ってみたら尻が光り止まなくなった魔王ルカス様の姿とかカラン兵士長の暴言とかスイカを美味しそうに頬張るエピとかが刻まれ、あと、切ないカニパ○カニの行列アットサンセットビーチも刻み込まれ……まあ、そんなこんなで日常へと戻っていくことになった。
エスターマ王国では兵士長に就任した人がいきなり脱ぎ始める不祥事も起こらなくなり、カラン兵士長にしつこい勧誘が来ることも無くなったらしい。よかったね。
そして一方、俺達は。
「この子、何食べるのかなあ」
……あの砂浜に一匹残っていた、カ○パンカニ。そいつを俺達は連れ帰り、今、自宅の水槽の中で飼っている。
いや、入水自殺のレギオンと一緒に海に帰ってくれるならともかく、魔王の気まぐれで生まれてしまった謎の生命体とか、大自然に放し飼いにはしておきたくないからな……。
「とりあえずザリガニの餌か何かやってみるか」
「ねー見て見てタス君。この子パン食べた!」
「こらこらエピ。パンを食わせるんじゃ……カ○パン食ってる!共食い!」
……まあ、そういうかんじに、概ね平和で、若干平和じゃない。そんな夏の思い出。