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おまけ4~救世主を黙らせる方法~

「おい井末、お前、今日も来たの……?」

「来たら悪いのか?」

 俺はちょっとげんなりしつつ、『パンの国』にご来店頂きましたお客様、井末君を見上げる。身長の都合で若干見上げる形になるのがものすごく腹立たしい。

「エピさんは居ないのか?」

「居ない居ない。エピは居ないからさっさと帰れ」

「いや、居るだろう?」

「居たとしてもお前に見せるエピはねえ。帰れ。さっさとパン選んで会計しろ。今の焼きたてはシナモンロールと明太フランスパンな!」

 トングとトレーを手に残念そうなお客様に最速でお帰り頂くべく、俺はオススメをお伝えしつつ最速でレジ打ちを行えるようにスタンバイ。だが。

「あれ?井末君、今日も来たの?」

 俺の努力虚しく、裏でパンの準備を行っていたエピが、出てきてしまった!

 途端に嬉しそうな顔になる井末!レジ前でちょっとがっかりする俺!そしてきょとんとするエピ!

 誰も悪くない。分かってる。強いて言うなら井末の諦めが悪いんだが、まあそれはそれとして……。

 ……やっぱり、井末を元の世界に戻したのは失敗だったかなあ!と、思わんでもない。




 その後、井末はスマートにエピと立ち話なんぞしてから帰っていった。まあ、あいつ、普通の客だからな。何か酷い事をするわけでもないし、他の客もいる手前、こっちも手荒な手段には出られない。そもそも井末は話してみるとそんなに悪い奴ではなかった。まあ、ぼちぼち話ができる程度には俺も仲良くなった。なってしまった。

 が!俺としては絶妙に許しがたい。別にエピの眼中に井末が入っていなかったとしても、井末がエピに寄ってくることについては絶妙に許しがたい!

 こないだ井末に「エピは俺のだぞ」と言ってみたのだが「そいつはどうかな?」と言われてしまった以上、最早こいつは俺にとって敵だ!許さん!


 ということで早速、エピと会議だ、会議。こういう時には話し合いと情報共有。それが俺達の良好な関係を保つために必要な事だ、っていうことで、まあ……その、実は割とやきもち焼きらしいエピに提案されて、『嫌なことがあったらすぐ相談!』というルールが、このパンの国には存在している。

 ちなみにそのルールの出処は偉大なる先輩方、カラン兵士長とユーディアさんらしい。エピはよくユーディアさんにこの手の相談に行く。そしてその度、20%ぐらいの確率で至極ためになる真っ当な情報を貰って帰ってきて、そして80%ぐらいの確率でイスカ村のとんでもない文化風習を身につけて帰ってくる。

 この間は何のおまじないか、俺の枕がなんか模様を描いた大根にすり替えられていたし、その前は風呂に入って湯船の蓋を開けたら水着を着たエピが潜水していてビビった。びっくりして思わず湯船のお湯を全てワインにしてしまった。結果、エピは酔っぱらった。なんだ。ユーディアさんはアレなのか。ダイジョーブ博士か何かなのか。何なんだ。


 ……と、まあ、ユーディアさんがダイジョーブ博士なのは置いておいて、会議だ会議。数少ない真っ当なアドバイスによって決まったこのパンの国会議システムに則って、俺とエピはテーブルに着く。ついでにエピがお茶を淹れてくれて、俺はおやつ代わりにパンを出す。今日はミニカニ○ンとポンデケージョだ。ポンデケージョは最近のエピのお気に入りだ。

「……で、タス君。どうしたの?」

「単刀直入に言おう」

 エピが席に着いたところで早速、俺は切り出す。

「俺、井末嫌い!」

 単刀直入に言い過ぎたかもしれないが、とりあえずこれが議題だ。本日の議題は『俺、井末、嫌い』。オーライ、どうぞ。

「まあ、そうよね。タス君、井末君に殺されかけてるものね……」

「殺されてなくても嫌いだけどな!」

「えええー……どうしたの?急に」

「いやあ……その」

 改めて言おうとすると滅茶苦茶に言いづらいしみっともねえんだよなあ、これ、と思いつつ、しかしここはパンの国会議。お互いに隠し事など許されない。ぶつけたい思いは全てぶつけるべき。イスカの流儀に従って。オーライ。

「……俺はな、エピ」

「うん」

「今、やきもちを焼いている」


 俺がそう言った途端、エピは、ぽかん、とした。

「やきもち」

「……おう」

「タス君が、やきもち」

 ……そして、エピの頬が紅潮して、表情が見る見るうちに輝いて……やがてエピは満面の笑みになる。

「タス君が、やきもち!やきもち焼いてるの!?ねえねえ、タス君、やきもち焼いてるの!?わあーい!」

 更にエピは立ち上がって、そのままくるくると回って踊り出してしまった。なんだこれは。

「あのー、エピさん。それ、嬉しいの?」

「嬉しい!」

 あ、そうなんだ。へー……。

 ……まあ、気持ちは分からんでもない、か……?




 踊り終わって満足したらしいエピがテーブルに戻ってポンデケージョをもちもち頬張り始めてから会議再開。

「で、まあ、井末って明らかにエピに気がある訳だろ?」

「……そうなの?」

「そうなの」

 エピがものすごく怪訝な顔をしている。なんというか、エピはこう、こういうところには鈍いっつうか、なんというか。ファリー村ののどかな環境でのびのびと天然栽培されちまったからかもしれないが、その、俺からしてみると若干の不安がある。

「あのな、エピ。井末はプリンティアで会った時からエピに惚れてたからな」

「えっ!?そうだったの!?」

 これである。このザマである。井末よ。お前のアタックはエピには全く通じていなかったという訳だ。残念だったな!

「あのな、エピ。普通の男は普通、好きでもない子のリボンとか欲しがらん」

「ええー……そうなの?でも、時々あるじゃない。無事を祈って女性のリボンを贈ってもらう、って」

「そっちの世界的にはどうなのかは知らんが、少なくともこっちの世界で生まれ育った井末からしてみりゃ、『再会の約束として御髪のリボンを賜れませんでしょうか』とか言う理由は下心以外に無い!」

 というか多分、エピの出した例にしても、下心は間違いなくあると思うぞ。多分な!

「私てっきり、リボンが大好きな変態さんかと思ってた……」

「だとしたら余計にヤバい」

「だよねえ。だから私、井末君のこと、『ああ、変態さんなんだ……』って思ってた……」

 ……井末よ!お前のアタックはエピに全く通じていなかったどころか、お前、第一印象『変態さんなんだ……』だったらしいぞ!残念だったな!


「そういえば井末君って、ヨハンナさんに好かれてたよね」

「ああー、なんか狂信的だったよな、ヨハンナさん」

 覚えてる覚えてる。あの人なんかハイヴァーの雪の中を1人で突き進んでた。で、天国で天使になった状態で俺達の邪魔をしてくれたが割とアッサリ石詰めにした。覚えてる覚えてる。

 ……なんつうかあの人、ちょっと井末に対して狂信的というか、なんというか、そういうかんじの人だったなあ、ぐらいの印象しかないが。あと俺のこと2度も騙してきたのは許さん。

「ヨハンナさん、きっと井末君のこと、好きだったのよね」

「えっ!?そうなの!?」

「うーん、違うかなあ」

 ええー……ヨハンナさんの『好き』って、要は井末を救世主だと思っての『好き』なんじゃねえかと思ってたんだけど、もしかして、違った?その、1人の女性として、1人の男性である井末のことが好きだったのか?あの人……。

「タス君、そういうの鈍いよね」

 エピに言われたくないぞ、これ!




 ……さて。

 残念な印象だったらしい井末のことや、井末を好いていたかもしれないヨハンナさんのことはこの際どうでもいい。おいておこう。もういいよ、井末は残念な変態さんだってことで。それでオーケーオーケー。

 ……で、だ。

「どうしようかな、これから……」

「うーん、私が『もうお店に来ないでください』って言う?でもそれも可哀相よね……」

 そう。あの井末君、腹が立つことは間違いないのだが、まあ、いいお客さんではあるのだ。『パンの国』のパンを良く買っていってくれるし、店内でも店外でも礼儀正しいし、ちゃんとしてるし。あとは、まあ、エピのことが無ければ俺はあいつのことがそんなに嫌いではない。そういう奴なので、出禁、っつうのはなんとなく気が引ける。

 ほら、やっぱり嬉しいのは嬉しいんだ。店のパンを喜んでもらえてる、っていうのは。

「どーすっかなあ……『エピはお前に全く興味がないぞ』っつって今更諦めてくれる奴じゃねえだろうしなあ……」

 そう。井末君は諦めが悪いのである。そのせいで未だ尚、あいつはエピの居るこのパンの国に通い詰めている訳だし。いや、単純に安くてうまいパンにも惹かれている気がするが。だからこそ俺はあいつをそこまで無碍にできない訳だが。

「うーん……」

 ……だが、そこでエピは考えて、考えて……言った。

「あのね、とりあえずよかったな、って思うのは、私もタス君も、気持ちが一緒だ、っていうところなのよね」

 へ?あ、うん?まあそうだな。まあ、幸いなことに好きあって一緒に居られる訳だし、井末のことはそれぞれ微妙に嫌いながらも微妙に憎めない、ぐらいの感覚で居る訳だし。俺達仲良し。俺達カニ○ンマックスハート。

「だから2人で一緒に考えて、どうしよっか、ってできるでしょ?もしこれが、タス君が浮気してる、とかだったら、私とタス君で目指すところが違ってたわけだから……」

 あ、うん。はい。俺浮気しない。俺嘘吐かない。何故なら俺達カ○パンマックスハート。

「でも、やっぱりこういうのって私達だけで考えててもしょうがないよ!だから、タス君!」

 エピは何やら情熱的に、やる気に満ち溢れてきらきらした表情で立ち上がると……。

「先輩に聞きに行こうと思うの!ほら、行こ!」

 ダイジョーブ博士の元へと向かうのだった。

 ……本当にそれ、ダイジョーブ?




「成程。エピに色目を使う男を追い払いたいと」

「まあ、そういうことになります」

 そうして俺達は来てしまった。イスカのダイジョーブ博士ことユーディアさんの元へ。

「なら、エピはタスクのものだときちんと知らせるべき。イスカではそういう時、戦って相手に打ち勝つことで自分のパートナーを自分のものだと宣言する」

「いや、俺達はイスカの民ではないので……」

 早速、ユーディアさんから割ととんでもないアイデアが出てきてしまったが、俺達はイスカの民ではないのでグラップラーなことはしません。そういえばユーディアさんはやってたね、闘技場でカラン兵士長に言い寄る女性相手に100人組手。圧勝してたけどね。ほんとびっくりだよこの人には。

「まあ……ユーディアの意見は少々過激だが、それにしても、タスクがしかとエピを捕まえているぞ、と知らせてやるのは効果的なんじゃないか?」

 そしてユーディアさんがとんでもないアドバイスをくれることを危惧して来てくれたカラン兵士長からもそういうアドバイスを頂く。

「それは具体的にはどのような」

「そうだな。まあ、俺はユーディアを見ている男を見つけ次第、そいつの前でユーディアに口づけることにしている」

 ……成程な!こっちもこっちでヤベえ奴だ!兵士長は情熱的な夏の国のお方であらせられましたね!はいはいすんませんした!

「私はカランを見ている女には何もしない。見るだけなら仕方がないと思う。けれど、そいつが手を出そうとした瞬間に確実に仕留めることにしている」

 こっちはこっちでもっとヤベえ!イスカの狩人はこええなあ!チクショー!相談相手が揃いも揃ってこれだ!もう駄目だ!

「なのでタスクも暗殺術を学ぶべき」

「いや、現代日本で暗殺術は使っちゃいけないんですよね……というかこっちの世界でも使っちゃいけないはずなんですよね……」

「気絶させるだけ。問題ない」

「それでも十分に傷害罪なんですよね……」

「ならばやはり井末の前でエピに口づけてやればいいのでは?」

「日本男児なので人前でそれをサラッとやれるメンタリティ持ってないんですよね……」

 なんつうか、これは俺がおかしいのか?おかしいのは俺か?駄目だまずい、俺の中で倫理観とか常識とかが捻じ曲げられようとしている。段々正気じゃなくなってくるような感覚がある!

「ねえねえ、タス君」

 SAN値が減少していく俺のシャツの裾をくいくい引っ張りつつ、エピがふと、妙ににこにこした表情で俺を見上げてきた。

「私、いいこと思いついちゃった。要は、タス君が、井末君が来るのが嫌じゃなくなればいいんじゃない?」




 ……そうして、翌日。

「いらっしゃまた来たのかお前」

「客に向かって大した口の利き方だな!」

 また井末が来た。こいつ、毎朝毎朝、昼食用にうちでパン買ってくんだよなあ……。

 ……だが、まあ、本日ばかりは許そう。というか、今後も許そう。

「あっ、井末君、来たの!?」

 奥から出てきたエピの表情には笑み。それを見た井末は喜んでいる様子だ。そりゃあそうだ。気がある女の子が、自分が来て『井末君来たの!?』って急いで出てきたんだからな。

 だが!エピが喜んでいるのは!井末が来たからではなく!……井末が来た事によって、エピがとある行動に出るからである!

「じゃあ、タス君。どうぞ!」

 エピがエプロンのポケットから袋を出して、その中身を摘まむと……俺の口につっこんできた。

「んむっ」

「おいしい?おいしい?」

「ん」

 俺の口につっこまれたのはミニカ○パンである。敬愛するカニパ○のミニサイズ版だ。

 ……要は、エピが提案したのは、こうだ。

『井末君が来たらタス君はかにぱーちゃんを食べていい、ってことにすればいいんじゃない?』と。

 ついでに、エピがカニパ○用意係になったのだが、ついでに俺の口に○ニパンを突っ込む係も兼任することになったらしい。いや、俺は自分で食えるんですけどね、エピさん。ねえ、ちょっと。

「……パン屋が店頭で別のメーカーのパンを食べていていいのか?」

「お前が来た時だけ許されるというルールになった」

「そうなの!井末君が来たらね、私がタス君にかにぱーちゃんを食べさせていいルールになったの!」

 いや、エピが俺に食べさせるルールなの?俺、それ聞いてないよ?

「なんだかよく分からないなあ……」

 井末が首を傾げているが、元はと言えばお前のせいだからな、これ。まあいいが。俺の口の中、今ミニカ○パンでいっぱいだから、まあ寛大な心でお前を許すが。カニ○ンに免じて許すが。


 ということで、お会計をしていたところ。

 妙にエピが、じっと俺を見ているなあ、と思った。思ったら、次の瞬間……ふに、と。俺の頬に、柔らかいものがくっついて、すぐ離れた。

「……エピさーん?」

「えへへ、隙あり」

 エピは、俺の前で固まっている井末なんぞ気にも留めずにそう言うと、ちょっと照れたように笑いながら、店の奥へ引っ込んでいき……そして、ひょこ、と顔だけ奥から出してくる。

「あのね。私、タス君より積極的なの!知らなかった?」

 うん。知らなかった。

 ……俺がぽかんとしている間に、エピはまた奥へ引っ込んでいった。

「……切戸」

「おう、なんだ井末」

 そして井末君はというと、俺の目の前でしっかりとエピの犯行を目撃していたもので……怒りと悲しみ、そして照れの入り混じったものすごい形相で、言った。

「他所でやってくれ!」

 ああ、うん。まあ、すまんな。ははは。

 ……人前でキスはやめとけって、エピに言っておこう。俺がやるんじゃなくてエピがやるんでも駄目だこれ。やっぱちょっと恥ずかしい。




 ということで、その後、エピが人前でそういうことをすることは滅多に無くなった。が、ミニカニ○ンを俺の口につっこみに来るところは譲らなかったので、井末が来るとエピがミニカ○パン片手に笑顔でやってくる、というのが恒例になった。

 ……一方、井末はと言うと、エピが満面の笑みでミニ○ニパン持ってやってきて俺の口にミニカニパ○突っ込んでいくのを見るだけでもダメージになるらしいことが判明したのでもうこれでいいか、ってことになった。

 まあ、ミニカニパ○食えて俺は幸せだし。井末が来るとおやつになるってことなので、井末が来るのがちょっと楽しみになったし。エピも俺にミニカニ○ンを食わせるのが何故か楽しいらしいし。これで全員幸せになったな!


 ……今度向こうの世界に行った時、ちょっと天国見て、ヨハンナさんが居たら連れて来てみるかなあ……いや、やっぱやめとこう。話がややこしくなりそうだし……。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 初めてカニパーを食べました。 うん。・・・ 製造が浜松なので西日本だとあまり馴染みがないのか。 7-11で見つけました。 [一言] キリンは無理やり過ぎる気がします。 あのねのねの赤と…
[一言] 更新がきてた…? ヤツの目の前で、視線を合わせてニコーっとやればいいんじゃね、と思ったらもっとすごいことしてた
[一言] 2年半ぶり…! 懐かしいです。2人が相変わらず仲良くて良かった(^^) カニパx食べたくなるけど、どこに売ってるのかな…近所にはない…ショボーン
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