おまけ3~魔王とパンと思い出補正~
パン屋『パンの国』の閉店後。
店の奥の休憩室兼居間でエピとカニ◯ン食いながら茶飲んでたら、魔王ルカスがやってきた。
……こうとだけ言えばかなり平穏なんだが、実際のところ、空飛ぶカ◯パン城が店の上空に停泊して、そこから(主に尻が)光り輝きながら降りてくるルカス様という、えも言われぬ絵面とご近所のざわめきとを挟んでのご来訪である。魔王ルカス様は本日もぐうの音も出ねえ問題っぷりを如何なく発揮しておられる。
「とりあえずルカス様。◯ニパン城で来る時はもうちょっと離れた場所に停めてから来てください」
「む?何故だ?ああ、店の上に城があったりするとショーボーホウとやらに引っかかるのだったか」
「消防法以前に空飛ぶ城から光る人が降りてくるとかそんな逆キャトルミューティレーションみたいな光景はこっちの世界でやっちゃうと色々面倒なんですって」
「タス君、見て見て、早速ばずってるよー」
「ああああ言わんこっちゃない!」
「む?ああ、この間言っていたとぅいったーなるものか。人々の記憶諸共消しておこう」
「己の失態を圧倒的能力で消していくのもどうかと思うんですけども」
「タス君、見て見て、早速消えてるよー」
「仕事早いな!」
「何、この程度造作もない。ついでにいんすたーの方も消しておいた」
「絶対にインスタ映えするとは思えねえ光景なのに……」
……という具合に、魔王ルカス様はこちらの世界でも非常に魔王であらせられるので、ご来訪頂く際には割と気苦労が耐えない。
いや、賢い人だからな、ルカス様。同じ失敗は犯さないんだけど、逆に言うと毎回バリエーション豊富な失敗を見せてくれるっていうかね……最初は真っ昼間の店の前、往来のど真ん中に開店祝いの巨大カニパ◯と共にパンツ一丁で瞬間移動してくれたからね……。
ということで、3人で茶飲みながら話すことになった。
最近の経営状況とか、カラン兵士長とユーディアさんのところの新作ワインが好調な売れ行きだとか、冬の精霊がジャムパン買いに来たとか、最近『パンの国』に井末がよく来てはエピを狙ってくるのでなんとかできないだろうかとか。
まあ、そんな他愛もない話をしていたところ。
「ねーねールカス様ー」
「何だ」
ルカス様がカ◯パン城について語っているのを遮ってエピが尋ねた。
「なんでそんなにかにぱーが好きなの?」
「何故、か」
ルカス様はカニパ◯の脚をもいでとんぼパンにしながら、ふむ、と首を傾げる。
「美味いから、では駄目か」
「えーと、……かにぱーって、そんなに美味しい……?」
「ソフトな口当たりと軽さ、生地の仄かな甘さは実に好みなのだが……」
……まあ、エピの言いたいことは分かる。確かに、◯ニパンは美味いが、他にも美味いパンはある。それでもカニパ◯にこだわるのは何故なのか、ということなのだろう。
「そうだな……」
魔王ルカスにもこれは難問だったらしい。少し長く考えてから、ルカス様は口を開いた。
「余にとってのかにぱーの味わいは、それ自体のものだけではないからだろうな」
「……ルカス様、かにぱーにジャムとかくっつけてるってこと?」
「いや、そうではない。ジャムをつけても美味いが」
「じゃあフレンチトーストにしてるとか?」
「いや、あれも形の面白さと蕩ける旨さを両立させた逸品ではあるが、そうではなく」
何と言ったら良いものか、と、ルカス様はお困りのご様子である。魔王にも言い表せないものってあるんだなあ。なら、ここは俺が1つ。
「……エピ。多分それは、『思い出補正』だ」
「お、思い出補正?」
「ああ、そうだ。カニパ◯は美味い。だがそこに、楽しかった思い出が加われば、もっと美味い」
どういうこと?とばかりに首を傾げるエピの横で、ルカス様は手を打った。
「成程。タスクよ、まさにそれだ」
「えっ?えっ?」
エピは理解が追いついていないらしいが、それを見たルカス様が解説を入れてくれるらしい。
「私が初めてかにぱーを口にしたのは、地獄の最下層でのことだった」
思い出すようにそう言って、ルカス様が遠い目をする。うん、あの時はルカス様半分凍ってたし頭3つあったしな……。
「氷漬けになって動けずに居た私を哀れんだ部下達が、その慰めにと地上より持ち帰ってきたのがかにぱーだったのだ」
「ああ……ファリー村で作ってた奴ね……!」
今度はエピが遠い目をしている。うん。カニ◯ンで村おこししちまうファリー村もファリー村だし、村でパン買う悪魔も悪魔だ。っていうか悪魔にパン売るなよ。いや、ちょっと待て、もしかして悪魔は普通にパン屋の行列に並んで、普通にカ◯パン買ったってことなのか……?だとしたら悪魔とは一体……ファリー村は一体何をして……?
「その時のかにぱーは焼きたてでな。氷に覆われた地獄の最下層でも、その温かさが感じられた」
別方向に遠い目し始めた俺を他所に、ルカス様はまたカニパ◯の脚をもいでいく。ついにせみパンになった。
「かにぱーの味は……まあ、言ってしまえば、さほど目新しくもない。これより美味いパンも、いくらでもあるだろう。だが……私には、私を思って部下達がこのかにぱーを持ち帰ってきてくれたということが、とても嬉しかったのだな」
ルカス様がカ◯パンの脚をもいで食べるのに倣って、俺もカニパ◯の脚を食べる。良く言えば素朴な、悪く言えば目新しくもない味わいは、俺の知るいつもどおりの◯ニパンだ。
「私が気に入ったと思ったか、それからも部下達はかにぱーを買って戻ってきた。わざわざ焼きたてを買うために店の前で3時間待ったこともあったとか」
悪魔の心意気はすごくいいけど悪魔が店の前で3時間も待ってる村とかこええよ。しかも待ってる理由が『焼き立てのカニパ○買いたいから』ってほんと別方向にこええよ。
「そして、地獄の最下層で部下達と共にかにぱーを食べることは、余の数少ない楽しみの1つとなった。部下と共に、このように脚をもいで見せ合う楽しさも知った。……そうしている内に、余はこのかにぱーが大好きになっていたのだ」
ルカス様はそう言ってその麗しい顔面に麗しい微笑を湛えつつ、ついに携帯電話パンになったカ◯パンを愛おしげに眺めた。
「ええと……つまり、かにぱーちゃん自体が好きなんじゃなくて、かにぱーちゃんと一緒にある思い出が好き、ってこと?」
エピは首を傾げながらそう言って、自分の結論に納得がいかないのかまた首を傾げる。
「それは違う。余はかにぱーをも愛しているとも。この素朴な味わいは好ましい。脚をもぐ楽しさも良い。……だが、そこに更に思い出が加わるからこそ、かにぱーは私の唯一無二なのだ」
ルカス様はそう言って、マウスパンになったカニ◯ンを食べ始めた。
その後、ルカス様はまた空飛ぶカニパ◯城でご帰宅あそばされ、俺とエピが残された。
「ねえ、タス君」
「何だ?カニパ◯食うか?」
「ううん、要らない。……じゃなくてね?その、ちょっと気になって」
まあエピがカ○パンをあまり食べたがらないのは知ってるが。
「タス君にとっても、かにぱーちゃんって、そうなの?」
「え?」
「タス君も、思い出があるから、かにぱーちゃんが好きなの?」
エピに言われて、思い出す。
「俺が最初にカニ◯ン食ったのは、家族でスキーに行った時だった」
随分と昔の話だ。まだ俺が小学生ぐらいの。忘れてもおかしくないぐらい、昔の事だ。けれど、今後一生、忘れないだろう思い出である。
「朝、日が出ない内から家を出て、スキー場に向かったんだ。山道ばっか走って……」
今は乗り物にそこそこ強いんだが、当時の俺は乗り物酔いが激しいお子様であった。なので車に乗る時はゴミ袋が必須だったのだが、その時は山道だったのにも関わらず珍しいことにゴミ袋のお世話にはならなかったのである。
「でも、雪が綺麗だった。見惚れてたんだ。そしたら車酔いどころじゃなかったな」
今も覚えている。
ようやく夜が明けてきたような空の中、シルエットになって浮かぶ木々。それらを覆い隠すように煙る、雪。
車窓を触ってみれば酷く冷たく、だからこそ俺は窓の外の景色に夢中になった。
「その内到着して。外、雪降ってて。すごく寒いんだけど、車の中はそれなりに暖かくて。母さんが水筒に入れてきてくれた温かいミルクティーと一緒にカ◯パン食ったんだ。別にカニパ○じゃなくても良かったはずなんだけどさ、道中のコンビニで見つけて、見た目が面白かったから買ったんだよ。確か。脚もいで遊ぶのが新鮮で楽しかったの覚えてる。それ、父さんと母さんに見せて、笑いあったのも」
言葉にすればそれきりの事だ。ただ、あの時はただ○ニパン食ってミルクティー飲んで笑って窓の外の雪眺めてスキー場の開場待ってワクワクしてる、その時間が、ものすごく楽しかった。
「変な話なんだけどさ、その後カニ○ン食ったの、大分後なんだ」
初めてカニパ○を食った日から時間が過ぎて、事故に遭って、1人になって、それから更にずっと時間が経って……その頃になったある日、コンビニでまたカニパ○を見つけたのだ。……逆に言うと、それまでの間、俺はカ○パンと再会することなく生きていたのである。コンビニに寄る生活してなかったし。
……その時にはもう昔の事を思い出すのがそれほど辛いものでもなくなっていたから、俺がカ○パンに対して感じたものは、ただ、なんとなく楽しかった思い出と懐かしさ、それから、今これを食ったらどう感じるんだろう、っていう好奇心みたいなものだった、と思う。
「で、まあ、食ったらそれなりだよな、カニパ○」
「うん」
エピの即答っぷりが潔すぎて何とも悲しくなるが、まあ、実際、それほど劇的に美味い食べ物でもない。決して不味くは無いし、むしろこの味は好きなんだが。
「でも俺はカ○パン、好きなんだ。好きだって思えて良かった」
……多分、俺がカニ○ンを好きだと感じるのには、多分、諸々……味以外の何かが関係してしまっているのだろうな、という、まあ、それだけの事である。
「……あのね、タス君」
「ん?」
「お話聞いててちょっと思ったんだけどね?その……人もおんなじだなあ、って」
「人?……はっ、まさかファリー村には人肉を食う習慣が」
「無いよ!?あの、食べるって意味じゃなくて」
唐突に話し始めたエピは困りながらも頭の中で色々まとめ始めたらしく、暫く表情をころころ変えながら黙り込み……。
「きっとね?私、タス君じゃない人と出会って、沢山お話して、一緒に楽しいことしてたら、その人のことを好きになってたんだろうなあって」
随分と怖いことを言ってくれた。
怖えよ。怖えよ。エピさん。それ言われると怖えよ。
「きっとタス君も、そうだったでしょ?私じゃない女の子と出会って、その子と一緒に旅をして……そうしたらきっと、その子の事、好きになってたと思うの」
「ず、随分とドライな考えをお持ちで……」
案外ドライなエピの一面を見てしまって何とも複雑な気持ちになりつつも、しかし、そう言われてみればそのような気もする。確かにな。エピじゃない子と旅をしていたら……いや、エピだったから、一緒に旅を続けられていた気もするが……。
「人もかにぱーちゃんと同じで、きっと、一緒に色んなことして、沢山の思い出があるから、好きになるのよね」
「……かもな」
出会ってすぐに、人を好きになれることはあまり無い。
それはその人の事を知らないからでもあり……その人との記憶が無いから、でもあるのではないだろうか。
会った事の無い人の超仔細なプロフィールとか渡されて読んだところで、その人を好きになれるとは思えないしな。
案外、一緒に居て、一緒に何かをやった、ってことが大切なのかもしれない。
「だから、タス君がかにぱーちゃんを好きな理由がわかったの。私もおんなじだもん」
ふにゃふにゃした笑顔でエピはそう言って、それから明後日の方向を向いて、言った。
「私、タス君のこと、大好きだもの」
「……カニパ○、食うか?」
「嫌。クリームパンが良い」
あんな話の後だったのでとりあえず場の空気の為にも聞いてみたのだが、カニパ○は振られた。最早○ニパンと一心同体である俺としては非常に悲しい。
しかし、それにしてもエピは本当にクリームパン好きだよなあ……。なんでこんなに好きなんだか。
……あ。
そういや、エピに初めて食べさせた菓子パンが、クリームパンだったか。
エピのクリームパン好きも思い出補正なのかもしれない。そう考えると、また明日も元気にかにくりーむぱんを売ろうという元気が出てくるのであった。