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おまけ2~夏の男と冬の女~

「タスク!エピ!」

 ある日の夜、俺達のパン屋に凄い形相で駆け込んできたカラン兵士長。あまりの形相に、俺もエピも、ついうっかり「ひぇっ」みたいな声を出して驚いた訳だが。

「ユーディアは、来ていないか!?」

 続いたセリフに、更にびっくりすることになった次第である。




 現在、カラン兵士長とユーディアさんは同居というか同棲中だし、パン屋とワイン屋やってるし、相当に仲睦まじいかんじに生活してたはずなんだけど、なんかあったんだろうか。

 ……いや、絶対これ、なんかあったんだな!カラン兵士長が死にそうな顔してる!世界が終わりそうな顔してる!死なないで、カラン兵士長!世界の終わりは多分もうちょい先です!

 とりあえず、店の奥でお茶を出しつつ、話を聞いてみることにした。

「ユーディアさん、迷子になっちゃったの?」

「いや、家出だろこれ……」

「いや……」

 エピがボケかましてくれたので補足したら、カラン兵士長がますます死にそうな顔になる。

「何かあったんですか?」

「それが……」

 カラン兵士長が懐から出してくれたものは、くっしゃくしゃになった手紙。

「これを、見てくれ……」


 渡された手紙を、エピが読み上げてくれた。

「えーと……『この間の魔物の襲撃の際はお疲れ様でした。エスターマが今こうして無事にあるのも、あなた方のおかげです。しかし、魔物と戦うあなたを一目見て、恋に落ちてしまいました。まるで舞うかのような流麗な剣技。魔物と向き合う表情の凛とした美しさ。今でも鮮やかに思い出すことができます。あなたには特定の相手が居ることも分かっていますが、この思いを諦めることができません。次の満月の夜、広場の噴水前へ来てください』……だって」

 エピは淡々と読み上げ。

「……えーっ!?こ、これ、ラブレター!ラブレターじゃない!?ねえ、タス君、これ、ラブレターじゃない!?ねえ!ねえ!」

「そうだなあ、ラブレターだなあ、エピ」

 興奮気味に俺をガクガクガクガク揺さぶってくれるエピに答えつつ、俺は……死にそうになっているカラン兵士長が心配で心配で仕方がない。

 ちなみにエピは俺の事を『タス君』と呼ぶことにしたらしい。呼び捨ては何となく違うんだそうだ。俺はツール・アシステッド・スピードラン君になった気分である。複雑。

「兵士長」

「ああ……」

「この間の魔物の襲撃、って、ドラゴンが襲ってきたアレですか?」

「多分、そうだな……」

 ついこの間、エスターマ王国には何故かドラゴンが数匹、襲い掛かってきたばかりだ。

 ただし、カラン兵士長やユーディアさん、エスターマの兵士達。そして何より、空飛ぶカニパン城から落雷攻撃ブチかましてくれた魔王ルカス様によって、無事にドラゴンは撃退されたのだが。

「では、このラブレターの差出人は、その戦いの中でユーディアさんに惚れたと?」

「そうとしか思えん……」

 成程な。確かにユーディアさんが戦う姿は美しい。一目惚れが続出しても全く不思議じゃない。

 ……どうも、夏の国エスターマの男は、冬の国ハイヴァーの女に憧れを持つことが少なくないんだとか。やっぱり、自分に無いものを持ってる相手に惹かれるものなんだろうか。

「ね、ねえ。カラン兵士長!今日、満月の夜よね?」

 だがそんなことを考えるより先に、空を見なければならない。

 なんと!空には!満天の星空と共に、輝く満月!

 ……ラブレターの文面にある、約束の日、約束の夜である。




「噴水前にはもう行ったんですか?」

「行った。だが、誰も居なかった。そして……」

 そこでカラン兵士長は、頭を抱えた。

「近くに居た人が、ユーディアともう1人、誰か人が一緒に連れだってどこかへ行くのを見た、と……!」

 ……。

「つまり、ユーディアさんは、家出ではなくて、駆け落ち」

「か、駆け落ち!?ええええええええ!?駆け落ちなの!?」

 俺とエピが確認するように言えば、カラン兵士長はがっくりとうなだれて、頷いたのだった。

 ……えー……。




「それじゃあカラン兵士長、こんなところに来ている場合ではないのでは?エスターマ中を探し回った方がいいのでは?」

「もうやったさ……」

 流石です兵士長。

「だが、エスターマ中のデートスポットも宿も探したが、見つからなかった!」

 逆にエスターマ中のデートスポット把握してるんですか。流石です兵士長。

 しかし、そこまで探して見つからないってなると、本当にどこへ行ったか、まるで分からない。

 いや、ユーディアさんがカラン兵士長を放り出してどこかへ行くってことはないと思うから、多分、明日ぐらいには帰ってくるんじゃないかと思うんだが。

「ねえ、ちょっと待って」

 が、考え始めた俺達に、エピのストップが入ったのである。


「……ねえ、カラン兵士長。このお手紙って、どこにあったの?」

「ユーディアの部屋の前の廊下に落ちていたんだ」

「その時、もうこんなにクシャクシャだったの?」

「ああ。できるだけ手がかりはそのままにしておきたかったからな、私は特に何も……」

 そこでカラン兵士長も俺も、気づいたのである。

「ね?このお手紙、大切にしたいんだったら、こんなにクシャクシャにしないと思うし……それにもし、ユーディアさんが本当に駆け落ちしたいんだったら、このお手紙も持って行くと思うよ」

 成程、エピの推理には一理ある。

 確かに、ユーディアさんが本当にこの手紙の差出人の元へ行ったなら、この手紙も持って行くだろう。

 或いはそうしないにせよ、手紙をこう、握りつぶしたようなぐしゃぐしゃ加減にはしないはずだ。多分。

「そ、そうか。ならユーディアは駆け落ちしたわけではなく……」

 ほっとした様子のカラン兵士長。うんうん、よかったな。うん。いや、頭冷やして考えれば、まずあのユーディアさんがそういうことするとは思えないと思うんだけどな。恋は盲目なんだろうか。

「あのね。それだけじゃなくて……このお手紙、ホントに、ユーディアさん宛てなの?」

 ……だが、続いたエピの言葉に、俺もカラン兵士長も、固まらざるをえなかった。




「……ど、どういうことだ?」

「エピ、説明してくれ」

 戸惑う俺達に、名探偵エピは咳ばらいをしてから、説明してくれた。

「まずね。この便箋、かわいいの」

「かわいい」

「かわいい?」

 言われてみれば、確かに、シンプルながらもよくよく見れば、角にレースのような透かし模様が入っている。うっすらと空色の紙の色とも相まって、儚げで清楚なイメージだ。

「タス君だったら、女の子にお手紙出す時、こういうの、使う?」

 言われて、考える。

 ……ふむ。

「いや、8枚切りの食パンに書いて出す」

「それは駄目」

 ものすごい顔をしたエピにダメ出しを戴いてしまった。駄目か。

「……ええとね。タス君は女の子にラブレター書いちゃ駄目ってことは置いといて……」

 駄目か。

「この便箋の選び方って、多分、女の子の選び方だと思うのよね。清楚で、綺麗で可愛くて。それに、ほら。字も可愛いでしょ?丁寧に書いてあって。きっとこれ、女の子の字よ」

 ……言われてみれば、そう見えてくる。

 そうか。これは女の子が出した手紙で……かつ、ユーディアさんはこの手紙を握りつぶしたと思われ……。

 ……俺は、恐ろしいことに気付いてしまったかもしれない。


 まず、確認だ。

「カラン兵士長」

「な、何だ?」

「兵士長は、モテますよね?」

「は、はあ!?ど、どういうことだ!?」

「モテますよね?能力があって性格が良くて顔が良いんですからモテますよね?」

「い、いや、俺は、そういう……」

 本人はおろおろしているが、多分、いや、絶対モテるぞ。この人。何せ強い。そして性格もいい。更に顔もいい。もう駄目だ。これはモテる。ましてや情熱的なエスターマ王国。強くて逞しい兵士長殿がモテない訳が無いのである。

「兵士長ご自身はラブレターを貰った事は」

「な、無いわけでは……ないが……いや、でもここ最近は全く貰っていないぞ?何せ、兵士長の職を退いたからな」

「ラブレター貰った事あるのかよ!この野郎!羨ましい!死ね!」

「どうした!?落ち着けタスク!」

 そして実績もある。うん。この兵士長だ。まあ、当然だよな。ラブレターの10や20は簡単に貰ってきたんだろうな。この人。

 ……さて。

 これで、推理材料は揃った。


「ではカラン兵士長」

「急に落ち着くな、びっくりする」

「エスターマで、決闘とかバトルロイヤルとかに相応しい場所は何所ですか?」




 モテるカラン兵士長。

 女性からのラブレター。

 それを握りつぶしたユーディアさん。

 そして、カラン兵士長に行き先を告げずに消えたユーディアさん。

 ……もう、お分かりいただけただろうか。

 この事件は、そう、悲しいすれ違いと、冬の国の異文化、そしてユーディアさんの思い切りの良さが引き起こしたものだったのである!


 ということで俺達は、エスターマ王国のコロシアムへとやってきた。

 夜中なのになぜか騒がしいそこへ入ると……恐ろしい光景が、広がっていた。

 ステージ上には、死屍累々と倒れる若い女性達。

 あちこちに散らばった、元々はラブレターだったと思しき、紙屑。

 そしてそれらの中央で、拳を高々と掲げているユーディアさん。

 ……うん。

 俺、こういう時どういう顔したらいいんだろうな。ちょっと分からねえや……。

「こ、これは一体……!?」

「あのね、カラン兵士長。これ、きっと……」

 どんな顔していいか分からない俺に代わって、エピが説明してくれた。

「カラン兵士長にラブレターを出した人達を、ユーディアさんが、とっちめたのよ」




 余りにも予想外の真実に、カラン兵士長は開いた口が塞がらない様子である。

「な……何だと……!?」

 そうして思わず大声を上げたカラン兵士長に、ステージ上のクイーンオブグラップラーことユーディアさんが、気づいた。

 少し驚いたような表情を見せた後、ステージ上から大きく跳躍して、俺達の居る場所までやってきた。

「カラン、どうしてここへ?」

「俺にもよく分からないんだ……」

 兵士長はすごく正直であった。気持ちは分かる。なんでこんなことになってんのか、きっと誰も分からない。ユーディアさん以外。

「そう」

「あ、ああ」

 そしてユーディアさんは、細かいことは全く気にしないタイプである。気にしなさすぎなんじゃないだろうか。

「それで、ユーディアは、何故ここに?というか、何をしていた?」

 ようやくカラン兵士長はそれを聞く。するとユーディアさんは、事も無げに、言った。

「あなたをかけて戦っていた」


 随分と男前な台詞である。いや、実際、男前であった。先程の、ステージ上で拳を掲げるユーディアさんの姿は、さながら世紀末覇者か何かのようであった。

「お、俺をかけ……?」

 そして全く理解が追いついていないカラン兵士長に追い討ちをかけるように、ユーディアさんは続ける。

「あなたに惚れた人が沢山いたらしい。中には私に直接、あなたを諦めるように言う人も居た」

 多分、全く知らなかったんだろう。カラン兵士長は次々に明かされる真実に、衝撃を受けっぱなしである。

「だから、戦うことにした。ルールは簡単。最後に立っていた者が勝者。全員まとめて掛かってくればいい。……本当に欲しいものを得る為なら、戦うことを避けてはいけない。戦って、戦って、己の手で勝ち取るべき。イスカではそう教えられた」

 つくづく、イスカ村だけ異文化すぎるんじゃないかと思わないでもない。なんでそんな世紀末覇者養成施設みたいなことになってるんだろうか、あの村は。

「そして私は勝った」

 そう言って誇らしげにするユーディアさんは、よくよく見れば、武器も防具も装備していない。どうやら本当に己の身1つ、拳1つで勝ち抜いたらしい。流石である。

 ユーディアさんは、説明は終わった、とばかりに胸を張りつつ、言葉を止めた。

 それを見ながら、カラン兵士長は必死に考えを巡らせているらしい。

 混乱と混沌の渦中で、兵士長は必死に、必死に、考え、考え、考え……そして。

「……このままでは男の沽券にかかわるな」

 そう、言ったかと思うと……ユーディアさんに笑いかけ、カラン兵士長は……懐から、紙とペンを取り出した。

 そして何事か、さらさらと書きつけると、それをユーディアさんに握らせた。

「……これは?」

「後で読んでくれ」

 カラン兵士長はユーディアさんの手を握ったまま、続ける。

「ユーディアはハイヴァーの、そしてイスカの民だ。だからイスカの流儀に従って動いたのだろう?その……俺を得るために」

「そう」

 素直に頷くユーディアさんに満足げに頷き返し、カラン兵士長は笑みを浮かべた。

「ならば俺は、エスターマの流儀に従って、あなたを手に入れてみせよう。当面は、そうだな……ユーディアが倒した人の数だけ、恋文を送らせてもらおうか」

 ユーディアさんは、きょとん、としつつ、急速に何事かを理解し始めたらしく、無表情の中にも何事か、焦りのようなものが見え始めた。

「では俺は先に失礼することとしよう。買い物の用事ができたのでな。ひとまず、便箋を買ってこよう。……タスク、エピ。迷惑をかけたな。ありがとう」

 そうしてカラン兵士長は俺達への礼もそこそこに、足取りも軽く、コロシアムを後にしたのであった。


「……」

 取り残されたユーディアさんは、神妙な面持ちで、手に残された紙切れを読み始め……。

 ……白い頬を紅潮させ、口元をふるふると震わせ、きゅっ、と眉根を寄せ、眉尻を下げ……非常に、照れつつ困惑しているらしい様子を、見せてくれた。

 あのユーディアさんが。あのユーディアさんが!

「た、タス君……私、ユーディアさんがああいう顔するところ、初めて見た……」

 エピもつられて熱くなったらしい頬を押さえつつ、きゃあきゃあと小さく騒いでいる。

 うん……なんというか、割とそういう印象無かったけど。

 兵士長は確かに、かの情熱的な夏の国の方であらせられたらしい。うん。




 そうして事件は幕を閉じた。無事に、とは言えないかもしれないが、とりあえずなんとか丸く収まった、という訳だ。

 ユーディアさんはそれから毎日のようにカラン兵士長から手紙を貰い、その度に氷の表情を溶かしているらしい。

 らしい、というのは伝聞だからである。カラン兵士長が自慢してくれた。自慢しなくていい。自慢しに来なくていい。なんか嬉しいのは分かるが、わざわざ俺に言いに来ないでほしい。この野郎!カニパ○に埋めるぞ!




 ……さて。

 そんなめでたしめでたし、の、数日後。

「はい、タス君」

 俺はエピから、1通の封筒を渡された。

 事務的な請求書とかの類か、とも思ったが、それにしては封筒が可愛らしい。

 裏返してみれば、封筒の宛名は俺、差出人はエピになっていた。

「ええと、これは?」

 早速、差出人に聞いてみると。

「あのね、らぶれたー」

 そんな返事が返ってきた。

「ほら、タス君、貰ったことないって言ってたでしょ?だから折角だし、私が第一号になっちゃえ、って思って。えへへ……あ、ここでは開けないでね、恥ずかしいから」

 ……エピはそう言って、はにかむのだった。


 そんなある日の出来事。


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