13話
「お待ちください!春の精霊様!」
「違いますうううう!」
「いいえ!確かに石があなたに反応している!何故お逃げになるのです、精霊様!」
「いやあああああああ!」
俺達は救世主の方から逃げ回っていた。
市場を抜け、裏道を抜け、大通りを突っ走り。
ひたすらひたすら逃げ回っているのだが、何故か、救世主の方には俺達の居場所が分かるらしい。撒いても撒いても追いつかれる!
「く、くそ、なんなんだ!なんなんだあいつううううう!」
「こわいよ!こわいよ、タスク様ああああ!」
「お待ちください!精霊様あああああ!」
もうカオス極まりねえ!何なんだ!何なんだよ!一体何をしたっていうんだ!
「何したんだ春の精霊いいいいいいいいい!」
絶対!絶対!あいつがなんか!したんだろ!
逃げ回っていたが、限界が来た。
「捕まえましたよ」
「ごめん……ちょっと……待って……」
「息が……息が……」
救世主の方は非常に涼しい顔をしておいでであるが、俺とエピは石畳の上に座りこんでゼエゼエやっているところである。
だが、救世主の方はそんな俺達に構うことなく近づいてきて……エピの手を取った。
「ああ、春の精霊様。ようやくお会いできました」
「え……?」
手を取られつつ、エピが横向いて俺を見る。
でも俺も正直、どういう事なのかさっぱり分からん。
救世主の人を観察してみよう。
身長は俺より少し高いと思う。髪は若干茶色っぽい。顔立ちは整っている。爽やか系イケメンである。
……しかし、何故かエピの手を取ってエピを見つめてエピを『春の精霊様』と呼んでいるのである。ここだけ見たら只の変質者である。何なんだこの人。何なんだこの状況。
だが、状況がサッパリであっても、とりあえず、この状況から逃げないといけないことだけは分かる。
何かの拍子に俺が『救世主』だとバレたら何かが決定的にヤバい気がするし、大体、エピが捕まっていたら出発できねえし。
「遺跡に残っていたこの石は、確かに春の精霊様のお力の顕現。そして、この石はあなたと共鳴している。つまり、あなたが春の精霊様なのですよね?」
「え、あの、違」
「大丈夫ですよ、精霊様。遺跡が魔物によって荒らされたことは分かっています。入り口付近では王都の兵士が倒れていましたし、遺跡の中も荒れ放題でしたからね」
……しかしここで、俺とエピに衝撃走る!
そうだ。そうだった。
俺達、王都の兵士に対して攻撃した挙句、遺跡荒らしもしてるんだった!
「ですから精霊様がお逃げになった事は正しかったのです。それにご安心ください。遺跡の中に魔物はもう居ませんでした。それに、もし魔物を見つけましたら、この私が必ずやあなたをお守り致します」
ここで俺達がうっかりボロを出すと!俺達が!『王都の兵士を襲撃して遺跡を荒らした魔物』ってことにされる!
そしてさらにそうなった場合、芋蔓式に俺の能力がバレる可能性が非常に高い!
エピは俺を見た。
俺はエピを見た。
……そして、頷き合って、お互いに意思を確認。
つまり、『このまま嘘を貫き通して無事、ブーレの町を脱出する』という意思を、だ!
「そ、そうです。私が春の精霊ですっ」
エピは大根役者であったが、それが却ってそれっぽくもある。
少なくとも、本物の春の精霊の真似をするよりはよっぽどそれっぽい。
「ああ、春の精霊様……ようやくお会いできました。お会いできて光栄です」
「は、はい……あ、あの、手を、放してください。逃げませんから」
「え、あ、も、申し訳ありませんっ」
……もじもじするエピを見て、救世主の人は慌てて手を放してくれた。よし、これで最悪の場合、エピ引っ掴んで逃げられるぜ。追いつかれる気がするけどな!
しかし、改めてエピを前にして、救世主の人、動かず。
何なんだ。お前は黙るために俺達を追いかけ回してたってのかよおいおいおい。
「あの、あの、それで、用事は」
仕方が無いのでエピがそう口に出すと、はっとしたように救世主の人が動いた。やっとか。
「はい。これから私は救世主として、この世界を救ってみせます。魔王を倒し、必ずや、この世界に平穏を」
すげえ。救世主っぽい。俺とは大違い。
「……ですので、私にどうぞ、祝福を賜りたく」
そう言って救世主の人はエピに傅き、頭を垂れた。
祝福。
……って、何だろうな。わかんね。
そして分かんねーのはエピも同様らしい。エピが必死の形相で俺を見つめている。うん。ヘルプか。分かった。
「頭を上げよ、救世主よ」
「は……あ、あなたは?」
救世主の人は、俺を見て不審げな顔をした。気持ちは分かるが今は不審に思わないでほしい。
「俺は春の精霊様をお守りするパンの精霊だ」
「パンの」
「パンの」
おい、不審げな表情を濃くするんじゃねえ。これ以上無い説得力だろうがよ。
「救世主よ。春の精霊様の祝福が欲しくば、試練を受けるがいい」
「試練、ですか」
救世主の人は不審げな顔ながらも、どこか『それっぽくなってきた』みたいな顔をし始めた。いける。これは押せばいけるぞ!
「そうだ。辛く苦しい道程であるが、その覚悟はあるか?春の精霊様の祝福を得るに値する人間であると証明する覚悟はあるか?」
至って真面目な顔をして問えば、救世主の人もキリッとして答えてくれた。
「はい。勿論です!」
「よろしい。ならば……『春風妖精工房』へ赴くがいい。そこに居る砂糖菓子の精霊が、汝に試練を課すであろう」
「よかったのかなー」
「まあ、いいだろ。多分」
救世主の人をロリータオヤジの店に誘導してしまったが、反省していない。毒を以て毒を制す、である。
「じゃ、今の内に逃げるぞ、エピ」
「うん」
ということで俺達は街門に向かって歩き始めた。
……ところで。
「あ、あのっ、春の精霊様!」
げっ!なんか救世主の人が戻ってきやがった!
「はいっ!なんでしょう!」
エピもエピで、混乱しつつも対応!
「そ、その」
しかしここで救世主の人、動かない!何なんだ!わざわざ戻ってきて黙りに来たのかよお前は!
「……差支えなければ、なのですが」
「は、はい」
救世主の人は、エピに向かっていった。
「再会の約束として、その御髪のリボンを賜れませんでしょうか」
エピは、しばらく迷っていたようであった。多分、リボンが惜しいとかじゃなくて、なんとなく渡すの気持ち悪い、っていう意味で。
「……分かりました。どうぞ」
しかしエピは潔く(と言うにはちょっと迷いまくっていたが)、リボンを解いて救世主の人に渡した。
「ありがとう、ございます」
救世主の人はリボンを握りしめて、笑顔を見せた。
「私の名前は井末慶人。必ずや試練を終えて、あなたの元へ戻ります!」
そして爽やかに去っていった。
……。
「な、なんだったんだろう……なんであの人、リボン欲しがったんだろう……可愛いもの、好きだったのかな……」
「なら『春風妖精工房』に誘導したのは善行だったかもな!」
うん。俺、良い事をしたな!うん!そういうことにしておこうかな!
夕方の乗合馬車に乗り遅れると、今度こそ詰みそうだったので、さっさと街門近くへ行って待つことにした。
「ところで、何でさっきの人、私の事、春の精霊様だと思ったんだろ」
「あー、それ、あの時の石じゃないか?」
原因は多分、春の精霊がエピに渡したあの石だ。
アレが春の精霊の力なら、『遺跡に残っていた石』がエピに反応するのもおかしくない気がする。
「それから、もしかしたら、タスク様のフライパンにも反応してたのかも」
「……否定できねえ……」
ま、まあ、多分、そうなんだろうけど。2人一緒に居たから、そこら辺の判別は付かなかったのかもな。或いは、見た目でエピが春の精霊だって判断したか。
……うん。
「まあ、確かに見た目、春の精霊ってかんじだもんな」
「え、ええっ!?」
ロリータオヤジのコーディネートによって、エピは可愛い恰好になってるしな。
「……まあ、これから厄介なことにならなきゃいいけど」
「うん。そうだね……」
……とりあえず、心の中で救世主の人……井末慶人、っていうんだったか。うん。井末君に合掌しておいた。
君も可愛い恰好になってくれたまえ。お勧めは『お砂糖菓子と妖精の戯れ』だぜ。白いレースがキュートなんだぜ。ははっ。
そうして俺達は街門前で馬車を待つ。
俺達はこれから南行きの馬車に乗って、次の町、マルトの町へ向かう。
その間、馬車でも3日ぐらいかかるらしい。うっかり徒歩とかにしなくてよかった。
「ねえねえ、タスク様、マルトの町ってどんなところかな」
「あ、エピも知らないのか」
「うん。だって私、ファリー村から出た事、ほとんど無いもの」
そりゃそうだ。
……異世界人と筋金入りの田舎者の2人旅って、結構危ないな。
「おや、2人はマルトの町に行くのかな」
そんな俺達に声を掛けてきたのは、大きな荷物を背負ったおっさんであった。
「あ、はい」
「そりゃあいい。あそこは良い所だよ。特にお嬢ちゃんはきっと気にいる。マルトは花の町なのさ」
「花の町?」
「ああ。マルトは花の町。たくさんの花に囲まれて、花を育て、花を使っている町さ」
杉とか檜とかブタクサとかが大量なんじゃないだろうな。俺は嫌だぞ、花粉症大勃発しそうな町は。
「花は綺麗なだけじゃない。薬効があるものもあるし、魔法の材料にもなる。見ていてきっと楽しいはずさ。それに、もうじき祭があるからね。もし時間があったら見てみるといいよ」
……花の祭、とか言われると、なんとなく俺は場違いな気がするぜ!花祭りはお釈迦様の誕生日だからな!
「さて、ところで2人とも、馬車が来るまで商品を見ていかないかい?私は行商人でね。数代前の救世主様にまつわる商品をたくさん集めているのさ。これが中々面白くてね」
マルトの町の説明をしてくれたおっさんが、荷物を下ろして中身を見せてくれた。
ほうほう、過去の救世主にまつわるアイテム、ってのは気になるな。
……と思った。
思ったが、そんな思いは一瞬で砕け散った。
「これなんかどうだい?雨ごい人形を模したという人形だよ!」
てるてる坊主!
「それともこっちがお好みかな?傷にかけると呪いを防げる聖水だよ」
マキ○ン!
「それからこんなのもあるよ。水の災いを避けることができるという守り杖だ」
トイレできゅっぽんってする奴!
……行商人のおっさんは、おっさんが乗る馬車が来たのでそれに乗って、別の方向へと旅立っていった。
とりあえず、分かった事がある。
数代前の救世主って奴は、とてもユーモアにあふれた人だったんだろうなあ!
少しして、南行きの馬車も無事にやってきた。
俺達は他数名のおっさんやお兄さんと一緒に馬車に乗り、マルトの町に向かって出発したのである。
馬車は4頭立ての大きな物だった。乗り心地もそんなに悪くない。揺れるけど。
……しかし、アレだな。
こう、馬車でガタゴトやられると、歌いたくなってくるな。歌わないけど。
別に俺、子牛じゃないし。孔子でもないし。
「タスク様、今日は街道沿いのお宿で1晩停車するって」
「へえ、宿屋がちゃんとあるんだな」
「あのね、タスク様。多分、ファリー村からブーレの町までがおかしかったんだと思う」
ご尤もである。
乗合馬車なんてものがある時点で、ファリー村からの道程とは大違い。人の行き来もたくさんあるって事だし、そしたら、その途中に宿屋を構える人が出てくるのも当たり前だよな。需要があるんだから。需要があるんだから!
「そのお宿、ご飯とお酒が美味しいんだって、そこの戦士さんが言ってたよ!楽しみだね、タスク様!」
「ああ。酒はともかく、飯が美味いのは良い事だよな」
「うん。私もお酒はいいや」
単純に食べ物を手に入れるという事では、俺が石をパンにすればいいんだが……やっぱり、3食パンだと、どうにも飽きる。というか俺は、この世界に来て最初のパン掘り作業で既にパンに飽きかけている。
なので、こういう旅路でパン以外の食事を摂れるってのは、貴重なことなんだよな。
「……えへへ。こういう時、旅っていいなあって思うの。美味しいご飯に、新しい町に。素敵だよね」
エピはそう言って、うっとりとしている。
……うん。正直、俺も楽しい。魔物が出る怖い世界ではあるが、この異世界の旅路も悪くないか、と思い始めていた。
ま、いいよな。いきなり異世界に召喚されたと思ったら能力は石パン水ワイン、そのせいで殺されかけ、パンをひたすら掘り続けるという苦行に突入、っつう、不幸ストレートフラッシュみたいな状態だったんだし。
ちょっとっくらい、楽しんだって罰はあたらねえだろ。多分。
そうこうしている内に、気がつけば太陽が沈みかけ、辺りは夕闇に包まれていた。
「……ん?……うおっ!?」
そして、そんな中、唐突に馬車が急停車。と、同時に、凄まじい揺れ。馬が暴れているのか?
「くそ!盗賊団だ!」
御者の声に、馬車の外を見ると……。
「へっへっへ!有り金と食い物、置いていきな!そうすりゃ命は助けてやるよ!」
とうぞくのむれが あらわれた!
……ちょっとっくらい、のんびり旅路を楽しませてくれよなあ……。