126話
「……ということは、魔王モルスの居場所は分からぬ、ということか」
「俺も確認したわけではないから何とも言えないな。何せ、3人とも死んでしまったから……」
さて。
俺達は歩きながら滅茶苦茶不安になっている。
なにせ、倒そうという相手の場所が分からないのである。これはどうしたものか。
「……とりあえず、現地に行ってみればいい。そこに居れば倒せばいい。居なくても手掛かりくらいは残ってるはず」
「うん、そうよね!とりあえず頑張ってプリンティアまで行こ!それから考えたって遅くないもんね!」
が、まあ、考えても仕方がないし、不安がっても仕方がないのだ。それは分かってはいるのだが。
……居てくれればいいなあ。できれば弱体化とかして、そこら辺の小石に紛れて半分死にかけとか、そういう状態で、かつ、分かりやすく……。
地獄の門があるのは秋の国オートロンであったので、俺達はそこから海を越えて、春の国プリンティアまで戻ることになった。
「なんかへんなかんじ。プリンティアに帰ったら死んじゃって、生き返って、またプリンティアに帰ろうとしてるなんて」
「間にとんでもないの挟まってるからな、それ」
エピからすると、旅立ち、冒険、帰省、死亡からのまた帰省、か。中々にアクロバティックな旅路である。
「魔王もやっつけて、全部平和になったら、ファリー村の村長さんにお礼言わなくっちゃ。私、あの時タスク様と一緒に村を出てよかったな、って思うから」
「そうだな、俺としても、村長にはお礼を言わないと。エピが居なかったら途中でのたれ死んでただろうし」
「あっ、それから、あっちこっち行こうよ、タスク様!いろんな人に会って、助けたり助けてもらったりしたもの」
「魔王倒した後に世界一周も悪くないか」
「世界一周、か。いいな。俺も付いていっていいだろうか?」
「私も行く」
「なら余もついでに行くか」
「あはは、わあい、じゃあまた皆で旅するのね!楽しみ!」
魔王モルス討伐前、しかも当の魔王はどこに居るのか分からない、という状況ではあるが、どうせ、一度プリンティア城跡地まで行ってみないことには何も分からないのである。ならばそれまで気を張り続けているというのもアホらしい。
それにこの面子だ。道中がのんびり雑談だらけになるのも已む無し、なのであった。
そうして俺達の旅路は数日続いた。
オートロンの海辺まで到達したら、そこからパン橋を渡っていく。
途中から歩くのが面倒になったが、知恵の実で強化されたユーディアさんにパン橋を全てしっかり凍らせてもらってインフラならぬパンフラ整備をしっかり行った上で、氷の上をボブスレーでシャーッて滑って移動することにした。速い速い。
そうして俺達は夜、月が高く昇る頃にプリンティアに到着。そこからはまた歩いて、プリンティア城まで進んだ。
……のだが。
「明らかに怪しい雰囲気しかしない!」
「うわあ、夜なのに暗雲立ち込めてるって分かるよ、タスク様ぁ……」
そこにあったのは廃城と、そこに立ち込める暗雲であった。
夜より暗いその近辺は、明らかにもう、何かある。何かある。近寄る前から遠巻きに見て帰りたくなる。なんだこれ。なんだこれは。
「あの、夜より暗き淀みは……間違いない!間違いなく、モルスが居る!あそこに居なかったとしても、すぐ近くなのは間違いなかろうな!」
「ということは!ここら一帯全部パンにすれば!」
「やめてね、タスク様」
「はい」
だめだった。まあうん、俺だって流石にここら一帯全部パンにしようとか本気で考えているわけじゃないから安心してほしい。流石にやらない。流石に。
「……まあ、一度近づいてみないことには分からないな」
「百聞は一見に如かず」
俺達は嫌な予感しかしない中、プリンティア城跡地に向かって進んでいったのだった。
そして、その結果。
「これは……人、だ、よな……?」
「え、えええー……ど、どうなっちゃってるの?この人達、どうしたの?」
俺達は、人々に囲まれている。
極々普通の人達に見える彼らは、手に手に包丁だの斧だのを持って、俺達を囲んでいるのである。
尚、言葉は無い。表情も無い。明らかに何かがおかしいのは間違いないのだが。
「……失策だったか。朝を待って突入していれば……くっ」
「いやぁ、こればっかりはもうどうしようもないですって……」
だがこの状況にならざるを得なかった。仕方が無かったのは間違いない。
「……操られているだけだとしたら、彼らを傷つける訳にはいかない、な……!」
「となると、とりあえず逃げるしかなさそうだが。頼めるか、タスクよ」
「ああ、それはもう俺の十八番なんで……」
人々に囲まれていても関係無い。何故なら今、俺達の足下は石畳だから!
一気にパンを伸ばして生やして、俺達は上空に向けて緊急脱出。
そこから更にパンを伸ばして、人々の壁を越えてゆけばいい。
……と思ったのだが。
「させるか!」
聞きおぼえがあるような無いような、そんな声と共に、何かが一閃。
「タスク様!パンがっ!」
エピの悲鳴と同時に、ぐらり、と、足元が揺れる。
俺達を支えていたパン柱が切断されたのだ、と分かった。
「切戸匡!」
咄嗟にパンを立て直す中、俺の耳は久しぶりに、俺の本名を呼ぶ声を拾う。
「よくもやってくれたなああああああああ!」
「……うっわ」
パン柱を切断し、そしてあわよくば俺の首も切断せしめんとばかりにやってくる人。
それは、某救世主。
「お前生きてたのかよ……井末」
井末君であった。
「ああ生きてるとも!……このパン野郎!よくも、よくもやってくれたな……!」
井末は憎悪をむき出しにして俺を睨んでくる。
とは言われても、俺はこいつを全裸にして現世に送り返したぐらいしかしていない。いや、十分か。十分でした。
「うるせえぞ生魚野郎!お前らが頓珍漢なことしてるから悪い!」
が、相手からすれば俺達は悪なのかもしれないが、俺からすればあいつが悪だ。正義の対極にあるのはもう1つの正義、とはよく言ったもので……。
「お前……地上に居る、ってことは……まさか、神を手に掛けたのか」
「ああ。やったぜ!」
井末の表情が、益々鋭くなる。
「そして……今度は地上の王を……モルス様を狙っているんだな!?」
「あんな化け物、未だに守ろうとしてんのかよお前……」
「ああ、そのために僕が居るんだからな!」
井末の忠誠心は脱帽ものだが、俺にとっては迷惑極まりない。
「そうか。じゃあ悪いが退いてもらう!俺達は魔王モルスをぶっ殺すと決めてるんでな!」
「ならば僕もお前を殺して神の仇を討ち!モルス様をお守りしてやる!救世主として!」
救世主として、ねえ。
一体全体、どこの『世』を救うつもりだって言うんだ、こいつは。
「後悔するなよ、切戸匡!」
そうして威勢よく啖呵を切ると、井末は俺達に襲い掛かって来た。
「シールド!」
一声、井末が叫んだかと思うと、俺達のパンが、今度こそ足元から全て砕け散った。
「まずい!これではパンが生やせぬぞ!」
更に、石畳と俺達との間に井末の破壊シールドが割って入ったせいで、パン柱を再建することもできなくなった。
「大丈夫!だって私達全員飛べるもの!」
「俺以外は、な!」
「タスク様は私が抱えて飛ぶもん!」
が、まあ、天国で散々戦ってきた俺達である。今更、空中戦など大したものでもない。それに、パン柱によって元々高度は足りていた。後は滑空して着地すれば済む話なのである。
「そう簡単に逃がすか!」
が、エピが俺に抱き着いてフワフワ滑空し始めたところにシールドが迫ってくる。
「ああああ、タスク様、ちょっとごめんパスぅっ!」
エピはやむなし、と見て、俺を手放した。
「えあっ」
「うおおおおっ!?エピ!突然タスクを落とすな!」
当然ながら自力で飛べない俺は、自力で飛んでいたカラン兵士長にキャッチして頂くことで生き延びた。
「邪魔よっ!」
そしてエピは鞭を抜くと、井末のシールドをビシビシ、とやり……。
「……えっ、えええっ、効かないのっ!?」
だが、魔法を終わらせる冬の鞭は、救世主の能力には効かなかったのである。
「えええええー!これ魔法じゃないのー!?」
エピが抗議の悲鳴を上げる中、エピを囲むようにしてシールドが展開されていく。まずい!
「エピに何すんだこの生魚生成野郎がああああ!」
俺は石を複数ぶん投げて、すかさずそれらをパンにしていく。
ガンガンパンを増やしていけば、流石の井末もシールド展開が間に合わない。
こっちは攻撃も防御も全てパンだ!質量保存の法則ガン無視のパンパワーで勝負だ!パンはソフトだが戦略はゴリ押し!だがそれ故に!強い!
……そして遂に、パンの内の1つが井末をうまく捉えた。
「っけええええええ!」
「っ!」
パンを石にして、一気にフランスパン槍を生やして、更に石弾を射出!
余りにも点々バラバラな攻撃を防ぐため、一度、井末は全シールドを自分の周りに集中させた。
「ありがとうタスク様ー!」
それに伴い、エピがシールドの檻から解放されて、俺の傍に降りてきた。よかったよかった。
が、よくない。
俺達が井末に足止めされている間に、操られているかのような民衆が押し寄せてくるのである。
「くそ……タスク!どうする!このままでは泥沼だぞ!」
「逃げる……にも、ああああ、あいつうっとおしいな!」
民衆は、撒ける。それに、強くない。だが、こちらからは攻撃できない。
そして井末は、中々撒けない。そして強い。だが、こちらからは攻撃できる。
……両者が合わさり、もう、手に負えない敵になっていた。
井末も井末で、民衆の壁を上手く使ってこちらを追い詰めようとしてくる。
一時撤退はもうやむを得ないが、そもそも、どうやって撤退すべきか。
考えていたら、突如、霧が広がって、俺達の視界を遮った。
「な、なんだ!?」
俺達も当然、困惑するが。
「うわっ、こ、これは……まさか……!」
一番困惑していたのは、井末だった。
え、じゃあこれ、一体誰が出してる霧なんだ?
……と思うも束の間。
「こっちに来い、『もう1人の』救世主!」
ふと、そんな声が聞こえ、俺の手が引っ張られた。
霧を抜けると、そこはプリンティア城跡地の一画、目立たない瓦礫の陰だった。
そして、そこには俺だけでなく、エピもカラン兵士長もユーディアさんも魔王ルカスもきっちり全員、連れてこられていた。
……そう。
「お前達は……」
「ぺモロ」
俺よりも、ユーディアさんが強く反応していた。
「久しぶりだな、ユーディア。……そして、『もう1人の』救世主よ」
そこに居たのは、井末の取り巻き……12人の仲間、からユーディアさんとヨハンナさんを除いたおっさん10名であった。
その中央に居るおっさんは、俺がこの世界に召喚された時に居た奴である。
「何故助けた?」
一応、形としては、俺達はこのおっさん達に助けられた、という事になる。未だに霧は晴れず、井末を阻んでいるし。
だが、警戒は怠らない。相手はずっと俺達の敵だった相手だ。実際、エスターマでは殺されかけてるし。
というか、俺達はこいつらの事も全裸現世送りにしている!恨まれていてもおかしくない!
……が。
「いいか!私は雄鶏が鳴くまでの間!3度!きっかり3度だけ……イスエ様に何を聞かれようと!貴様らを知らない、と言ってやる!」
「……この城の惨状を見ただろう」
ぺモロは、厳しい顔であたりを見回す。ここにあるのは瓦礫ばかり。プリンティアの城の面影はどこにも無い。
「ああ、うん、どちらかというとあの惨状の中心に居たの俺達だからな……」
「私なんて死んじゃったもの」
「同じく」
死んだ女性陣が元気に手を挙げると、ぺモロはなんとも言えない顔をしたが。
「我々12使徒……いや、ユーディアとヨハンナを除く10人は、考えたのだ。……城がこのようになり、人々は操られ……このような状況で、どうして、救世されるか、と」
まあ……そうだよな。
井末側からすれば、神に従い、王に従っていた結果がコレな訳だ。
『救世されていない』。むしろ、状況は悪化している。
悪しき魔王を殺せば救われるのではなかったのか、神に従えば救われるのではなかったのか、と、彼らが疑問に思うのも自然な話だろう。
「つまり、井末から俺達に乗り換える、と?」
「そんなわけは無い!我らの主はイスエ様だ!」
あ、そこは譲れないのか。
「お前に仕えるわけにはいかない。イスエ様を裏切るわけにはいかない。……だから、きっちり3度だけ。我らは貴様の味方にはならんが、3度だけは……敵にも、ならん。……キリト・タスクよ」
ぺモロは俺の手を取ると、しっかりと握りしめた。
「どうかこの世界を、救ってくれ。この世界に生きる者として……身勝手は承知だが……頼む!」
俺達は霧から離れるように、プリンティア城跡地を脱出した。
「なんか、良い人だったね、ぺモロさん達」
「いや、良い人かどうかは別だけどな……」
色々と思うところはある。が、まあ、今は……井末と民衆から逃げられたことに感謝しよう。
「ぺモロは悪い人ではない」
この中では一番思うところがあるであろうユーディアさんだが、一番さっぱりした顔をしているのもまた、ユーディアさんだった。
「ぺモロは出された食事を一度も残した事はない。イスエが不味いと言う食事でも、完食していたし、ヨハンナが失敗した野営の炊き出しも、文句を言いながら完食していた」
……そしてユーディアさんは、極々僅かに口角を上げた。
「どんな立場でも、分かり合えるところが1か所でもあれば、完全に憎むことはできない。私はそう」
「……うん、それ、素敵だよ、ユーディアさん。私もそんな気、するもん」
エピとユーディアさんは顔を見合わせると、それぞれの笑みを浮かべた。
「女性陣はおおらかだな……」
「……ま、許す許さないは置いといても、とりあえず拾いもん、ってことでいいんじゃないですかね」
「うむ。余はあやつらを全裸にして現世送りにした後ろめたさがあるからな。正直、申し訳ないと露程度に思うことはあっても、恨む筋は無いぞ」
「そういやそうだった」
「む?そういえばあいつら、魔王ルカスに気付いていなかったのではないか……?」
「魔王ルカスの変身前しかぺモロ達は見ていない」
「そういやそうだった……!魔王様、魔王イリュージョンした時はまだ超絶イケメンじゃなかった!ただのカニパ○魔神だった!」
「そう褒めてくれるな、タスクよ。照れるではないか」
「今のどこに褒められた要素が……?」
さて。プリンティア城跡地から大分離れた俺達だったが。
「……結局、魔王モルスの行方は分からぬままか……ぬう」
「魔王ルカスにも分からないのか」
カラン兵士長が聞くと、魔王ルカスは渋い顔で頷いた。
「あやつめ、隠れるのは余よりも、何なら神よりも得意でな。余とて、少々これは……骨が折れる。この近くに居ることは間違いないのだが……」
成程。まあ、得意不得意は仕方ない。この魔王様はどちらかというと破壊方面極振りみたいなタイプらしいし……。
「タスク、何か心当たりは無いか?」
ということで、魔王ルカスは俺にそう、聞いてきたのだが、俺だってあの時、死んでるしな。心当たりなんて……。
……。
待てよ。
俺は……うん。
知っている。
「ファリー村へ行きましょう」
俺がそう言うと、エピは驚き、そして、魔王ルカスも。
「おお!流石タスクだ!つまり、かにぱーの総本山へと向かうのだな!余は今まで部下にお使いを頼んでいたが、遂に、遂に自分で買いに行くことができるという訳だ!ふはははははは!」
「いや、それは勝手にしてもらっていいですけど」
魔王ルカスが嬉しそうなのは置いておいて、俺はここでエピに向き直る。
「エピ、俺達が初めて会った時の事、覚えてるか?」
「え?うん……月が綺麗な夜で……私がお供え物しに行ったら、そこに……」
エピは、頭痛をこらえるような顔をした。
「パン屑まみれのタスク様と……大穴空いちゃった、祠が……!」
「ああその通りだ、エピ。あの節は本当に申し訳なかった。あれ修理してないよな?」
「うん。ほっぽって出てきちゃったもん」
「石パンだけじゃなくてパン石もできるようになったからな、責任もって修理するよ……」
……というのは置いておいて、だ。
「俺、あの祠から出てきたとき、地下を通って来たんだ」
「うん、それは分かる」
「で……多分、俺が召喚されて、殺されかけた、あの場所は……」
プリンティア城からファリー村までの距離を思って、それから、パン掘り作業を続けて気が狂いそうになった脱出劇を思い出して、やはりそうだ、と思う。
「あの場所は、プリンティア城じゃなかった」
だからファリー村の祠、俺とエピが初めて出会ったあの場所からパン穴を通って行けば……恐らく、そこに、魔王モルスが居る。