123話
俺がフライパン片手に最初にやったことは、味方への根回しだった。
魔王ルカスには、「神の隙を作ってください」と。
すると、魔王ルカスからは。
「よかろう。ならば、アレを出せ。神もアレを大量に見せつけられたら、排除したくなるであろうからな」
……というお言葉と共に、不敵な笑みを頂いた。
続いてカラン兵士長には、「魔王ルカスが何とかするので機を見て突っ込んでください」と。
すると、カラン兵士長からは。
「随分と魔王をこきつかうな……いや、構わない。俺が斬り込めばいいんだな?ならタスクはその時、足場を頼む」
……という要望と共に、頼もしい笑みを頂いた。
更に続いてユーディアさんには、「カラン兵士長が突っ込むので、その裏で不意を突いて一撃入れてください」と。
すると、ユーディアさんからは。
「分かった。ならタスクは、兵士長の保護を。一番に攻撃するなら、リスクがある」
……というお願いと共に、ごくごく微かな笑みを頂いた。
そしてエピには。
「エピ、『冬』だ。俺と一緒に『冬』を頼む」と。
すると、エピは一瞬、きょとん、としたが……すぐに俺の意図を理解して頷いた。
「うん!わかった!」
そしてエピが強気な笑顔で鞭を構えたのを見て、俺もフライパンを構え、右手につかんだ小石をばら撒いたのだった。
撒いた小石をフライパンでバッティングするようにして更にはじき飛ばし、それらの石を全てパンにする。
急激に膨れた石に、神は一瞬訝しんだが、特に何か対処が必要なものではない、と判断したのだろう。特に何もせず、広がるパンの向こう側で余裕綽々な面持ちである。
が。
「タスク!やってやれ!」
魔王ルカスが溜めポーズに入っている中、そう叫ぶ。
「よっしゃ!くらえ!カニ○ン!」
魔王の声に応えるべく、俺は宙に浮いたパン全てを一瞬で石に戻し、そして……それらの石を全て、カ○パンへと変えた。
「……これは」
ケルビムも○ニパンに過剰反応していたが、それは神も同じだったらしい。
不愉快そうに眉を顰めると、なんと。
「このようなものはあってはならない!」
そう言って手を一振りし、カニ○ンを次々と、光の壁で砕いていった。
何枚も何枚も現れる光の壁は、全てのカニパ○を潰し……そして。
「貰った!」
その壁の間を縫って、魔王ルカスの魔王ビームが飛ぶ。
「その程度で当てたつもりか、ルカスよ」
神は難なく魔王ビームを避けた。が。
バシ、と激しく音がしたと思ったら、魔王ビームが反射して、神の方へと戻っていた。
「っ、これが狙いか!」
そう。魔王ビームは最初から神を狙っていたのではない。神がカニ○ンを潰す為に出した光の壁。それに反射させて神を狙う為の軌道で放たれていたのである。
さしもの神も、これには少々面食らったらしい。
少々大ぶりな動作で後方へ飛び、なんとか、といった様子で魔王ビームを避ける。
「後ろががら空きだぞ!」
しかし、その後方から突っ込んできたのは、パンエレベーターによって加速しながら運ばれたカラン兵士長である。
大剣を槍のように構えて突進したカラン兵士長の一撃は、間違いなく神を貫く。
……ように見えたが。
「人の子よ、思いあがるものではない。私は神、この世界の中心なのだ」
神を貫いたはずのカラン兵士長の剣は、神の手によって止められていた。
「……はっ。腐っても神、か!」
「口を慎みなさい、人の子よ。神への祈りを忘れた人は獣と同じ」
「ならば俺は喜んで獣になろうではないかっ!」
だがカラン兵士長は牙を剥くように口元を笑みに歪めると、剣から手を放し……神に直接、掴みかかった。
そして、噛みつく。
呆気にとられた神はその予想外な一撃を避けられず、腕の肉を食い千切られた。
「……愚かな!」
神が、動く。
「……ええ、愚か。とても」
その瞬間、氷めいた銀色の流星が飛来して、神の側頭部を蹴り飛ばした。
それと同時に、俺はパンを一気に生成して、カラン兵士長をその場から脱出させた。
「それが、人間の美しさ。違う?」
カラン兵士長を狙った神の一撃はユーディアさんの一撃とパン緊急脱出によって空振りに終わり、そして、立て続けにユーディアさんの第二撃が襲う。
剣が神の喉をすぱり、と切り裂いた。
神の斬られた喉から、「獣の娘よ、悔い改めなさい」と、掠れた音が漏れる。
神は、肉を半ば以上食い千切られた腕を再生させながら振り上げ、ユーディアさん目がけて……。
だがその前に、押しつぶされたカニパ○の影からパンに乗って現れた俺と……俺の手のフライパンを見て、神はこちらに照準を変えた。
神の手が、俺に向けて振り下ろされる。
光の柱が、俺に向けて伸びる。
そして、俺は。
止まらずに神に向けて、神の放った光の柱に向けて、突っ込んでいく。
ほんの一瞬の間に光の柱は俺を捉え、あと髪の一房の距離で俺を殺せるまでに伸び……。
「残念でした!タスク様の邪魔なんてさせないんだから!」
横から伸びた鞭が、魔法を終わらせる冬の精霊の力を纏って撓り……魔法である光の柱を打ち壊す。
それを見るまでもなく、俺は走る。
1歩。2歩。3歩。
決して速くはない。俺は普通の人間だ。魔王でもなければ神の玉梓とやらでもなく、超人めいた身体能力を持っている訳でもない。
だが。それでもフライパンは神に届く!
「タスク様ああああ!やっちゃええええええ!」
「その程度で神を出し抜けるとでも思ったのか!」
神の拳が、フライパンと一緒に俺を貫いた。
『パンに乗って神に迫っていた』俺を。
パンに乗って神に迫った俺、いや、俺の形をした肉塊をその拳で貫いた神は、唖然として、呟いた。
「……これ、は……まさか、只の……肉塊、だと……?」
神の目が、背後……俺と、俺の握るフライパン、そしてそのフライパンによって叩かれた己の尻を見ている。
「そうだよ。お前が最後の攻撃を当てた相手は俺じゃない。只の肉だ。ついでにお前が砕いたフライパンも只の石だ」
エピが魔法を終わらせて守った『俺』は、ダミーである。井末と戦った時に使った手と同じだ。
追い詰めて追い詰めて追い詰めても、絶対に最後に一撃くるだろうな、と思っていた。
だからこそ、パン移動をダミーに使わせて、俺は自分の足で走って、神の最後の足掻きを無駄に使わせた、という訳である。
「『この程度』で出し抜けるんだったらお前なんて神じゃないよな」
フライパン越しに、確かな手ごたえを感じていた。
つまり、神を確かにぶん殴り、『神を神たらしめるものを切り離した』という手ごたえを。
神は唖然としながら、喉に手をやった。
ユーディアさんが斬ったそこは、見事に切り裂かれたまま、血を流し続けている。
そしてその喉を抑える手、その腕もまた、カラン兵士長に食い千切られたままだ。
そう。神は再生していない。
神は、神ではなくなったのである。
「……ふふふ、はははは……」
神は血を流す喉を血を流す腕で押さえながら、低く笑う。
次第に笑い声は高くなり、狂気めいた物へと変わっていった。
「愉快だ!実に愉快だ、人の子よ!気に入ったぞ、憎き我が愛し子達!」
見開かれた神の目が、俺達を捉える。
ぎょろり、として濁った目の奥にあるのは理性ではない。
「私はこの世界の神ではなくなった!つまりそれは……」
狂気、である。
「新たなる世界の幕開けということだ!」
世界が遠のき、消えた。
そして俺達は、宇宙のようなところに放り出され、その場に漂う。
何も無い。宇宙のような暗闇だが、宇宙とは違って無数の星々が無い。
有るのは俺達と、神、それから、神の足下にある、たった1つの星だけであった。
「この素晴らしき、新たなる世界に光あれ!」
ここは新しい世界なのだ、という事は分かった。そして、この世界こそ、本当に神が思いのままにできる世界だ、ということも。
「さあ、悔い改めよ。……ここは神の国なのだからな!」
何故ならば、ここには神が守るべきものは何も無い。壊すべきもの……俺達が居るだけだ。