122話
真っ先に動いたのは魔王ルカスであった。いや、動いた、とはいえ、俺にはその動きが見えなかったが。
ただ、ふっ、と魔王の姿が消えたと思ったら、神が殴り飛ばされていた。ただそれだけである。
「はっ!腐抜けたな!これしきも躱せなくなったか!」
魔王ルカスが煽る中、神は殴り飛ばされつつも体勢を立て直した。
「何を言う、ルカスよ。躱せなかったのではない、躱さなかったのだ」
そして神は両腕を広げ、笑みを浮かべさえした。
「何故なら、私はお前を愛しているからだ。さあ、ルカスよ、目を覚ませ。私の元へ戻ってくるのだ」
慈愛に満ちた瞳が、魔王ルカスを捉える。
「目を覚ましたからこそ、余は『魔王』として貴様の前に立っているのだ!」
神が広げた両腕が消し飛んだ。
右腕を消し飛ばしたのは、魔王ルカス。そして。
「躱さないだけだっていうなら、思う存分ぶっ潰されてくれよ」
俺が小石から生み出したパン、そしてパンから生まれた大岩に挟まれて、神の左腕は潰された。
「……全身を消し飛ばしてやる予定だったのだがな」
「まあ、おかげで俺が左腕潰せたんで結果オーライ」
魔王ルカスとハイタッチしたいような気分で軽く言葉を交わし、神の様子を注視する。
神は、ぽかん、としていた。
消えた両腕……肩口から消し飛んだり潰れたりしたそれを見て、何が起きたのかよく分かっていないような顔をする。中々に間抜けな様相であるが、相手が相手だけに、それが逆にどこか恐ろしい。
「……おやおや」
そして、ようやく神から出てきた言葉は実に穏やかな感嘆符であった。
「なんと可愛らしい子らだ」
更に、そんな言葉を続けたかと思うと、神は『右腕を一振り』した。
……消えたはずの腕が、振られると同時に再生されていく。
同様に、左腕も。
「この世界は私の世界。私が神である以上、この世界において私が滅びることはないのだ、愛しい子らよ」
神は、慈愛に満ちた……つまり、心底胸糞の悪い笑顔を俺達に向けたのだった。
そこからはひたすら、消耗戦だった。
俺達は神を殴り、斬り、潰し、時々燃やしたり凍らせたりしながら戦った。
だが、神はすぐに復活する。それこそ、『滅びることはない』という言葉通りであった。
「まずいな、タスク。このままだと消耗する一方だ。相手が攻撃してこないのが救いだが……」
「救いっていうか腹立ちません?舐められてるのめっちゃ腹立ちません?」
更に、神は俺達に攻撃してこなかった。
まず、ひたすら、躱す。
カラン兵士長の一撃や、ユーディアさんの不意打ち、エピの鞭などは、大体が避けられた。
3人が連携して初めて、ようやく、神に一撃入る。
だが神は、攻撃を躱せなかったら普通に攻撃を受け……そして、再生するだけなのだ。
魔王ルカスは3人分の攻撃を1人で行えるが、それも結果は同じ。神が再生して、心底胸糞の悪い事を言いつつ笑顔になって、終了!めっちゃ!はらたつ!
俺達は攻撃一辺倒なのに、全く以ての無駄!正に、暖簾に腕押し!糠に釘!尋常ではない徒労感!
更に、だ。
徒労感以外にも、俺達を苛むものがあった。
それは、神の言葉による苛立ちである。
「ルカスよ、そろそろ戯れも気が済んだであろう?さあ、私の元へ戻ってきなさい」
神はそう言って、魔王ルカスに微笑みかける。
「私はこれから、次なる世界を創り、選ばれた者だけを連れてその世界へと移る。その時にお前にも来てほしいのだ」
「黙れ!」
苛々とした様子で、魔王ルカスは再び神に向かってビームみたいなものを発射するのだが、神は蒸発してすぐに復活した。
「過去のお前の失態は水に流そうではないか。再び、私の元で働きなさい、ルカス。光の子、ルカスよ。天使であるお前には地上は似合わぬ。共に新たな世界を創る手伝いをしてくれるな?」
「誰が!貴様の狂った理想を叶える手伝いなどするか!ふざけるのも大概にしろ!」
更に再び、魔王ビームが神を蒸発させたが、またしても神は復活した。
だが、魔王ルカスはそれすら構わない、とでもいうかのように、立て続けに幾つも魔法を放ち、その都度、神を蒸発させていく。
「お前の理想がこの天国か!あの地獄か!あの地上も、貴様の理想が反映された世界だとでも言うのか!そしてそれら全てを棄てると!?創っておきながら、新たな世界を創り直すだと!?……ならばそんなもの、理想でもなんでもない!只の……悪夢だろうがッ!」
数十回、神は蒸発した。
容赦のない攻撃の果てに、静寂が訪れ……。
「エピストラ」
神は突然、エピの傍に、復活したのだった。
「私の言葉を人へ伝える子よ。手紙の巫女よ。いとし子よ」
神に名前を呼ばれたエピは、緊張した面持ちで鞭を構えた。
「新たなる世界、神の国は近づいた。さあ、お前も選ばれた1人。共に来るのだ、エピストラよ」
神が優しく微笑みながら、エピへと手を伸ばす。その手は、余りにも強大であった。逆らえないような、そんな感覚を引き起こすような。
……だが、その手は、鋭い鞭の一閃によって叩き落とされた。
「ぜえったい、嫌!おあいにく様ね!私、知らない人にはついてっちゃいけませんってファリーの村長さん達に言われてるの!」
エピは神にあかんべしながら言い放ち、第二撃に備えて再び鞭を構えるのだった。
よくやった、村長……!
「知らない人?知らない訳はない」
神は鞭打たれた手をさすりながら、エピへと近づく。
道中で魔王ビームによって蒸発したり、ユーディアさんの剣でめった刺しにされたり、カラン兵士長に燃やされたり、頭の上にカニ○ンを乗せられたりしたのだが、歩みは止まらない。
「何故なら、お前もまた、私が創ったものなのだ。だからお前は完璧な美しさをもっているのだよ、エピストラ」
そして、神がエピの眼前に立って微笑む。
「そ、そんなわけないでしょ!あなたが私を創った?だから、だから、完璧な……?」
エピが困惑と怒りと、それから恐れの入り混じった表情で後ずさると、追いかけるように神もまた歩を進める。
「ああ。お前は美しい。完璧な少女。それがお前」
が、神の首が飛んだ。
首を飛ばしたのは、鞭の一閃。
気合のこもったエピの鞭は、神の首を叩き切り、そのまま吹き飛ばすに至ったのであった。
「ふざけないで!私が、あなたに創られた、完璧な人だっていうなら……いうんだったら……」
エピは、怒りのあまりか、目に涙を溜め……そして、首が生え変わった神に向かって、言い放った。
「どうして私の!もうちょっと!おっきくしてくれなかったのよーっ!」
……。
うん。
そこなのか。
「私の、とは、胸のことか」
見よ、神の口から胸とかでてきたぞ。パイオツって意味での胸だぞ、これ。いいのかよ。神様がこんな事言ってていいのかよ。
エピがぷるぷるしながら涙目、かつ無言で神を鞭でビシビシやっているが、神は気にせず、笑顔で続けた。
「完璧ではないか」
「……えっ?」
今までの、慈愛に満ちた笑顔も相当だったが、今まで以上に穏やかで輝かしい笑顔を浮かべて、神は、言った。
「少女の胸の大きさは、控えめであればあるほど良い」
「変態!変態!変態!変態!」
エピの鞭さばきが加速していく。
びしびしびしびしびしびし、と、連続しすぎて最早1つの音にすら聞こえる鞭の音が、天国最上界に響き渡る。
「変態?私がか」
「そうよっ!変態よっ!タスク様の言ってた通りっ!みんな!みんな変態なんだわーっ!タスク様だってカラン兵士長だって魔王さんだって神様だって変態なのよっ!変態!変態!変態ーっ!」
確かに俺はそんなかんじの事を言ったが、訂正したい。少なくとも俺はこいつよりは変態じゃない。一緒にしないでほしい。
「完璧なものを求めることの何がおかしいのだ、エピストラよ」
「少なくともそういうことを女の子に向かって言う人は変態なの!人に迷惑をかける変態なの!」
エピは一際大きな一撃を放ち、神の胴体を鞭で切り飛ばした。
「私、絶対、あなたと一緒には行かない!」
そして。
とどめ、とばかりに、神の残った胴体にもう一筋、鞭の一撃が入った。
「どうせみんな変態なんだったら!私、タスク様がいい!ちっちゃいのが好きなんじゃなくて、それでも私の事、好きになってくれたタスク様がいいもんっ!」
……ああ。
俺は、やらねばなるまい。
男が全員変態だとしても、それ以前に男は男なのである。
ここまで言われて何もできないようじゃ、流石に、な?
「……カラン兵士長、さっき一撃、入ってましたよね」
俺は、撤退してきたカラン兵士長に声を掛ける。
「俺の心にか。ああ、入った。何の関係も無く、流れ弾で傷を負った」
「いや、神に一撃入れてましたよね。心にじゃなくて」
あなたのハートがブロークンなのは後でフォローするよ。ユーディアさんが。
「ああ……さっきの攻撃か。確かに、ユーディア嬢の攻撃を避けた隙をついて、なんとか一太刀浴びせたが……」
カラン兵士長が苦い顔をしているのを見ると、非常に勝機は薄いが……0では、ない、はずだ。
「それ、俺でもできます?」
「大変申し訳ないが、難しいと思うぞ、かなり」
俺も心に傷を負いそうだぞ。
だが、『難しい』のであって、『不可能』ではない。暗に、カラン兵士長はそう言っている。
「魔王ルカスも動員します。それから、カラン兵士長にも、ユーディアさんにも、エピにも協力してもらう」
「……まさか」
俺は、フライパンを掲げた。
「神が滅ぼした魔剣。何故滅ぼしたのか、理由が分かる時ですよ」
俺は宣言通り。
神をフライパンの錆にしてやる。
そして、神を、『神という運命』から、切り離す。