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121話

「さて、これで一段落だな」

 置いてけぼりになっていたカラン兵士長達も生命の樹までやってきて合流したところで、俺達も落ち着いて改めて、この状況を振り返る。

 これでエピは生命の実を口にして、無事、『死んでから冥府の食べ物を食べてしまったが生き返れる状態になった』ということになる。やったね。

「これでエピは無事、生き返れそうなんだな?」

「うん。もう私、死んでる気がしない!死んでる場合じゃないものっ!」

「そうか。それは頼もしいな」

 エピはきりっとした表情で自信と生命力たっぷりに答え、カラン兵士長も嬉しそうに頷いた。

「よかった」

 ユーディアさんも仄かに表情を緩めてエピを見ている。この人なりの最上級の喜び方なんだと思う。

「よかったではないか、エピ。これで無事、現世に戻り、魔王モルスを討伐できるというものだな」

 魔王ルカス様もお喜びである。

 尚、魔王様には新たに服をお召しになって頂いた。服は謎空間から出てきた。どうやら魔王様は空間を操ってウォークインクロゼットを作っているようである。便利だな。魔王パワー。出力とセンスに深刻な問題がありはするが。


「しかし、これで我らは神を1つ、出し抜いたと言ってもいいであろうな。まさか神も、自らの愛する神の玉梓によって門を開かれるとは思わなんだろう」

 そして魔王ルカス様がそんなことを仰いつつ、満足げに頷いたところで。

「ところでエピ。神の玉梓、やめるか?」

 俺はフライパンを構えた。

「え?な、何の話?」

 そういえばエピはこのフライパンの事を知らなかった。




「……という話だったのさ」

「そう。そのフライパン、剣の幽霊も吸い込んじゃうのね……」

 思えば、このフライパン。手にした時は何だこのフライパン、と思ったが、今となっては最高の相棒である。このフライパン無くして俺のこの世界での活躍は無かったであろう。サンキューフライパン。

「ということで、エピはいつでも、辞めたい時に神の玉梓、辞められるからな」

 俺はフライパンを素振りした。フライパンが風を切ってぶおんぶおんと音を立てるのがなんとなく気分が良い。

「うーん、なんか、すごくフクザツな気分だなあ……だって私、魔王モルス?さんを倒そう、って決めたのは……今は、イスカの人とか、タスク様から聞いた地獄のお話とか、そういうの含めてそう思ってるけど……元々はお父さんやお母さん達がやろうとしてたことをやってみたくなったからで、それって、神の玉梓としてのお仕事じゃない?」

「神の意図した方向からはおよそ真逆であるがな」

 何せ、魔王が2人居たからな。そして神が倒してほしがってる魔王ルカスは今、最強のパンツを装備して俺達と共にいるわけで、一方で神と裏で結託しているらしい魔王モルスの方がこれから倒されるわけである。神からしたらどうしてこうなった、というところであろう。残念だったな!

「それに、ね?私、お父さんやお母さん達がやろうとしてたこと、無駄だったって事にしたくないの。だから……」

 エピは、フライパンを握る俺の手に手を添えて、そっと、フライパンを下ろさせた。

「私、もう少しだけ、神の玉梓でいる。それで、魔王モルスをやっつけたらその時、神の玉梓を辞めようと思うの」

「ん、そうか」

 エピが決めた事なら俺はそれでいいと思う。それに、まあ、なんというか。神の玉梓として、神の思惑から外れて動く、というのは、中々に風刺が効いていていいんじゃないだろうか。ね。


「ところで魔王様、何食べてるんですか」

「生命の実だ。美味いぞ。食ったか?」

 ふと見れば、魔王様は生命の樹から実をもいでは食べ、もいでは食べまくっていた。

「甘くて美味しい」

 ユーディアさんもものすごく食べていた。真顔で頬をリスみたいにしながら滅茶苦茶食べていた。

「どれ。……おお、成程、これは美味いな!」

 カラン兵士長まで食ってしまった。

 ……そして。

「えへへ、美味しい……」

 エピもどことなく顔を赤らめつつ、2個目になる生命の実を齧り始めたのであった。

 ……。

「うめえ」

 俺も食う事にした。

 うめえ。




 しばらく、5人で生命の実を食いまくって、すっかり腹もくちくなり、更にはそのノリで昼寝までしっかり嗜み、疲れもとれたところで。

「行くか」

 俺達は立ち上がり、十字路まで戻る。

 その先にあるのは、ぶっ壊れた純白の門、だったもの。そしてその先に広がる荒れ地である。荒れ地は元々は荒れ地じゃなかったらしい名残がありはするのだが、如何せん、魔王ルカス様パワーによって粗方吹っ飛んでいるので、元々がどんな風景だったのかはまるで分からない。

「……この先に、神が」

 カラン兵士長は先を見据えて、口を引き結んだ。

 この人はこの世界で真っ当に生きていた人だから、神殺しには抵抗があるのだろう。

 そんな調子のカラン兵士長に、魔王ルカスが不敵な笑みを向けた。

「何、案ずるな。神だ何だと名乗っていても、所詮は少々力が強いだけの存在よ。全知全能でなどありはせぬ。それに、だ。この先に居る神を名乗る者が創造を得意とすることは余も知っているが、そやつがこの世界を創ったかどうかなど、分かりはせぬ」

「……まさか、魔王だけではなく神も2人居る、などと言うつもりではないだろうな」

「まあ、そうであったとしてもおかしな話ではあるまい。その2人が同時に存在しているかどうかはまた別の話だがな」

 つまり、代替わり?或いは、乗っ取り?そんなところか。

 ……この世界の神とやらも、何やら複雑そうだな。

「大方、これから我らが倒そうとしている神は、貴様らに貸しがある存在ではあるまい。敬ってやる必要もあるまいて」

「……そうか……そういうもの、なのか」

 カラン兵士長は複雑そうな面持ちで神妙に頷くと……ふと、俺を見た。

「何というか、お前達と一緒に居ると、常識を持っているが故に苦労する事ばかりのような気がするぞ」

「気のせいですよ、カラン兵士長」

 というか何故俺を見る。何故俺を見るんですかカラン兵士長。どうせ見るんだったら魔王様を見るべきなんじゃないんですか、カラン兵士長!

「この先に居るのが本当の神でも関係無い。神が魔物を、イスカを嫌うなら、私も神を嫌う」

 一方、ユーディアさんは非常に潔かった。この人は元々の環境が環境だからな。

「……ユーディア嬢は、強いな」

 そんなユーディアさんを見て、カラン兵士長としては、割り切りの下手な自分に若干の劣等感を覚えなくもない模様である。気持ちは分かる。

「難しい事を考えるのが苦手なだけ。好きなものがあって、好きなものの為にがんばりたい。あなたは、違う?」

 ……が、ユーディアさんの氷の目がカラン兵士長を見つめると、カラン兵士長は数度、瞬いて、それから、ふ、と相好を崩した。

「いや、違わない。その通りだ。……なんだ、簡単なことだったな、至極」

 ふむ。

 ……『好きなものがあって、好きなものの為に頑張りたい』、か。

 俺もそんなようなものだ。カラン兵士長もまあ、そんなもんだろう。

「そっかあ、うん、そうだよね。好きだから、頑張れる……えへへへ」

 エピも大体そんなもんらしい。まあつまり、全員そんなもんだ。というか、人間なんて皆、そんなもんだろう。

 好き、の内訳が様々なだけであって、俺達の原動力は、結局はそういう何かに集約されるのだ。きっと。




「さて。ではそろそろ参ろうではないか」

 よいしょ、とばかりに立ち上がった魔王ルカスは、それはそれはあくどい笑みを浮かべて、手を一度開いてから握りしめた。そこに、バチリ、と、電気めいた閃光が弾ける。魔王様のやる気は十分なようだ。

「行こう」

「ああ。折角だ。武功を1つ、増やしてやろうじゃないか」

「がんばろうね!」

 それぞれにやる気を見せつつ、俺達は純白の門だったものの残骸を踏み越えて、先へと進んだ。

 よし、俺も負けてられねえ。俺のフライパンを神殺しのフライパンにしてやるぜ!




 純白の門跡地を超えて、荒れ地を踏み越えて、俺達は往く。

「……酷い光景だな……まるで天国とは思えん……」

「いやちょっと待て、魔王ルカスよ、この荒れ方はお前が原因だったのではなかったか?」

「む、そういえばそうであった」

 荒れ地が荒れ地である理由は、勿論、魔王ルカス様が門を破壊する時にうっかりやりすぎたからである。

 そのせいで、花畑であっただろうこの場所は全て、クレーターだらけの荒れ地と化している。こんなの天国じゃない。

「まあ、決戦へ臨む我らには丁度良い舞台であろう?」

 が、まあ、その通りである。お花畑通って戦いに行く、というのはなんとなく違う気がする。気が引き締まる、という点では、この方がよかったかもしれない。

「……まあ、気を引き締めるのもここまで、というところだな」

 そして俺達の目の前には、今までも散々使ってきたワープゲートの祠があった。

 ただし、今までのものとは違い、立派な装飾を施されている。正に、神への直通ゲート、といった趣だ。

「覚悟はよいな?」

 魔王ルカスが確認するが、確認するまでも無い。

 俺達はそれぞれ、純白に眩く輝く魔法陣の上に乗り、瞳の奥に闘志を燃やしてお互いの顔を見た。

「……では、行くぞ!」

 凛と引き締まった魔王ルカスの声と共に、魔法陣が発動する。

 辺りが純白に染まり、浮遊感が体を包み……。

 そして。




 俺達は宙に居た。

 足場は無く、しかし、落ちるでも沈むでもない。

 上にも下にも広がる空には雲が芸術的に広がり、傾いた太陽の如き光源に照らされて、黄金に輝く。

 それら全てが完璧に美しく……それ故に、どうしようもない違和感があった。

 そしてそれらの中心に居たのは。

「よくぞ来た」

 光で織り上げたかのような純白に輝く衣をまとった、老人にも青年にも、男にも女にも見える誰か。

「愛しき人の子らよ」

『神』は俺達を見て、優しく微笑んだ。


「久しいな、神よ」

 神の微笑みの前に進み出た魔王ルカスは、いっそ親し気に言葉を発した。

「そちは……ルカス、か?何故、ここへ」

 神が若干、戸惑いか、不快感か、そういったものを表す。

「なに、決まっておろう」

 それに魔王ルカスは狂気を感じるような笑みを浮かべて、答えた。

「『神』を名乗る愚か者!貴様を殺す為よ!」


 こうして戦いの火蓋が切られた。

 よっしゃ、フライパンの錆を増やしてやるぜ!


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