120話
剣が門を開くのは1度きり。
念のため、門それぞれのパン化を試みたが、当然のようにパンにならなかった。
また、門の向こう側へパンを伸ばしてみたが、途中で見えない壁にぶち当たって止まる。
更に念のため、白い石畳の下を掘り返してみたのだが、空中同様、見えない壁にぶち当たって止まった。
「ふふ、無駄だ。その門は神の御腕によって創られた物。門を開くことでしか道は開けぬ」
「先に言えよ」
いや、言われたところで試したとは思うが。でも先に言えよ。
俺は、門と、手の中にある炎の剣を見比べて、考える。
「もしかして、切り開かずに刺してちょっと穴開けるぐらいなら2つともいけたり」
「せぬ。神の創り給うたものを愚弄する気か」
駄目らしい。
「じゃあ、一筆書きみたいなかんじでいけば2ついけたり」
「いけるわけがないだろう!良いか、切り開ける門は1つだけだ!この剣は門を1つ開いた時点で消滅するのだからな!」
これも駄目らしい。
「ということはあの門、実は開かなくても通れるのでは」
「そんなわけがあってたまるか!あの門は私でさえ、常時は通ることを許されていないのだぞ?お前達人間がそう易々と通れるようにできているわけが無いだろう!」
まあそうだろうな。
「じゃあこの剣を二分割して使う」
「これは頓智合戦ではないのだぞ!?」
失礼な。俺は至って真剣である。
「じゃあこの剣もう1本ください」
「ある訳なかろうが!ふざけるのも大概にしろ!」
怒られた。
「良いか、神はな、万が一に何かあった時の為、私にこの剣を与え給い、門番としたのだ!そしてその万が一にも、門を2つとも開かねばならぬことなどあり得ぬ!思い出せ、人間よ。知恵の実も生命の実も、神の領域なのだ。貴様ら人間は神の領域である知恵の実を愚かにも食らったが故に、この楽園を追放されたのだ。その神の領域を両方開くなど、あり得ぬのだ!」
ケルビムが滅茶苦茶怒っている。どうやら、門を両方開く、というのは、ケルビム的には不遜極まりない、ということらしい。俺としては両方開かないと困るのだが……。
それから色々と確認してみたのだが、やはりどうやら、開ける道はどちらか片方のみ、ということらしい。
「これは……どうしたものか」
カラン兵士長が頭を抱えている。ユーディアさんも珍しく、表情を曇らせている。
そして、エピは。
「……あの、あのね、タスク様……」
そっと、はにかむような笑みを浮かべつつ、言葉を選ぶように視線を彷徨わせ……口を開いた。
「銀色の門を、開けよう」
「おい、エピ、それじゃ、生命の実が手に入らないんだぞ?」
「うん。分かってる。でもね、タスク様。……私、別に、生き返れなくったっていいの」
エピはそう言って、俺から視線を外した。
「……なんで」
「ええと、ね。……私……」
俺を見ないエピの目に、じわじわと涙が溜まっていく。
「私……分かってるのに、すごく、諦め悪くて、ね……だって、タスク様、帰っちゃ、のに……から、死ん、じゃっ、も……」
やがて、エピの目からぼろぼろと、涙が溢れては零れ落ちる。
そうなるともう、エピの言葉は言葉にならず、しゃくりあげる声だけが聞こえるのみとなってしまった。
……ああ。そうか。
俺は1つ、盛大に、うっかりしていたな。
……だったら、選択は、簡単だ。簡単だった。すごく、簡単な事だった。
「あのな、エピ」
「待て、エピ、タスク。結論を出すのはまだ早いぞ」
が、そこに魔王ルカスが割り込んできた。
「お前達は、余が何者か忘れたのか」
……まさか。
まさか……やって、くれるのか、魔王様。
「おい、天使」
魔王ルカスは、ケルビムの髪を掴んで顔を持ち上げさせた。
「右の黄金の門が生命の樹への門、左の白銀の門が知恵の実への門。そして、正面の純白の門、あれは……神へと続く道であろうな?」
……そう。俺達が立っているのは十字路の中心。
元来た道を除いて、道は3つに伸びているのだ。
そして、その内の1つが、神へと続いている、とすれば……俺達は、炎の剣をそっちに使わざるを、得ないの、か?
「ああ、その通り!あの先に神がおわす。だがあの門は神の許可なくして開くことは」
「成程な」
だが、魔王ルカスはケルビムの言葉を遮って頷くと、す、と立ち上がった。
「……タスクよ。見ておくが良い。魔王ルカスが、試しに門を開くところをな」
そして、魔王ルカスは右手で俺達の周囲に不可視の壁を作り出すと、1人、壁の外へと出ていき、左手を、正面の純白の門……神へと続く門とやらに突き出す。
俺は、魔王の左手に空間が渦を巻くように収束していくのを幻視した。さながら、その様子はまるで、ブラックホールか……或いは、超新星、か。
轟音。
凄まじい音が響き、周囲に暴力的な爆風が吹き荒ぶ。
俺達は不可視の壁に守られて、精々、巨大台風大接近の日に外に出た時ぐらいの風に煽られる程度で済んでいるが……不可視の壁の外側は、惨憺たるものであった。
咲き誇っていた花など、1瞬すら要さずに全て吹き飛び、その下の土まで吹き飛んだ。
純白の石畳も割れ砕け、吹き飛んだ。
そう。ありとあらゆるものが吹き飛んだのである。一瞬にして。
……そしてその中で無事であったのは、魔王ルカス本人と、黄金の門とその先、そして白銀の門とその先、だけ、であった。
「……あの、魔王様、これは」
「……うむ」
風がようやく収まった時、俺は、魔王ルカス様パワーの恐ろしさを知った。
何も、残らねえ。本当に、何も、残らねえ。
……門も木端微塵だが、門の先も……大分、木端微塵であった。
「タスクよ」
「はい」
「これは……ちょっとばかり、駄目っぽいぞ」
「駄目っぽいですね」
期待させておいて罪なことに、この魔王様。
門を開くことはできても、門の先を無事に保つことはできない、らしかった。
駄目である!
「この通りだ。余の力を以てして門を開くことができたとしても、さすれば門の先の実が無事である保証は全く無い。……神が創造の主ならば、余は破壊の主なのでな。すまぬ」
……まあ、魔王ルカスは魔王だからな。破壊が仕事なら、創造は専門外、か。つまり、ク○イジーハンドにはマス○ーハンドの仕事はできない、ということなのだろう。
……だが。だがな、魔王様。
「流石の破壊力なんですが、魔王ルカス様」
「うむ」
「その技、神の門ふっ飛ばしたのはまあ分かるんですが、魔王様の服まで吹き飛ぶのはいかがなものかと」
「仕方があるまい」
「なのにパンツだけ残るのってすごくないですか」
「うむ。このパンツはな、守りの術を幾重にも織り込んだ最上級の布でできている自慢の一品でな、このパンツ一枚の防御力は、城の十や二十、いや、百にも劣らぬのだ」
「それ、パンツ以外に使えば良かったのでは」
「パンツだけ吹き飛んだら嫌であろうが」
「パンツしか残らないよりはマシなのでは」
「そうか?パンツだけ消えたら落ち着かぬであろうが」
「いや、そもそもなんでパンツとそれ以外の二者択一なんですか。パンツ含めて全身そのクオリティの防具にすればよかったじゃないですか」
「そんなことをしたら蒸れるであろうが!」
「蒸れるんですね!?」
さて。
魔王様のパンツの秘密が分かったところで、改めて。
「エピ」
魔王様のてんやわんやのおかげで、エピの涙は収まっていた。それどころか、半笑いである。俺も半笑いである。何せ、超絶イケメン魔王ルカス様がパンツ一丁で傍らに立っておいでだからな!
なんだかしまらないが、こっちの方が俺達らしくていいかもしれない。これなら変に緊張しないしな。というか緊張なんて魔王様の服と一緒に吹っ飛んだ。
「俺は、黄金の門、つまり、生命の実の門を開こうと思う」
「だ、駄目!駄目よ、タスク様!それじゃあタスク様が元の世界に戻れなくなっちゃう!」
「いや、いいんだ」
エピを押しとどめつつ、俺は炎の剣を持って、門へ近づく。
白銀の門を背に、黄金の門の前に立って、そして。
一閃。
炎の剣は熔かすように黄金の門を切り裂いて、その先にある、美しい樹の姿を見せた。
それと同時に、炎の剣は熔けるように消えていき、俺の手には何も残らなかった。
「……ああ……」
エピが、絶望とも希望ともとれない声を漏らすのを聞きつつ、俺はエピの手を引っ張って門の向こう側へと連れていく。
「俺、別に元の世界に戻らなくてもいいかなって」
「……えっ?」
「だってこっちの世界には、エピが居るだろ」
「……ええっ!?え、あ、そ、それって、あの、タスク様、あの」
茹でたように赤くなりながら口をぱくぱくさせているエピを引っ張って、生命の樹の下まで連れていく。
頭上に輝く桃のような形をした実が、生命の実なのだろう。
「ほれ、とりあえず食え食え」
「え、え、えええっ!?ちょ、タスク様もむっ!?」
俺は無造作にそこら辺の実をもいで、ぱくぱくしっぱなしのエピの口に突っ込んだ。
口に生命の実を突っ込まれたエピは、半分ぐらい放心状態で実を咀嚼して、飲み込んだ。
エピが生命の実を飲み込んで一呼吸すると。
「え、わ、な、なにこれっなにこれっ!?」
「おー、光ってる光ってる」
エピが発光し始めた。まぶしっ。
……そして、やがて発光が収まり、さっきまでと特に変わらない姿で、エピがそこに居た。
「……あ、ああー……私、今まで死んでたんだなあ、って……」
だが、その実感は異なるらしい。
「つまり、生き返った、か?」
「うん」
エピはじんわりと明るい笑顔で頷いた。
「……ねえ、タスク様、あの、さっきの、って……」
「ああ。言ったろ、別に元の世界に戻らなくてもいいかなって」
「いや、あの、その後の……」
エピがまた茹でエピになってもじもじしている。
「……あの。あのね、タスク様」
「うん」
もじもじしながら、エピは、へにゃ、とした笑顔を浮かべた。
「私ね。タスク様が元の世界に帰っちゃうんなら、私、生き返れなくってもいいなあ、って思ったの」
へにゃ、とした笑顔は、やがて、泣き笑いのような顔になっていく。
「タスク様が居なくなっちゃった世界で生きてても意味ないじゃない、って。……あのね、タスク様。私、タスク様のこ」
エピがその先を言う前に、慌ててエピの口を塞いだ。
流石にここを先に言われると、リンガさんと約束した手前、いや、それ以前に、俺の面子というかプライドというか何かが駄目なので。
少ししてから口を塞ぐのをやめて離れると、目の前には、すっかり真っ赤になったエピの顔があった。
……それから。生命の実が、非常に甘い事が分かった。