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12話

「しかし、本当に居るとはな」

「ね」

 まさか、本物(と言ったら語弊があるのだが)の救世主が現れるとは。

 偽物(って訳じゃないはずなんだが)の俺からしてみると、複雑な心境である。

「というか、別に俺が死んでなくても救世主の召喚ってできたんだな」

「なら、タスク様をやっちゃおうなんて、しなければよかったのにね……もったいない」

 まあ、俺は生きてるんだし、いいんだけどな。




 救世主の事は気にせず、俺達は予定通り、買い物を続けた。

「火の魔法札も買ったし、お水も持ったし、干し肉も買っちゃったし……うん、大丈夫!」

 その後、色々と必要そうな道具を購入。

 火の魔法札、というものは、この世界でいうところのマッチみたいなものらしい。つまり、着火具。

 エピも俺も魔法が使えないので、こういうものを使って火を起こすしかないのであった。

 しかしなんというか、俺がパンを作れるおかげで、食料をほとんど持たずに動けるってのは楽でいいな。

 普通だったらこれ、もっと大荷物になっちまうんだろうし。

 そう考えると、この能力もまあ、悪くないかな、と思う。

 少なくとも、世界救うとか考えなければ。




「ところで、エピ。俺の装備は買ったけど、エピは何か買うもの無いのか?」

「え?私?私は……うーん、鞭はこれが使い慣れてるの。買い替えなくても平気」

 そう言われてみればそうか。鞭とか弓とかって、慣れの問題が大きそうだもんな。調整とかも必要なんだろうし。

「じゃあ防具は?」

「防具?うーん、私、鎧は重いから着けられないかな……」

「服とかは無いんだろうか」

「わかんない。あっても高級品だと思うし……うーん」

 正直、俺も鎧は着られそうにない。早い話が、俺の石パン水ワイン能力以外の持ち味は奇怪な動きと逃げ足なのであって、それを損なうような装備は避けるべきだと思うのだ。

 でも、軽い……それこそ、何か、こう、魔法の服、みたいな。そういうものがあるならば、それの購入を考えてみる価値はあると思う。

 特に、エピについては。




 そういうわけで防具屋にやってきた。

「いらっしゃいませ!何をお探しでしょうか?」

「軽い防具とか、服とか探してます」

 愛想の良いお姉ちゃんに探し物を伝えると、それっぽい棚の前に案内された。

「鎧ではなく服を、ということでしたら、こちらになります」

 そこにあったのは、実にファンタジーな代物であった。

「わあ、綺麗……!」

 エピが目を輝かせて見つめてしまうのも分かる。

 棚の前のマネキンが着ていたのは、光沢のある薄布を重ねたドレスのようなものだったのだ。

 美しい花の模様が織り込まれた薄布は、それだけで芸術品のようにも見えた。

「これは最高級魔法布のローブです。従来の技術ではハンカチサイズの布までしか浸透させられない魔法を改良し、この面積の布全体に魔法を浸透させることに成功しました。デザインにもこだわった一品ですが、当然ながら性能も最高水準を保証いたします。魔法耐性は当然ながら、物理的な攻撃に対しても魔力の盾を展開することによって高い防御力を実現致しました」

 ただの綺麗なドレスに見えるんだが、これが最高の防具なのか。

 店員のお姉ちゃんがナイフでドレスに切りつけると、光の壁みたいなものができてナイフが弾かれてしまった。

 なにこれ怖い。

「すごい……綺麗なのに強い……」

「そちらのお嬢様にもきっとお似合いですよ。いかがですか?」

「え、わ、私?」

 エピは尻ごみしている。

 そしてエピは尻ごみしながら、そっと、ドレスの値札を確認した。

 俺も確認した。

「……たっかい」

 お値段、魔鋼貨5枚。

 ……多分これ、金貨からケタが2個以上繰り上がったようなやつだよな……。

「いかがでしょうか?」

 店員が、迫ってくる。




「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 明らかに社交辞令な挨拶を聞きつつ、俺達は店を出た。

 というか、身の丈に合わない高級店の緊張感に耐えかねて、エピが逃げ出したので俺も後を追って店を出た、というのが正しい。

「す、すごく高級なお店だったんだ……あ、プリンティア王家御用達の看板……」

 よくよく見てみると、防具屋の看板には王冠のようなマークがついていた。これが王家御用達のマークらしい。

 そりゃお高い訳である。

「もうちょっと庶民的なところ、探してみるか」

「うん」

 それから、店員の押しがあんまり強くない所が良いよな……。




 ということで、そこら辺の町行く町民達にお勧めの防具屋を聞いた。無差別に10人ぐらいに聞いて情報の信憑性を高める徹底ぶりで、最適な店を割りだしたのだ!

 そして俺達は今、その店の前に!

 ……が。

「た、タスク様ぁ、ほんとにここ、お店やってるのかなあ」

「一応看板は出てるぞ」

「ほとんど読めないよ!?」

 店の前にあるのは、日光や雨風に晒されて、すっかり文字が天に召されかけている看板であった。

 ……滅茶苦茶心配だが。だが、町人たちは皆、お勧めの防具屋を教えてくれる時、それぞれが適当な防具屋の名前を言った後で、必ず皆、こう付け加えたのだ。

『店の外観がぼろくて、店主が怖くて店内も怖くてもいいなら、あそこ』と。

 ……そして俺達の目の前にあるのが、その『あそこ』こと、『春風妖精工房』である。

「よし、入るぞ」

「えっえっ、だってお店の人が怖いって」

「いい防具が手に入るならそれくらいは我慢しようぜ。はいごめんくださーい」

 俺は古びたドアを開けた。


「うふーん!いらっしゃああああああい!」

 俺は古びたドアを閉めた。


「タスク様、私の見間違いじゃなかったら、今、目の前にフリフリのドレス着たおじさんがいた」

「ああ。俺の見間違いじゃなかったら、ロリータオヤジの背後にファンシーショップがあった」

 ……俺達は顔を見合わせ、強く頷き合った。

「ここはやめとこう」

「やめときましょ、タスク様」


 が。

「あらああああああん、どおしたのよおおおん!早く中におはいりなさああああい!」

 バアンッ、とドアが開き、出てきたネイルアートバッチリの手に、がしり、と、首根っこを掴まれた。

「ほらほらほらああああ!恥ずかしがってないでえええええ!」

「あああああああああ」

「いやあああああああ」

「二名様ごあんなああああああい!」

 抵抗するも空しく、俺達はずりずりと、ロリータオヤジによって店内に引きずり込まれたのだった。




 店内はファンシーでメルヘンであった。

 レースのカーテン、花柄の壁紙。白い棚には様々な色合いの服が所狭しと並べられている。

 店の奥で焼き菓子でも焼いているのか、何やら甘い香りまでしている始末。

 ここまでなら、まだいい。まだ、只のファンシーでメルヘンな可愛いお店だ。

「いらっしゃいませえ、可愛いお客様。本日は何をお探しかしら?」

 だがしかし、このロリータオヤジ。

 フリルたっぷりのワンピースドレスに、フリルたっぷりのケープ。

 レースを飾ったヘッドドレス。胸元と腰の後ろには大きなリボン。

 ただし、ふわりと広がったスカートから出ている脚は筋骨隆々。すね毛ちゃんと剃ってあるのがむしろ悲しい。

 身長が180cmぐらいある。肩幅もがっしり。ケープで隠しているつもりか分からないが、首も太い。

 そして顔面が。顔面が、強面オヤジのそれである。ラメ入りのアイシャドーつけたって強面オヤジは強面オヤジである。

 もう、怖い。すっげえ怖い。

 俺が予想していた怖さとは全く別の方向に怖すぎる。何なんだこの防具屋。というかここ、本当に防具屋なんだろうな!?

「今日はお二人の防具をお探しかしら?」

 見渡す限り、ロリータファッションしか置いていないように見える。何だ。俺はここで装備を購入しようとしたら女装男子にされてしまうのか。嫌だ。嫌過ぎる。

「え、ええと……そ、そうなんです。ぼ、防具を、探して……」

「そう!この子の!この子の防具を探しているんです!」

「へっ!?」

 なので俺は、エピを生贄に差し出すことにした。

 ……というか、エピなら、普通に似合いそうなんだよ。ここの服。

 俺とか、目の前のロリータオヤジじゃなくて、可愛い女の子になら、似合うはずなんだよ。俺とかロリータオヤジじゃないなら。俺とかロリータオヤジじゃないなら!

「かしこまりましたわぁん。ま、可愛い女の子ねえっ!選び甲斐があるわあんっ!麦藁色の髪にオリーブグリーンの瞳!可愛いお顔しちゃってああああもおおおお!お人形さんみたいじゃないのよおおお!」

 そっ、とエピを押し出すと、エピはそのままロリータオヤジによって店の棚の方へと連れていかれ、あれやこれやと服選びが始まってしまった。

 ……頑張ってくれ!




「これなんかどうかしらあん?『お砂糖菓子と妖精の戯れ』!ホワイトのレース使いがキュートでしょおっ!?」

 試着室から出てきたエピは、なんというか……砂糖菓子の妖精みたいな恰好になっていた。

 つまり、フリフリフワフワである。

「え、えっと、私、旅をしてるから、動きやすいのがいい、です……」

「あらあんっ、失礼しちゃうわねえん!アタシのお店の防具は全部動きやすさにまでこだわってるんだからぁん!」

 ……試しに、とばかりにエピが、飛んだり跳ねたりし始めた。

「ほ、本当だ……すごい……わけわかんないよう……」

 エピの動きはキレがいい。フワフワしたスカートも、足さばきの邪魔になっていないらしいし、大きく腕を動かしても袖が引っ張られることが無さそうである。

「それに、この布とおっても強いんだから!ほら、見て!パーツごとに別の魔法を織り込んだ布を組み合わせて、1つの強力な防具にしてるのよおん!レース1つにだってちゃあんと魔法が込めてあるんだからぁん!」

 試しに、ということで、軽くフライパンを振ってエピにぶつけてみる。

 ……が、なんというか、こう、マシュマロにでもぶつかったような感覚だった。

 要は、謎のクッションにぶつかった感覚である。

「で、どうかしら?とってもキュートだと思うんだけれどっ!?」

 ……しかし。

 しかし、防具として優れていても、だ。

「こ、この服は、落ち着かない、かな……あはは……」

 この糖度200%みたいな服は、なんか、アレだよ。うん。アレ。うん。うまく言えないけど。

「あらあんっ、ならお色を変える?ブラウンのもあるのよ。ほらっ、『チョコレートの花畑』!これはどうかしらあん!それとも、こっちの『勿忘草の花嫁』?それとも『薔薇の口笛』がいいかしらあああああ!」




 ……俺は今、お茶を飲んでいる。

 気を利かせてくれたロリータオヤジが、焼き立てのケーキとお茶を用意してくれたのだ。

 そして俺の視線の先では、エピがとっかえひっかえ着せ替え人形にされていた。

 長時間に及ぶファッションショーだが、ロリータオヤジの情熱と店の在庫は尽きることが無い。

 デザインが色々変わったり、スカートじゃなくてパンツルックになったりしながら、かなりたくさんの服がポンポンポンポン出てくるのである。

 よくここまで色々作って置いておくよな……。

 なんというか、最早ここまで来ると、尊敬の念すら感じてくる。

 凄まじいまでのプロ意識。噂に違わず高性能な防具の数々。そして好みを貫き通しているロリータオヤジ。

 オヤジはロリータファッションだが、凄いことは確かだろう。うん。


「お待たせしましたあん!さ、エピちゃん、見せてあげなさぁあい!」

 俺が悟りを開き始めた頃、やっと、エピの着せ替えショーが終わったらしい。

「お、お待たせ……しました……」

 エピはロリータオヤジの情熱に中てられてやつれ気味ではあったが、服はよく似合っていた。

「防御力も女子力もバッチリな肩ひも付きのコルセットスカートに、動きやすくて元気なかんじの半袖パフスリーブのブラウス!ブーツは編み上げで、村娘風のコーデにしてみたわあん!胸元には甘めのリボンじゃなくて、敢えてのショートタイよ!その代わり、髪に可愛いリボンでバランスとってみたわあん!ね、ね!どうかしらあああん!?」

 説明は全く分からなかったが、とりあえず。

「うん。似合う」

 最初の砂糖菓子みたいな恰好よりずっといいな。

「あらあん!よかったじゃなあい、エピちゃあん!」

「あ、はい……」

 まあ、防具としても優秀みたいだから、うん、もうなんでもいいや……。




「はぁい、お会計、金貨1枚と銀貨8枚になりまぁす!」

 そして会計もかなり安く済んだ。

「うふふん、ウチは不必要にボッタくるような商売してないの!可愛い女の子にカワイイ服を着せる!そのために商売してるんだもの!」

「素晴らしい」

 もう、ロリータオヤジが素晴らしい人に見えてきた。

 プロで正直でロリータファッション。すげえ。もう、この人すげえ。

「ところで、そっちの男の子はいいのおん?男の子用の服もあるわよおん?」

「いや、俺はいいです」

 でも俺はここの店の装備はいりません。




「ご、ごめんね、タスク様。随分時間かかっちゃった……」

 そして俺達が解放されたころには、昼の馬車が発車した後だった。

「いや、あれは仕方ない。それに、防具が見つかって良かったってことで」

「……うん。ありがとう、タスク様」

 ま、馬車は次の便にするとして、あとはのんびり時間を潰すか。




 町をブラブラして時間を潰す。

 ブーレの町は流石、精霊のお膝元、って事なのか、でかいし人も多いし、変なモノも多い。

 露店の怪しげな雑貨を覗いているだけでも楽しめた。

 ……そんな風に、ブラブラしていた時だった。

「あれ、なんか騒がしいね」

「うん……うん!?」

 ふと、騒がしさに振り向けば。

「見つけたっ!あなたが春の精霊様ですね!」

 凄い速さでこちらに迫ってくる……救世主の方がいらっしゃった。

「……逃げろ!」

「うん!」

 俺達は逃げた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりどの作品でもオカマキャラは安定して面白い。
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